*真紀子、完全無欠のトライアングル。
織田真紀子です。
とんでもない事に、文化祭に参加する事になりました。
面倒な事はしたくなかったのですが、まんまとお菓子に釣られてしまったのです。
前世魔王が聞いて呆れる。
今年の文化祭では、文化部連合の大プロジェクト「うちのかっぱどこですか?」を企画しています。
かっぱをモチーフに、あらゆる展示や模擬店を行うらしい。
私たちはこのプロジェクトの色々な企画の準備に引っ張り出され、最近ずっと忙しい。
メイデーアの事なんて、一時本気で忘れそうになるくらい、熱い熱い、夏。
夏休みは色々な意味で本当に熱かった。
映画部の部長が死ぬ気で書いた脚本を元に、怪し気な沼のあるロケ地に行って、一週間のロケですよ。
死ぬ気で書いたと言う割には、ただ森の中でひたすら河童を追いかけ、最終的に一緒にタップダンスを踊ると言う意味不明な脚本だけど、この企画自体がもともと意味不明なので、それでも良いのかなと思いました。むしろ、文化部男子が一生懸命タップダンスを練習し、森の中で踊ったと言うだけで見応えはあるというものです。全然怖くないのに、演出をこれでもかと言うくらいホラーチックにする事で、シュールな世界観を作ろうと言う事でしょう。
本当はこの映画に透が出て欲しいと言われていたけれど、役が河童だった事から、女子が猛反発。
「斉賀君の河童なんて罪」と言われ、本人も断固拒否した事から、河童役は黒木先輩が演じました。まあ適役だったと思います。この夏で色々と分かった事の一つ。黒木先輩は偉そうにしているけど、身を粉にして働く人です。
だから、こんなとんでもプロジェクトを企画しても人が付いてくるのでしょう。
映像技術は、流石の映画監督を目指す映画部部長です。
他のクラス企画なんかでやる完全素人の映画作品とは全く違う、技術ある作品になったんじゃないかな。
実はちょっと楽しみです。
家庭科部の和装茶屋のメニュー考案もなかなか上手く行っています。
茶道部のたてたお茶も頂ける、本格的な茶屋になりそう。
うちには由利がいるので、懺悔同好会は主にここに配属されました。
「苺大福は赤いよ。おいしいけど」
「なら、キウイ大福にしよう。緑色だし、意外とおいしいのよ」
「なにそれ奇抜」
ふっくらした体系の、穏やかそうな家庭科部の部長、矢野先輩。みんなにお母さんと呼ばれている。
いつも三角巾をつけているからでしょうか。
私は家で一人暮らしをしていると言うと、この人はいつも部で作った料理の余りを綺麗にタッパーにつめ持たせてくれる。
本当にお母さんみたいな人で、大好き。
「メニューも全部緑色で統一するんですか?」
私が矢野先輩に尋ねた所、答えてくれたのは別の声でした。
「当然だ!!」
どこからとも無く現れた黒木先輩は、ペンキの付いた繋ぎを着ています。そのペンキの色も、清々しい程に緑色。
「アクセントに別の色を持って来ても良いが、基本は緑だ!!」
「………」
この人は本当に、顔も濃いけど存在も濃いな。
どこに居てもすぐ見つけられそうな気がします。この地球に生まれ、こんなに気にせずにはいられない人を見つけたのは初めてです。
「ねえねえ、真紀子ちゃん〜。見てみて、ハイカラさんよ」
「……わあ……可愛い」
和装喫茶の衣装を作っている被服部の、宮永さん。同じ一年生。
彼女は今日出来上がった袴の衣装を持って来ました。
「真紀子ちゃんにはとっても似合うと思うの〜」
ふわふわした宮永さん。これまた徹底した緑色の袴だが、上の着物の部分に紫色の矢羽根紋が入っていて、可愛いです。
今まであまり和服を着た事が無い私は、せっかく地球の日本に転生したのだから興味は勿論あります。
浴衣くらいしか、着た事が無いので。
「………へえ、良く出来てるねえ」
「どう、和服を良く着る者としては」
由利が覗き込んできました。彼はグッジョブと言う様に、指で丸を作ります。
