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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
外伝2 〜地球・文化祭編〜
122/408

*透、勝利の女神とラストスパート。


「さてさて!! 障害物競走は続きまして、名物“グルグルバット”だあああ!!」


「二人三脚でグルグルバットは死ねる!!」


と、言いつつも語尾に笑い声を含んでいる実況席のひとでなし共め。

人ごとだと思って!!





続きまして、透です。

パン食い競争で巻き返しをはかり、ただいま三位に浮上した我々かっぱ同盟代表は、麻布に入ってぴょんぴょん跳ねるあれを難なくこなした後、新たな障害物に直面してしまった。


「グルグルバットなんてやった事無いんだけど!!」


「お、お前中心でバットもって回れよ。俺が外側の方がいいんではないかと……」


多分不器用なマキが俺に合わせるのは無理だ。

俺がマキに合わせなければ。


「ほれ、早くバットを持て!!」


「え? なにコレおでこ付けて回るの!?」


マキは半分パニック状態で、その場にてグルグルやりはじめる。


「うわっ……うわっなにコレ」


これは新感覚である。

小刻みに回る真紀子に合わせる事がどれほど難しいか思い知る。


他のコンビも同じようであるが、足がすぐにもつれそうになって、あまりに不格好。

観客たちの笑い声すら聞こえる。


「あ……あわ……ああああ」


10周してやっと進む事が出来るが、今までグルグル回っていた俺たちがすぐにまっすぐ走る事も出来ず。

特に真紀子の蛇行っぷりが危うく、コースを外れそうになるのを俺が踏ん張って引っ張る始末。


「やばいやばいやばいって……目が、目がアアア!!」


「落ち着けばかっ」


とは言え、こればかりは他の選手たちもかなり苦戦している様で、目が回って転けたままなかなか立ち上がれないコンビも居るし、お前らどこ行ってるの!?ってくらい斜めに突っ走っていったコンビもいる。


「千鳥足で二人三脚かよ……」


副会長コンビはどうだろうと思って確認した所、驚いた事に奴らは無理に走らず、回転直後は二人で足並みを揃えてゆっくり歩いていた。

そしてかけ声と共にゆっくりペースをあげていると言う所だ。


ブロだよ、あんた達……。


「さあて、1位を独走中のメイド執事カフェ代表副会長コンビに、悪戦苦闘しつつ二位まで舞い戻ってきたかっぱ知りませんか一年生コンビ!! クルクルバットの魔の手に引っかかり立ち上がれない戦士たちも続出だああああ!!!」


「うーむ……副会長コンビは上手い事やりましたね。回った後は無理に走らずゆっくり歩いた方が無難だ。あと、かっぱコンビはあれですね。斉賀一年生が完全に引っ張ってますね。織田一年生は目が回ってそうなので。こういう時は、目が回ってない方に色々委ねた方がいい。……むぐっ……あ、高菜めんたいうめえ」


「なにおにぎり食べながら解説してるんですか黒木君」


「だって俺まだ昼飯食ってなかったし」


お茶の間実況が歓声の合間から無駄に聞こえてくる。

俺は次の障害物を確かめた。


「おいマキ、次はなんだと思う?」


「もう何だって……どんと来いって感じよね、ハハ」


半分魂の抜けているマキである。


「ところがどっこい、二人羽織だ。ソバが食べられるぞ」


今まで目が死んでいたマキが、パアと表情を変えた。

よしよし。






「って、食べるのは男の方なんかい!!」


足を結んでいるバンドをいったん外し、用意されたブルーシートの上で、二人羽織のソバ食いに挑戦する。

二人羽織をこの競技の中に入れ込んだ者はいったい何を考えていたのか。


マキは自分が食べる側でない事に憤怒していて、それ以上の事を考えられない様だが、こ、これは……。

要するに一人が袖に腕を通さずに羽織った羽織の背の中に、もう一人が潜り込んで、袖に腕を通し前の人に食べ物を食べさせたりするあれなわけだが。別にここまでは何て事無いのだか。


「……」


胸が……胸があああああ!!!

