30:ユリシス(ユノーシス)、追憶4。
(追憶・4)
約2000年前
東の大陸・フレジスタ王国/シリク村
ユノーシス:200代〜
異世界から来た少年の噂を聞きつけ、僕はフレジスタ王国のシリク村にやってきました。
噂はこう言ったものでした。
シリク村は乾燥した土地でしたから、毎年雨乞いの儀式を行うらしいのですが、村の長老がヴァビロフォスの方角に向かって祈りを捧げた瞬間、人々の目の前にて光の中から少年が現れたんだとか。
少年は見た事のない不思議な格好をしていて、金色の鞘に納められた大剣を持っていたとか。
彼が現れた瞬間、村には恵の雨が降ったとか。
それを見た長老は、このメイデーアに古くからある異世界から来た少年と少女の言い伝えを思い出し、彼を救世主、まさに勇者であると言って歓迎したらしいのです。その噂は、まさに混沌とした時代に異世界からやってくる者を探していた僕の耳に届きました。
彼は不思議な佇まいを持った、金髪で青い瞳の見目麗しい少年でした。歳は12、13歳くらいでしょうか。
村で一番大きなヤシの木の根もとにじっと座っています。とても子供とは思えない落ち着いた様子で。
大事そうに、その体には合わない大きな金色の剣を持って。
「誰かを待っているのかい?」
「………」
少年は僕をじっと見て、ただじっと見て、そして頷きました。
「俺を連れて行ってくれる人を……」
「連れて行くって……どこへ?」
「どこへでも」
なんともひねくれた言い回しで、僕は少々面食らったものです。
しかし、確かにこの村の者が彼を“救世主”“勇者”などとあっさり言ってのけるのも分からなくはありませんでした。
彼にはどうしても期待したくなるオーラがありました。
独特で、特別な。
「どこへでも行きたいと言うのは冒険したいと言う解釈で良いかな? それだったら私が力を貸す事が出来るでしょう。そのかわり、あなたには“勇者”となって、魔王を倒す使命が与えられるのですが。今このメイデーアは、二人の魔王のいたずらな暴力によって混沌の中にあります。多分あなたがこの世界にやってきたのは、僕らの希望の“勇者”たる人物だからです」
「………勇者?」
少年は少しだけ眉を動かし言葉を失っていましたが、それ以上の驚きのリアクションを見せる事はありませんでした。
異世界から来た少年と言う事で、この世界の色々な事に戸惑って「ええええ俺が勇者っすかああああ!?」くらいのリアクションを期待していたのに、何とも冷めた子供です。
「……分かりました」
「おや、案外あっさりだねえ。君、命がけの戦いだよ? 今から修行して魔法覚えて、仲間を集めていざ決戦だよ? 魔王結構強いよ〜死んじゃったりするかもだよあはは」
「関係ありません」
「………」
僕の渾身のブラックジョークがあっさりかわされました。
何なんでしょうねこの子。
そして、少年は立ち上がると、少しニヒルに笑って、
「………俺が勇者になって、この世界を救います。必ず魔王を討ってみせましょう」
堂々と言ってのけたのです。
この子は大物になる……僕はそう確信しました。
彼は金色の光の粒を取り巻いているかの様に、眩しく思えました。
少年は自身をカヤと名乗りました。
この世界ではよくある名前ですが、彼がその名を轟かす事になれば新生児に同じ名が増えるかななんて、悠長にそんな事を考える余裕があるほど、彼は優秀で何だってすぐに覚えていきました。
剣術も、白魔術も。
しばらくして、僕はカヤを、聖地ヴァビロフォスへ連れて行く事にしました。
勇者としての旅に出る前に、一度聖域へ連れて行って、長老に挨拶をしておいた方が良いと思ったのです。勇者を捜す様にと言ったのも、長老でした。
聖域の、あの大樹を前に、彼に何かしらの恩恵があればと思ったのです。
「ユノーシス!!」
「……巫女様……大きくなられましたね」
この時代の緑の巫女こそが、後に僕の妻となるエイレーティア……ペルセリスの前世でした。
