婚約破棄して初めて、私は君を愛していたと知った
アシュトン・グランヴェルが初めて泣いたのは、五歳の時だった。
侯爵家の嫡男である彼は、「男は泣くな」と教えられて育った。
だから、その日も泣かないつもりだった。
屋敷の裏山にある大きな樫の木。
頂上まで登れたことが嬉しくて、得意げに振り返った瞬間だった。
足を滑らせた。
空が回った。
背中を強く打った。
痛い。
苦しい。
泣きたい。
でも。
「アシュトン様!」
泣きそうな声が聞こえた。
小さな足音。
栗色の髪を揺らしながら、一人の少女が駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですか!?」
伯爵令嬢リディア・フェルナン。
幼い頃から決められていた婚約者。
彼女は自分が怪我をしたわけでもないのに、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「……いたい」
その顔を見た瞬間。
アシュトンの目から、ぽろりと涙が零れた。
「ああっ!」
リディアは本当に泣き出した。
「ご、ごめんなさい……! 私が一緒に木登りしたいって言ったから……!」
「違う……」
「ごめんなさい……!」
彼女は泣きながら、震える手でアシュトンの手を握った。
「大丈夫です」
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま。
「私がいます」
その言葉を。
アシュトンは、一生忘れないと思った。
◇
十歳の頃。
庭師の飼っていた犬が出産した。
アシュトンは興味本位で見に行っただけだった。
だが。
隣を見ると、リディアが泣いていた。
「どうした?」
「だって……」
しゃくり上げる。
「こんなに小さいのに……頑張って生まれてきたんですよ……」
目の前には、毛玉のような子犬が五匹。
正直、アシュトンには何がそんなに感動的なのか分からなかった。
だが。
リディアは泣きながら笑った。
「よかった……」
その顔が。
なぜだか、とても綺麗に見えた。
◇
十三歳の冬。
今度はリディアが高熱を出した。
医師は「命に別状はありません」と言った。
なのに。
アシュトンは一晩中眠れなかった。
何度も。
何度も。
彼女の部屋を訪れた。
「アシュトン様……?」
熱でぼんやりしたリディアが笑った。
「どうしたんですか?」
「いや……」
言葉が出なかった。
もし。
もし彼女がいなくなったら。
そんなことを考えた瞬間。
胸が苦しくなった。
「……早く治せ」
それしか言えなかった。
リディアは嬉しそうに笑った。
「はい」
◇
十五歳。
二人は夕暮れの庭園を歩いていた。
茜色の空。
春の風。
リディアが足を止めた。
「アシュトン様」
「何だ?」
「大人になっても、一緒にいられるといいですね」
アシュトンは笑った。
「何を言ってる。当たり前だろう」
「ふふ」
彼女は笑った。
とても。
幸せそうに。
その時のアシュトンは。
それがどれほど尊いものなのか、まだ知らなかった。
◇
十七歳。
社交界では、奇妙な流行が起きていた。
――真実の愛。
政略結婚を捨て。
運命の相手を探す。
そんな話が若い貴族たちの間で流行していた。
ある夜会で。
友人が笑った。
「お前はいいよな。最初から婚約者がいて」
「ああ」
「だが、本当に愛しているのか?」
その言葉が。
なぜか、胸に残った。
本当に?
自分は。
リディアを愛しているのか?
彼女がいない人生なんて考えたことがない。
だが。
それは愛なのか?
ただ。
当たり前だからではないのか?