ええ、ここまで言えば分かりますね、ちょっと高校生男子らしく叫んでみました。

悪く無いと思います。


「何で私が食べられないのにこんな事を!!」


「い、良いから早く箸でソバを……って、そこは鼻だって。やめろ馬鹿!! い、いててててて」


「もう一つ鼻の穴増やしたろーかっ。しゃきっと食べんかい!!」


箸が口じゃない別の所に突き刺さって痛いって。

あれ、何でだろう。さっきまで胸が背中に当たってちょーやっほーとか思ってたのに……。

キャッキャウフフな二人羽織のはずなのに、何故か背後から喉元に刃物を突きつけられているような緊張感に襲われる。

マキの謎の殺気のせいだろう。流石前世、最悪の魔女だった女よ。


「ほらほら、食べなさいよ。私がこうやってじきじきに食べさせてあげてるんだから」


「真紀子さん、食べ物は目から食べる事は出来ません。口に持って来て下さい!」


「おいしい? ねえおいしい?」


「味は普通と言うか、味わっている場合じゃねえよ」



なんでこんな難易度の高いマニアックな競技を盛り込んだのか。

俺はだんだんとマキの箸の動きの法則性を見つけ、基本斜め右上に行きやすいその前で食べることで、とりあえず素早く一杯分完食。

急いでバンドを足につけ、再び走り出す。


「おっとおおお!! かっぱ同盟コンビ、最初は痴話喧嘩していたようだが、だんだんと息が合っていって一番乗りで完食したぞおおお!! 副会長コンビは少し苦戦しているようだ!!」


「斉賀一年生の顔に争いの跡が。まあ、傷跡は男の勲章だから良いか」


と、黒木先輩が言うと、どこからとも無く女子たちのブーイングが。

「斉賀君の顔に傷があって言い訳無いでしょう!!」「許すまじ!!」と。

しかし最終的に傷跡も良いかもしれないという部分に丸く収まったようだった。訳が分かりません。


「っていうか、今1位なの!?」


「そうだ。このまま突っ切るぞ。障害物はあと一つだ!!」


「あと一つって何よ!!」


「……あ、あれは……」


えっと、あれと言うか、何も無い。

50メートルほど、何も無いのだ。


「さあ、ラストスパートはもう障害物なんて何も無いので、一生懸命息を合わせて走ってもらうのみ☆」


のみ☆じゃねえーよ……。

のみじゃねーよ!?


「こ、これってまずいんじゃないかしら……」


「お察しの通り……すでに背後には……」


ちらりと後ろを見ると、さっきまで二人羽織に手間取っていた副会長組がすでにそれをクリアし、こちらに向かって猛ダッシュしていた。

副会長の顔はマジだ。その相方の顔は何故か見えない。


「やべえって、このままだと追いつかれるぞ!!」


「ダッシュ、ダーッシュ!!」


足の速さなら断然陸上部の方が早いにきまっているし、本来ならもっともっと前に差をつけておくべきだったのだ。

俺たちは青ざめながら走る足に力を入れる。


だがそれではダメだ。


「ちょっ、先走るなお前。揃えろ」


「わわわ私の方があんたより足が遅いんだから、私の全速力にあんたが合わせてよね!!」


って言い合ってる場合じゃないってのに。

来る!! きっと来る!! 

訓練されたあいつらが俺たちを抜かそうときっと来る!!


「おおっとおおお!! これは副会長コンビとかっぱコンビの一騎打ちになりそうだ。君たちの行く道には何の障害もない!! ゆけえええええ!!」


「うおあああああああ!!!」



ここからほんの10秒程の間、音の何もかもが聞こえない、スローモーションのふわふわしたラストスパート。

実際はもう目の前の道しか見えない修羅ロード。


徐々に差が縮まっているのが、背中にひしひしと感じるあちらさんの闘志で分かるが、振り返ってはいけない。


もうこうなったらテクニックとか策とかそんなものは関係ない。

一瞬のためらいや怯みが命取りだ。


「うわあああああああ!!!」


「いけえええええっ!!!」


俺もマキもただ無我夢中で足を進めた。お互いの本来の歩幅は違っていても、自ずと分かるそのテンポを無意識に意識して。


二人三脚でポッと組んだあいつらに、最後の最後に負ける訳にはいかない。

俺たちがいったいどれだけの長い時間を、争ったり罵ったり、お互いを知ろうとしてきたのか、この会場にいる誰もが知らないだろう。ただ一人由利を除いては。


あれ、なにこれ走馬灯?



