11:トール、前世故に無視出来ない事情。
嫌な予感がした。
マキアの誕生日の前日の夜、普通なら呼び出される事の無い時間に、俺はレイモンド卿に呼び出された。
そして案の定、無茶な指示を出されたのだ。
「………無理です。俺は明日、絶対に空けておかなければならない理由があります。それに、これは前から言っていた事です」
「マキア嬢の誕生日だからかい?」
「知っているなら話が早いでしょう。たかが誕生日と思う事なかれ、です。本気と書いてマジで!!」
「そこを何とか……何とか、ね。お願いします!! 本気と書いてマジなお願いだから!!」
「いくらあなたがこの国の副王でも、俺は断固拒否します」
レイモンド卿はマキアの誕生日である明日から三日程、ルルーベット王女の遠征視察の護衛として俺を付き添わせたいと申し出た。
いきなりの話で、俺は何度も首を振ったのだ。
「そもそも、どうしてこんなに急なのですか。どちらへ遠征へ行かれるので?」
「……それが、ヴェレットなのだよトール君。……ヴェレットだ、ヴェレット……ヴェーレット……」
「ヴェレット?」
レイモンド卿はうざい程、何度もその港町の名前を俺に言って聞かせた。
港町ヴェレット……。テルジエ家が領地として治めるミラドリードから西へまっすぐ行った町だ。
以前レイモンド卿が話してくれた、大貴族の陰謀の話を思い出す。
ヴェレットは魔族を匿っていると、一番怪しいと思われていた港町だ。
「………なぜそのような危ない場所へ王女を?」
「あちらから急に申請があったのだ。第一王子の陣営からね。……もともとテルジエ家はルルーベット王女の母方の家にも当たる。お会いしたいと言う事だそうだ。…………ただ、この申し出には、裏があると私は思っているがね」
「と言いますと?」
レイモンド卿は視線をこちらの向け、そしてフッと笑った。
「トール君、第一王子の陣営が、今最も望んでいる事って何だろうね?」
「……それは、あなたが実質トップに立っているこの状況を覆す事でしょう」
「その通り。彼らは私を討つ為の、蹴落とす為の口実が欲しいのだ。……それにルルーベット王女を利用しようとしている」
「……?」
「彼らがルルーベット王女をジブラルタから呼び戻したにも関わらず、面倒は私に見させている。第一王子の陣営から遠ざけている。何の為に?」
「……ちょ、ちょっと待って下さい…………。それは、結局……」
俺は話を聞くうちに、一つ気がついた。
というか、思い至ってしまった。あまり考えたく無い事を。
レイモンド卿はその事に、とっくに気がついている。
「第一王子の陣営は、ルルーベット王女に何かしらの害を与え……その責任を私に問う算段なのでは無いだろうか。第一王子は、王女とほとんど関わった事が無いとは言え、実の兄に当たる。……もし王女が何者かに殺されでもしたら、私を責めるには十分な事件になる。もしくは、私が何者かに殺させたなどと言うでっち上げを用意しているかもしれない」
「……こ、殺す!? そ、それは考え過ぎなのでは? それとも、どこからかその計画の情報でも得ているのですか!?」
ガラにも無く、俺は少し焦った。
あまり考えたく無い事を、意識してしまっていたから。
「仮にも、第一王子の陣営は……正王妃はルルー王女の実の母親なのでしょう? 実の母が実の子を……そんな……」
「ありえない話ではない。君は知らないかもしれないが、ルルー王女は今までも、何度と無く命を奪われかけた。それは王子たちの王位争い同様、毒や殺し屋の手によって。表向きは他の陣営との王位争いに巻き込まれてた事になっていたが、とんでもない。……王妃は今でも恐れているのだ……王女が第一王子の害になる事を」
「……エスタ家の占い……ですか?」
「おや、知っていたのかい」
「ええ、ちょっと調べました」
俺は目の前のレイモンド卿に、強い視線を向けた。
彼はニヤニヤと笑って、そして、ふと視線を落とす。このルスキア王宮の長い柵や体質を憂うように。
「ルルー王女は可哀想な方だ。実の母に、訳も分からず疎まれ、遠ざけられている。正王妃はもともとあのような方ではなかった。ルスキアの正王妃としての重圧、第一王子を産んだ重圧、第一王子を守り、王位に就けねばと言う重圧から、強くなろうとしてああなってしまったのだ。強くなろうと意識しすぎて……強さが、別の方向へ行ってしまったよ……。ルルー王女を、実の娘を犠牲にしてでも、第一王子を守り、王の座に付けたいのだろう……。ある意味、あの方に迷いは無い。だから私も十分警戒している。そこに、実の母娘であるかどうかは関係ないのだ」