エイレーティアとは僕が付けた名でした。なので、この頃彼女には特別親のような、祖父のような気持ちを抱いていたと思います。
それはもう可愛らしく、無邪気で奥ゆかしい、清らかで聖域に愛された恵の巫女様でした。
彼女は稀にやってくる僕を気に入ってくれていて、いつも全力で歓迎してくれたのです。
どうやら僕の精霊と遊びたがっているようでした。無邪気に抱きついてくる彼女のなんと可愛らしいことか。
「巫女様……その前に長老様に挨拶に行かなければなりません。少しお待ち下さい」
「ええーー」
膨れっ面の彼女は大変愛らしく、我が侭を聞いてあげたくなるのですが、僕はカヤを長老に引き合わせる使命がありましたから、ここは気持ちを強く持って。白賢者と言えど、心揺れるときはありますから。
カヤは大樹を、その青い瞳に映していました。
何を考えているのか相変わらず分からない子ですが、きっと聖域の神聖な空気に浸っているのだろうと、僕は微笑ましく思っていたのです。
エイレーティアがカヤを気にしていたので、冗談も交え彼を紹介した所、やはり彼にばっさり「面白く無い」と言われ終了です。
彼は大物に……。
長老はカヤを見た瞬間、その白い眉をグッと潜め、唸りました。
そして、ゆっくりと目を見開きます。
「……分かっておりますとも。その少年こそが勇者としてあなたの選んだ者なのでしょう。異世界から来た……少年……。本当にいたとは……」
「分かるのですか?」
「ええ。その黄金の剣がなによりの証」
勇者の持つ黄金の剣は、通称“女神の加護”と呼ばれる戦いの女神の神器だとか。
カヤはいったいどこでそれを手に入れたのか。何度か聞いてみましたが「……拾いました」と言われるだけ。
そんな訳あるかよっ!!!
とつっこみたかったけれど、これ以上聞き出せない僕でした。
その剣の話題に触れると、彼はどこか複雑そうな顔をしていましたから。ここは空気を読みました。
その後彼は大樹の御元の泉にて“勇者”としての洗礼を受け、その立場を明確なものにしました。
それからは修行をかね、僕は彼をメイデーアのあちこちに連れて行きました。
かつて自分が精霊を見つけた遺跡や、洞窟、あらゆる迷宮なんかで、黒魔王の管轄下にいない魔族、または派遣されている魔族を倒したりして、彼が成長出来る様にと。その中で、弓使いのアレンや、魔女リーリア、フレジスタの王子バラドなど、今でも名のある戦友たちを集め、パーティーを作っていったのです。
僕はそんな若者たちの勢いに魅入られ、彼らならきっとあの紅魔女と黒魔王を倒してくれるのではと、心から期待していたのです。
紅魔女……黒魔王……彼らとは長く争って来た為、勇者と言う他の存在に頼る事に僅かな罪悪感はありましたが、彼らを倒す事は世界にとってとても重大な事だと知っていました。
カヤは実際よくやっていました。
僕の言う事も聞いたり聞かなかったり、僕の冗談にもつっこんだり無視したりでしたが、優秀な弟子が可愛く無いはずも無く。
また家族も子供もいなかった僕を親の様に慕う勇者一行の面々は、皆それぞれ違った事情と個性を持っていて、本当に色とりどりで輝かしかったのです。
彼らに希望を抱いていました。
何の問題も無い様に思いました。勇者カヤは順調に力をつけていき、仲間もまたカヤを中心に結束を固めていき、問題や危険を越え逞しくなっていく。それを見ているのはとても心地よかったのです。
紅魔女や黒魔王は、勇者と言う存在をとても目障りなものと思っていた様で、彼ら自身の戦いを中断してでも、勇者一行を潰す為の策を練ってきました。特に黒魔王は勇者を殺そうと、魔族の刺客を放ってきたのです。
それでも僕は、彼らの正義を信じていました。
彼らなら何とかしてくれると。
ただ、個人的な問題は、思春期真っただ中の聖域の緑の巫女様……そう、エイレーティアの事だったでしょう。
手のかからない勇者の代わりに、とっても気にかかる娘でした。