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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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34:ユリシス(ユノーシス)、追憶・終。


僕はいったい、どこで何を見落としてしまったのだろうか。

何度心に聞いても、その答えはでてきませんでした。


僕の心の中にあったのは、早くカヤに会わねばならないと言う焦りと、彼を罰さなければならないと言う苦しみ。

そして、責任でした。


あんなに信頼し合っていた仲間の一人、バラド王子を、カヤが殺したと言うのです。

アレンは行方不明で、リーリアは大怪我を負っているようでした。


聖域の関係者の報告により僕はその事を知りました。

どうやらフレジスタ王国は反乱軍に制圧されたと言う事で、その主犯がカヤであったと。


王室に対する反乱軍は、確かに僕が王宮に仕えていた頃から少なからず存在しました。

確かに問題の無い王室と言うものは存在しませんが、フレジスタ王国はまだ水面下の争いで、どちらかと言えば、僕は北の王室や西の王室の方が問題が表に出てきていて心配でしたから、今回の事は本当に見落としていたと言う他ありません。


まさかカヤがそんな……。


何度も繰り返し、考えました。カヤがそのような事をする意味があったのか。

カヤはその後、王を望む訳でもなく行方をくらませたらしい。


僕は彼を追う事にしました。

勇者カヤは、すでに魔王と対等な力を持っています。


そう育てたのは、僕でした。








「すまない……でもこれは、私の罪だから。あの男を止めるのは、私でなければならない」


「……行ってしまうのね。私とシュマを置いて」


「………ごめん」


ごめん。


エイレーティアは不安そうな表情でした。

それでも僕が行くのを、言いたい事も飲み込んで認めてくれたのです。


僕はエイレーティアの隣にいるシュマの前で膝をついて、我が子に約束の事を言いました。


「全てが終わったら、父様と一緒にあの場所へ行こう。約束だ。それまで、お前が母様の側にいるんだよ………シュマ」


「はい、父様」


我が子の返事は頼もしいものでした。


シュマ、君の言っていたあの場所を、共に探しに行こう。約束の通り。

僕ら家族にとって、大切な場所であると言うなら、きっといつか辿り着ける。


僕は色々な思いを込め、シュマの頬を撫でました。


「じゃあ行って来るよ、エイレーティア。シュマを……頼んだよ」


「きっと帰ってくるのよね」


「………」


「どんな事になっても、あなたは死なない……そうでしょう。なら、ここへ帰ってきてくれるのよね。たとえ、何も上手く行かなくても」


「………ああ。勿論……私が全てを終わらせ、きっとここへ帰って来る。待っていてくれるかい」


「当然よ」


最後に、自分と寄り添う事を誓ってくれた愛しい妻を見ました。

彼女はきっと、とても不安で仕方がないのに、いつもの様に笑顔で僕を送り出してくれました。


僕の覚悟が、彼女にも伝わっていたのでしょう。

でも、大丈夫。自分は死なない。


そうだ。


だからここへ、また戻ってくるから。








(追憶・終)



東の大陸・大ルハラ砂漠南端










カヤは、フレジスタ王国からそう離れていない、砂漠の側の捨てられた町に居ました。

彼がここで何をしていたのか知りません。


でも、そんな事は関係ありませんでした。僕は彼に事情を聞いて、その内容によっては彼から勇者の称号を剥奪しなければなりませんでした。今ではカヤは、ただの反逆者。ただの、裏切り者だったのですから。


「なぜ……バラド王子を殺したんだ……カヤ」


「………」


「仲間だったじゃないか」


「………」


何も言う事は無いと言う様に、彼はただ押し黙り、そして、その青い瞳を鋭くこちらに向けていました。

今まで、ただ彼の性格上淡々とした表情なのだと思っていたそれが、今はとても冷酷で、無情な様子に見え、僕は酷く辛いと思いました。


「……僕は君から全てを剥奪しなければならない。勇者の称号も、その“剣”も。君がそれをどこで手に入れたのか知らないが、聖域はそれを勇者の証だと言っていた。それは大きな力だ。だから……」


