fin:マキア、無敵だね。
四国会議は無事終わりました。
数日間この話題で持ち切りだったルスキアだけど、その後すぐに話題をかっさらったのはやはりユリシス第五王子の婚約発表。
ユリシスの王位継承権返上と、緑の巫女との婚約のニュースは、ルスキア王国を駆け巡る電撃の様で、国民は大いに驚き盛り上がりました。
こんなご時世ですから、王室のおめでたいニュースは国民にとっても刺激でしょうし。
華やかな世界の妄想も膨らむのでしょうし。
とは言え、ユリシスは17歳、ペルセリスは15歳と、一応ルスキア王国と教国の定める結婚年齢は越えているものの、ユリシスの意向でペルセリスが16歳になってから正式に結婚すると言う事になったようでした。なので今は、婚約扱いです。
「だって……日本の女性の結婚出来る年齢が16歳だったから、15歳の妻って何か犯罪臭いと言うか……」
ユリシスが照れながら主張するこの部分に、私とトールだけが「まあね」と納得出来ます。
ペルセリスが童顔なだけに、いっそう……。
「……あ」
「あ?」
聖域に行くと、エスカが普通に居るのが変な感じです。
司教服を着ているのが変な感じです。あの白と黒の清らかな衣服を纏い四角い帽子を被っているのが奴であるのが、変な感じです。
「お前本当に司教だったんだな」
「あ? だから言ってんじゃねーか。俺は未来の大司教だって」
「………生臭坊主ってこういうのを言うのかしら」
「ああ? なんだよ生臭って」
目つきも顔色も口調も悪い司教が居たものです。
相変わらず目の下の隈は濃いし、歯はギザギザだし、三白眼だし。
しかしまあ、こいつもこいつで、ユリシスが巫女の花婿になれる様に色々と頑張ってくれたらしい。
メディテ先生も参加した巫女様の花婿候補の最終会議で、教国関連の大御所たちが推薦する、言ってしまえば教国や自分にとって都合の良い花婿候補の中で、一際異彩を放つ魔王クラスコンビだったとか。ユリシスは笑顔で知略的に自分を推し、エスカは半脅し的にユリを推し、花婿の座を手に入れたとか。メディテ先生は笑いが止まらなかったとか。
教国にとっては随分大きすぎる両目の上のたんこぶになったなと言う事らしいのです。
これから教国はこの二人に乗っ取られるぞと。
大御所司教たちはもうそろそろ隠居に追い込まれるかも。御愁傷様です。
教国も時代と共に変わっていくかしら。
婚約の一連の手続きが終わり、色々と落ち着いた後、ユリシスとペルセリスはシュマを棺から解放しました。
大地へ返したのです。
棺の底の深い泉に落とされました。
ヴァビロフォスの大樹に抱かれるのです。
「………」
ユリシスとペルセリスは2000年前から変わらぬ息子の顔を目に焼き付け、そしてもう、二度と見る事はありません。
だけど二人は、決して泣きませんでした。
沢山沢山、泣いたからでしょうか。ただ強く手を繋ぎシュマが水底に落ちて行くのを、じっと、ずっと見つめていました。
その魂がいつかまた、この世界で彩りを得られる様に。
ゆらゆらと、白い柔らかい衣服の布が美しく揺れながら、まるでシュマを包む揺りかごの様。
私とトールはその様子を少し離れた所で見つめながら、言葉の無い緑色の静かな埋葬を見守ります。
「………」
ただ強く、目を逸らす事の無いユリシスとペルセリスの様子を見つめながら、私は心の奥にあるいくつかの後悔と懺悔の気持ちに奥歯を噛み締めました。例え、ユリシスとペルセリスが私を許していたとしても、今ここで、シュマに対し抱く気持ちを無視する事は出来ないのです。
私が泣く訳にはいきません。
あの二人が泣いていないのだから。
胸に手をあて、シュマの魂が再びこの世界に生まれてくる事を祈りました。
魂の絶対数は変わらないこのメイデーアの世界。私が転生する限り、いつかまた、シュマの魂と巡り会いすれ違う事もあるかもしれない。
その時はきっと、あなたの命が輝き、色とりどりの幸せの中に居ます様に。
私に出来る事がありますように。
トールはそんな私の様子をそれとなく見つめながらも、何か言う事もありませんでした。
ただずっと隣に居てくれただけでした。
全てが終わり、棺は空席となったのです。
その空席が、私にはとても印象的なものでした。いつかお前がここに入るのだろうと、ここはお前の最後に行く付く場所なんだと、その他の棺で眠る“彼ら”が私に囁いている気がしてなりません。
「分かっているのか、お前……棺が空席になった意味を………」
エスカが私の隣を通り過ぎる時、呟いた言葉に、私は瞳を細めます。
拳を握りつつ、それでも決して、棺から視線を逸らしませんでした。
「あんな奴の言う事なんか気にすんなよ。お前は堂々と生きてりゃ良いんだから」
「………トール」
トールがエスカを睨みつつ、私の頭を小突きました。
私は鼻で笑って、腰に手をあてます。
「分かってるわよ。そう簡単に死んでやるもんですか」
「はは……やっぱりお前はそうじゃないとな」
分かっています。
私にはきっとやらなければならない大業がある。
向かい合うべき事、知るべき事はきっとある。
