40:マキア、神様推論座談会。
マキアです。
これは、ユリシスとペルセリスが残留魔導空間に入っていった後、私たちが外の入江に残された間の話。
トールがキュ―ブ型の装置を残留魔導空間の入口の四方に止め金の様に設置し、その空間の入口を押し広げ、空間の解析を行う為に半透明のモニターをいくつか宙に浮かべ使い魔のグリミンドに色々指示をしていた時、ふと妙な顔をしました。
「すげえ……なんて固い空間なんだ」
「………空間に固いも柔いもあるの?」
「あるさ。強度が強ければそれだけ固い空間になる。構築素材が多いんだ」
「……良く分かんない話ね」
私が彼のモニターを覗き込んで、意味不明のプログラムの文字列を見ても、何をしているのかさっぱりです。
メディテ先生が煙管を吹かしながら、ただこちらを観察する様に見ています。
「メディテ先生、別にもう帰っても良いのよ?」
「わあ冷たい……」
トールもモニターをいじりながら、胡散臭そうにメディテ先生を横目に見ています。
「そもそも、午後から四国会議の最終日でしょう? メディテ卿少し休んでないと、辛いんじゃないですか?」
「ふふん……もともとあまり眠れない質でね。あ、うちの奥さんもそうなんだけど、二徹くらい余裕だから。むしろこんな興味深い状況の中寝てらんないよね。目、ギンギンだよねえ」
「私はもう眠いわよ」
「マキア嬢さっきまで寝てたじゃないか……」
「………」
確かに、私とユリ、あとペルセリスは一応中途半端な睡眠を取りました。
夢ばかり見て、ちっとも心休まっていないけれど。
「でも変な時間に寝ると、余計に眠たいのよね」
「……てか何でお前も寝てんだよ。俺のが眠いよ」
「仕方ないじゃない。何か急に、ユリの夢と同調しちゃったんだから……」
トールは一つあくびをして、目頭を抑えています。
それでもモニターをいじる手を休めない所が流石ですが。
「きっと魔導回路のせいだろうね。マキア嬢が殿下の夢と同調したのは」
「魔導回路っていったい何なの? 夕方頃も、変な感覚を得た気がしたんだけど……危ないもんじゃないでしょうね」
「ふふ……さあねえ……。詳しい事はフレジールの連中にしか分からないだろうけど、魔力と魔力を繋ぐ新時代の魔導技術だと聞いている。魔王クラスともなると、体に何か影響が出るんだろう。そもそも発明したのがシャトマ姫とカノン将軍なんだから、魔王クラスと何かしら縁があってもおかしく無いと、俺は睨んでいるけどね。むしろ超古代の技術だったりして」
「………」
久々に思い出す、あの二人の顔。
フレジールのシャトマ姫とカノン将軍。
聖教祭以降、私たちには音沙汰の無い東の大国の要人です。そして同じ魔王クラスの連中。
ユリの夢の中で見た勇者と、カノン将軍の面影がやっと重なります。
「それはそうと、君らは自分たちが、どの神様だったのか考えた事はあるのかい?」
「………?」
私はメディテ卿のいきなりの問いに、首をかしげました。
「ある程度、予想した事はありますが」
トールがあっさり答えます。
マジか、私は全く考えない様にしていたのに。
「でもその点は、メディテ卿の方が情報をもっているのでは?」
「ふん……所がどっこい、俺も推測の域を出ない訳で。教国にはそれなりに判別する為の情報があるのかもしれないけどね」
「………」
メディテ卿はニヤリと笑うと、ふうと煙を吐きました。
その苦いタバコの煙が、僅かに漂ってきます。
トールはその匂いに顔をしかめながら、続けました。
「客観的に考えても、ユリシスは精霊の神パラ・ユティスで、ペルセリスは大地と豊穣の女神パラ・デメテリス。俺は空間と時間の神パラ・クロンドールだと考えてます。だがマキアは良く分かりません。……名前に意味を持つメイデーアですから、近いのは戦争と破壊の女神パラ・マギリーヴァなんですが………何かあんまり戦争の女神の印象が無いものですから、こいつ。破壊は何となく分かりますけど」
「トール……あんたそう言うのちゃんと考えてたのね」
「当然だ。多分ユリシスも同じ考えだぞ」
私がきょとんとしているから、メディテ卿が吹き出す様に笑って膝を叩きます。
「まあ、マキア嬢は確かにどれだか分かりにくいよねえ。トール君や殿下は、その魔法がそのまま古代の神々と直結しているけど、マキア嬢の命令魔法は正直どれとも解釈出来るし」
「血を使うと言う意味では、生命の女神とも受け取れますし。やってきた事的には、災いの神とも解釈できますしね」
「そうだねえ。そっちの方が近いよねえ」
「………何だか複雑だわ」
男たちは勝手に推論を立てて盛り上がっています。
こういう議論、本当に好きですね。
「カノン将軍……君たちにとっては勇者と言った方が良いのか。彼はもう、“回収者”である魂と死と記憶の神パラ・ハデフィスで確定だとして、後はシャトマ姫とエスカかあ……」
「とか言って、あなたはすでに予想しているんでしょうメディテ卿」
「あのね、メディテ家は記録のある情報しか知らないからね。それでも僅かな情報から予想は出来るさ。そっちの方が楽しいし……。エスカはきっと、パラ・トリタニアだと思うんだ」