「男子は、茶道部のもってる着物で統一するんだって。由利君がいくつか持って来てくれたから」
「……うちには沢山あるからね」
由利がニコリと笑うと、宮永さんは恥ずかしそうに顔を赤らめました。あら可愛い。
なるほど、彼女は由利派か……。
さて、文化祭当日になりました。早いですね。
私は和装茶屋の袴を着て、準備をしていました。
「きゃああああ、もうくぁいいわね!!」
「……丸山さん」
赤ふち眼鏡の丸山さんこそ、黒髪おかっぱで似合ってると思うのに、さっきから私を撫でたり触ったり握ったりするばかり。
謎の行動です。
「ところで男子たちは?」
「男子なんかどうでもいいじゃない!! 美少女の方が重要!!」
「………あ、そう言うもの?」
丸山さんのツボは良く分からない。
だがしかし、だがしかし男子の着付けを手伝っている茶道部の女子たちがふらふらしながら帰ってきたので、まあ嫌な予感はしたんです。
「やばい斉賀君やばい……」
「罪だわ」
何となく展開の予想は出来ました。
茶道部の用意した浴衣を着て帰ってきた男子たちの中で、一際罪っぽい男が一人。
黒髪ってこういうときめちゃくちゃ有利ですね。
「………」
「……お、袴似合ってんじゃん。可愛いと思ってやらん事もー」
「うっせえお前に何言われてももはや嬉しくないわ」
透の浴衣姿は初めて見ましたが、まあ女子たちがクラっとしたのも分からなくは無い。
男子たちが私を前に噂しても、もはやどうでもいい事の様に思いました。さっきまでまんざらでもなかったのになあ。
だがしかしラスボスと言うのは最後に現れるもので、女子と黒木先輩が秘密裏に計画していた女装計画に巻き込まれ、女子用の袴を着せつけられ現れた儚気な……儚気で清楚な……あれは……。由利静ちゃんでした。
「……あんた何やってんの」
「女装です」
「……静ちゃん?」
薄い色素の髪に合うウィッグまでつけられ、ぶっちゃけ完全に女です。若干背が高いですが、まあ。
男子も女子もこぞって静ちゃんに注目してしまって、私も透も微妙な視線を交わします。やれやれ的な。
だがしかし、だがしかし真のラスボスは究極の最後に現れるもので(以下省略)。
「由利一年生には二日目の企画代表戦第一弾“女装大会”に出てもらう。かっぱ同盟の名にかけて必ずや勝利をもぎ取ってくれるだろう……」
「……黒木先輩は何で女装してるんです?」
「俺は保険だ!!」
「その保険は絶対要らねえよ!!」
えっと、あまりに見苦しいのでモザイク処理です。
この人は本当に体を張るなあ。
「おい、織田一年生と斉賀一年生。お前たちにも企画代表戦に出てもらうからな」
「企画代表戦って何ですか?」
「この文化祭で企画された展示や模擬店やらを宣伝するアピールタイムを得る為の戦いだ。第一弾が女装大会。第二弾が二人三脚障害物リレー。これに、お前たち二人が出てもらう」
「はあ……」
二人三脚障害物リレーとはこれまた危なげな。
「ちなみに、俺たちの宿敵副会長も、自分のクラスの企画であるメイド執事喫茶の宣伝に、この二人三脚障害物リレーに出る事になっている。負ける事、目立たねえ事は許さんぞ。確実にあっちよりインパクトを与えるんだ」
「勝つだけじゃダメなんですか!?」
「二位じゃダメなんですか?」
「勝つだけでも二位でもダメだ。企画代表戦の勝ち星はポイントになる。文化祭をかっぱ色に染めてやろうぜ!!」
「緑色ですか?」
「そうとも言う」
はあ。
私と透は面倒な事になったなと、つくづく肩を落とすばかり。
この人の前では、なぜか断る事が出来ない。それはとても不思議な力です。
「うちのかっぱ知りませんか?」企画は、話題が話題を呼び、そのクオリティも相まって一日目の午前のうちでも相当な客が殺到しました。まあ浴衣姿の透が廊下で人を呼び(主に女子)、袴姿の私が愛想の無い接客をして、完全に女子の空気をかもしだす由利が優雅にお茶を立てる。
まさに完全無欠の抜けられないやめられないトライアングル!!