僕は精霊王の錫を一度地面につきました。

その時の高い凛とした音が、僕の周囲にいた精霊たちに力を与えます。


砂漠からやってきた熱く乾いた匂いのせいで、息が詰まってしかたがない……。



「……第七戒召喚……精霊たちよ、その身を以て楔となれ……」



七つに連ねた魔法陣をいくつもいくつも構築し、それをカヤの周囲に転送しました。

カヤは動きません。


バリバリと割れていく魔法陣からは、束縛の光の鎖がいくつもいくつも伸び渦を巻いていきます。第七戒は標的を束縛する為の精霊魔法ですから。


僕は何一つ手加減していませんでした。

今だと言う所で、錫杖を握る手に力を込め一度振り、完全にカヤを捕えたと。


白い光の鎖は、グルグルとカヤの体に巻き付き、彼の動きを封じました。

彼が抵抗しないのは、きっと彼自身がそれを望んでいるからだと思っていました。


「捕獲……完了……」


カヤの手から力無く金色の剣が落ち、地面で音を立てます。

僕はそれを拾いました。


「残念だよ、本当に。私は君を息子の様に思っていた。才能に溢れ、人望に溢れ、仲間……思いで……」


だけど、もうそれは過去の事です。

本当にどうしてこんな事になってしまったのか……。


「カヤ、事情があるなら教えてくれ。……君が何の理由も無しにバラド王子を殺したとは思えない。それに、リーリアはいまだに意識不明で、アレンは行方不明だ。いったい、君たちに何があったと言うんだ……」


フレジスタ王国では反乱軍の核であった勇者が居なくなり、今は生き残った王室と色々な事を調整中。混乱しているが、これから国は大きく変わっていくのでしょう。


カヤ……君はいったい何を目的として、こんな事をしたって言うんだ……。


「………賢者様、いったいどこを見ているんです」


「!?」


久々に聞いた勇者の声は、何故か背後から聞こえました。

僕が鎖で繋いでいたはずの人間は、勇者の声を意識した瞬間、行方不明だったはずのアレンの姿になったのです。


生々しい音の後、僕は自分が背中から刺された事に気がつきました。


「な……っ」


鮮血が溢れ、それでも僕は歯を食いしばり、答えます。


「……幻術……ですか。僕はお前にそんな黒魔法を教えたつもりは無いけどな……。しかし、無意味です。僕は自分の体の中に治癒の術式を書き込んでいます……刺されたくらいで……」


「……それはどうだろうか、“白賢者”」


勇者の持っていた剣は、“女神の加護”ではありません。それは禍々しい霧のようなものに包まれた、鈍い色のいびつな形の剣。女神の加護とは、受ける印象の正反対の剣でした。黒でもなく……赤でも青でもない、判断のつけ様の無い混沌とした鈍い色の剣。


そして、痛みの後に襲ってきた予感は、今まで感じた事の無い恐怖でした。


「白賢者……残念だが、この剣の前にお前の治癒能力は機能しない。これは……魔王を殺す為の死の剣“冥王の宿命”だ」


「……カ……っカヤ……なぜ……」


僕はそのまま、ドサリと地面に倒れました。

熱い風、乾いた砂の匂い、ちらつく金髪……目の前にいる男の、勇者とは言えないような氷のような視線。


カヤは僕の側に落ちた“女神の加護”を持ち上げ、その歪み無い輝きを前に、少しだけ悲しそうな顔をした気がしました。

しかしこの時の僕の意識は遠く、本当だったか定かではありません。



「……どうせ、そろそろだった……」



彼はそう呟くと、“女神の加護”と“冥王の宿命”の二つの剣を持って、地に伏せた僕を見下ろしていました。

黄土色の砂のせいか、視界が霞んでしまって、だんだんと目の前が真っ白になっていきます。


「……カヤ……」


「お前はもう十分役目を果たした。その大業は世界の礎となるだろう……。お別れです、賢者様」


カヤの口ぶりは、まるで僕の知らないカヤと、知っているカヤの二つが同時に存在する様でした。

手を伸ばしても、彼に触れる事は出来ません。

僕が弱っていく度にアレンを繋いでいた鎖が、一本、また一本砕けていく音がします。そして、側で色の無い瞳を見開いたアレンがどさりと地面に落ちてきました。彼はもう死んでいたのです。



ああ。

何なんだこれは。


どうしてこんな事になっているんだ。

なんで僕はこんな所で、こんな事をしているのだろう。


早くカヤを捕えなければならないのに、足下からじわりじわりとやってくる濁ったドロのようなものが体を引きずり込んでいく。

勇者は僕の前で、ただ僕が死ぬのを待って、見下ろしています。


止まらない血の色が、こんなに怖いものだったとは思いませんでした。

こんなに痛みを意識した事はありませんでした。


迎えにやってくる。

初めての死の感覚。


「……私は……死ぬのか……?」


それを口にしてしまった瞬間、思い出されたのは長い長い人生の記憶の断片。ふわふわした綿が舞う綿花畑から始まった、断片的で連続的な長い長い出会いと別れ。交差していく人の営み。


