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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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39:ユリシス、約束の場所。

「そうだ、トール君……君に少し聞きたい事があるんだ」


「……何だ?」


「トール君、ここら辺の残留魔導空間って、分かる?」


「残留魔導空間?」



ユリシスです。

僕はもう一つ、やらなければならない事があると分かっていました。

それは、シュマとの約束を果たす事。


僕はまだ、あの“約束の場所”に至ってはいないのです。

シュマはいったい、何を見て、そこを約束の場所だと言ったのか。


トール君は空間魔法を得意としていますから、僕には見つけられなくとも、あるいはと思いました。

彼は手の甲におなじみのキューブを作り、沈黙した空間の僅かな歪みを見つける、広範囲のマギウェーブを発生させます。

彼のキューブを中心に、ウェーブは波紋の様に広がって行きました。


「……どう、トール」


「はあ……凄いな。ここら辺、小さなものから大きなものまで、残留魔導空間が沢山残されているぞ。なんでこんな事になってるんだ?」


トール君はキューブに現れる無数の点に、目が釘付けでした。

僕らもそれを確かめます。


「そう言えば、メディテ先生……なんかここら辺の事知ってそうだったわよね」


「……ふーん……。まあねえ」


長く煙を吹いて、メディテ卿はなんだか意味深な表情。


「ここら辺は、ご存知の通りかつて聖域の森の範囲だった訳だ。神話の時代なんかは、大陸は全部繋がっていて、ここも海ではなく森だったと考えられる。かつて異世界からやってきた子供たち……まあメイデーアの創世神たちは、最初ヴァビロフォス辺りで固まって暮らしていたそうだ。だから、彼らの魔法の名残が、今でもここらに残っている訳だ。残留魔導空間はかつての神様たちが、遊びながら魔法を使っていた、その消し忘れさ。子供にしか入れないのは、彼らもまた、子供だったからだよ。まさに神隠し!!」


「確かに」


メディテ卿のオーバーリアクションに普通に切り返す辺り、僕らはそれに慣れてしまったと言う事でしょうか。

彼はふうと煙を吐いて、もう一つ付け加えました。


「……あと、ここらの空間は“時間と空間の神クロンドール”の力が大きいから、一般の残留魔導空間と違って、時間軸すらとても曖昧な空間らしい。危ういよねえ……すっごく危ういよねえ」


「………」


空間は時間がたてば消えると言うものではありません。

完全に消す作業の方が難しかったりします。確かに現実と時間の関係すら切り離す事も出来るので、その空間だけのルールが残されたり、迷ったら抜けられない歪みを生んでいたりするのです。


僕らはかつて、シュマが示した“約束の場所”あたりの残留魔導空間を探しました。

2000年前と様子が変わっていたけれど、海岸線はそれほど手が加わっていた訳ではないので、場所の特定は難しくありませんでした。








「……ここか」


岩場の多い小さな入江に、一つの残留魔導空間がありました。

かつて、シュマはここら辺で、僕と共に空間を探したのです。決して見つける事は出来なかったけれど。


僕はトール君に入口を広げてもらい、そこから空間内部に入ろうと思いました。


「おい、流石に他人の作った空間において、俺が出来るのは入口を広げるくらいだからな。この中で何が起こるかは分からない。ましてやかつての神が作った空間ならなおさら……」


「大丈夫、ありがとうトール君」


「リエラコトンの糸、こちらに繋いでおいた方が良いんじゃない」


僕はマキちゃんの提案の通り、その空間に入る前にリエラコトンの糸車をこちらで召喚し、自分の指にその糸を結びました。

帰り道を見失わない様に。


「ユリシス!! 私も行く!!」


ペルセリスが僕の袖を掴んで言い張ります。

彼女の瞳はとても強い意志を持っていました。


僕は少し眉を寄せましたが、かつてシュマが言った様に、ここが僕ら家族の“約束の場所”だと言うなら、ペルセリスには行く権利があります。僕はリエラコトンの糸をもう一本引き寄せ、彼女の手を取って指に結びました。


