01:マキア、お茶会と青いラクリマ。
ここ最近の灰色の空は、木枯らしをいっそう寒く感じさせます。
ルスキアも本格的に冬に入ったようでした。
こんにちは、マキアです。
ついこの前、15歳になりました。
深いワイン色の厚手のローブを羽織ったまま、王宮の庭から渡り廊下に出て、回廊を下っていきます。
教国へ行く所なのです。
「マキア様……トール様に何も言わず、お部屋を出てよろしいので?」
「……なんで出かけるだけで、あいつに逐一言わないといけないのよ」
「いえ……前までどこへ行くにもトール様に報告していたので……」
「あいつは今、あの“お姫様”の護衛で忙しいんだから、これ以上仕事を増やすのも可哀想でしょ」
「……はあ」
相変わらずどこからとも無く現れるレピス。彼女の質問に、私は少しカリカリしながら答えました。
「ていうかあんた、そんな薄いローブ一枚で寒く無いの?」
「……私どもトワイライトの一族は、北の大陸出身です。このような寒さは、寒いうちには入りません」
「そうですか」
淡々とした瞳は、確かに寒さを全く感じていないと言うほどいたって普通。
私は回廊をてくてく歩きながら、一つため息をつきました。
「やはり、お誕生日の事が、応えているので?」
「………」
「仕方ありません。トール様も急なお仕事だったのです。ジブラルタの留学から帰ってこられた第一王女ルルーべット様に、どうにも気に入られたようですね、トール様は」
「……はん」
事の発端は、約二週間前。
私の誕生日の数日前の、王女様ご帰還パーティーにて、我々顧問魔術師が挨拶した時の事。
多分もの凄いおっちょこちょいなお姫様なんだろう。
私たちに愛想良く近寄って下さった時、彼女は思わず転んでしまって、そこをすかさずトールが受け止め助けたのです。あの時のお姫様のときめきMAXな表情ときたら。
少女漫画の演出でよくある、あのシャボン玉が沢山見えましたよ。
その後、お姫様はトールを「トール様」と呼んで、自分の専任騎士にしたいとレイモンド卿に申請したとか。
それでちょうど私の誕生日の日に、トールがルルー王女の遠征視察の護衛として連れて行かれてしまったという訳。
ええ確かに、私は“元”主であいつを拘束する力は無いですけど、これはあんまりに面白く無い展開だわ。
それからと言うもの、私は露骨にトールをほったらかしています。
「いらっしゃい、マキア、レピス!!」
両手を広げ、私たちを教国にてお迎えしてくれたのは、ペルセリス。
相変わらず童顔で、凹凸の無い小柄な体つきだけど、これでももうすぐ人妻です。
私とペルセリスは、あの秋の出来事以降、より親密になりました。きっと彼女に記憶が戻ったから、同じ目線で話せる様になったのでしょう。
「むっ、なあにそれぇ!! トールはマキアの騎士でしょうっ」
「……まあ別に、そんな契約があった訳ではないけどね。あいつが勝手に継続してただけっていうか……」
「流石は黒魔王様……と言った所でしょうか。おモテになりますから」
「むう〜」
確かに、奴は異常にモテる。今までだって、王宮内で沢山の女性に桃色の視線を投げかけられ、黄色い声を浴びせられていました。
その女たちの中に、私以上の地位を持った者が今まで居なかっただけの話で。
教国の一室にて、こっそり持って来た焼き菓子を机に並べ、女子だけのお茶会。
ペルセリスは唇を尖らせ、さっきから「むう」と唸っている。
「……トールはマキアの騎士なのに………なのに……」
「いや、もういいわその話は。……ところで、あんたたちは順調なの?」
私はペルセリスにユリシスとの話題をふってみました。
するとペルセリスはパッと表情を赤らめ、そしてゴホンと咳払いをしたあと、なぜかシュンとします。
「……何、今の百面相」
色々と気になります。
「この前ね……ユリシスに手料理を食べてもらおうと思ったの……」
「うんうん」
「でもね……私、教国のまずいお粥しか、お料理知らないの……」
「……う、うん」
「それでもユリシスはおいしいよって言って食べてくれるの。でも少し青白かったの……顔が」
「……」
もじもじ指をいじりながら、何ともその場のイメージが浮かびやすいお話です。
ユリシスは頑張って食べたんだろうな……と。白いのは元々だと思うけど。
確かに一度ここのお粥を食べた事があるけれど、正直言って、あのドロドロは食えたもんじゃありません。ペルセリスがいつまでたってもこんな体型なのは、あのお粥のせいだと、私は思います。
「私とユリシスが一緒にいると、たまにお兄ちゃんが乱入してくるんだけど、お兄ちゃんはそのお粥、正直にまずいって言ったの。私が作ったんだって知らなかったから……。きっとそれが正直な感想だよね」
「……あ、あいつは嘘がつけなさそうだもんね〜。っていうか、乱入って何よ?」
「……下世話ですね」
と、私たちが奴の事を話していた時、ちょうど話でも立ち聞きしていたかの様に“奴”が乱入してきたのです。
教国の司教服をどことなく着崩して、悪魔みたいな面ぶら下げて。