そこから隣の部屋のお化け屋敷風展示室と企画と同名の「うちのかっぱ知りませんか?」映画を見に行くよう促し、かっぱのスタンプをカードに押してあげます。スタンプを全部押し終わったら、またこの喫茶店に戻ってきて良いモノが貰えます的な。
「……いらっしゃいませ」
「もう、織田ちゃんってば愛想が無いなあ。せっかく織田ちゃん目当てで来てる男子諸君も居るっていうのに勿体ないよ」
確かに、店内ではさっきから視線を感じる。
ふん当然よと思いながらも、客用の抹茶パフェを目の前に拳を握りしめます。
「……だって、おいしそうなものを運ぶだけの仕事なんて悔しい……っ」
「食べたいだけかい!!」
お昼頃の忙しさはとんでもないものでしたが、客の込み具合と列の長さ的に、敵陣のメイド執事喫茶より多いと言うスパイの報告により、私たちはいっそう励みました。
「当然よ、料理だっておいしいし、店内の装飾もあっちより雰囲気あるし、なにより客引き寄せトライアングルがあるし」
「映画も好評なのよ。タップダンスの所が圧巻なんですって」
「文化部の男子たちマジ頑張ったわ〜」
「森の中でめっちゃ蚊に刺されたらしいけどね」
「そこからかっぱに興味を持って、速水君の展示を見に行く人も多いみたいよ」
「やはり黒木先輩は偉大ですな」
袴姿の女子たちが合間合間に会話する内容を聞きながら、いかにこの展示が好評なのか理解出来ます。
そのクオリティの高さは生徒たち以上に先生や親御さんたちに人気があり、つぶやき機能のあるソーシャルネットワーク的な技術を駆使する若者たちの間ですぐに話題になり、他校生も多く訪れました。中にはどこぞの業界人もいたとか。
かっぱ企画のスタンプを全部揃えると、緑色の大きなかっぱステッカーが貰えるのですが、それを名札や腕、財布や机なんかに張る人の多い事。午後の良い時間には校内はかっぱ色に染まりつつありました。
「懺悔同好会の三人組、よく頑張ったね休憩していいよ」
先輩の誰かがそう言ってくれ、お昼もまだだった私たち三人は裏で休憩を取る事になりました。
文化祭のあらゆる模擬店の食べ物を買ってきてくれていたらしく、お腹が空いていたのも相まって、私にはそれらが今世紀最高のごちそうにも見えたものです。
「うわ―たこ焼きとお好み焼きと……うわー水餃子だ」
「せめて瞬きをしろ」
視線を逸らす事の出来ない私に、透の相変わらずのつっこみ。
静ちゃんはカツラをとって、一つホッとした様子で私の隣に座り込みました。
「カツラって蒸れるねえ」
「知ってるか、蒸れると頭皮に悪いらしいぞ」
「……え」
男子たちの妙にリアルな会話は無視して、私は割り箸をマッハで割ってソースこってりな焼きそばに飛びつきました。
いえね、もうお腹が空きすぎてなりふり構ってられません。真紀子風グルメレポートももうやってられません。
無心です。無心でむさぼりました。
ウェイトレスというのは空腹状態で食べ物を運ぶ、私には耐えられない拷問的お仕事でした。
どんなに時給が高くても、私はきっと飲食系の仕事は向かないだろうな。
「おお、小龍包って初めて食べたかも。汁すげえな」
「外でやってる飲茶の模擬店の? あ、本当だ。結構おいしいかも」
なに。
「それをこっちに渡せ!!」
「………」
「………あ、はい」
透と由利のつついていた小龍包の入った器を取り上げ、飲む様に食べます。
うわ肉汁凄いウマい。
そんなこんなで、文化祭が始まりました。
三日間ある文化祭を、皆様多いに楽しみましょう。
合い言葉は、「うちのかっぱ知りませんか?」ですよ。いいですね。