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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第三章 〜王都要塞編〜
131/408

08:トール、あの人に王女の事情を聞きに行く。

俺は悩んでいた。

王女はあのままではダメだと分かっていたからだ。


俺が曖昧な態度でいるから、だらだらと彼女のペースに飲まれてしまうのだ。

俺が曖昧になってしまうのは、彼女の事をほとんど何も知らないからだ。


まず、ルルー王女の身の回りの状況から知って、彼女がいったいどういう立場で、どういう人なのかもっと知る必要がある。

情報は武器だ。それしだいでこちらの出方も変わってくる。


色々な事を知った上で、俺は彼女の瞳に、光を取り戻さなければならないと思った。

男を惑わす香薬をしかけるような恐ろしい事を、平然とやってのけるお姫様であって良いわけが無い。


そうこれは、目に光を取り戻そう作戦!!







「やあトール君。君がマキア嬢無しで俺を訪ねて来るなんて、いったい何事だい? 雪でも降るのかな?」


「………ご無沙汰していますメディテ卿」


午前の間は特に王女の護衛の仕事は無かったので、俺はとある人物を訪ねた。

王宮と少し距離を置きつつ、情報には敏感でいて、薬というものに縁のある人物。


あまり得意ではないけれど、色々とお世話になっている人。

メディテ家の若き当主、ウルバヌス・メディテ卿だ。


彼はこの時間、基本的に教国の魔導研究学校に居る。

喫煙室で、相変わらず匂いの強い煙管をふかしていた所を見つけた。


他にもおじいちゃん先生が一人居るけれど、とりあえず俺はメディテ卿に挨拶をした所だ。


「あの、メディテ卿。一つ聞きたい事があって……」


「うんうん、分かっているとも。……君は今、ルルー王女の騎士なんだよね。彼女の騎士は大変だろうね〜変な薬とか使われちゃったかな? あはははは、色男は罪深いねえ。うんうん、君の聞きたい事は分かっているとも。ルルー王女の事情だろう?」


「って、情報はやっ!!」


昨晩の事ですよ。

何なのこの人。いったいどこから俺たちをストーキングしていると言うのか。


「メディテ先生ぇ……そちらの若者はいったいどちらさんかの〜……」


喫煙室の柔らかいソファの上で、葉巻をくわえてプルプルした老人が、嗄れた声で尋ねてくる。

あんまりプルプルしすぎて、葉巻が口からポロッと落ちたので、俺は慌ててそれを拾い、灰皿に乗せる。

危なすぎる……。


「もうやだなルノワート先生。こちらは今をときめく王宮の顧問魔術師のトール・サガラーム君ですよ。ほら、半年前に巨兵が来たじゃないですか? あれを撃退した若い魔術師の噂を聞いた事があるでしょう?」


「……はあ? キョヘイ?」


「もう先生ってば、過去の事は全部捨てる潔い男なんだから」


メディテ先生と老人は謎の会話をしている。いやそれは潔いと言うか、いわゆるボケ……。

というか、こちらのご老人はこれで先生が務まるのか?


「あの、メディテ卿、こちらの方は……」


「ああ。こちらはルノワート先生。こう見えて元王宮魔術師のエリートだったんだから。ルスキアで錬金魔術と言えば、ルノワート先生と言われる程凄い人だ」


「……へ、へえ」


「最近ちょっと物忘れが激しいんだけど。まあ、過去はどんどん捨てる方だから……」


「………」


ルノワート先生は背中を丸くして、プルプルした細い手でティーカップを持ってお茶を飲んでいる。

お茶が波打ってる!! だだだ、大丈夫なのか!?


「……メディテ卿。おっしゃる通り俺はルルーベット王女に関して聞きたい事があるのですが、その……こちらのご老人に聞かれると少し……」


「あははは。それは心配には及ばないよ。言っただろう? ルノワート先生は元王宮魔術師だった方だ。実は、本名をルノワート・エスタ、と言う……」


「………え?」


エスタ家と言えば、メディテ家とは犬猿の仲にある魔術師の一族だ。

王宮魔術師にも多く居る一族。王宮魔導院のトップもエスタ家の者だった気がする。


「ルノワート先生は、ルルーベット王女の出生に深く関わりのある方だ。そして、ルルーベット王女の生まれた後、王宮魔術院を追われ、エスタ家の名を捨てられた方。しかし優秀な魔術師だからと、俺の父が研究学校の教授としてここに迎えたのだ。さあて、トール君なら、色々と察する事もあるかな?」


「………」


さっきまでただのボケ老人だと思っていた人が、急に凄い深みのある人物に見えた。

ソファに座って、俺を観察している。そのしわまみれの皮膚に囲まれた瞳で。


「さて、メディテ家と言えば毒薬魔術、と言う様に、エスタ家にも魔術の得意の分野と言うものがある。それは何だろうか?」


「……確か、占術が得意と聞いた事が」


「その通り。エスタ家はあらゆる占術が得意な一族だ。その占いを武器に、王宮の王族に取り入り力を得た一族。勿論その他の分野もそれなりに扱っているオールラウンダーな魔導一門だ。世渡り上手って言うのかなあ……力のある者に取り入る習性もある。さて、今エスタ家が取り入っている者と言えば?」


「……正王妃、ですか?」


「その通り!!」


メディテ卿はニヤリと笑った。


「エスタ家は第一王子を産んだ正王妃に取り入って、ここ20年程その庇護の元に居る。正王妃自体、テルジエ家の出身で宰相の娘だ。エスタ家の誰もが第一王子の王位を疑わなかった。……ははは、でもエスタ家は見誤ってしまったよね。今となっては第一王子の陣営は落ち目で未来が無いと言われている」


