*真紀子、無言のガラパゴス。
真紀子です。
文化祭の企画代表戦第一弾は、二日目の午前11時から始まりました。
由利と黒木先輩が体を張って女装したのは、全てこのため。あらゆる企画の代表が女装し美しさを競う“女装大会”です。
とは言え、学生の大会なので元々の知名度や人気なんかも大きく勝敗を左右する要素になります。
それだけでフィルターかかっちゃいますから。
「今年も始まりました!! 青高名物女装大会!! 今年も男子がすね毛を剃って準備万端!!」
放送部の何とも言えない実況が入り、体育館は大盛り上がりです。
わーわーキャーキャー耳に痛い声援。
「……凄いな」
「何か去年この企画で優勝した、二年生で人気の男子生徒が出るんですって。あ、ほら例の佐久間先輩のクラス企画の……サッカー部の田中先輩だって」
「……由利大丈夫か?」
由利の応援に駆けつけた私と透は、会場の異様な空気に若干押されつつも、いかにこの企画代表戦が人気な催しか理解します。
セッティングとか凄く凝ってます。
「投票は文化祭のオフィシャルサイトにて、一人一票か」
「……ああ、だからみんなケータイ片手に……」
私もポケットから赤いケータイを取り出し、サイトへアクセスします。
透も自分のスマホをスイスイ。夏にアルバイトで稼いで買ったらしい。こいつは割と新しいデジタル機器が好きです。
「お前まだガラケーなんだな」
「うるさいわね、私はガラパゴスで生きていくのよ!!」
この最先端男子が!! 気取りやがって!!
ちなみに私はデジタルが大の苦手。パソコンの授業は苦痛です。
「あ、始まったわ!!」
会場にスポットライトが当てられ、軽快な音楽と共に入場してきた見るに耐えないモンスターたち。
完全にウケ狙いで来た者たちも居る様で、ラグビー部の模擬店代表なんて凄まじい。
「…………やっぱりうかつに女装なんてするもんじゃねえな」
透の死んだ瞳の色ときたら。
その時、凄い悲鳴が会場を包んだと思ったら、例の人気の先輩がメイド服姿で会場に入場してきました。
「かわいー」とか、「ちょーきれい!!」とか、女子高生の声援が凄いです。
確かにそこそこイケメンの先輩っぽいけど、あくまでイケメンがコスプレしている様にしか見えず、女装として可愛いのかと言われるとこちらは疑問。何しろ、私たちはその先輩をほとんど知りませんから。
まあ、その他のメンツに比べたら遥かにマシだけども。
「……普通にイケメンのコスプレ」
「体格いいわね」
流石サッカー部のエース。だけどこの声援は脅威です。会場の脇の方で運営の腕章を付けている佐久間副会長のドヤ顔を見つけてしまいました。
だけどこの後、会場のムードが一気に変わったのが分かります。
さっきまでの品の無い黄色い歓声はピタリと止んで、皆息を飲んだと言うか。
由利が現れたのです。
ふわりと、季節外れの桜でも見えたかのような。
「か、完全に女ね……」
「だが男だ」
茶屋の袴姿の由利の完成度の高い事高い事。
何が凄いって? 見た目が可愛いとかそれだけじゃなくて、仕草ですよ。完全に清楚系な和風女子です。
歩き方の慎ましやかな事、姿勢の美しい事、微笑みの品のある事。
誰かに似てるなあと思ったら、あ、おばさんに似てるんだな。由里は母親似だと言っていたし。
「お前よりよっぽど女子してるな」
「………あいつ、いったいどこであんな芸を」
