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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
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12:ユリシス、行ったり来たり。



こんにちは。

お久しぶりです。ユリシスです。


僕は気を引き締めなければなりませんでした。

トール君の事情を、僕は良く分かっています。無理を言ってルルーの護衛をしてもらっているのです。

王宮のくだらない争いに、彼のような偉大な魔術師に下働きをさせ巻き込んでしまっている。それはとても、申し訳ない事で、ありがたい事だとも思います。


だからといって、トール君を庇いすぎても、マキちゃんに申し訳ないとも思います。

彼女は今日、きっとトール君に側にいて欲しかったでしょう。

今まで、トール君が彼女の誕生日プレゼントとして再会してから、彼がこの日に側を離れる事は無かったでしょうから。





「マ、マキちゃん……居るかい?」


僕は仕事の合間をぬって、午前の良い時間に彼女の部屋を訪ねました。部屋の戸をコンコンと叩くけれど、彼女が出てくる気配はありません。


「……?」


僕が首を傾げていると、いつの間にか側に、一人の少年が立っていました。


「あの………マキア様なら、レピス姉さんと教国の巫女様の元へ行かれましたけど……」


黒髪の、黒いローブを着た華奢な少年でした。

知っています。彼は最近ルスキアに送られて来たトワイライトの一族の少年。確か、ノア・トワイライト……。


「ああ、そうなんだね。ありがとう、ノア・トワイライト」


「………僕の事を知っておられるのですか?」


彼は不思議そうな顔をしていました。


「ええ。シャトマ姫から直接聞いているよ。凄く有望な少年魔術師が居ると」


「………」


いきなり照れた様に顔を伏せるノア・トワイライト。

トワイライトの者たちには何人か会って来たけど、皆どこか淡々としていて、感情を隠す癖がある様だったから、このようなあからさまな反応は逆に新鮮で、おやと思ったものです。









「あれ、ユリシス……どうしたの? こんなに朝早くにここへ来るなんて、珍しいよね」


教国へ行くと、ペルセリスがきょとんとした表情で僕を迎えてくれました。

一応、来年の春結婚予定の、僕の婚約者です。


「マキちゃんがここへ来たって言っていたから。ちょっと伝える事があって……」


急いでここへ来たから、若干ゼエゼエ。

ペルセリスがコップに水を入れ、持って来てくれました。


「マキアならもう居ないよ? あのね、こっそりいろいろ、持って来てくれたりするの」


「……? 何を?」


「……うふふ。秘密っ」


口元に人差し指を当て、秘密と言う彼女。可愛いけど、あれ、軽くジェラシー。

前まで、僕には何だって話してくれたじゃないか……。


「って、こんな事をしている場合じゃない!! マキちゃんを探さないと!!」


「マキアなら、ウルバヌスの屋敷に行くって言っていたよ? 今日、マキアの誕生日なんでしょう? 私もここを出ることが出来たなら、マキアのお誕生日、みんなと一緒に祝えたのにな……」


「……ペルセリス」


教国を出る訳にはいかない緑の巫女です。

僕は彼女の頭をよしよしと撫でました。


「もう。またそうやって子供扱いする……っ」


ぷくっと膨れっ面になる彼女が可愛いから、いつまでもこうやって頭を撫でたりしてしまうのかも。

と、考えつつ、なかなかここから動けない僕。


「ほらユリシス。マキアを探さないといけないんでしょっ!! さっさと行って来なさい!! 今夜はマキアの誕生日パーティーなんでしょう? 私の事は気にしないで、マキアの所に居てあげてよ」