「僕から、離れちゃいけないよ……」


「……うん」


トール君のキューブが入口の四方に飛んで行って、それを押し広げて行きます。


「いいぞ」


彼が合図した時、僕はペルセリスの手を取って、空間の中に入り込みました。








「………」


青白い霧と、真っ白のようで沢山の色の高い木々が規則正しく、だけど不自然に並ぶ、まるで絵画のようなマーブルの抽象世界。

僕とペルセリスは一時、その不思議で静かな空間で立ち惚けていました。


確かにここは、現実の世界では無い。おとぎ話のような、絵本の一ページのような、だけどもう誰も来ない寂しい世界。


「……空が見えないね」


「……きっと、空が無いんだ。全て青白い樹で囲まれた世界なんだ。こんな場所、いったい何の為に作ったんだろう……」


それを知っているのは、かつての神々だけ。

僕らの最初だけ。


あんまりに遠くて、他人の様にしか思えないけれど。


判別出来ない、高いコロコロした音が、上から落ちてくる気がします。




「………?」


少し歩いていた時、生き物のいない世界だと思っていたのに、どこからかすすり泣く声が聞こえた気がして、ペルセリスが僕の腕に身を寄せました。

僕は彼女の前に出て、向かい側をまじまじと確認します。


人影でした。

真っ白の人影。子供の人影です。


「………まさか、迷い子……?」


だんだんとはっきり見えてくるシルエットに、僕もペルセリスも、目を疑ったものです。

真っ白の服を着た、白い髪、緑の瞳の10歳程の少年。


その子供が泣きながら、こちらにてくてく歩いてきたのです。


「………シュマ………」


ひやりとした感覚と、押し寄せてくる胸の熱い感覚。

その対照的な両方が僕の中で交わって、一つの雫になって心の奥に落ちました。


色々な事が繋がった気がして、グッと目元が熱くなって、なかなか言葉が出てこなかったのです。ペルセリスはいっそう僕の腕の服を掴んで「どうして……」と呟いています。


「ひっく……ひっく………父様……母様……」


シュマはこの空間で迷ったのです。

きっと、帰り道が分からなくて、泣いているのでしょう。


僕は彼にそっと近づいて「どうしたんだい」と声をかけます。

シュマはやっと僕らに気がついた様で、小さな体を一度びくりと上下に震わせ、しかしやっと人に会えたと言う様に、いっそう表情を歪めました。


「うわああああ」


「……よしよし……迷ったのかい?」


僕は彼の髪を撫で、膝をついて視線を合わせました。

かつて、我が子にいつもしていた様に。


そうするとシュマは落ち着いて、僕をしっかりと見てくれました。


「迷ってしまったんだね。ここから帰れないのかい?」


「……っ……はい。探検していたら迷い……っました……っ」


ひっくひっくと、胸を上下させながら。


こんな場所から出られなくなるなんて、それはとても怖い事だったろう。

でも、探検せずにはいられなかったなんて、シュマだな……。本当にそう思うよ。


僕は彼の頬を両手で包んで涙を拭きながら、少しの間彼を見つめました。

シュマは少しきょとんとしています。


「……シュマ……っ!!」


ペルセリスが我慢出来ずに、彼に飛びつき抱きしめました。

そして、シュマに負けず劣らず大きく泣き始めたのです。彼の背に手を回し、キツくキツく抱きしめたので、シュマが少し驚いています。


「……お姉さん、お姉さんも……迷ったんですか……?」


シュマは頬擦りするペルセリスに聞き、ペルセリスはやっと彼から身を離しました。

しかし、手は彼の服を掴んで、ぶるぶる震えている。


当然だ。前世の我が子と、こんな場所で、こんな風に会話出来ているのだから。

なんて奇跡的な事だろう。


「……ううん……お、お姉ちゃんは……最近、やっと帰り道が分かったの……色々とね」


彼女は自分の涙を拭いて、ニコリと笑うと、僕の方を見ました。

僕もゆっくり頷くと、シュマに向かって一つ提案します。


「僕らが、出口を一緒に探してあげよう。お父さんと、お母さんが……きっと待ってるからね」


「………はい」


シュマはその緑の瞳を潤ませ、そしてどこかホッとした様子でまた涙を一つ零しました。








「お兄さんと、お姉さんは、いったいどこから来たんですか?」


「………はは、遠い所から……かな」


随分、遠い遠い未来から。

この残留魔導空間が可能にした、僕らの出会い。


右手を僕に、左手をペルセリスに委ね、真ん中でてくてく歩くシュマの様子が、とても愛らしく懐かしい。