「芝居とか沢山見てるからじゃん。女形とか。あとおばさんに似てる……」
透もそこには気がついていたようです。
会場は感嘆のため息のあと、一気にザワザワ。あの子は誰だと言うような。
「由利くーん!!」という声援も聞こえます。一年生の中では有名人ですからね。いつも試験は1位だし。
これはどうなるか分からないと言った所です。
脇に居る副会長の表情をチラ見してみたら、何とも可愛い顔をしかめています。
しかし、この美しい和の空気を壊す様に最後に現れた黒木先輩。
同じ袴を着ているのに、かっぱ同盟の看板を掲げた二人がまさに天国と地獄。
「……ま、まあ、由利が頑張れば良いんだから、な?」
「何で黒木先輩出たんだろう……」
冷や汗たらたらものです。
お互い相殺し合いません様に……。
アピールタイムは何とも言いがたいカオスな時間でした。
参加者は約30名ほど居ましたが、その中で印象的だった人たちを紹介しましょう。
まず、陸上部の「たこ焼きハッチ」より、三年生の松尾先輩。砲丸投げでインターハイまで行った人です。
一際ゴツく、どこで持って来たのか純白のウェディング姿。会場はブーイングの嵐。
その姿のまま砲丸投げのスタイルでブーケを会場に投げるという捨て身っぷりが、私は面白かったのだけど。
何か不評でしたね。
次に3年8組の劇「赤ずきん剣士」より、主演の赤ずきんちゃんを演じた山形先輩。
彼は剣道部らしく坊主ですが、頭巾を被っているので大丈夫!!的な。その姿がそのまま劇のアピールなのかもしれません。
しかしまあ〜可愛く無い赤ずきんちゃんです。どっちかって言うと、頭巾を被ったお地蔵さんに見えます。
竹刀で男前な剣道の型を見せてくれましたが、女装の意味は?と疑問系の皆々様。しかし彼らは勝つ必要は無いのでしょう。
参加するだけで劇のアピールになるんですからなんか美味しいですよね。でもちょっと興味あります「赤ずきん剣士」。
次に吹奏楽部代表の、2年生の滝先輩。
何かいい感じではありました。文化部男子だし、割と小柄で。ちょっと愛想が無かったけどそれなりに可愛い。スタンダードに我が校のセーラー服に三つ編み。トランペットを吹く様は普通に良いアピールだなと。ああいう女子いるよね、と言うような。
まあ最後までクールでツンとしていたので、ああいうのに踏まれたいという人は良いのかもしれません。
うん、割と可愛かった。
「さあ、いよいよ大本命!! 去年の優勝者田中照善が、2年1組『メイド執事喫茶“ブルーバックス”』より参戦!! 今年はフリフリのメイド服だあああああ!!!!」
いよいよ本命、田中先輩が登場。
彼は爽やかな笑顔と共に手を振りつつ。
「田中君今年も気合い入ってますね。勝ちにいくつもりですか?」
「……ちょっ、田中君じゃないっすよ君じゃ。田中さん、もしくは照美ちゃん、で。店は照美なんで」
本名、田中照善。
会場の笑いをさりげなく持っていく人気のありそうな人です。しかし声がまるで男なので、服装とのギャップに若干笑っちゃいます。
彼は隅でじっと様子を見ている副会長の様子をチラチラ確認しながら、その場でよくある秋葉メイドの仕草をやってのけました。
「なんか、何か盛り上がってるよ……」
「おお、ポイントがじゃんじゃん入っとる」
ポイントのモニターが彼のダントツ人気の数字を出しています。
まだ、まだ由利が出てないのに既に投票とか酷い!!