「………」
レイモンド卿の話が、理解出来ないのでは無い。
俺は実際、痛いほどよく分かる。
母が自分の子を守る為に、もう一人の子を捨てる事もあるのだと。
子が二人居た場合、二人を守れないなら、どちらかに優先順位をつける事もあるのだと。
チラチラと思い出す、ずっと昔の、昔過ぎる記憶が、嫌でも前に出てこようとする。
俺は心の中でマキアの事を考えた。
あいつの誕生日には、一緒に居てあげたかった。あいつは俺たちの絆を大事にしているから。
たかが誕生日と言うものではないのだ。それはただの建前であって、あいつは俺たちと一緒に居る事を重要とし、絆をただ、確かめたいだけなのだ。その節目を見つけたいだけなのだ。
「………わかりました。王女が危険と言うことならば、何かあっては遅い。……俺もヴェレットへ行きましょう」
ごめんマキア。
それでも俺は、俺の前世故に、この事情を無視出来ない。
遠征はいきなりの事で、次の日のまだ太陽の昇らない頃から準備にとりかかった。
王女の遠征には、俺と、魔導騎士団のダンテ団長とメルビスというおなじみのメンツが同行する事になった。
それと、副王補佐のおじさんが一人同行する。
「トール君!!」
朝早くだと言うのに、事情を聞きつけたユリシスが、準備をする俺たちの元へやってきた。
ダンテ団長とメルビスが深く頭を下げる。
そう言えばこいつは王子だった。
「トール君、話は聞いたよ。……大変な事に巻き込んでしまったね、すまない」
「……ああ、大変な事だな。何より、何より……」
「マキちゃんの事かい? 大丈夫、きっと分かってくれるよ。僕からもしっかり話しておこう」
「ああ……フォローしておいてくれ」
それでどうこう丸く収まるとは思っていないが。
本当は自分の口で事情を話し、殴られても引っ掻かれても納得してもらうのが、後に尾を引かない一番の方法だと分かっているのだが、朝早いし時間も無い。
城門の内側の手前で、馬車に荷を運ぶ兵士たちに紛れながら、俺は高い高い城の上階を見上げた。あの段差の空中庭園の向こうの部屋に、マキアが居る。まだ寝ているだろうか。
「トール君、僕が言うのも何だけど、やはりルルーを守ってやって欲しい。今あの子はとても危ない橋の上に居る」
「………分かっている。騎士の仕事だ」
「頼むよ、トール君……」
ユリシスは申し訳無さそうな顔をしていた。
お互いこの後の展開を若干予想している。
マキアに……マキアに何と言ってこの事を知らせれば良いのか。
「おい、トール!! トール・サガラーム!! 出発するぞ!!」
ダンテ団長が俺を呼ぶ。
俺はまた高い城を見上げた後、黒いマントを、魔導騎士団の腕章を翻し、ルスキア王家の紋章の入った馬車に乗り込んだ。
ちなみに以前ルルー王女に頂いたブローチも、胸につけている。
マキアはきっと怒るだろう。
帰って来た時、俺はあいつに何と言えば良いだろうか。
そんな事を青ざめながら考えていたら、馬車の窓の向こうで俺たちの出発を見送っていたユリシスもまた、どこか青ざめていたのを見つけた。
あいつもマキアに事情を話すのを、少し恐れているのだろうか。
新婚幸せモードに水を差して、本当に悪いと思っているよ。
「まあ、ユリシスお兄様!!」
馬車の中からユリシスに気がついたルルーベット王女が、ユリシスに手を振っている。
「ユリシスお兄様とは、こちらに帰って来て少しご挨拶した程度でしたの。見送りに来て下さったのですね、嬉しい……」
馬車の中でそう語らい、両脇の双子に「ねっ、ねっ」と言うルルー王女。
その様子は、やはりまだ若い娘なのだなと思い知らされる。
「ユリシスとは仲が良かったそうですね」
「……ええ。ユリシスお兄様は、わたくしに唯一優しくして下さったお兄様ですもの。いつもとてもおおらかで、端正で、わたくしを気にかけて下さっていた。………なのに、お兄様ったら……いつの間にかご婚約されていて………」
ゴゴゴゴゴ。
あれ、何か変な音が。
王女の瞳が、いっそう深い暗い色をしている気がして、俺は先が思いやられた。
さあ、港町ヴェレットへ。