その疑問は。
日を追うごとに大きくなった。
◇
そして。
春の日。
アシュトンは、リディアを庭園に呼び出した。
彼女は嬉しそうに笑っていた。
「どうしたんですか?」
その笑顔を見て。
やめるべきだった。
今なら分かる。
だが。
あの時のアシュトンは、愚かだった。
「……婚約を解消しよう」
風が止んだ。
リディアの笑顔も。
止まった。
「……理由を、お聞きしても?」
声は震えていなかった。
だから。
アシュトンは続けてしまった。
「私は、本当の愛を知りたい」
長い。
長い沈黙。
リディアは俯いた。
その小さな肩が。
一度だけ震えた。
だが。
彼女は顔を上げた。
そして。
笑った。
「そうですか」
その笑顔が。
アシュトンは、少し悲しいと思った。
「分かりました」
「リディア……」
「どうか」
彼女は立ち上がった。
「幸せになってください」
そう言って。
彼女は去った。
一度も。
振り返らなかった。
そしてアシュトンは。
なぜだか分からないまま。
胸の奥が、少しだけ痛むのを感じていた。
婚約を解消した翌朝。
アシュトンは、いつも通りの時間に目を覚ました。
窓の外は晴れていた。
侍女がカーテンを開ける。
「おはようございます、アシュトン様」
「ああ」
いつもと同じ。
本当に。
何も変わらない朝だった。
◇
朝食の席。
アシュトンは、パンに手を伸ばした。
ふと。
「リディアは――」
言いかけて。
止まった。
そうだ。
もう。
ここにはいない。
母が心配そうに見た。
「アシュトン?」
「……何でもありません」
そう答えた。
それだけだった。
ただ。
胸の奥に、小さな穴が開いたような感覚だけが残った。
◇
三日後。
アシュトンは庭園を歩いていた。
春の花が咲いていた。
白い花。
小さな花。
リディアが好きだった花だ。
「アシュトン様!」
いつもなら。
花を見つけた彼女が、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「見てください! 綺麗です!」
そう言って。
花を見ているのか、自分を見ているのか分からないような笑顔を向けてきた。
だが。
誰も来ない。
風だけが吹いた。
◇
一週間後。
街の書店へ行った。
新刊が並んでいた。
「あ」
思わず手に取る。
リディアが好きな作家だった。
彼女は新刊が出るたびに嬉しそうに話した。
『今回はどんなお話でしょうね』
『また主人公が泣くんでしょうか』
『私、絶対泣いてしまいます』
アシュトンは。
気づけば二冊手に取っていた。
一冊は自分用。
もう一冊は。
――リディアのため。
そこで。
呼吸が止まった。
彼女はいない。
自分が。
追い出した。
「……あ」
店主が首を傾げる。
「坊っちゃん?」
「……いや」
声が出なかった。
なぜ。
自分は。
まだ彼女のために本を買おうとしているのだろう。
◇
二週間後。
雨が降った。
アシュトンは窓の外を見ていた。
ふと思い出す。
リディアは雨の日が好きだった。
『雨の音って、優しいですよね』
そう言って。
窓際で本を読むのが好きだった。
その姿を。
アシュトンは、何度見ただろう。
何度。
隣に座っただろう。
何度。
くだらない話をしただろう。
そして。
どうして。
その時間が。
永遠に続くと思っていたのだろう。
◇
三週間後。
庭師が子犬を連れてきた。
「旦那様、見ますか?」
アシュトンは見た。
小さな命。
丸い目。
小さな鳴き声。
その瞬間。
十歳の頃の記憶が蘇った。
『頑張って生まれてきたんですよ……!』
泣きながら。
笑っていた少女。
「……リディア」
胸が痛い。
苦しい。
息ができない。
「旦那様?」
アシュトンは。
初めて理解した。
自分は。
彼女が笑う顔を見るのが好きだった。
彼女が泣く顔を見るのが好きだった。
彼女が幸せそうにしているのを見るのが。
好きだった。
◇
その夜。
眠れなかった。
ベッドから起き上がり。
書斎へ向かう。
引き出しを開けた。
押し花。
リボン。
手紙。
どれも。
リディアがくれたものだった。
『今日のお花、とても綺麗でした』
『今日のお菓子、美味しかったですね』
『今日の夕日、素敵でした』
くだらない。
本当に。
くだらない話。
なのに。
どうして。
こんなにも愛しいのだろう。
アシュトンは。
一枚一枚。
手紙を読んだ。
気づけば。
夜が明けていた。
◇
朝日が昇る。
窓の外が明るくなる。
アシュトンは。
初めて認めた。
「……私は」
声が震える。
「愛していた」
最初から。
ずっと。
彼女だけを。
木から落ちた時。
高熱を出した時。
子犬を見て泣いた時。
夕日を見て笑った時。
全部。
全部。
愛しかった。