「………」


ペルセリスに怒られました。仕事に行く様に、妻に尻を叩かれる旦那の図の様です。

渋々教国を後にして、僕は次に、メディテの屋敷を目指しました。







「おやおや殿下。殿下が我が屋敷を、お供も連れずに尋ねてくるなんて、なんと珍しい」


メディテ卿の屋敷は、教国のすぐ側の、魔導研究機関の脇の方にありました。

人通りが少なく、非常に静かな場所です。


門はいつも開かれていて、なんとも不気味な屋敷。まるで獲物がかかるのを待っている獣の口のよう。


「マキア嬢でしたら、うちの奥さんとこで、うちの子を見てますよ。殿下も私の一人息子、見ていきます?」


若干言葉が浮き足立っているメディテ卿。

腹の読めない胡散臭い青年ですが、愛妻家で親バカと言う話は、本当の様です。








何だか顔色の悪いメイドに案内され、メディテの屋敷の奥の部屋に招かれました。

僕はあまり王宮を出ないので、メディテの屋敷に来たのは初めてです。


「あれ? なんでユリシスがこんな所に?」


「……マキちゃん」


マキちゃんは、メディテ夫人と共に居ました。

夫人は僕を見ると、赤ん坊を抱いたままスッと立ち上がって頭を下げましたから、僕は「お初にお目にかかります」と言って、挨拶をしました。ブルネットの髪を後ろで結った艶っぽい美女です。しかしそこはかとなく感じる毒の気配は、やはり彼女もまたこの異常な魔術一家の一員である事を示しています。



メディテ卿の第一子“アクレオス・メディテ”は、マキちゃんが名付け親と言う事もあって、彼女はよくこの子を見に来ている様でした。小さくて髪がクネッとしていて、小さな手をぎゅっと握りしめています。


「わあ……可愛いなあ……」


「あんた子供、好きそうだもんね」


「ふふ、シュマが産まれた時も、こんな風にちっちゃかったなあ……」


マキちゃんはこの赤ん坊を“アーちゃん”と呼んでいました。レイモンドの叔父上並みの適当なあだ名です。

アーちゃんは非常に大人しく、目がメディテ卿に似ていて、将来が若干恐ろしいです。

こんな無垢な赤ん坊も、いずれメディテ色に染まっていって、胡散臭い魔術師になるのでしょうか。


「ところで、あんた私に用事があったんでしょう?」


「………あ」


あ……。

いけない。赤ん坊の可愛さに惑わされ、忘れかけていました。

上がった口角が、一気に沈んでいきます。



僕はマキちゃんを、部屋の外へ連れて行きました。







「トールの事なら、もう知ってるわよ」


「………え?」


「朝起きたら、ドアの所に張り紙がしてあったから。日本語で」


マキちゃんはドレスのポケットから、一枚の紙を取り出しました。そこには、実にトール君らしい角張った文字で、“ごめん”とだけ。


「まあトールが王女について行った方が良いと思ったんだから、そうなんでしょう。……でも、それと、私が面白く思わないのと、私があいつに怒るのは、別の話よね」


「……そうだね」


あまりにも静かな怒りのオーラだったから、僕はそれしか言えませんでした。

僕のシミュレーションでは、カミングアウトの後、マキちゃんは壁を殴ったり僕を引っ掻いたり、地団駄して「トールの馬鹿野郎!!」を連呼し、激しく怒るものだと思っていたから。


しかしマキちゃんは何故か冷静で、でもやはり、どこか怒りを抑えている様にも見えました。


「仏の顔も三度までだって、私は言ったもの…………ふんっ」


と言いながらも、だんだんとがっくり肩を落としていく彼女。

見て取れる程、なで肩になっていきます。

いつもはコルセットで締め上げられた細い腰故、凛と背筋を伸ばしているのに、こんなに腰を丸め、だらんとしている彼女は久々に見た気がします。


「……だ、大丈夫マキちゃん。やっぱり、ショックだったんだね……」


「は? 別にショックじゃないし……」


と言いつつも、やっぱり見て取れる程がっかりしている!!

まるで、風船が一気に空気を抜いた様に、彼女はしなっとなってしまいました。


そのまま、とぼとぼと廊下を歩いてあっちへこっちへ。

マキちゃんどこへ行く!!