遠い過去に、だけど確かに、存在した僕らの関係。


シュマは僕とペルセリスを、とても不思議そうに見上げていました。


「お兄さんもお姉さんも……なんだかとても、父様と母様に似ています」


「……はは、そうか……そうかもだね」


「ふふ、私たちの方が若いけどね」


シュマの父と母であるユノーシスとエイレーティアより、ずっと若く見えるはずなのに、僕らに面影を抱いてくれるのはとても嬉しい。本当に嬉しい。

確かにシュマは鋭い感性を持った子供だったけど。


「お父さんとお母さん……好き?」


ペルセリスがふいに尋ねました。


「はい。大好きです……ずっと一緒に居たいです」


「………」


シュマの答えに、僕とペルセリスは少しの間瞳を細め、無言になりました。

このままシュマをあの時代に返して、それで待っているのが、あの未来なら……。


そんな、一瞬脳裏をよぎった思いが、お互い手にとる様に分かったのです。


「……そっか……」


しかし、ちゃんと分かっていました。

僕らに出来るのは、あの時代に、ユノーシスとエイレーティアの元に、無事シュマを返す事だと。


それ以上の事なんて、出来ないんだと。



四角く光る出口を見つけました。

これは、僕らが入った場所と違い、まだ子供の大きさ程しかありません。


僕らはここから出る事は出来ないのです。


「ほら……シュマ、ここからやってきたんだろう? 両親の元に帰る事が出来るよ」


「………お兄さんとお姉さんは、ここから出ないのですか?」


「僕らは……“ここ”からは出られないんだよ」


指に絡んだ糸は、全く別の方向から伸びています。

出口の次元が違うのです。


「……シュマ……っ」


ペルセリスがどうしても、彼の服の端を離しませんでした。

シュマは彼女を見上げて、そして、ぎゅっと腰元を抱きしめます。


「……お姉さん……お母さんと同じ匂いだなあ……」


「………っ」


「どうして泣くのですか? どこか痛いのですか?」


シュマにはきっと、彼女の涙の意味は分からないでしょう。

それでも、ペルセリスを心配して慰めようとしています。


ペルセリスは首を振りながら、どうしてもシュマから離れられないのです。


「……ペルセリス……駄目だよ。僕らはシュマを、ちゃんと、あの二人の元に帰さないと」


「でも……でも……っ。嫌だよ……あんな、あんな場所に、あの“棺”に、この子は……っ」


「ペルセリス!」


僕は少し口調を強めました。

ペルセリスはハッとして、揺れる瞳を僕に向けます。


僕は、ただ首を振る事しか出来ません。


何にも出来ないのです。



ペルセリスはやっとシュマから離れました。

僕はまたシュマと視線を合わせる様に屈んで、彼の頭を撫でながら、彼にはきっと良く分からない話をしました。


「……シュマ。君はとても賢い子だ。父も母も、きっと自慢だよ。だから……」


ここから先の言葉を、僕は後悔するだろうか。



「君は君の、正しいと思った事をやるんだよ。守りたいものを、守るんだよ……」



シュマはその言葉をちゃんと聞いてくれていました。

彼の強い瞳の色で分かります。コクンと頷いて、ニコリと笑いました。


「約束ですか?」


「……? うん、そうだね……約束しよう」


「だったら、ここは僕らの“約束の場所”ですね」


「………そうだね」


「約束を守ったら、ご褒美をくれますか?」


「うーん……そうだねえ……。考えておくよ」


「また会えますか?」


「……側に居るとも」


「もう一つ、良いですか?」


「……何だい?」


シュマは一つ息継ぎをして、僕に問いました。


「あなたたちは、僕の父様と、母様ですか?」


「………」


白い木々の隙間から、光が射してきました。

僕はこの空間に空という概念は無いのだと思っていたのですが、差し込む光はあったようです。


柔らかい光が、世界を照らしていきます。

そこはとても美しい、何もかもがみずみずしい、水菓子のような世界。


「……そうだったら……信じてくれるかい?」


「信じます。だって、そうだとしか、思えないから……」


「……シュマ」



そして、僕は彼から手を離しました。

シュマはまるで、またすぐ僕らに会えると思っているような様子で、僕らに手を振りながら、出口の方へ向かっていきました。

ペルセリスは、あの子を行かせたく無いのを必死で抑える様に、僕の手を握っていました。


僕もその手を握り返します。


「ご褒美、用意しておいて下さいね」


「……分かってるよ」