なのに。
自分は。
それを。
愛だと気づかなかった。
「リディア……」
今すぐ会いたい。
謝りたい。
抱きしめたい。
愛していると。
伝えたい。
アシュトンは立ち上がった。
その時だった。
扉が激しく叩かれた。
「アシュトン様!」
執事だった。
顔色が真っ青だった。
「どうした」
嫌な予感がした。
執事の手が震えている。
「……フェルナン伯爵家から」
息が止まる。
「リディア様が乗った馬車が」
違う。
聞きたくない。
「崖から転落し――」
違う。
やめろ。
「ご遺体は、まだ見つかっておりませんが……」
違う。
「生存は、絶望的と……」
世界が。
止まった。
「……嘘だ」
執事は泣いていた。
「嘘だ」
手紙が落ちる。
「嘘だ……!」
アシュトンは。
人生で初めて。
子どものように。
声を上げて泣いた。
泣いた。
声が枯れるまで。
涙が出なくなるまで。
アシュトンは泣いた。
どうして。
どうして今なのだ。
どうして。
愛していると気づいた、その日に。
どうして彼女はいなくなったのだ。
◇
葬儀は行われなかった。
遺体が見つかっていないからだ。
フェルナン伯爵は、数日で十年老けたような顔になっていた。
アシュトンは、その前に跪いた。
「……申し訳ありません」
謝罪しかできなかった。
伯爵は、しばらく何も言わなかった。
やがて。
「リディアは」
掠れた声で言った。
「最後まで、君の幸せを願っていた」
アシュトンは顔を上げた。
「……え?」
伯爵は机の引き出しから、一通の手紙を取り出した。
「もしものことがあったら渡してほしいと、言われていた」
震える手で受け取る。
見慣れた字だった。
リディアの字だった。
『アシュトン様へ』
その瞬間。
視界が滲んだ。
『この手紙を読んでいるということは、私はもう、あなたの隣にいないのでしょう』
文字が見えない。
涙で。
『大丈夫です。泣かないでください』
無理だ。
『私は、幸せでした』
やめてくれ。
『あなたと出会えて』
『あなたと笑えて』
『あなたの隣にいられて』
『とても幸せでした』
アシュトンは。
床に崩れ落ちた。
『だから、どうか』
『幸せになってください』
最後まで。
彼女は。
自分の幸せを願っていた。
◇
その夜。
アシュトンは眠れなかった。
いや。
それから何日も眠れなかった。
目を閉じる。
リディアが笑う。
『おはようございます』
目を開ける。
いない。
眠ろうとする。
『アシュトン様』
目を開ける。
いない。
どこにも。
いない。
◇
一週間後。
アシュトンは立ち上がった。
「探す」
父が眉をひそめた。
「アシュトン」
「遺体は見つかっていない」
「……」
「なら、生きている可能性がある」
希望ではなかった。
執着だった。
罪悪感だった。
後悔だった。
それでも。
探さなければ。
自分は一生。
前を向けない。
◇
北の街へ行った。
「栗色の髪の娘を見なかったか」
誰も知らない。
東の港へ行った。
「若い娘が流れ着かなかったか」
誰も知らない。
山間の村へ行った。
「怪我をした女性を見なかったか」
誰も知らない。
誰も。
誰も。
誰も。
◇
三ヶ月が過ぎた。
アシュトンは痩せた。
頬がこけた。
目の下には隈ができた。
それでも。
歩いた。
◇
ある村で。
「栗色の髪の娘を見た」
そう言われた。
アシュトンは馬を飛ばした。
半日。
一日。
二日。
辿り着いた。
違った。
別人だった。
「……そうか」
それだけ言った。
宿に戻る。
そして。
初めて。
声を殺して泣いた。
◇
四ヶ月。
五ヶ月。
季節が変わる。
春が終わる。
夏になる。
リディアは暑さに弱かった。
『暑いです……』
そう言いながら。
冷たい果汁水を飲んでいた。
その姿を思い出す。
苦しい。
苦しい。
会いたい。
◇
六ヶ月目。
アシュトンは海辺の町にいた。
もう。
これが最後かもしれない。
そう思っていた。
夕日が海を赤く染める。
潮風が吹く。
その時だった。
視界の端に。
一人の女性が映った。
車椅子。
栗色の髪。
海を見つめる横顔。
アシュトンの呼吸が止まった。
嘘だ。
そんなはずがない。
でも。
その横顔を。
彼は知っている。
何百回。
何千回。
見てきた。
「……リディア」
声が漏れた。
女性が振り返る。
夕日が。
彼女の顔を照らした。
間違いなかった。
リディアだった。
生きていた。
本当に。
生きていた。
アシュトンは走った。
転びそうになりながら。
泣きながら。
彼女の前まで駆け寄った。
「リディア……!」
彼女は。
困ったように笑った。
「……どなたですか?」
その一言で。
アシュトンの世界は。
もう一度。
崩れた。
――どなたですか?