「おやおや、マキア嬢。もうお帰りかい? 今夜はうちのシェフが腕によりをかけた最高のディナーにしてみせるよ」


「……それだけが、今日の楽しみよね………ふっ」


「あれ? マキア嬢どうかした?」


状況をいまいち理解していないメディテ卿。なんかニヤニヤして、僕の方を見たり見なかったり。


「あ、トール君が、今日は騎士団の仕事で来れなくなったので……」


「ほお……。くくっ……例の王女様の所かい? あっちゃ〜」


察しの良い事で。

もうやだなこの人。何かどことなく面白がっているし。


マキちゃんがこの寒い中、コートも着ないでメディテの屋敷を出てふらふら王宮へ戻ろうとしていたから、僕は彼女のコートを持って行って、着る様に言いました。


「マキちゃん、風邪をひいちゃうよ」


「………ありがとうお母さん……」


「誰がお母さん!?」


マキちゃんは随分ショックだった様子。

コートを着て、笑う様にため息をつきました。


「ここ最近、あんたもトールも、あんまり居ない生活に慣れちゃっていたんだけど……でも、今日だけはまた、三人揃って地球の頃みたいに、楽しく騒げると思い込んでたから。………今日だけは……トールに居て欲しかったな。トールの馬鹿トールの馬鹿……っ。帰って来たら殴ってやる……っ」


「うん……馬鹿だね……っ」


今朝交わした、フォローすると言うトール君との約束を、一瞬だけ忘れてマキちゃんに便乗。

ごめんトール君。


でもマキちゃんはフッと笑い肩を上げ、そしてまたがっくりと落とします。


「嘘よ…………嫌ね、私ったら子供みたいで。分かってるの、我が侭ばっかり言ってちゃダメだって事は。私と違って、あんたもトールもちゃんとこの国の為に働いてるんだもの……」


「……マキちゃん」


ああもう、本当にごめんよ、マキちゃん。ルスキアの王族のつまらない争いのせいで!!

コートに首を埋め、どことなく虚ろな表情のマキちゃんを見ると、何故か僕が、心にぐさりと突き刺さるような痛みを感じました。


しかし当のマキちゃんは自分の頬をバシッと叩いて、何かを切り替える様子で、「よしっ!!」と男前。


「いいもん。私にはもう、トールなんか居なくても、他に沢山祝ってくれる人が居るもの。ノアを連れて行って、おいしいもの沢山食べさせてあげよう!! そしてぎゅっとしてぐりぐり頭を撫でて、めいっぱい可愛がってやる!!」


「……え? そそそそれはちょっと……」


「あんたも今日、来てくれるんでしょう」


「勿論だとも。ペルセリスに、今日はもう教国に来るなって言われてるし……」


「……よーし。今度ペルセリスにお礼を持っていこう」


「………」


なんだかここ最近、ペルセリスとマキちゃんに、僕の知らない繋がりがある様で、やはり若干ジェラシー。

何だか仲が良いのです。女性同士にしか分からない事があるのでしょうか。








結局その日の、マキちゃんの誕生日会には、メディテご夫妻と、レピスにノア、何故か元凶のレイモンドの叔父上までやってきて、更にどこから聞いて来たのかエスカの義兄さんまで乱入してきて、ハチャメチャで大騒ぎで、マキちゃんも言葉通りノアに絡む質の悪い酔っぱらいのお姉さんのようで、色々とカオスでした。


マキちゃんは随分おいしそうに料理を食べていたし、随分楽しそうにしていたから、吹っ切れたのかなと思っていたけれど、やはり僕は違和感を感じて仕方がありません。


この場にトール君が居ない事。

トール君がいない事を、無理して受け入れようとしたマキちゃんにも。


誕生日と言う一つの節目に、三人が揃っていない事が、何故かとても寂しく思ったのです。

僕ですらこんな複雑な気分になるのだから、マキちゃんはいったいどんな気持ちだったのだろう。


笑顔が逆に、複雑だ。もっと喚いて怒ってくれた方がよっぽど良かった。




仕方がないので、ちゃっかりこの場に居る元凶レイモンドの叔父上の横腹をさり気なくつねりました。

叔父上はメディテ卿に強いお酒を勧められ、酔っぱらっていたので、あんまり気がついてくれませんでした。



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