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俺たちの魔王はこれからだ。  作者: かっぱ
第二章 〜王都精霊編〜
102/408

27:ユリシス(ユノーシス)、追憶2。

(追憶・2)


約2100年前

南の大陸・聖地ヴァビロフォス


ユノーシス:100代〜





どこからか僕の話を聞いて、南の聖域の関係者が僕のところへやってきたのは、僕が東のフレジスタ王国の王宮に腰を下ろし多くの弟子に白魔術を教えていた頃でした。こう見えて割とスパルタだと言われてました。


それから僕は聖域と縁ができ、何度となく南と東を行き来する様になったと思います。





「北の黒魔王……ですか? ええ知っています。魔族の国家を作ったと言うとんでもない黒魔術の使い手が居るとか。会った事は無いのですが……」


「では、西の紅魔女は知っておられますかな?」


「紅魔女……? いいえ、初めて聞きました」


「………」


南の大陸にある、メイデーアの聖地ヴァビロフォスに招かれる様になって少し経った頃、聖域の住人の長老は、僕に他大陸の魔王の話をしました。


西の大陸は精霊調査で赴いて以降、降り立った事は無いのです。

なので、紅魔女の存在は初めて聞きました。


「あなたや黒魔王と同じく、歳をとらない魔女らしいのです。常に美しい10代中頃の娘の姿だとか。名前魔女としてやり手で、西の王国とも付き合いがあるらしいのですが、聞こえてくる話は、まあ………恐ろしいものばかりで、良い噂は無いですね」


「………へえ。そう言った人がいるのですね。ぜひ会ってみたいものです」


「………」


「どうかしましたか、長老」


聖域の住人の長老はどこか意味深に視線を逸らし、側の者に何かの指示をしたようでした。

足下や膝の上にいた精霊たちが、口々に「神聖だねえ」「仰々しいねえ」とおしゃべりをしています。


「白賢者様、こちらをご覧下さい」


住人が持って来たのは、白い布に包まれた細長い何か。

その白い布を取っていくと、中から薄金色の錫杖が出てきました。

精霊たちを意味する囲い十字を象ったような、立派なものです。それが目の前に現れただけで、空気が緊張したのがわかります。


「……これは……凄い魔力ですね」


「この錫杖をあなたに授けたいのです。メイデーア神話上、精霊の神と呼ばれたパラ・ユティスの神器である“精霊王の錫”でございます。聖域ではこういった神器をいくつか保管しておりますが、それを扱える者が現れた場合、授ける事になっているのです」


「………精霊王の錫」


僕はその錫杖を前にどこか静かで懐かしい感覚がこみ上げ、どうしようもなく惹かれるものがあり、何も考えずそれを受け取りました。受け取った後に、ハッとして、長老に尋ねます。


「神器だなんて……きっととても貴重なものでしょう。私が扱ってもよろしいのですか?」


「勿論です。ただ、一つ頼みたい事が……」


「と言いますと?」


「先ほどお話しましたが、黒魔王と紅魔女の事です。ここ最近、あの二人の魔王が争っていると言う話が、世界中に散らばる聖域の調査団から聞こえてきます。その理由を確かめて欲しいのです。そして、出来る事なら大事にならないうちに止めていただきたい」