吸い込まれそうなあの棺の四角に、抗うしか無いのです。
「マキちゃん、ちょっと良いかな?」
この日の夕方、ユリシスが珍しく私の部屋の庭園を尋ねてきました。
秋口の随分涼しくなった頃。紅葉が美しくて、夕方頃は特にオレンジが眩しいホッとする時間なので、私はよく庭に出てその様子を見ていました。
「ユリ……珍しいわね、ここまで来るの」
「色々と終わったら、君にお礼をしなければと思っていたんだ」
「お礼……ふふ、何かしたかしら私」
ユリシスもクスッと笑うと、私に一つの花を差し出してきました。
真っ赤な、桔梗の花です。ユリシスがペルセリスに結婚を申し込んだ時の白桔梗の儚さとは正反対の、どこか力強さを感じる赤桔梗の花。
「あんた……良いの? ペルセリス以外の女に花なんか贈ったら、誤解されるわよ」
「はは……この事は彼女に言ってあるさ。だって赤桔梗の花言葉を教えてくれたのは、あの子だから」
「………花言葉?」
「うん。白桔梗が“永遠に君を愛する”なら、赤桔梗は“永遠に君を信じてる”。僕はね、君が居たから今の決断に至る事が出来たんだよ。だから、僕は君をずっとずっと信じている。君に何かあったら、必ず助ける。その証だよ」
「………キザねえ」
ここ最近、グッと男らしく、頼りがいのある奴になった気がします。
元々余裕のある男だったけれど、ユリも一応悩んで苦しむ一人の人間なんだと、思い知ったばかりでしたから。
「ありがとうマキちゃん。君は僕の恩人だよ」
「……じゃ、そう言う事にしとくわ」
私はそれを受け取りつつ、ニヤリと笑います。
「トールは?」
「……うーん……。トール君にも勿論君と同じ様に感謝しているし、信じているけど、流石に男に花を贈る趣味は無いからなあ」
「それもそうね……。あいつも嫌がりそうだし」
赤桔梗の花を空に掲げながら、夕方の色身よりいっそう強い赤を誇りに思います。
私とユリシスの関係は、あの2000年前を経て、地球を経て、今この立ち位置に至ったのです。
長い長い、沢山の記憶と感情を持って、積み上げて行った関係を、私は大切に思います。
「私も、あんたとペルセリスは大好きよ。だから、あんた達に何かあったら、絶対に絶対に助けるから。トールもきっと同じ気持ちよ。だから、何も心配しなくていいんだからね」
「……うん、無敵だね」
そして私たちは眉を寄せ笑い、固く手を取り、握手をしました。
まっすぐ見つめ合い、信じ合う瞳で。
さらさらと風に流される髪と、舞う木葉。
秋の香りはどこか切なく、ずっと昔に同じ匂いを体いっぱいに吸った事でもあるかの様に、懐かしい。
『無敵だね』
ユリシスの言ったその言葉に、泣きたくなる程の安心感を覚えます。
困った時、辛くて仕方が無い時、大丈夫だから、何も心配は要らないからと、側にいてくれる人たちが居る。
無敵だからと、笑ってくれる人たちが居る。
私たちは、困った時に助け合える大きな力をもっているのです。
幸せになって欲しい人たちが、幸せになる様に、力を尽くす事が出来るのです。
持って生まれた力を嘆くより、誇らしく思える方がよほど幸せな事でしょう?
私たちは2000年前、この人外の力をもって生まれ、この力故に深い闇や苦しみ、大きな罪や後悔を背負ってしまいました。
だけど強い力というものは、争い、何かを破壊する為だけのものでは決してないと、今だからこそ理解出来るのです。
この先の人生ずっと、貰った赤い桔梗の花に誓って、私は彼らに信じてもらえる存在でありたい。
その為に力を尽くせる誇りある自分でありたいと、そう願います。
いつか、この力があって良かったと、自分自身の手のひらに感謝出来ます様に。
第二章、完結いたしました。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。何とか今月中に第二章を終わらせようと思っていたので、ギリギリ書き終えた事にホッとしております。
今後の予定についてですが、第一章終了時と同じ様に、少しの間改稿の時間を取らせていただきたいと思います。また色々と変な部分が出来ていると思われますので、ここで何とか修正しておこうと思っています。その間に地球編(外伝)のかっぱ祭り編を終わらせるつもりです。
10月の中旬から第三章にぼちぼち踏み込んで行ければと考えています。
展開としましては、第三章はトールがメインとなって、魔族やトワイライトの一族との関係や、過去に迫って行く章になるかと思います。マキアとトールがデリアフィールドに少しの里帰りをしたり、第一王子陣営が再び動いたり、懐かしいキャラクターが出てきたり、最初はまたほのぼのからスタートしたいと思います。
未熟な点が多々ありますが、今後ともお付き合いいただければ幸いです。
まだ書き始めて5ヶ月ちょっとしか過ぎていませんが、ここまで何とか書き続けられたのも、読んで下さる皆様がいらっしゃったからだと身にしみて実感しております。
本当にありがとうござました。長い長い物語になりそうですが、頑張って書いていこうと思っています。
ではでは、何かございましたらお気軽に声をかけて下さい!