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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
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33:ユリシス(ユノーシス)、追憶7。



「……賢者様」


「おや、カヤから話しかけてくるとは珍しいね」


「少し話しておきたい事が」


既にこの会話から妙な感じですが、カヤは本当に何でも自分でこなす奴でしたから、こんな風に畏まって自分から話しかけてくると言うのがとても珍しい事でした。


「……シュマの事です。“あの場所”の事を聞きましたか?」


「………?」


「前に聖域へ行った時、あの子が言っていたのです。凄い場所を見つけたと。あの子は勝手に聖域を抜け出し、海岸へ遊びに行っていたらしいのですが、その際とても妙な場所を見つけたと言っていました」


「………初耳だなあ。あの子がたまに聖域を抜け出していると言うのはエイレーティアに聞いた事があったけど」


さて、勇者はどこか考え込んでいる様子でした。

僕にはそれはどのような意味を持っているのか分かりませんでしたけれど。


「実を言えば、シュマと共に一度その場所へ行こうとしたのですが、不思議な事に俺と共に行くと、あの子は“あの場所”へ行けないようでした」


「……? それって……」


子供にしか行けない場所があると言う物語は、どんな世界にも存在するでしょう。

それは一種の“神隠し”とも言われるのですが、メイデーアでの神隠しはある種の仕組みがあります。


それは、古くに作られた残留魔導的空間に子供が迷い込んでしまった、と言う事です。

空間魔法は遥か昔から存在し、今では黒魔王の代表的な魔法ですが、かつても同じ様に空間構築に長けた魔術師たちが居たのです。彼らが何らかの事故や失敗で空間を処理しきれず残ってしまった場合、世界には忘れられた魔導空間と言うのがちらほら存在する事になるのです。しかしその空間はある種の停止状態にあり、普通なら見つける事は出来ずにそのまま忘れられた存在になります。


しかし、魔力の強い子供は空間の存在に敏感です。なぜなら、子供と言うのは疑う事を知らず無垢で、常識にとらわれず想像力に長けているから。その空間を簡単に受け入れ、またイメージする事が出来るのです。それと、残留魔導空間への入口は、子供の大きさ分しか無いことが多いのです。


「……要するに、シュマが残留魔導空間を出入りしていると言いたいのかい?」


「そうだと思います。少し……危ないかと思いまして……」


「そうだねえ。僕も子供の頃、何度か残留魔導空間に迷い込んだ事があった気がする。もう曖昧な記憶だけど……」


そうなのです。

残留魔導空間とはとてもあやふやな空間で、それを作った主がいないだけで至る所に歪みが出来てしまっているのです。

ですから、その空間に居ると自分の存在すらふわふわになって、長居すると帰り道が分からなくなってしまう場合があります。


そのため子供が居なくなった、神隠しだという言い伝えが出来てしまったりします。

子供はその空間に閉じ込められてしまうのです。


「確かにそれは心配だな。今度シュマに言っておくかな……。まあね、あの場所ってちゃんと自分の意識さえ持っていれば、多分最高の遊び場だからねえ」


「……シュマは、その空間であなたと巫女様を見たと言っていましたよ」


「……? どういう事だろう?」


「…………さあ」


僕は首を捻るばかりでした。そもそも空間魔術は専門外ですから、良く分からないのですが……。

過去の残留魔導空間の中で、僕とエイレーティアを見た……不思議な話です。


カヤは僅かに視線を逸らしました。








(追憶・7)


約2000年前

南の大陸・聖地ヴァビロフォス


ユノーシス:200代〜








我が子、シュマについて語らせていただきましょう。

僕とエイレーティアの間に生まれた、唯一の息子シュマは、髪の色と魔術の才能を僕から受け継ぎ、愛らしい姿と瞳の色と、聖域の加護をエイレーティアから受け継いだような、ある意味とても凄い子供でした。もう神童でした。


親バカとか、そんなんじゃないですよ?

どちらかと言うとバカ親です。


魔力は僕ら魔王クラス程は無く、8000mg程でした。しかしそれは普通なら化け物レベルの魔力数値なのですけれど。

どこか浮世離れしたような空気は、まさに聖域と同じ神秘性を持っていて、それはこの子が成長していく程に強くなっている様に思いました。シュマは賢く素直で、またとても鋭い感性を持った子供で、僕ですら、稀にハッとする事を言われる事がありました。


この子が大樹を見上げている姿を、今でも思い出します。

シュマの目に、あの広い樹の傘はどのように見えていたのでしょう。木葉の擦れる音は、どのように聞こえていたのでしょう。


聖域の空気に溶け込む、特別な子供の様に思っていました。



しかし、子供は子供です。

シュマはとても好奇心旺盛で、聖域よりも海の向こう側に興味があるようでした。よく聖域を抜け出し海岸に行っていたようで、その度にエイレーティアに怒られているらしい。僕も何度か叱った事があります。


また勇者カヤに憧れを持っていて、僕としては若干ジェラシーを感じていたようないなかったような。まあ、子供が戦隊ものやヒーローものが好きなのと同じかなと、今なら思います。そう、カヤはシュマにとってヒーローでした。


カヤもまた、あの淡々とした仏頂面のくせにシュマにだけは構ってあげていた気がします。

それはとても微笑ましい光景でしたが、若干ジェラシーを……。いやいや、僕にとっては両方息子のようなものですから。兄と弟みたいなかんじでしょうか……。






さて、僕は南の大陸に戻ってきました。

カヤの言っていた事が少し気がかりでした。シュマが残留魔導空間で遊んでいるのだとしたら、危険な事になる前にやめさせなければなりません。あの子が僕や母であるエイレーティアにその空間の事を教えなかったのは、まあ怒られると分かっていたからでしょう。カヤにだけ言ったのは、子供らしい自慢みたいなものだったのでしょうか。自分のお気に入りの場所をカヤに見せたかったのでしょうか。