「………」


ほお。

僕はその話を聞き、少しだけ表情を引き締めました。

手に持つ精霊王の錫が、じんわりと古の魔力を伝えてくるからか、自分と似た存在の魔王に会いに行くきっかけが出来たからか。


この頃の僕は、まだ知らなかったのです。

魔王同士の戦いがいったいどういったものなのか。








戦争でした。

ええ、目にも留まらぬ速さで戦争を見せつけられました。


北の大陸のヨルウェ王国にやってきてそうそう、その連なる雪山の合間で黒魔王と紅魔女の戦いを見ました。

本人たちは確認出来ませんでしたが、飛び交う魔術の波動がふもとの村まで伝わってきます。


呆気にとられました。この規模の魔導戦はこの僕ですら初めて見た気がします。

これが魔導兵対魔導兵でなく、ただ二人の魔術師の戦いなのだから、流石は魔王の名を噂されるだけはあるというもの。



たかが二人の魔術師の争いで、北の国がその土地を放棄したなんて聞いた事ありません。

住民たちは魔王たちの争う場所から避難していましたが、わざわざ見学している人もいます。何と暢気な。


しかしまあ、二人の戦いは何かルールがある様にも見えました。

意外と人間への被害は出ていないようです。


「おいおい、お兄さん、ここから先へは行かない方が良いぜ」


丁度戦いの終わったデンジャラスゾーンに踏み込もうとした時、そこの住人に随分止められました。


「あの山が吹っ飛ばされたんだ。見てみろよ」


「………なんと」


黒魔王と紅魔女に会う前に目の当たりにした、二人の争いの跡。

山がぽっかりと削れていました。言葉を失うばかり。

これではこの国に住む住人たちに大層迷惑です。


「奴らは基本的に一般人に危害を加える事は無い。まあ、巻き込まれるやつはごく稀に居るがな。近くまで見に行った物好きな馬鹿野郎だから仕方が無いが……いつまでもあんな風に争っているから、こちとら安心できねえよな。山には近づけねえし。……そうそう、紅魔女は西の大陸からわざわざやってくるんだぜ」


黒魔王の居ると言われている北の雪山のふもとの町で、住人たちから聞き込みをするうちに、色々と分かってきました。

黒魔王は山の中に魔族の国を持っていると言うのは言わずと知れた事ですが、その国を見つける事は誰にも出来なかったと言います。でも紅魔女には出来たらしいとか。いったい何が元で争っているのか知らないけれど、黒魔王のハーレムの女性の血を紅魔女がいたずらに欲しがっているとか、女好きの黒魔王が紅魔女にちょっかいを出して怒らせたとか、嘘か真かそんな話がちらほら聞こえてきます。


でも、どうなんでしょうね。

こればかりは本人たちに会ってみなければ何も分からないものです。




二人の魔王の争いは、ひと月に一度の間隔で行われるらしい。

さっきたまたまそのひと月に一度に遭遇したらしいので、今から二人を待つにしても、もうひと月ここにいなければならない。

それは面倒だと思い、僕は山に入って黒魔王を探す事にしました。


聖域で授けられた精霊王の錫を罰当たりにも地面につきながら、山を高く高く登っていきます。

まあ、僕には精霊たちが居ましたから、自然の猛威程度で苦しむ事はありません。炎の精霊がいれば寒く無いですからね。


ところがどっこい、どこを探しても黒魔王の創ったと言う魔族の国が見つかりません。

精霊たちに聞いてみても、「さあ」と頭をかしげる。精霊たちに分からない土地があるとは。


「賢者たまよいでつか?」


「なんだいタランテラ」


「もちかすると、黒魔王は別の空間にいるのかもしれまてん。精霊たちの関与出来ない空間に」


「……空間魔法ってことかい?」


「そうでつ」


僕の肩にいつも乗っているタランテラは、賢い毒蜘蛛の精霊でした。でも気は穏やかで可愛いやつなんです。


「ユノー!! プラナ実は見つけちゃったわ。空間の壁よ」


「……なんだって?」


ハチドリの精霊プラナが、さっきからしきりに宙で急停止しています。

まるで見えない壁に何度もぶつかっていく様に。


「本当だ……ここから別の空間になっているんだ」


「でも賢者たま、僕らではどうにもできまてん。空間魔法と精霊魔法は微妙に相性が悪いのでつ」


「要するにユノーでは黒魔王に勝てないってことね」


「賢者様負けちゃうの? 負けちゃうの?」


精霊たちが集まってひそひそ審議中。

僕は見えない壁に手をついて、頭を抱えました。


「別に私は黒魔王と戦いにきたわけじゃない。話に来たんだ」


「でも黒魔王は魔族の王だよ。きっとすっごく怖い人だよ〜」


「あら、でも良い男って聞いた事あるわよ」


「賢者様だって良い男よ!! ……ちょっと頼りないけど」


「………」


精霊たちは言いたい放題。この時の僕にこんな風に好き勝手言ってくれるのは、彼らしかいなかったでしょうね。

その後も黒魔王に何とか会えないかと思い色々とやってみましたが、やはり閉じられた完璧な別空間に精霊が関与する事は出来ず、僕は諦め山を降り、紅魔女に会いに行く事にしました。


