*速水栄太郎、それは未知なるもの。
こんにちは、僕は速水栄太郎。
今年の文化祭で噂の『うちのかっぱ知りませんか?』を企画するきっかけになった超重要人物は僕だ!!
と言いはれる、UMA同好会会長の、速水栄太郎です。
ここは既に人がまばらになった運動場の端。旧棟に帰る渡り廊下の側だ。先輩として、頑張ってくれた懺悔同好会の一年生たちを労いに行った所だった。
「あれ、速水先輩いままでどこに居たんですか?」
「……ずっと居たんですけどおおおお。割とすぐ側でずっと見守ってたんですけどおおお」
「へえ」
「……」
企画代表戦は、女装大会と二人三脚障害物競走の両方を観戦しに行っていた。
両方とも、君たちの側で観戦していたつもりだったんだけど。
さきほど戦いを終えた織田さんと斉賀君が、タオルで汗を拭きつつ不思議そうな目で僕を見る。
忘れてないよねえ、僕の事。
「おい速水!!」
突然大きな声で呼ばれた。この声は黒木先輩だ。
案の定、振り返るとそこには僕より頭一つ背の高い黒木先輩が。
「お前、副会長が呼んでいるぞ」
「…………へ?」
先輩の指差す方向に、副会長が柱にもたれて立っていた。
どことなく気まずそうな、何とも言えない表情で、自分の後れ毛をいじっている。
「おい、懺悔同好会の一年共は本部に帰ってろよ。ご褒美があるぞ」
「先輩それは食べ物ですか!!?」
織田さんが手をびしっと上げて、真面目に聞いている。
この人本当に食べる事が好きなんだな。そんな細身を保ってられる事が凄いや。
「おうよ。食い物がたんとあるぜ。そろそろ祭りも終わるから、模擬店がどこも半額になりだしたしな」
「先輩大好き!!」
「ふん、惚れんなよ?」
「……それは無いですけど……」
「………」
一年生トリオがこちらを気にしつつも本部に帰り、僕は副会長の佐久間さんの所へ。
何を言われるのか怖い、怖いけど……大丈夫黒木先輩もいるもんね!!
「……速水君」
「はっ、はい……っ?」
変な声が出てしまった。副会長に名を呼ばれると、数ヶ月前の会議でのトラウマが蘇り、冷や汗が止めどない。
副会長は至って真面目な顔だった。
「……負けです」
「…………へ?」
「私が全面的に間違っていました……。UMA同好会の展示室を取ってしまって、ごめんなさい。文化部の展示を、地味だなんて言ってしまって……本当にごめんなさい」
「……副会長?」
「こんな凄い企画を立ち上げるなんて、あなたたちは凄いね」
何だろう、やけに素直で逆に怖い。
「……な、何を考えて……」
「失礼ですね〜。私だって色々とお仕事してるんですから、本物と偽物の区別くらいつきます。……あの横断幕を見た時、完全にやられたと思ったんです。そしてこの企画は……本物ですよ」
「………」
何だろうか。
言い様の無い気持ちが胸の奥からこみ上げてくる。
ああ……自分たちは“頑張った”んだな。
数ヶ月前、自分の研究や展示を馬鹿にされ展示室まで奪われた、その悔しさをバネに文化部の皆でここまでやってきたが、副会長が僕らにあの条件を提示しなければ、果たして「うちのかっぱ知りませんか?」はここに存在していただろうか。自分たちはこんなに頑張ったのだろうか。
「おい副会長。俺はな、お前に散々反抗したが、基本の所は正しいと思っている。確かにこれは、ただ一つの高校の文化祭かもしれないが、盛り上げる努力はするべきだ。毎年文化部の展示は地味で、盛り上がらないのも事実だからな」
「……黒木先輩」
「副会長、お前が俺たちを旧棟に追い込まなければ、この企画も生まれなかった。俺たちだって、意地になってあんなに頑張らなかっただろうからな。そう言った意味では、俺はお前に感謝してるんだぞ。一回ぎゃふんと言わせる事が出来たんだったらそれで十分」
「………ぎゃふんです、先輩」
「うわあああ、何それあざとおおおお!! あざてえよ畜生っ!!」
副会長は瞳をゆらしながら上目遣いで黒木先輩を見上げている。
僕も便乗する様に「そうとも!!」と言ってみたけれど、別に僕には何も言ってくれなった。
副会長はクスッと笑うと、「お人好しですねえ、二人とも」と、いつもの軽快な口調に戻る。
やはりモデルなだけあって微笑みは可愛らしく、今まであんなに憎らしかったのに、色々とどうでも良くなる。
僕ってちょろいなあ。
「だったら来年も、文化部をこれくらい追いつめた方が良いのかな〜。今回かなり悔しい思いをさせられたしね〜」
「……え」
「あっはははは。その頃、俺は卒業しているから関係ねえや」
