09:トール、目に光を取り戻そう大作戦。
俺はルルーベット王女の待つ北の離れへと向かった。
色々と思う所はあるが、今はとりあえず、彼女に正しい感性を持ってもらいたいと言うのが正直な気持ちだ。
その為には、俺が強気でいなければならない。
彼女の我が侭や命令、願い事に流されてはいけない。
というか、俺は黒魔王。元黒魔王でしょ!!
ハーレム魔王とまで言われていたじゃないか!! なんでこんな事になっているんだ!!
「………」
多分、マキアのせいだと思われる。自分と同等レベルの力をもつ彼女の従者を、割と長くやって来たせいで、このように女性に対し不憫な立場を強いられても、それが普通であるかのような感覚になってしまったのだ。
「思い出せ……自分が黒魔王だった頃の事を……。うおおおお……」
渡り廊下の真ん中で頭を抱え唸る。
あの時の、誰にも負ける訳が無いと思っていた、魔王時代の感覚を。
余裕のある男だった、あの頃を。
「……失礼します」
俺は部屋をノックして、中に入った。
目に入ったのは何とも恐ろしい光景。綺麗に飾られていたはずの人形が、あの小刀でめった刺しにされ、バラバラに……っ。
「……や、やべえ……」
と呟いたのをすぐに飲み込んで、自分自身に冷静になる様に言い聞かせる。
俺は黒魔王。俺は黒魔王。
人形のバラバラ残骸がどうした。黒魔王はこのくらい、なんて事無い様に見て通るぞ。
俺が帰ってきた事に気がついた王女が、人形を相手にする事をやめて涙目で駆け寄ってきた。
「トール様……ああ、トール様。帰ってきて下さったのですね。……わたくし、本当に申し訳ない事をしてしまって……。反省しておりますの。だから、トール様……」
彼女は俺の腕を取って、そんな事を言う。
しかし俺はそんな彼女の腕をさり気なく振り払い、淡々とした瞳を向ける。
「……ト、トール様?」
「王女。俺は少し怒っています。分かっておいでか……?」
「え、ええ……。今朝出て行かれた後、わたくし、本当に自分が情けなく、反省していたのです」
反省って、ええ? 人形をこんな風にしながら反省したのですか??
いやいや、ツッコミは抑えて抑えて。黒魔王はそんな事で、心乱さない。
「では、もうあのような薬を使うのはおやめなさい」
「……え? あの……でも………」
「でもも何もありません。薬はどこです。全部処分しましょう。……ついでにこの部屋も片付けましょう」
俺はずかずかと部屋に入っていって、双子のメイドが前に立ち塞がったのを見下ろす。
「何だお前たち」
「……トール様。王女の命も無くそのような事は許されません」
双子のうちの右側がそう言う。
しかし俺は怯まない。
「………ふん。メイドの分際で俺に命令するのか……」
はい、黒魔王ならここで悪い顔!!
「良いから黙って、俺の言う事を聞け!!……今すぐ“燃えるゴミ”と“燃えないゴミ”のゴミ袋を持って来るのだ!!」
それからは王女があわあわする中、双子のメイドと俺で部屋を大掃除。
そしたら、出てくるわ出てくるわ。
何だこれ。いけない薬と、いけない道具etc。
意中のあの人を自分の意のままに系の怪しい本。騎士と姫のときめき溺愛系恋愛小説。
呪殺教本。悪魔大全。
何を繋ぐ気だったのか鎖とかあるんですけど!!
俺はそれらを容赦なくゴミ袋へ。
「や、やめて下さい〜〜〜っ!!!」
「ええい、ルルー王女!! あなたはこう言ったものから少し離れ、現実を知るべきなのです!!」
王女様相手に無茶な立ち振る舞いだが、だからと言って、誰も俺を裁く事は出来まい!!
はははは、俺がちょっと本気になれば怖いものなんて無いのだ!!