「マキちゃーん、透くーん、頑張れーーー!!!」



大きな声援や実況はまるで聞こえてこない一瞬の風の中、その声だけははっきりと耳を抜けていった。

ゴールテープの向こう側に、由利がいる。親指をグッとあげ、「GO」と言っている口の形だ。

この際女装姿を気にしないで、勝利の女神的な何かだと思えば良い。


マキにもそれが分かっていた様だ。彼女は顔を上げ、足に力をこめ、手を伸ばしている。

白いゴールテープの向こう側の、微笑む勝利の女神、静ちゃんの方へ。


「って、転けたああああああ!!!!」


「うええええええええええ!!!?」


最後の最後、白いテープを上から切る様に、俺たちはそのままずっころんだ。むしろ転けたから胸が先に白いゴールに達したと言っていい。ほぼ同時に副会長組がゴール。

もくもくと黄土色の砂埃が舞って、それが消えていくまで、俺たちは立ち上がる事が出来なかった。


一瞬の沈黙。


「……か……」


そして、勢いよく鳴り上がる、歓声。


「か、勝ったあああああああ!!!!!! 優勝はかっぱ同盟、かっぱ同盟です!!!! なんと最後の最後で体を張ったゴールイン!!! 緑の色をした、文化部連動企画『うちのかっぱ知りませんか?』の一年生コンビが見事僅差にて優勝おおおおおおお!!!!」


「うおああああああ!!!!」


今までで一番大きく、語尾を長くした白熱した実況席。

別に意図的に転けた訳でなく、たまたまマキが由利の方を見て足下を気にしなかったから転んじゃった訳だけど。


でもそう言った意味では、やはり静ちゃんは勝利の女神と言っていい。



「おい……大丈夫か」


「……うっ……膝小僧痛いよう……」


「痛いようて……」


お互い随分力を出し切ったようで呼吸が荒い。


しばらくして俺はマキと繋がっていたその足のバンドを外し、やっとこさ短い運命共同体の関係から解き放たれ、立ち上がった。なかなか立ち上がらないマキの手を引っ張って立たせる。


意識して会場を見渡すと、歓声凄まじく「かっぱ!!かっぱ!!」コールが鳴り止まない。実にシュール。

俺たちが申し訳程度に手を挙げると、更に歓声が上乗せされ、観客たちの熱が冷める事は無い。


「やあ〜お疲れさま」


由利がタオルとスポーツ飲料を持ってやってきた。静ちゃん登場で更に歓声が大きく野太くなる。

ちらりと側の副会長を見ると、俺たちに負けた悔しさをどうしても隠す事が出来ないと言う様に、俯いて拳を震わせていた。


「なんでこんな事に……っ」


絞り出すような小さな声だ。

当然、彼女からしたらこんな予定ではなかったのだろう。

文化祭を盛り上げる為に排除した文化部が、前例のない程文化祭を盛り上げる事になるとは。


でも、結果的に文化祭は盛り上がっているのだから、副会長にとっては都合の良い事だと思うけどな。

ある意味彼女がいたから作られた企画なのだから。



「さあ黒木君、君たちの企画を宣伝して良いアピールタイムだよ」


「……ふん、今更そんなもんが必要なのか?」


実況席にて、黒木先輩はどこか格好付けてフッと笑うと、大きく手を挙げる。

それが合図だと言う様に、いきなり旧棟の二階の窓から緑色の大きく長い横断幕が現れ、それに気がついた者たちがザワッとし始める。そこには「うちのかっぱ優勝おめでとう!! ※旧棟二階にて絶賛かっぱ中」と書かれている。ぬかり無い。

旧棟二階に並ぶ文化部のかっぱ同盟メンバー120人ほどが、窓から「おめでとー!!」と叫んでいるのが分かり、運動場にいる観客や生徒たちも、そのパフォーマンスに呆気にとられていた。


かっぱの着ぐるみを着た者、和装喫茶の袴や着物を着た者、映画の探索隊の服を着た者、裏方の体操着の者、制服の者、沢山沢山いるけれど、皆それぞれの大事な仕事をこなしながら、一つの形あるものを作り上げながら、俺たちを信じてくれていた訳だ。


「……すごーい……」


「あの横断幕ね、夏休みから用意していたらしいよ。先輩の中にはもう優勝しかなかったんだね」


「それはそれで随分なプレッシャー……」


いやしかし、これは旧棟が運動場から見える位置にあり、また二階を全部利用出来る同盟企画だからこそのパフォーマンスと言える。

いつからこれを考えていたのか、確かに口で宣伝するよりよっぽど印象に残る。


副会長の提示した不利な立ち位置や場所を、完全に逆手に取ったアプローチなのだ。





「…………」


当の副会長はさっきまであんなに悔しがって表情を歪めていたのに、その緑色の横断幕が現れると、一時は驚いた様に瞳を見開いていた。しかしだんだんと、ポカンとしたようなぼんやりしたような、力の抜けたような表情になっていって、ただただそれから目を背ける事が出来ない。



俺たちに向けられる不思議すぎるかっぱコールの中、彼女は立ち尽くしたまま呆然と、その濃い緑色の横断幕を見つめていた。



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