03:トール、ルルーベット王女に挨拶をする。
ルルーベット王女のご帰還を祝うパーティーが催された。
俺たちも王宮顧問魔術師ということで出席を許され、ルルーベット王女に挨拶をする機会がある。
聖教祭の時にもこのサロンでパーティーに参加した事があるが、あの時と変わらないシャンデリアと優雅な音楽が、今では見え隠れする沢山の思惑や陰謀を、誤摩化すための演出に思えて仕方が無い。
それだけ俺たちはこの王宮の事情を知って、その中に溶け込んでしまった。
「トール君、マキちゃん!」
「……あらユリシス、一週間ぶり」
「過労死してないか、ちょっと気になってた」
「ははは、寸前だとも」
ユリシスは婚約発表の後からも、変わらず王宮の仕事をこなしていて忙しそうだ。さらに教国の花婿としてのあれこれの準備もある。いまやユリシスは完全に王宮と教国のパイプのようなものだ。しかしユリシスのおかげで、その繋がりは少し明確になって、この時代には都合の良い事だとレイモンド卿はありがたそうにしながらも、寂しそうにしていた。
「ルルー王女に挨拶をするんだろう? あの子はとても健気で良い子だよ」
「関わりがあったのか?」
「勿論、一応僕にとっても妹なんだから。あの子が留学に行く前は、こっそり遊んだりしてたんだよ。何しろ第一王子の陣営や正王妃はアルフレードの兄上に構ってばかりで、あの子を使用人に任せっきりだったから」
「……へえ」
色々とあるんだなと頷きながら、ふらふらと料理の所へ行こうとするマキアを引き戻す。
王女に挨拶をするまではダメだ。
「何よ!! パーティーなんて食べ物を食べる場所でしょう!!」
「……普通の令嬢は、こう言った所では食べる事より殿方にダンスを誘ってもらう事の方が関心があるけどね」
ユリシスが笑顔で真っ当な事をつっこむ。
「ダンスなんて嫌な思い出しかないもの!! ええ、ここで踊ったわよねえ、あいつと!!」
「……」
そうだった。確か聖教祭のパーティーで、マキアはあのカノン将軍と踊って、大層嫌味を言われたのだ。
こいつにもトラウマとかあるんだな。
ルルーベット王女は、ショートボブの薄い金髪に、淡いブルーの瞳をした、清楚可憐な姫君であった。
光沢のあるシアンのドレスがマキアとは対照的で、プラチナとダイヤの施されたティアラが、いかにも王室仕様と言う様に品がある。
「お姫様なのに、髪が短いのね」
というマキアの謎のつぶやき。そこに疑問を持つのか。
「良いじゃないか。むしろ最先端じゃないか」
「……はん。あんたああいう、清楚そうなの好きよねえ……」
ヒソヒソと話していたら、ルルーベット王女が俺たちに気がついて、とても親しみやすい笑顔でこちらにやってきた。
「まあ、あなた方があの巨兵を撃ち倒したと言う魔術師ですか!? わたくし、とてもお会いしたかった……」
俺たちに気を取られ過ぎたのか、王女は途中何も無い所で躓き、そのまま前に倒れかかってきた。
「危ない!!」
俺はとっさに彼女を受け止める。
何とか王女様に怪我をさせずにすんだようだった。
「大丈夫ですか……?」
「……あ、あの……」
王女様はきっととても恥ずかしかったのだ。白い手袋をつけた小さな手で、顔を覆ってしまって。
隙間から見える顔は真っ赤で、ここ最近こう言ったタイプの女性を見てなかった分少し新鮮で微笑ましい。
「申し訳ございません、わたくし、とても浮かれておりまして……っ」
「い、いえ……」
色々と意外であった。王女様で、しかもあのアダルジーザの娘なのだから、もっと偉そうにしているタイプかと思っていたのに、この慌てよう。
なかなか可愛らしいお姫様じゃないか。
「あの、ありがとうございます。……あの、あなた様のお名前は……」
俺は彼女から少し離れ、胸の手をあて頭を下げ、挨拶をする。
「……王宮顧問魔導騎士のトール・サガラームと申します」
「まあ……トール様……」
俺が顔を上げると、ルルー王女は珍しいものでも見るようなキラキラウルウルした表情で俺を見ていた。
「ああ……黒髪や黒目が珍しいでしょうか。自分は東の国の出身なので……」
「いえ、とても……あの、素敵です……」
王女は頬を赤らめ、口元に手を当てると、少し視線を逸らし気味に言った。
目の前のふわふわした存在とは裏腹に、背後からじわりとマキアの視線を感じるのは、どういう事だろうか。
奴の特別感情を感じない視線が、むしろ怖い。
「……よろしいでしょうか?」
マキアの凛とした声。
背後から俺の隣に並んで、彼女も挨拶をした。
「私は王宮顧問魔術師のマキア・オディリールと申します。王女のご帰還を、心からお祝い申し上げますわ……」
「……ま、まあ……あなたがマキア嬢。あの巨兵を打ち倒した者の中に同じ年頃の女性がいると、お話には聞いていましたわ」
ルルー王女は色々な動揺を隠す様に、マキアの前では平静を装っているが、若干まだ心を乱しているようだった。
マキアは貼付けたような営業スマイルである。
「可愛らしいお姫様だったわね。レイモンド卿の話のせいで、正王妃のようなタイプかと勘違いしちゃってたわ……」