次から次へと、隠されていた王女のあれこれを暴き尽くす。
これぞ美姫を囲んでハーレムを築いていた俺の実力。強引なくらいが丁度いい。
止めに入る王女を振り払い、聞く耳も持たず、危ういと思ったものはどんどん捨てていく。
変な薬も、バラバラになって可哀想な人形も。
最終的に、王女はベットに伏して泣いてしまった。
「うう……こんなのトール様じゃない……こんな酷い事……っ。無理矢理だなんて……」
「誤解を与えるような言い方はやめて下さい王女」
いや、何も間違っちゃいないけど。
双子のメイドは、俺に指示されるままその謎の怪力で多く出たゴミを外に持っていく。
王女は相変わらず泣き続けていた。
「……王女。俺にいったいどんな幻想を抱いていたのか知りませんが、俺なんてこんなものですよ。もう俺が嫌だと言うなら、この場でそう言って下さってかまいません。レイモンド卿に言って、他の気の利く騎士を探してもらいましょう」
「……ひっく……い、嫌です……。わたくしはトール様が良いのです……」
「………それならば、覚悟なさった方が良いでしょう。俺は、手厳しいですよ」
言ったぞ。言ってやったぞ。
ちょい悪系の意味深な微笑みどやっ。王女は少し驚いた様子だったけど、何だか頬が赤い。
「王女、俺はあなたに優しくしてあげたり、常に側にいてあげる事は出来ません。……俺は束縛する女性は好みではないのです」
「………わ、分かりました……。でしたら、トール様の好みとはいったい? わたくし、頑張って近づきますわ」
「………」
ん? なんだか話が変な方向に?
いやしかしこれはチャンスでもある。
「俺は……俺は、慎ましやかな淑女が好きですね。しかし気高さを忘れず、判断力に長けたレディー。……そして、目に光を持った活き活きとした女性」
「……目に光を持った?」
「ええ。残念ですが、今の王女には目に光がありませんので、俺の好みとは違うのです」
「そ、そんなあ……」
王女は少し悲しそうに眉を八の字にした。
しかしめげないと言う様に、ベットの上にちょこんと座ってグッと拳を握る。
「ならわたくし、瞳に光を得てみせますわ!!」
「……ええ。その意気です王女。王女が真っ当に御公務に励まれ、落ち着いた淑女となった暁には、瞳に光が灯っていることでしょう」
「トール様、わたくしがレディーとなれるよう、御指南して頂けますか?」
「ええ勿論ですとも。俺の言う通りにして頂ければ、きっと」
「うふふ。……素敵ですわね、調教って奴ですわね」
「………」
は?
あれ、王女様……今なんとおっしゃったのか?
「鬼畜な騎士様に調教されるか弱い姫……悪く無いですわね」
「あ、あの……? 姫様……?」
思いの外ルルー王女は、その手の病気を色々とこじらせておられるようだった。
これは……この戦いは長丁場になるぞ……っ!!
内心汗だらだらの俺だが、表面では涼しい顔を壊さない。
ルルー王女は頬を手で包んで、何かよからぬ妄想をしているようだった。
さっきまであんなに泣いていたのに。
俺は心が折れそうだった。
夕方になり、俺が部屋に戻ると言うと、王女は「放置プレイですわね、分かりました」と。
いや何も分からない。姫様はいったいどこでそんな言葉を覚えてきたのか。
とにかく俺は、今日やるべき事はやったと思って、妙な達成感で部屋に帰る。
「はあ……腹減ったな……」
肩当てを外しマントを取り払い、どかっと椅子に座り込んで空の色合いを確かめる。
随分と暗くなってきた。
そう言えばマキアの誕生日が明後日だから、何か用意した方が良いのかなと、急に思い出したりする。
と言っても、マキアの喜ぶものなんて食い物くらいしか思いつかないのだが。
あいつは物欲に乏しいから何もいらないと言っていたが、そうは言っても毎年何かしら用意するのが俺だ。
ちなみに今までの誕生日で用意してきたものは、お菓子お菓子、そしてお菓子。
ってやっぱり食いものじゃないか!!
「まあ、夕飯時にさり気なく探ってみるか……」
今日は約束通り、夕食を共にする事が出来そうだから。