「なぜですか?」
「神話上、パラ・デメテリスとパラ・トリタニアは兄妹なんだよ。二人で、空と海、大地を示しているのだと。陸海空だね」
「ああ……なるほど、そっか。神話上の関係も少し影響が出ていたりするのか……」
トール、フムフムと頷きながらいつの間にか熱心にメディテ先生の話を聞いています。
私は置いてけぼりだわ。
「あと判断材料は、それぞれが持っている神器なんかになるだろうね」
「……神器?」
「あ……そう言えばユリの夢の中で、いくつか神器って出てきてたわね。聖域が管理しているものもいくつかあるって。それで、白賢者は聖域から、“精霊王の錫”を与えられたって」
私はやっと会話に入る事が出来て、少し得意げです。
メディテ先生はうんうんと頷いて、どこか意味深に片口を上げます。
入江の岩場に座って語る、謎の座談会です。
「神器って言うのは、超古代の神々の、言ってしまえばスーパー武具なわけだけど、まあ創世神の数だけこの世界にあるらしいんだ。それらは歴代の魔王クラスとも密接に関わり合ってきたとか」
「………」
トールは少し黙り込んで、そして眉を潜めました。
「時空王の権威……」
そして、かつて自分が持っていた黒い剣の名を呟きます。
メディテ先生はどこか満足そうに。
「クロンドールの神器だよね確か」
「あれは……2000年前、魔族の国を作ろうと思った、あの雪山の山頂で氷漬けになっていたものです。溶ける事の無い氷の中に、眠る神の剣だと……当時はそういった扱いでした」
「それを君が取り出したと」
「………まあ、そうですね。とても相性の良い剣でした。俺が勇者に破れた後、どうなったのか知りませんが……」
トールは懐かしいその剣と、かつての屈辱を思い出す様に、どこか低い口調です。
そして、やはりカチカチといじる空間解析の手は止めません。
私も覚えています。トールのあの黒い剣は、とても厄介な代物でした。斬ると言うよりは、空間魔法らしく、“かじる”剣と言った方が良いかもしれません。
「それはそうと、やっとここの残留魔導空間を解析し終わった。グリミンド、ちゃんと記憶しておけよ。今後のモデルの参考にするんだから」
「分かっておりますとも、黒魔王様」
グリミンドはヘコヘコしながら、いやらしく笑みを浮かべています。
「ユリの奴、この空間どうするつもりだろうか」
「……どう言う事?」
「壊すか壊さないかって話だ。何とか分解は出来そうだぞ」
「………」
トールは魔導空間の四角い入口を見た後、モニターを覗き込む私に視線を流しました。
「この空間を壊すか壊さないかは、まあユリの奴に結論を委ねるとして、その他にある残留魔導空間をどうするか考えた方が良いな。俺としては、教国や研究機関付近にある残留魔導空間をもう少し詳しく解析して行けば、ルスキアの大きな武器になるかもしれないと思うんだが」
「………武器? 使い方によっては、って事?」
「そう言う事だ。これだけ質の良い空間や素材は一から作るととんでもない魔力とリスクを要求される。要するに、ここに残された空間や素材を、もう一度リサイクル出来ないかと言う事だ」
私にはよくわからなかったけれど、メディテ先生は声を上げて笑っていました。
「ははは、そりゃあ、トール君がいれば出来るかもねえ。教国の研究員や魔術師が、いくら調べてもどうしようもなかったんだけど」
「まあ……ここの魔術師は白魔術師ですからね」
「ここらの残留魔導空間は上質だから、利用出来るならルスキア王国のとんでもない資源だろう。良い用法の案が浮かんだら、ぜひ俺に声をかけてくれ。研究機関がそれなりにバックアップしよう。報酬も弾むよ!!」
面白い話だとでも言う様に、先生の瞳がキラキラしている。
トールも満更では無さそうでした。
「あ、帰ってきた」
そんな時、ユリシスとペルセリスが四角い光の出入り口から出てきたのです。
二人とも目をまっ赤にしていたので、この空間の中で、何かしら二人にとって重要な事があったに違いないと悟ります。
二人はこの場所で、前世の息子と出会ったそうでした。
そんな事が可能なのかと驚きましたが、確かにさっき、メディテ先生がここらの魔導空間には空間と時間の神の力が多く働いているから、時間軸すら曖昧だと言っていたのを思い出します。
「………神様……か」
トールがこの空間を、ユリシスたちの意志の通り分解し、壊していた時、ふとさっきの神々推論を思い出したりしていました。
自分たちがいったい何者であったのか。
トールもユリシスも、ある程度勘づいていそうなのです。だって、確かに2000年前、判別材料になりうる神器はそれぞれの手の内に、当たり前の様にあったのだから。私はさっき、ユリシスの夢の中で、それをちゃんと確認したのだから。
私にはそんなものありませんでした。
だからなのか、私はまだ、神話が遠い無関係の事の様に思えて、自分がいったい何者に当てはまるのかを考える事が出来なかったのです。
あいつは……勇者は知ってるのかな。
ふと、あの男なら知っているんだろうなと、そういった考えが頭をよぎって行きました。