その言葉を聞いた瞬間。
アシュトンは、もう一度リディアを失ったのだと思った。
目の前にいる。
手を伸ばせば届く。
声も聞こえる。
呼吸もしている。
それなのに。
彼女は、自分を知らない。
「……アシュトン」
ようやく。
それだけを言った。
「アシュトン・グランヴェルだ」
リディアは困ったように笑った。
「ごめんなさい」
その笑顔は。
間違いなくリディアだった。
なのに。
自分の知っているリディアではなかった。
◇
宿屋の主人が教えてくれた。
彼女は、半年前に海岸へ流れ着いた。
全身が傷だらけだった。
奇跡的に命は助かった。
だが。
記憶を失った。
そして。
足も動かなくなった。
「この子は頑張ったよ」
老夫婦は言った。
「毎日、泣きながら生きてきた」
アシュトンは。
何も言えなかった。
泣きたいのは。
自分の方だった。
◇
翌日。
アシュトンはまた海へ向かった。
リディアはいた。
車椅子に座って。
海を見ていた。
「こんにちは」
彼女は笑った。
アシュトンは。
泣きそうになった。
覚えていない。
なのに。
彼女は笑ってくれる。
「……こんにちは」
◇
その翌日も。
また翌日も。
彼は会いに行った。
花を持って行った。
本を持って行った。
昔話をした。
「私は、本が好きだったんですか?」
「ああ」
「泣き虫だったんですか?」
「ああ」
「恥ずかしいですね」
リディアは笑った。
アシュトンも笑った。
そして。
家に帰って。
一人で泣いた。
◇
一週間が過ぎた。
「どうして毎日来るんですか?」
リディアは尋ねた。
海は穏やかだった。
夕日が綺麗だった。
「愛しているからだ」
アシュトンは答えた。
リディアは目を丸くした。
「……私は覚えていません」
「ああ」
「それでも?」
「ああ」
「どうして?」
アシュトンは。
初めて。
自分の罪を話した。
「私は」
喉が震える。
「君との婚約を破棄した」
リディアは黙って聞いていた。
「愛しているか分からないと言った」
涙が出た。
「そして」
息が苦しい。
「君を失ってから」
声が壊れた。
「初めて、愛していたと知った」
波の音だけが響いた。
◇
リディアは。
しばらく何も言わなかった。
やがて。
「……変ですね」
小さく笑った。
「何がだ?」
「私」
彼女は胸に手を当てた。
「あなたの話を聞いていると」
ぽろり。
涙が落ちた。
「あれ……」
また。
もう一粒。
「どうして……」
困った顔をした。
「胸が苦しいんです」
アシュトンの呼吸が止まった。
「泣きたくなるんです」
彼女は泣いていた。
「なんででしょう……」
◇
夕日が沈む。
空が赤い。
アシュトンは。
彼女の前に跪いた。
「リディア」
「……はい」
怖かった。
許されないかもしれない。
拒絶されるかもしれない。
でも。
もう。
逃げたくなかった。
「愛してる」
涙が溢れた。
「愛してるんだ」
リディアの瞳が揺れる。
「君の涙脆いところも」
「小さなことでも幸せそうに笑うところも」
「俺の話を真剣に聞いてくれるところも」
「全部」
涙が止まらない。
「全部、愛していた」
声が震える。
「最初から」
「ずっと」
「君だけを愛していた」
リディアの頬を。
涙が伝った。
「あ……」
胸を押さえる。
「苦しい……」
泣いている。
「なんで……」
震える。
「どうして……」
アシュトンは。
彼女の手を握った。
「思い出してくれ」
涙が止まらない。
「俺を」
「俺たちの毎日を」
リディアは首を振った。
「分からない……!」