「あ、由利だ」
「………ついでに黒木先輩もな」
我が企画から選ばれた戦士は、二人揃って出てきました。
由利は相変わらず綺麗。黒木先輩は脳内モザイク。
「さあ、今年の女装大会のダークホースと噂される二人組です!! 文化部の連動企画『うちのかっぱ知りませんか?』より1年1組の由利静と、文化部のドン3年3組の黒木雄大。企画茶屋の恐るべきクオリティの袴制服で堂々参戦だ!! 由利君優勝候補って言われてるけどどうかな?」
「ダメダメ!! うちの静ちゃんは喋りません!! 壊しません皆の夢を!!」
由利はただニコニコ頷くだけで、隣の黒木先輩がマイクに向かってわーわーうるさい。なるほど先輩は引き立て役件マネージャーみたいなものか。
しかしこれは良い戦法です。確かに見た目は女でも、由利は男の子なので喋ると色々残念です。ここは徹底して理想像を作り上げていると言った所でしょうか。
その為の黒木先輩なら本当にあの人は策士です。
由利は茶屋の宣伝も兼ねお茶を立て、優雅な振る舞いを披露。
徹底した女装の作り込みはある意味で男の理想の女性像でもあり黒木先輩の趣味でもあり、それをこなす由利はいったい何者ぞという感じでもあり。
女性人気の高い田中先輩だけど、彼は過去に何があったのか男性票で伸び悩み、結果その男性票が由利にごっそり入って、更に一年生の票、文化部のまとまった組織票も入り、最終的に我らがかっぱ同盟の由利&黒木コンビの票が田中先輩を大きく引き離しました。
私もガラパゴスケータイを片手に無言でポチポチッと。投票しました。
「おおお。勝ったなこれは」
「まあ当然と言えば当然よね」
由利は最後まで徹底して喋らずジェスチャーだけで、そのかわり黒木先輩が周りでうるさくしていて、まるで喋らないご当地ゆるキャラと宣伝部長の掛け合いのようで面白かったし、何と言っても女装のクオリティと衣装のクオリティも高かった訳だし。
「うちのかっぱ知りませんか?」企画は無事優勝し、宣伝時間を得る事ができ、また企画賞のためのポイントもごっそり稼いだ訳です。
「えー、我らが文化部連合、もといかっぱ同盟は、『うちのかっぱ知りませんか』と言う連動企画を旧棟にて行っています。和装茶屋あり、お化け屋敷風展示室あり、ミステリー(?)映画ありの、かっぱ三昧。かっぱかっぱかっぱの緑三昧の空間が楽しめます!! 和装茶屋は家庭科部と茶道部による本格的な味とおもてなしを味わえ、展示室ではかっぱの歴史を知る事が出来ます。映画は文化部が汗水垂らして秘境にてかっぱを捕獲。ヤブ蚊と戦いかっぱと共に踊った渾身のタップダンスは必見です。……あ、あと今日の午後1時に、学校のどこかにかっぱが脱走する予定なので、良かったら捕まえて我らが展示室まで連れてきて下さい。かっぱと一緒に記念撮影出来ます。………それと和装茶屋には常に静ちゃんがいますのでぜひ会いにきてね!!」
黒木先輩は我らがかっぱ企画のプラカードを持って、ドヤ顔。
ちなみに会場の隅で表情を引きつらせている佐々木副会長に向かってドヤ顔。静ちゃんに向かっててヘペロ。
静ちゃん本人は隣で頷きながら聞いてたけど、最後の部分で「えっ」と。ビビり上がった青ざめた表情を黒木先輩に向けました。
御愁傷様。文化祭終了までその格好でいる事が確定しましたね。
会場はその様子に盛り上がり、静ちゃんコール。
ちらりと佐々木副会長を見ると、彼女は後れ毛をクルクルさせながら、可愛らしいはずの顔を冷めた表情に変えていました。
いやはや恐ろしいものを見た。
「はあ……蒸れた」
「お疲れさま静ちゃん」
「大人気だったね静ちゃん」
舞台裏にてぐったりしている由利は、ニヤニヤした私と透に向かって何とも言えない表情を向けてきます。
彼らしく無い背中の丸まり様です。手にはカツラ。
「大変よくやったぞ由利一年生!!」
聞き覚えのある黒木先輩の野太い暑苦しい声の方を向いたら、そこには緑色の着ぐるみを着たかっぱが居ました。
「………」
「どちら様ですか?」
「かっぱだ!!」
「何すでにお色直ししているんですか?」
先輩は可愛いと言うよりキモ可愛いタイプのかっぱの着ぐるみを着て、既に次のアクションの準備をしていました。
「俺は今から解き放たれる。学校内を逃走するのだ。まさに『うちのかっぱ知りませんか!!』」
「………はあ」
あ、さっき何か言ってましたね。
午後1時になったらかっぱが脱走するとか。
「自由参加型かっぱの捕獲ゲームだ」
「先輩本当凄いっす」
透が素直に褒めた。
いやしかし、黒木先輩の体力とアイディアと捨て身のアクションには感服です。
「お前たちも次の企画代表戦があるんだ。頑張れよ!!」
「……はい」
先輩がここまでやってるんだから、もう「はい」としか言えない。言えない……。
午後から始まる自分たちの出番も、適当にする訳にはいかないなと思ったものでした。