黒木先輩は豪快に笑いながら、俺と副会長の肩に手を乗せる。
「だけど、速水、お前がいるもんな?」
「………へ?」
「このかっぱ企画、俺と一緒に中心で活動していた二年生なんだ。来年はお前が文化部連合のトップだ」
「……ええええええええ??? 何ですかそれっ!!」
「今決めた。来年もこれに負けないくらいの企画を考えてくれよ」
「そ、そんなあ……」
黒木先輩は、その後副会長に一つ物申す。
「副会長、来年文化部を追い込むのは良いが、俺が抜けても速水が居るし、それに一番怖いのは……」
「……懺悔同好会ですよね〜」
「そうそう。あいつら、普通の人間じゃ無えから」
文化部全員が、それぞれの役割を持って余すとこなく頑張ったのは確かだが、MVPを語るなら、それは間違い無く懺悔同好会の三人だろう。まだ一年生でありながら、あの存在感とポテンシャル、影響力で、この文化祭を多いに盛り上げてくれた。
それは副会長が一番、身を以て感じ取った事だろう。
「むしろあの子たちは、私たち生徒会がスカウトしたいくらいですけどねえ…」
副会長は顎に人差し指を当て、視線を斜め上に流す。
「あっはははは。あいつらはそんな窮屈な組織に収まるタマじゃねえよ」
「何て言うか、飄々としてますよね、彼らって……」
僕もそこの所は納得出来る。
懺悔同好会の彼らは、先輩とか生徒会とか、目上の人とか権力とか、そんなものでは動かない。
年下なのに、どこか雲の上に入るような感覚にさえなるほど、とても巨大な存在に思える時もある。
「織田さんは食べ物で釣れるけど……」
「織田がどうにかなれば、何だかんだ言って斉賀も一緒に釣れる。由利は一番常識人だから、会話で突破口を見つけたいなら、奴から話しかけてみろ」
「あれ……なんでいつの間にか懺悔同好会攻略方法の話に……?」
そんなこんなで、僕らは文化祭二日目にして、ここ数ヶ月の睨み合いに決着をつけた。
僕と副会長は軽く握手して、今回は僕ら文化部連合の勝利と言う事でお互い頷く。
だけど、ここから来年の戦いが始まったと言っても良い。
黒木先輩が卒業した後の、来年の文化祭こそ、僕ら文化部の力が試される。
来年も頑張ってもらう為に、懺悔同好会とは仲良くしておきたいものだ。
きっと副会長も彼らを攻略すべく動くだろうから。
文化祭最終日は、前日の代表戦の成果か「うちのかっぱ知りませんか?」企画は連日を上回る盛況っぷりで、休日だったこともあって噂が噂を呼び外部からも多くの客が押し寄せた。
まるで旧棟が本館の様だ。
最終的に総合企画賞で1位をゲットし表彰され、打ち上げ費用をゲット。
黒木先輩胴上げ大勝利の結果に終わった。ついでに僕も胴上げされた。
そして何故かミス・青高に静ちゃんが勝手にノミネートされていて、知らないうちに優勝していたと言う始末。
副会長は二年連続ミス・青高になる事は無く準ミスだったが、なかなかどうして、すっきりした表情だった。
こうして、青高の文化祭は、盛況のうちに幕を降ろしたのだった。
「文化祭の片付けは明日から本気出す!!」
と言う事で、文化祭の終了後、さっそくもらった打ち上げ費用で、高校生らしく打ち上げに行く事になった我々かっぱ同盟。
どこが良いかと尋ねると、織田さんが「焼き肉!!」と素早く手を挙げたので、皆ニッコリと、それで良いよと。
織田さんはここ最近ペットみたいな可愛がられようで、何だか微笑ましい。
美人なのになあ。
「えー、文化部の皆様、かっぱ祭りの大成功、大勝利を祝して、はい、カンパーイ!!」
「カンパーイ!!」
新宿の焼き肉食べ放題のお店で、黒木先輩の号令でジュースのグラスを高々とあげ、それをぶつけ合う高校生たち。
皆やはり達成感に満ちた表情である。
僕もそうだ。
僕はたった一人でかっぱの事を研究してきたから、こんなに多くの人と何かを作り上げる事は今まで無かった。
文化部と言う、どこか日陰でこそこそと活動してきた僕らが、小さなプライドを寄せ集め、それを守る為に一つのプロジェクトを進めてきた。こつこつ、こつこつ……手を動かし、考え、ものを作っていく。文化祭の為に沢山の時間を割いて、完成度を上げて行く。それが出来たのは、やはり文化部と言う特徴を持った部活が、その部員たちが集っていたからだと思う。
弱小の部活だってこうやって集まれば、巨大な何かに作品で対抗出来るのだと言う事を示したかった。
今回たまたま、そのテーマが“かっぱ”であっただけで、きっとこれから、皆それぞれの文化的なテーマを追究していくのだろう。
