25:マキア、綿花と甘い土。
ここはどこでしょう。
私は綿花の畑の真ん中に立っていました。
しかも真っ白でシンプルな、木綿のワンピースを着ていました。
私が白とか珍しい……。
「………ユリ?」
少し向こう側に、ユリの後ろ姿が見えます。
彼はただぼんやりと、遠くを見ていました。
「ユリ……どうしたの? ここはいったいどこ?」
「………マキちゃん」
彼は私を見て驚いた顔をしていました。
ここに居る私を、なかなか受け入れられなかったのでしょうね。
「ねえ、あんた早くペルセリスの所へ行ってあげなさいよ。だって、あの子あなたを“約束の場所”で待ってるって言ってたわ」
「………約束の場所……」
それがどこなのか私には分かりませんが、ユリシスには覚えがあるようでした。
そして、どこかとても懐かしいような、悲しそうな顔をして、私に微笑みます。
「そこに至るには、僕はもう少し、ここにいなければならないらしい」
「……ここは?」
「僕の記憶の中だよ」
サアアア……
温い風がふいて、綿花の畑を撫でていきました。
白い光の粒が立ち上っていきます。
「あそこに小さな小屋があるだろう? 見える?」
「……」
ユリシスの指差した方向に、小さな小屋がありました。ここは何も無い辺鄙な場所。
ポツリとある小屋の寂しい事。
「あの家には老夫婦が住んでいて、まれにここを通る商人や旅人に宿を提供していたんだ。ここは東の大陸の白綿道の通る場所」
「…………」
目を凝らすと、その小屋から一人の少年が出てきました。
白い髪をしていて、綿でできた白い服を着ているようでした。
「あの家で生まれたのが、僕だ。前世名は、ユノーシス・バロメット。後に、東の白賢者と言われる男だ」
「………バロメット?」
「そう。今でこそそれは、東の大陸の伝説上の植物の事だと言われている。真っ白な羊の実る植物だと。東の大陸って言うのは砂漠を挟んで二つの大国の存在した大陸だ。僕は南側の温順な土地で生まれた。そこは綿花の栽培が盛んで、商人たちはそれを買い付け北側の国へ売りに行ったんだ。その時に通る道を、バロメットロードと言うんだけど、元々は、僕の名前だ」
「………白い羊の実る植物?」
「そうだね。僕は真っ白だったから」
今もだけど、と言って、彼はくすくす笑います。
とても懐かしそうに、遠くの小さな小屋を見つめながら。
「僕はね、羊小屋に捨てられていた子供だったんだって。きっと商人たちが泊まった時に、何かの理由で捨てられたんだと思うけど。でもバロメット夫妻はとても良い人だったから苦労はしなかったし、あちこちからやってくる商人たちの話を聞いたり、珍しい品物を見るのはとても面白かった。あの家にいたからね、それが可能だったんだ」
「……」
ユリシスは側の綿花を一つとって、中から綿を取り出しました。
白くてふわふわしていて、確かに彼の髪の毛のよう。
得るイメージは限りなく近いものでした。
「いったい、あんな平和そうな家に生まれておきながら、どうして白賢者なんかになっていったのかしら」
「きっかけは確かにあったんだよ。商人たちが持ち運んでいた積み荷の中にね、不思議な壺があったんだ」
「……壺?」
「商人たちにとって大切だったのはその美しいエルシャ製の壺なんだけど、幼い僕はその中身の方が気になっていた。決して誰にも見えなかったけれど、僕には見えていたんだよ。その中で眠っていた子がね」
「……なるほど。それが精霊ってわけ」
「あ、そうそう」
私は綿花の綿を丸め、彼にぽいと投げつけました。
特に意味はありません。
「それが白賢者の最初の精霊なの?」
「だね。ほら、あの子だよ。ハチドリのプラナ」
「ああ……あのプンプンうるっさいやつね」
思い出します。いつも白賢者の側をうるさい音を立てて飛び回っていた虫みたいな鳥。
ツンデレだった気が。弱かったけど。
「プラナと出会って、精霊の存在を知った。最初はね、ただ精霊たちに会いに行こうっていう気しかなかったんだよ。この世界にどれだけ精霊たちが居るんだろうって。それをただ知りたくて、僕はある商人たちと旅に出た。このバロメットロードを進んでね。世界を知りに行ったんだ」
「………何だか変な感じ。あんたの人生の、そんな最初の頃の話なんて聞いた事無かったから」
「だって、あんまりに昔の事だから。忘れていたわけじゃないんだけど。……人生が長すぎると、ね」
「言いたい事は分かるわね。クライマックス辺りが濃すぎると、なかなか前の方の人生が掠れてしまうから」
「でも、結局白賢者という存在を作り出したのは、精霊たちとの関わりと綿花だ。結局それが、後々南の聖域や、緑の巫女、勇者……シュマとエイレーティアとの“約束の場所”に繋がっていくんだから……」
ユリシスは大きく深呼吸した後、ゆっくり息を吐きました。
私も真似して、深呼吸します。
ああ……甘い匂いがする。
「ここら辺の空気は甘いだろう? 土が甘いんだよ」
「……おいしい?」
「食べるとかはやめた方が良いよ」
切実な、そして若干引き気味の表情のユリ。
いや、食べようとかそんな、そんな事思わなかったから。舐めようとか。
思って……無いから……。
「なぜ目を逸らすの?」
「別に」
彼は、この穏やかで綿花の畑と小さな小屋しか無い記憶の中の故郷に、背を向けました。
「マキちゃん……少しだけ付き合ってくれる? 僕、確かめたい事があるんだ」
「あんたの記憶の中に?」
「マキちゃん、君にも見ておいて欲しい。なぜか君までここに居るから」
私はコクンと頷きました。
なぜ私がここに居るのか、彼が確かめるべき記憶とは何か、何一つ分からなかったけれど、ペルセリスが記憶との決着をつけ答えを出した様に、彼もまた、記憶の中に答えを見つけにいかないと行けないのでしょう。
私はそれを見届けなくてはならない。
彼の記憶のページは、次へとめくられました。
ここからは、2000年前の魔王、東の白賢者ユノーシスの物語。