「………あれ、意外と高評価……」
「何で意外なのよ」
テラスの隅で食後のノンアルコールカクテルを飲みながら、マキアはじっと会場を観察していた。
「いやなんか……営業スマイルだったし」
「何だかあんたばっかり気に入られた様で、腹が立っていたのよ」
「ああ……そっち?」
「あんたを見るあのお姫様の表情ったら……。はあ、あんたまた、一人惚れさせちゃったんじゃない?」
「……それは俺が悪い訳じゃ無い。俺は、特別な事をした訳じゃ無いしな。男なら誰だって、姫君が転びそうになったら受け止めるだろう」
「はいはい、イケメンイケメン……」
マキアはフッと嫌みに笑うと、側にいたボーイにカクテルのグラスを渡す。
「食べるもん食べたし、もう帰ろうかな〜……」
「お前本当にレディーか? お前にとってパーティーってそう言うもんなの?」
色気より食い気か。
とは言え、マキアをダンスに誘う男も居ないし……。
いやまあこれは、俺がいつも側に居るからだと思うけど。
「………踊る?」
俺は一人ごとでも言う様に尋ね、マキアを横目に見た。
マキアは「はあ?」という表情の後、何か思いついた様に口元に手をあて笑う。
「……ふふ……ムードの無い誘い方ね。こういう時くらい、ちゃんと申し込めないのかしら」
と言う訳で、俺はマキアと向かい合って、サロンにいる紳士なら誰もがそうする様に、畏まって手を差し出し、ダンスを申し込む。
彼女は瞳を細め、どこか意味深にクスクス笑いながらも、ドレスを摘んで優雅に腰を折ると俺の手を取った。
きっと俺にこのような態度を取らせた事が面白くて仕方が無いのだろう。恐ろしい魔女め。
俺たちはデリアフィールドに居た頃、ダンスのレッスンで散々お互いを相方にして練習してきたのに、こういった格式高い場所で踊ると、それはとても不思議な気分を得るものだ。
大変な事になった。
ルルーベット王女が、俺を自分の専任騎士にしたいと申し出たらしいのだ。
レイモンド卿は俺を呼び出し、頭を悩ませながらもニヤニヤとしている。
「いやほんと……色男って罪だね」
「なんで笑顔なんですか? 俺にとっては生と死の狭間を彷徨う程の大変な事態ですよ?」
「マキア嬢かい?」
「当たり前です。俺は一応マキアの従者でしたし、今でもそうだと俺自身が思っています。それなのに、王女の専任騎士になってしまっては、マキアに……マキアが……」
マキアに申し訳ない?
マキアが怒る?
まあ理由は色々とある。
「レイモンド卿、俺は、マキアの誕生日プレゼントなんですよ」
「……なんだって?」
「あいつが7歳の誕生日の日、俺はカルテッドで御館様に拾われ、マキアに与えられたのです。こう言ってしまっては御館様が誤解を受ける事になるかもしれませんが、事実そうです」
「君はマキア嬢の所有物だと? 面白いねえ……元黒魔王様が元紅魔女の……」
「とは言え、平等です。かつてビグレイツ公爵が俺を引き抜こうとおっしゃったとき、マキアが公爵に言ったのが、それでした。俺たちは愛着故に平等だと。それに俺は御館様に、マキアをまかされています。王女様の専任騎士になってしまっては、マキアを気にかける事すら出来なくなってしまいます。それは俺自身……望ましく無い事です」
「……まあそうだろうねえ。ルルー王女はきっと、自分だけを守ってくれる特別な騎士が欲しいのだろうから」
「………?」
俺は少し疑問を抱いた。
先日、パーティーで会った王女は、そのように自分だけの騎士を求めるような女性には見えなかったけどな。
それと、ルルー王女の立ち位置がとても気になる。
もし彼女が第一王子の陣営なら、レイモンド卿に依頼すると言うのも不自然だ。
俺たち顧問魔術師は、どちらかと言うと副王サイドな訳だから。
「……ルルー王女はね、あちらの陣営の“捨て駒”だよ」
「……?」
「もうずっと前からね」
レイモンド卿は俺の考えている事を読み取った様に、そう言う。
とても気になる言葉だった。
「私からも一つお願いしよう。ルルー王女の、“監視”をね。王女があちらの陣営の事を何もご存じなくても、正妃や宰相たちは、王女を駒として動かすだろうから。……探ってくれるかい?」
「………それが、命令なら、命令とおっしゃって下さい」
「いやいや、頼み事さ。純然たる、私からの」
そしてバチッとウインク。
はい、プレッシャーウインクいただきました。
「ちなみにルルー王女の監視と言う事はユリシス殿下やマキア嬢には秘密にしておいて欲しい。ははっ、私が彼らに怒られてしまう……なんてね☆」
「……一応、そういった自覚はあるのですね……はあ」
おいおい、俺の身の安全はどうなる。
口止めされてしまっては、マキアに言い訳も出来ないじゃないか。
レイモンド卿は何をお考えなのか。先日俺たちのあの話をしたのは、この為だったのだろうか。
この人の長い戦略の一端を、まかされているに過ぎないのだろうから。
「一応、明日マキアに了解を得てからで良いでしょうか」
「……いいとも」
「……」
もうすぐマキアの誕生日だと言うのに、古い誕生日プレゼントがこのざまとは。
あいつは怒るだろう。