手元には、先ほど映画部部長に手渡された、今回企画内で上映した「うちのかっぱ知りませんか?」の映画のDVD。
何故かもの凄くホラーチックで怖いイラスト付きなので、家に持って帰ったら速攻机の中にしまおうと思う。
でもいつか、またこの映画を見た時に、今回の文化祭を思い出すんだろうな。
「それ私がじっくり焼いていた肉なのに!! 何で食べちゃうのよ透!!」
「は? 食べ放題なんだからまた取ってきて焼けばいいだろうが」
「たまには野菜も食べないとマキちゃん。美容に良く無いよ」
側で騒いでいる懺悔同好会の三人に、ふと目が行った。
本当に不思議な三人組だ。普段は旧棟の奥の、使われていない美術準備室でひっそりこっそり活動しているくせに、いざ出てくるとどうしても目立ってしまって、誰もが影響を受けるのだから。
「織田ちゃーん!! 特上カルビ追加されてるよーう!!」
美術部一年生の丸山さんが、赤渕の眼鏡を光らせて織田さんを呼んでいる。織田さんは「ロースも!!」と言いながら席を立って行ってしまった。
「どうにかしろよあいつの食い意地をよお、なあ由利……」
「……まあ良いじゃないか透君。食べ放題なんだから」
「そう言う問題じゃねえよ。女としてどうなのかという話をしているんだ」
「育ち盛りなんだよ、ね?」
「お前はあいつを甘やかし過ぎだ」
斉賀君と由利君が、織田さんの事についてぶつぶつ言っている。
まるでお父さんとお母さん。彼らの関係は、やはり謎だ。
焼き肉の香ばしい香りの中、ふと考えてみる。
いったい彼らは、何を“懺悔”するためにあの同好会を作ったのだろうか。
何を追究する為に?
彼らに会った始めの頃も、その疑問を持った事があったが、今はより彼らを知った事で、疑問に答えを求めたくなる。
僕は未知なるものが好きだ。
「…………」
ザワザワ……
焼き肉の香ばしい匂いの中、誰もがうかれ、飲み食いしている。
と、その時、大量の肉を器に盛って帰ってきた織田さんが、僕の脇に置いてあるかっぱのDVDに注目した。
「先輩、それ何……うわあ、怖……」
表紙のかっぱのイラストは、確かに若干ホラー。
「ああ、これ今回の映画のDVDだよ。映画部か黒木先輩に言ったらもらえると思うんだ」
「怖いけど欲しい気もする……」
彼女はまじまじとそれを見ながら。
僕はその時、思いきって聞いてみた。
「ねえ……君たちはいったい、何を懺悔しているの?」
「………」
僕の質問に、織田さんは少しきょとんとしていた。
しかしすぐに、こちらがドキッとする程とても大人っぽい表情で笑って言った。
「ずっと……ずっと昔の事」
「………?」
「私たち三人が、大喧嘩してた時の事よ。……“絶対”忘れない為に、記録しているの」
「……」
そして彼女は、待ちきれないと言う様に席に座って、肉を網にどんどん置いていった。油分の投下で網から炎が昇り立って、「危ねえよ!!」と、斉賀君がつっこんでいる。
「………ずっと昔の事……か」
彼女はそれ以上の事は、教えてくれなかった。
なんだかとてもふわふわした、不思議な心地になった。
何も納得出来ていないのに、それで良いんだと言う様に。
そうだ。彼らは未知なる存在だから、それで良いんだ。UMAみたいなものだ。うん。
「おい速水、お前来年から根性出して頑張れよ〜?」
黒木先輩が絡んできた。
そして、こんな所で「来年俺の後任速水だから〜」と言っている。その場の空気とジュースで酔っぱらえる人の様だ。
「おい、懺悔同好会。お前たちもちゃんと、来年こいつに力貸してやれよ」
「……」
「何だよ、楽しかっただろ?」
「……来年も、焼き肉食べられるなら」
織田さんが口をモゴモゴさせながら。
斉賀君はため息を落としつつ、でも文句も言わない。由利君は困った様に笑いながら「でも女装はもう……」と。
だけど、NOと言われた訳では無いから、彼らもそれなりにこの文化祭を楽しんでくれたのかな。
後輩だけど、どこか頼もしい。しっかりしていると言う訳ではないし、どこか適当なのに、彼らがいるだけで来年も負ける気はしない。
もちろん、彼らに頼らず全ての面で戦略を練り、クオリティの高い文化祭企画を作る事が一番大切だけど、この安心感はありがたいものだから。
色々と理不尽な事からスタートしたけれど、今年はとても楽しかった。
来年の文化祭がどんなものになるのか分からないけれど、彼らと作る何かがあるなら、僕はとてもとても楽しみだよ。
僕たちのかっぱ祭は、まだまだこれからだ。
思いの外長くなったかっぱ祭編も、やっと終わりました。
読んで下さってありがとうございます。