真っ赤な魔女と、黒の魔王。


そして、緑色の……。



『どんな事になっても、あなたは死なない……そうでしょう。なら、ここへ帰ってきてくれるのよね。たとえ、何も上手く行かなくても』




死ねない。あの子と約束したじゃないか。

ずっと側に居ると。全てが終わったら、共に生きて老いようと。


死にたく無い。


今まで何度も、自分はいつ死ぬのか、死ねるのかと考えたのに。

自分には死が無いのではないかと恐ろしくなったのに、この時僕は死にたく無いと思っていました。


若いエイレーティアを、幼いシュマを、置いていくと言うのか。

置いていかれる事の寂しさを、怖さを、一番知っているはずの僕が、あの子たちを置いていくのか。


「……嫌だ……っ」


力の入らない手を伸ばし、焦がれる。僕の愛した人、僕のただ一人の息子。

緑色の優しい、あの場所へと。


ああ。

でも、ごめん。



「……っ」



掴んだものはただの枯れた砂で、そこにはあの聖域の清らかさ、みずみずしさはありません。

そこに僕の涙がこぼれ、僅かに湿っただけで。





そして、僕は息絶えました。


永遠なんてものは無く、終わりは無情で、世界はただ白く、怖いくらい白く染まっていったのです。
















エイレーティア。

僕の最愛の人。


何でだろう、君があの聖域で叫んでいる。

そして、体中血だらけになって死に絶えた……。



「……これが、君の最後だったのかい?」



知らないはずのヴィジョンを前に、僕は一筋涙を流しました。

シュマが、僕が、あの棺の中で眠っています。

彼女はただ一人この世界に残され、立場と役目、哀しみに流され、絶望の中で死んだというのでしょうか。


僕はただそれを傍観しているのです。

彼女が孤独の中死んだと言うのに、一定の距離から動く事が出来ずにいます。


まるで、“今”の僕と、君の様だね。






「しっかりしなさい、ユリシス!!」



ぼんやりとした白の視界を、真っ赤な閃光が横切ったと思ったら、僕は激しい痛みに酷く驚きました。

頬を誰かに叩かれたようで、僕は何度か瞬きします。


「ユリシス!! 都合良く解釈して、何一人黄昏れてるのよ!! あれは、“ペルセリス”じゃ無いでしょう!!」


「……マキ……ちゃん……」


僕の服の襟元を激しく掴んで、彼女はその凛と通る声を張り上げ、何度も僕の名を呼びました。


「ユリシス!! あんたは誰!? ユリシスでしょう!!」


「………」


「あれは過去よ。過去の人、過去の記憶、過去の感情よ!! 全部もう、本当はただの幻影なのよ!! あれらはもう、枯れた塵みたいなものなの!!」


「……でも、マキちゃん……。どうしたらいい……僕は過去を捨てる事は出来ないよ……っ」


何もかも苦しいだけで、全てが僕を責め立てるのです。

なんであの時、ああしなかったのか、こう出来なかったのかと、他の道を考えて考えて考えて、嘆いてしまうのです。


「じゃあずっとここに居て、もう居ない人を思ってなさい!!」


「………」


「ペルセリスは、今でもただあんたを待っているのに……あんたよ、ユリシス。ユノーシスじゃなくて、あんたを待ってるのよ!!」


否応無しにがつんがつんと、僕の意識にねじ込まれる彼女の言葉。

僕はただ静かに、この過去の記憶を抱きしめていたいのに、それを決して許さないと言う様に。


泣いていました。

マキちゃんが歯を食いしばって泣いている。


「しっかりしてよユリシス。誰も、あんたを責めちゃいないのよ!!」


「………」


君は凄い人だ。

一言一言がバットみたいだ。


というか実際、その小さな拳が何度も僕の胸を打ち、痛みを痛みで砕こうとしている。


僕の目を覚まそうとしてくれる。

僕の痛みを誤摩化そうとしてくれている。


「……マキちゃん、ありがとう。でも、一つだけいいかい」


一度呼吸を整え彼女の肩を掴むと、視線を合わせました。



「その言葉を、そのまま君に贈るよ……」



その時の彼女のポカンとした顔が面白くて、少し笑ってしまいました。

でも、もう大丈夫。


僕は、ユリシス。

ユリシス・クラウディオ・レ・ルスキア。



これから僕が迎えに行くのは、今この時を生きる、共に生きているペルセリスだ。



僕はこの瞬間の、清々しい程の痛みと喜びを、きっと一生忘れないでしょう。

そして、紅魔女……かつての敵である君を、こんなにも大切な友だと思う日が来るなんて、あの時の僕は思っていたのでしょうか。


ありがとう。

目が覚めたよ。



「そうだ……白桔梗の花を……摘みに行っても良いかな……」



僕は今後の人生を、決して前世の“やり直し”だとは思いたくありません。

償いだとも思いたくありません。


それは確かに新鮮で、まだ見ぬ未来の、ただ一つの自分の選択だと信じています。




*重要単語の解説表に【神器】を追加しました。

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