敗因、美女でなかった事。









西の大陸は気候の安定した良い場所です。

グリジーン王国の西の森に紅魔女が居ると聞いたので、さっそくグリジーン王国の使いの者に連れて行ってもらいました。

ですから黒魔王の時と違って、彼女の住処にはすぐ辿り着く事が出来た様に思います。


木造の小さな小屋です。美しく静かで、誰もいない森に囲まれた本当に小さな小屋。

少し意外でした。王国に半脅し状態で豪遊保証をしてもらっていると聞いていたので、もっと立派な家に住んでいるのかと。


「お気をつけ下さい、白賢者様。随分な悪女ですから」


「……ほお。まあ気を張っていきましょう」


使いの者は紅魔女の小屋の前でどこか青ざめています。

彼は王国から彼女への贈り物を持って来ているのだとか。


「紅魔女に血を抜かれるかも」


「とって食われるかも?」


「骨抜きにされるかも?」


精霊たちはヒソヒソ噂話。僕が「お静かに」と彼らを叱ると、一気に静かなります。

いざと戸を叩こうと思った時、その木造の戸は勝手に開かれました。


「………だれ」


「……」


第一印象、真っ赤。そして、息を飲む程美しく可愛らしい。

目の前に居る少女は、16、17歳程の年頃の様に見えます。真っ赤な長い髪に真っ赤なローブドレス、アクアブルーの瞳の色がアクセントとしてとても気になる、それはそれは印象的で可憐な少女でした。

これが悪名高い紅魔女とは……。


「はじめまして紅魔女。私は東の大陸から参りました……そうですね、白賢者と呼ばれるものです」


「……白賢者。聞いた事あるわね」


彼女は僕をまじまじと見上げた後、側に居る使いの者に若干冷めた視線を流し、皮肉めいた笑みを浮かべます。

さっきまでの印象がグッと変わりました。ピンとした魔力が僕を通過します。


「あら、グリジーンの使い? また何かくだらないものを持ってきたの?」


「ご、ご機嫌麗しく紅魔女様。国王陛下より贈り物がございます」


「………」


彼女は大きな瞳をスッと細め、それを受け取りました。


「今日は死刑囚や奴隷なんかの娘たちじゃないのね。あーあー、試したい魔法があったんだけどな〜残念。前に連れてきたあの娘たちの酢漬けがあるけど、お土産に持って帰ったりするかしら?」


怯える使いの者に対し、彼女は随分悪そうな表情と口ぶりでした。

使いの者は豪快に首を振ると、「では私はこれにて」と言って逃げる様にその場を去っていきました。


「………」


「あっはははは。……あーあ、バカな奴ら」


彼女は声を上げ笑うと、やっと邪魔者がいなくなったと言う様に僕を見上げました。

特に表情を変えない僕の態度を観察している様にも思います。


「どうして、あんな風に嘘を言うのですか?」


「……嘘って?」


「娘たちの酢漬けがどうとかって言うやつですよ。そんな匂いはしませんし、鼻の良い精霊たちが変な顔をしていませんから。彼らは人間が好きですからね」


「………」


彼女は一瞬少し驚いた様に瞳を揺らしましたが、精霊と僕を見比べニヤリと笑うと、「いいわ、お入りなさい」と言って僕を家の中に引き込みました。



これが、僕と紅魔女の最初のコンタクトでした。最初はこんな風に穏やかなものだったのです。

静かな西の森の中、誰も好き好んで寄り付こうとしない魔女の家の前にて。


後に後戻り出来ない程争い合う事になると、この時の僕が予想していたかと言うと、それは微妙なラインだったでしょう。



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