声が震える。
「でも……!」
泣いた。
子どものように。
「あなたが泣いていると……!」
「私も悲しいんです……!」
その瞬間。
アシュトンの心が壊れた。
「リディア……!」
彼は彼女を抱きしめた。
「愛してる」
「愛してる」
「愛してるんだ」
何度も。
何度も。
失った時間を埋めるように。
リディアの手が。
震えながら。
彼の服を掴んだ。
アシュトンは。
そっと彼女の頬に触れた。
「……リディア」
そして。
優しく。
唇を重ねた。
短く。
震えるような。
不器用な。
二人の。
初めてのキスだった。
◇
「あ……」
その瞬間。
景色が溢れた。
大きな樫の木。
『私がいます』
子犬たち。
『頑張って生まれてきたんですよ……!』
熱を出した夜。
『早く治せ』
夕暮れの庭園。
『大人になっても、一緒にいられるといいですね』
そして。
春の日。
『どうか、幸せになってください』
「あ……」
涙が止まらない。
「アシュトン……様……」
彼の呼吸が止まった。
「……リディア?」
彼女は。
泣いていた。
子どものように。
声を上げて。
「遅いです……!」
アシュトンの目からも涙が溢れた。
「リディア……!」
「本当に……!」
しゃくり上げる。
「遅いです……!」
泣き笑いだった。
「怪我でボロボロの状態で……!」
「ファーストキスなんて……!」
涙が止まらない。
「ムードが台無しです……!」
その顔は。
間違いなく。
彼の愛したリディアだった。
アシュトンは崩れるように彼女を抱きしめた。
「ごめん……!」
「ごめん……!」
何度も。
何度も。
謝った。
リディアも。
彼の服を掴んだ。
「私……」
涙が溢れる。
「ずっと」
震える声。
「ずっと、愛していました」
アシュトンは泣いた。
子どもの頃。
木から落ちた時のように。
声を上げて。
◇
一年後。
春だった。
庭園には花が咲いていた。
車椅子に座ったリディアの隣に。
アシュトンがいる。
「アシュトン様」
「何だ?」
「幸せですね」
彼は笑った。
そして。
彼女の手を握った。
「ああ」
今度こそ。
当たり前なんかじゃない。
「幸せだ」
春の風が。
二人を優しく包んだ。
――婚約破棄して初めて。
彼は。
彼女を愛していたと知ったのだった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
『婚約破棄して初めて、私は君を愛していたと知った』は、「失ってから初めて、自分がどれほど相手を愛していたのか気づく」というテーマで書いた物語です。
アシュトンは決してリディアを愛していなかったわけではありません。
むしろ、最初から誰よりも愛していました。
ただ、それがあまりにも当たり前に隣にあったために、自分の感情の名前に気づけなかっただけでした。
そしてリディアもまた、そんな不器用な彼を、ずっと愛し続けていました。
「遅いです」
という彼女の言葉には、怒りも、悲しみも、嬉しさも、愛しさも、全部詰め込んだつもりです。
最後は二人が再び結ばれる、ハッピーエンドにしたかったので、少しでも幸せな気持ちになっていただけたなら嬉しいです。
もし面白かった、泣けた、続きが読みたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると、今後の執筆の励みになります。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