「………それとルルー王女の事と、何の関係があるのですか?」


「まあまあ、焦らずに聞いてくれトール君。要するに、第一王子の陣営と、“エスタ家”という部分に、ルルー王女の秘密が隠されているのだから」


「………?」


俺が眉を寄せ良く分からないと言う顔をしていた時、さっきまで黙ってお茶を飲んでいたルノワート先生が、いきなり口を開いた。


「あれは……16年前の事じゃった……」


い、いきなり昔話。

いやここは真面目に聞いておこう。



「あれは、16年前の事。ルルーベット王女がお産まれになった日の事じゃ……。初めての姫君と言う事で、国王も喜んでおられた。わしも王の側にお仕えする王宮魔術師じゃったから、王の喜ぶ姿に嬉しくなったものじゃ。……王族の者は皆、王宮の占術師に未来の事を占ってもらうのが伝統になっているのじゃが、王女も例外無くその通りにされた。その頃、最も占いが当たるとされていた王宮魔術師によって。…………しかし、その占いの結果が、非常に都合の悪いものだったのだ……」


ルノワート先生の語り方は、さっきまでボケ老人っぷりとは全く違う、奥深い口調だった。

俺は息を飲む。


「いったい、どのような結果が?」


「……姫様は第一王子の王位を揺るがす存在になると、兄である第一王子に害をもたらす存在であると結果が出たのじゃ。王室の方の御誕生の際、皆占われるがこのような結果が出たのは初めてで、国王も我々も随分戸惑った。……唯一どっしりしておられたのは正王妃様で、正王妃様はルルーベット王女を北の離れの搭で、隔離して育てるとおっしゃった。正王妃様にとって、やはり第一王子を最優先に考えた苦渋の決断であったと、私も分かっていたのじゃが………それではあまりに生まれたばかりの王女が可哀想だと思った……」


ルノワート先生はティーカップを机の上に置いて、再び葉巻を吸い始めた。

いくら喫煙室と言っても、タバコを吸わない俺にとっては若干息苦しい空間だ。


「で、結局王女はあのように隔離された北の搭へ?」


「……まあ、そう言う事じゃな。私は国王に、エスタ家の占いと言えど、占いは所詮占いで、戒めのようなものだと進言した。信じすぎるのも良く無いと……。しかし、宰相を始めとする第一王子の陣営は、エスタ家とも深い繋がりがあった分その占いを蔑ろにする事も出来ず、結局王女を北の塔で隔離して育てる事に決めた。……私は散々エスタ家の占いは当てにならないと言って回ってしまっていたから、エスタ家からも爪弾きに会い、王宮を追われた……。今はこうして、メディテ家にお世話になっているのだから、もうあの一族の前に姿を出す事も出来まいよ……ほっほ」


「……なるほど」


ルノワート先生は、ゆっくりと煙を吐きつつ、虚ろな瞳をしていた。

捨てた過去というものを思い出したからだろうか。


俺は少し瞳を細めた。

王女の事情の話は、じわりじわりと、俺自身に前世の事を思い出させる。


しかし今、それは関係ない。

俺は頭をふって、切り替えた。


「ルルーベット王女の留学も何か関係があるのでしょうか?」


「ああ……王女の留学が決まったのは、王位争いが激しくなって、しかも君たちのよく知るユリシス殿下が超人だったせいで、第一王子の陣営も焦り始めた頃だったかな。焦りついでに占いの事を思い出して、王女をより遠ざけるべきだと思ったんだろうね。まったく、占いを信じない俺からしたらふざけた話だけどさ……。でも国王は王女の留学の話を良いきっかけと思ったそうだよ。あのような離れの塔に隔離されるより、ジブラルタのような美しい芸術の都でのびのびと暮らす事が出来るならと、その提案を許可なさったんだ」


「………」


ふむ。

なるほどそれで王女はこの冬まで留学なさっていたのか。


「って、それならばハッピーエンドじゃないですか。いったい何で王女は、あのように……あのように病んでしまって……」


色々な意味で、病んでしまったのか。

メディテ卿は吹き出す様に笑って、まるで人ごとの様だ。


「あはははは。さーて、何でだろうね?」


「……留学先で、何かあったのですか?」


「どうかなあ……。ジブラルタ王国にも王女がいるんだけど、一人の王女に7人の専属騎士が仕える徹底したプリンセスシステムがあるって話だ。あの国の姫君は、それはそれはちやほやされて育てられる。ルルーベット王女にはそのような騎士は付かなかったそうだけど、ジブラルタの姫君たちに何か思う所もあったんだろうね。……聞いた話では、ルルーベット王女はジブラルタでも、あまり良い扱いではなかった様だ。というか高飛車な向こうの王女にちょっと嫌がらせを受けていたんだって」


メディテ卿はニヤニヤしながら、手に持つ煙管を弄んでいる。

彼の足下には白い毒蛇の精霊のオルガム・オルガンが控えていて、なぜか俺を威嚇している。


「まあ、今のルルー王女の性格を形成するものが何なのかは分からないけれど、色々な事が色々と化学反応を起こしたんじゃないのかな? 幼い頃から愛に飢えているお姫様なのさ。……君のようなイケメン騎士君にちょっと優しくされたら、執着してしまうのも無理は無いかもねえ……」


「しかし、それならばなぜ、今になって王女はルスキアへ帰還させられたのでしょう。……今は積極的に御公務に励まれているではないですか。相変わらず、北の離れの塔に居ますけれど……」


「………さあ、何でだろうねえ」


「………」




ゆらゆらと、魔導研究学校の教師二名のタバコの煙が立ち上っている。

二人の視線は俺の出方を観察しているかの様に、どこか冷たく意味深だ。


俺は王女の事情を聞くと、色々と疑問もあったがとりあえず二人にお礼を言って、その場を後にした。



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