「父様!!」


愛しいシュマが、自分を呼ぶ声には安心を覚えます。

聖域の大樹の下で、いつもの様にシュマとエイレーティアが僕を迎えてくれました。


「シュマ、また大きくなったかい?」


「はい少しだけ」


シュマは僕に抱きつきました。この姿はかつてのエイレーティアを思い出します。


「今回は早かったのね、ユノーシス」


「ああ。ちょっと気になる事があってね……それにもう、勇者たちに僕の力はそんなに必要ではない。そろそろ引退の頃かなあ」


「何言ってるのよ。まだ魔王を倒してないでしょう」


「……あはは」


奥さんに尻を叩かれ仕事に励む旦那の図。

シュマはその小さな腕を僕の首に回し、クスクス笑っていました。頬にあたる柔らかい髪の感触を、いつも愛おしく思いました。


「そうだ、シュマ。久々に父様と海へ行こうか」


「はい!!」


シュマは僕からぴょんと飛び降り、その白いローブをなびかせ、森の小道に出て行きます。そして、嬉しそうに僕に手招きするのです。

僕はエイレーティアに「行ってくるよ」と言って、シュマの後についていきました。







「ねえシュマ。ここ最近、変わった事はあるかい?」


「……そうですね、うーん……ついこの前、母様が木の根に引っかかって転びました」


「あはは……母様らしいねえ」


「あと、神官長に歴史の本を頂きました。ルーベルキアの歴史です」


「……ほうほう。面白かった?」


「はい。でも僕は他の大陸の事の方が知りたいです。父様……いつか連れて行って下さいね」


「……そうだね。勇者が魔王を倒したら、きっと平和になるからね。そしたら父様は聖域に戻ってくるから、代わりにシュマが冒険に出ると良いよ。カヤに連れて行ってもらうといい」


「父様は一緒に来てくれないのですか?」


「はは……シュマ、君がいなくなったら、母様一人になってしまうよ。だから、父様が母様の側にいなければね」


「あ……そうかあ」


シュマは何度もコクコクと頷きました。

僕はそんな我が子を見下ろし、そして、例の話題を出しました。


「シュマ……最近、妙な空間に出入りしている様だね」


「………!?」


あからさまに肩をびくつかせました。この子に嘘はつけません。

ポカンとして、僕を見上げました。


「……知っていたのですか?」


「うーん、父は白賢者だよ? 知らない事など無い」


嘘です。勇者に聞きました。

そして、少し真面目な顔になって、シュマと視線を合わせました。


「シュマ……その空間はとても危ない。出来れば父様に、入口の場所を教えてくれないかな」


「……どうするのですか?」


「その空間を完全に消滅させるんだ。それは、残留魔導空間と言って、昔の魔術師が消し忘れた空間なんだ。子供達にとってとても危ない空間なんだよ」


「……でも、でもあの中には……」


シュマは小刻みに首を振りつつ、少し悲しそうな表情をして、それでも僕を強く見ていました。


「あの空間で、僕は父様と母様を見たのです。きっと、僕たち家族にとって、大切な場所なんです!! だから……消すなんて……」


「……シュマ」


不思議な話です。僕も、エイレーティアも、今この聖域に居ると言うのに、この子は残留魔導空間でも、僕らを見たと言っているのです。

シュマは何がそんなに悲しく、悔しかったのか、ぼろぼろと泣き出してしまいました。

白い聖域の服をぎゅっと握って、大声で泣いている我が子。久々に、シュマが泣いているのを見た気がします。

どんなに叱られても、泣くのを我慢するのがこの子でした。


「……シュマ……」


「あの場所は……あの場所は危険な場所ではありません!! ぼ、僕にも、父様にも、母様にも……だって、“約束の場所”だって、言ってたから……っ」


「……?」


「”父様”が言ってたんです!!」


一度強く風が吹いて、僕とシュマの髪を同じ方へ流しました。


森の小道で、珍しく泣きわめくシュマの背中を撫でながら。僕はもう訳が分かりませんでした。

シュマはその空間の中で、いったい何を見て、誰に会って、何を知ったのか。


「父様だって、行けば分かります!!」


「分かった……分かったよ。とにかく、その場所に父様を連れて行ってくれ。ね?」





しかし、やはりカヤが言っていた通り、僕がその場所へ行こうと思っても、例の空間は見つかりませんでした。

空間の歪みでも見つけたら、すぐに消滅させようと思っていました。その前に、少し覗いてみようとも思っていました。

でも、何度シュマの案内のもと入口付近に行ってみても、その空間を見つける事はできず。海岸沿いはただ波の音だけで、沈黙していました。


シュマはなんだかんだ、僕にその場所を見てもらいたかったらしく、がっかりした様子でした。

だから僕はシュマと約束したのです。いつかまた、ちゃんと見つけにこようと。だから、僕と共に来るまで、一人でここに来てはいけないよ、と。


シュマは不満そうな顔をしていましたが、最終的に納得してくれたようでした。


「でも、信じて下さい。あの場所は僕たち家族の、優しい“約束の場所”です」


「うん……分かったよ。必ず、また探しにこよう。“約束”だ」


シュマと固く小指を繋ぎ、約束しました。

それは二重の約束。


シュマにとっての“約束の場所”の意味と、僕にとっての“約束の場所”の意味は、違っていたのかもしれません。




そう。


僕と、エイレーティアは、“約束の場所”を知らないのです。


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