「俺様の国に足を踏み入れたって事は、俺の聖なる裁きの鉄槌を受けるってことだよな〜紅魔女。はい、死刑決定!!」
「……うわ出たよ。あんたに聖なる裁きって言われても、苦笑いしか出ないわ」
堂々の、エスカ登場。
これでも一応、1000年前の聖灰の大司教の生まれ変わりなんだから、世の中何があるか分からない。
「はっ、女だけでお茶会とは。紅魔女、お前最近黒魔王に捨てられたって話じゃねーか!! はははウケる〜!!」
グサッ
見えない何かが背中から突き刺さった音がした気がしました。
「白賢者ももう人様のものだし、お前もいよいよ寂しい女だな。まっ、安心しろ。すぐに俺が殺してやるから、墓に入る準備をしとく事だ。墓なら俺が一生面倒見てやるから」
エスカはそう言いながら、私たちのテーブルの上にのった焼き菓子を一つ摘んで、一口で食べます。
悔しいので、フォークで横腹を刺そうとしたけれど、ひょいっと避けられてしまいました。こいつ、反射神経だけは良いんだから。
「もうお兄ちゃん!! マキアを殺すなんて、言っちゃダメ!!」
「……み、巫女様……」
エスカはペルセリスに怒られると、急に態度が小さくなります。
奴は実の妹であるペルセリスに異常に弱いのです。
「そもそも、人に救いの手を差し伸べる司教が、人を殺すなんて言っちゃダメでしょう!!」
「……は、はあ」
終いにはペルセリスに説教されています。
ずっと様子を見ていたレピスが、紅茶をすすりながら「相変わらず巫女様には弱いのですね……」と。
まったくその通りです。
「こいついったい何しに来たのよ」
ぽかぽか叩かれながら、部屋から追い出されそうになるエスカ。
まあ多分、構って欲しかったんでしょうね。
「ちょ、ちょまって……待ってください巫女様!! 俺は一応話があって……」
「……?」
エスカは深い司教服の袖の中から、慌てて一つの手のひらサイズの魔導水晶を取り出し、それを私の目の前に置きました。
「これは映像記録ラクリマだ。フレジールの最新技術の一つだが、ここに、つい先日フレジールの北の海岸に現れた遊撃巨兵との戦いの映像が映されている」
「……!?」
私は思わず眉を寄せ、エスカを見上げました。
「……あんた、これいったいどこから」
「はん……俺様は他大陸の調査隊員だったんだぞ。世界の情報が逐一入ってくるだけの網は仕掛けてある。これは、最近戻ってきた調査員の記録したものだ」
「……」
私はその丸く青いラクリマを手に取りました。
ずしりと重いその水晶には、いったいどんなものが記録されていると言うのでしょう。
「これ、私が見ても言いの?」
「……俺様はもう何度も見た。それはお前たちに渡すと言うのが、教国の判断なのだから、俺はそれに従うまでだ」
「…………」
「フレジールのシャトマ姫と、カノン将軍の戦闘が映っているぞ」
「!?」
驚いた事は色々あったけれど、一番驚いたのは、エスカがあの二人を知っていた事です。
「あんた、あの二人を知っているの?」
「当然だ。……この時代で対面した事は無いがな」
「……?」
この時代……?
少し気になる言葉です。
「おい、それはお前にちゃんと渡したからな。誰といつ見ようが勝手だが、貴重な情報の宝庫だ。扱いには気をつけろよ」
「……う、うん」
「俺様に感謝の言葉を述べよ。20文字以内で」
「は? 別にあんたのおかげじゃないでしょう。教国の指示なら……」
「はい20文字オーバー。死刑決定!!」
「……もうっ、お兄ちゃんまたそう言う事言う!! ダメでしょうっ!!」
「み、巫女様……」
最後のペルセリスとエスカのやり取りがだんだんと固定化してきています。
レピスが「微笑ましいですね」とどこか遠くを見ている。
エスカが逃げる様に部屋を出て行った後、私たちもそろそろ教国を出る事にしました。
最近暗くなるのが早いため、活動時間が短くなって困ります。
「ねえペルセリス、あんたもこの映像、見たい?」
「……うーん、実は私、お兄ちゃんと一緒にもう見たの。だから、マキアはユリシスとトールと一緒に見て」
頬を人差し指で掻きながら、ペルセリスは答えます。
少し意外でした。ペルセリスがこういった戦争の映像を、すでに見ていたと言う事が。
「マキア……トールと仲直りできたらいいね」
「……それは別に、もう良いのよ。別に喧嘩してる訳じゃ……無いもの……」
ペルセリスの言葉に、私は語尾をゴニョゴニョと。少し小声になってしまいました。
だけど彼女は色々とお見通しだと言う様に、口に手をあてコロコロと笑っています。
見た目は幼い少女のようなのに、記憶が蘇った事でえらく達観した存在になってしまったなあ。
「マキア様……そろそろ日が沈みます。王宮へお戻りにならないと」
「あ……ええ。分かってる、今行くわ」
レピスが教国の門の側で、沈みかけている夕日を確かめつつ、私を呼びます。
私はペルセリスに軽く手を振って、その教国の門を出て行きました。
寒いです。
でも、汗が背を流れているのが分かります。
手に抱える青いラクリマが嫌に気になって、思わず早歩きになってしまっていました。
いったい何が映っていると言うのか。