「約束ですよ」


「……うん、約束だね」


そうしてシュマは、僕らにその小さな手を振って、そして、光の中へ消えていきました。

四角い光の出口は、あの棺の形とどこか重なって、僕は彼が出て行くのを見送りながら、口を震わせます。


ああ……結局、僕らはあの子の運命を変える事は出来ない。


「……シュマ……さようなら……」



さようなら。

そして、ありがとう。


君は約束通り、聖域を守ろうと、母を守ろうとしたんだね。

あの混沌とした時代、小さな体を捧げてまで。


ユノーシスは知らない。

シュマと共に、約束の場所を探したあの男はまだ知らない。


知っていたら、例え自分の使命でも罪でも、そんなもの全部捨てて聖域に留まった。勇者を捜しになんて、行かなかったのに。


「……っ……」


僕とペルセリスは、少しの間その場で、ただ二人だけで泣きました。

お互い慰める言葉をかける事も無く、ただどうしようもない悔しさに身を任せ、子供の様に。お互いの手の温かさだけを救いに。



ここは約束の場所。


僕はやっと、ここに至ったんだよ……シュマ。









「あ、帰ってきた」


僕とペルセリスを、出口で迎えてくれたマキちゃんの第一声。

なんだかホッとする声です。


リエラコトンの糸は、ちゃんと僕らの次元の出口に導いてくれました。


「どうしたの……泣いたの?」


「はは」


マキちゃんは僕らの酷い顔にギョッとしたようでした。

仕方ないよ、大号泣だったんだから。


「シュマが……居たんだよ」


「……え」


「やっと分かったんだ。あの子が、この空間で、父と母に会ったと言っていた理由が。……“約束の場所”は、確かに存在したんだ」


僕はペルセリスの手を引いて、出口から降りました。

トール君が、その入口を開いていたキューブを回収します。


四角い光の口は、またとても小さいものになりました。


「どうする。この空間、さっき解析が終わったんだ。……壊そうと思えば壊せるが」


「………そうだね。残していたら、また来たくなる。会えるかもと、期待してしまう。……でも、きっとそれは良く無い」


だから、壊そう。

僕がそう言うと、ペルセリスは少し悲しそうな顔をしましたが、彼女は胸に手を当てると、何かに納得した様に頷きました。






空間の割れていく、その光の美しい事。音の高く繊細な事。

細かくなって、ガラスの粒の様にキラキラして、そして透明のミストになって高く空へ昇っていく。やがて、光の柱は全て消えていく。


僕はそれを見ながら、一つ考えていた事がありました。


ちゃんと約束を守ったシュマへのご褒美、何にしようかなって。




「ねえ……ペルセリス。僕は、シュマを……大地にかえすべきだと……思うんだ」


「………それって」


「あの子を棺から解放しよう」


「………」


ペルセリスはとても複雑な顔をしましたが、長い長い息を吐くと、またコクンと頷きました。

もう、あの子の姿を見る事は出来なくなるけど、あの子の役目は、やっと終わったんだと。


肉体はあるべき場所へとかえされるべきだ。大地へ。

あんなシステムに縛る必要は、もう無いんだから。


ペルセリスはとても疲れたような、しかしどこか安堵した表情で僕を見上げました。


「でも、今日は……あの子の側で寝ても良いかな」


「……いいよ。君は記憶が無い時から、シュマの側で、寄り添って寝ていたよね」


苔むす、緑の豊かな聖域で、その柔らかい草に顔を埋め、あの子の側で。

その様子が、僕には痛々しく見えていた時もあった。


でも、本当はもっと優しい、ただ一つの濁り無い愛情だったのに。


「ユリシスも一緒に寝てくれる?」


「……うん」



空が白くなって、朝日を迎えようと色を得る時間。

僕らはやっと、長い長い、長過ぎた一日に終わりを迎えたのです。













「おやすみ、シュマ……」


聖域に帰って、シュマの棺の隣で眠りにつく、僕とペルセリス。

目をつむり眠気に身を任せ、僕らはただ、何の夢も見る余地の無い、真っ白な眠りにつきました。


それは深い深い、僕ら家族の、解放の眠りでした。



2000年前の、まだ聖域が地上にあった頃差し込んでいた柔らかい日差しが、あの子の愛しい微笑みが、閉じたまぶたを横切っていきます。

そして遠くへ行ってしまったけれど、追う事はしません。




ただ、見送っただけでした。




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