コーヒー党の私に、英国製やかんの付喪神が紅茶を強要してくる
<Ouch! Hot!( 痛っ、あっつ!?)>
「え!? きゃあああぁぁぁ!?」
私の名前は、大汐凪雛乃。
この春から大学生になったばかりの、どこにでもいる十八歳だ。
ようやく引っ越しも終わって一段落つき、好きなコーヒーでも入れようかと、やかんに火をかけたときだ。
突然やかんが、悲鳴とともにがたがた動き出したのだ。
えっ? ええっ?
最近のやかんって、話せるの!?
そんなわけがない。
エアコンやら加湿器、掃除機などはしゃべるタイプもある。
でも、やかんに火をかけて、「Hot!」、とかしゃべるものなんて、絶対に無い。
<そこのお嬢様! 火を止めてくれたまえ!>
でも私の耳と目が確かならば、目の前にあるやかんがしゃべっている。
おそるおそる火を止めると、がたがた動いていたやかんが止まった。
「……えーっと」
<先ほどは失礼した。何せ目覚めていきなり火刑は、些か驚いてしまってな>
どこをどうみても、やかんだ。
引っ越しで色々物入りだったので、使えそうな生活用品がないかと実家の蔵を探していた時に、見つけたやつだ。
蔵に入っていたので、おそらく年代物だろうと思ってたけど、まさか会話機能が搭載された最新式のやかんだとは意外すぎる。
そんなわけがない。
やかん。
ちょっと古びた銀色で、ところどころ黒くなっているけど、まだ使えるだろうと持ってきたが……これは、間違ったかな。
<お嬢様、まずはお名前を尋ねても良いか?>
「え、えっと……大汐凪です」
<Family Nameではなく、First Nameで頼む>
「雛乃」
<よろしい。では|雛乃お嬢様(Hinano Lady)。私は由緒正しき英国紳士のティーポットでございます>
ティーポットに紳士もあるものか。
私は徐にスマホを取ってきて、電話をかけた。相手は母だ。
<雛乃お嬢様、まだ会話の途中ですぞ>
何やらやかんが、わめいているけど、無視だ無視。
「もしもし、お母さん? えっと……やかんがしゃべってるんだけど」
「……はい? 突然何を言っているのよ、この子は」
「私も何を言っているのかわかんないんだけど、蔵にあったやかんを使ったら、しゃべってきたの」
「……雛乃。そんなに大学生活は辛い? 一人暮らしだから心細いの?」
まだ大学生活は始まってないし、一人暮らしも三日目だ。
確かに、ちょっと寂しいのはあるけど、それよりも期待のほうが大きい。
「うちからだと大学まで二時間近くもかかるから、通学は大変だと思うけど、いつでも戻ってきていいんだからね?」
「だから、そんなに心配いらないって!」
うちは横浜で大学は立川だ。家を出てから大学に着くまで二時間近くかかる。
さすがに往復四時間は無駄すぎるので、大学のすぐ近くにある賃貸で、一人暮らしを始めたんだよね。
<雛乃お嬢様! いかがなされたのか!>
「ほら、やかんがしゃべってるよ」
「……何も聞こえないわよ?」
仕方なく、キッチンまで戻ってやかんの前にスマホを置いてみた。
<雛乃お嬢様。この板は何でございましょう?>
「雛乃! どうしたのいったい? 今からお母さんが行こうか?」
<おお!? 板から声が聞こえますぞ。実に不思議ですな!>
いや、お前のほうが不思議だよ。
じゃなくって、置いたスマホを取って、また会話を続けた。
「ほら、聞こえたでしょ?」
「……雛乃。お母さん、そっちにある、いい病院しっているわよ? ラーインに住所送っておくわね」
「違うってば! もう! 聞こえないの?」
<雛乃お嬢様、私の声は雛乃お嬢様しか聞こえませんぞ>
「えっ、本当に?」
「ちゃんと病院いくのよ。それともお母さんが、今から行こうか?」
「大丈夫だから! お母さんはそっちにいて!」
無理やり通話を切る。
……お母さんごめんね、変な電話しちゃって。
どうやらこのやかんは、私の耳がおかしくなければ、心霊現象か何かが起こっている模様だ。
どうするべきか……。
まあ、とりあえずやかんを持って部屋に戻って、一通り聞いてみよう。
<おや雛乃お嬢様、ようやく話しの続きですかな>
「そうね。ぜひ話しを聞いてみたいわ」
あっ、ラーインに通知がきた。いらないって言ったのに……。
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「で、あなたは何者なの?」
<先ほども申したが、私は由緒正しき英国紳士のティーポットでございます>
「色々ツッコミどころがあるけど……それで?」
<私はティーポットでございます。直接火をかけられては、困りますぞ>
「やかんに火をかけたらだめなの?」
見た目はどうみても、古いやかんだ。
確かに、飾りというか模様は色々あるし、たぶん磨いて銀色にすれば、見栄えは良いと思う。
でも、やかんはやかんなのだ。
<ティーポットは中にお湯と茶葉をいれて、蒸らしたのち、紅茶を注ぐものですぞ。火にかけるものではございません>
急須みたいなものかな。あれも、お湯と茶葉を入れてって感じだし。
でも面倒だよ。
「二度手間じゃん。そもそも、うちに紅茶はないんだけど」
<それではティーポットの仕事ができません>
「コーヒーを飲もうとしたんだけど」
<Coffeeですと!? 由緒正しきティーポットの私に、Coffeeをいれろとおっしゃるのですか!?>
「いや、やかんだし」
<ティーポットでございます! ティーポットは紅茶を美味しく、楽しく、美しく飲むために存在するのです!>
なんだか、こだわりがあるな、こいつ。
なお、コーヒーは至高の存在だ。受験の時に何度もお世話になった。
一時期飲み過ぎて、軽いカフェイン中毒になったけど、それでもやめられない。
……やばい、十分カフェイン中毒者だ。
最近はちゃんと一日一杯、多くて二杯までと決めている。
だから大丈夫だ。
「ねぇ、あなたって本当に火にかけたらだめなの?」
<ティーポットでございますから>
「じゃあ、いらない。今度実家に帰ったとき、蔵に戻しておくわ」
<OMG!(なんと) That’s cruel!(それは残酷な)>
はー、どうしようかな。
やかん、買わないとな……安いやつでも二千円くらいするんだよね。
<仕方ありません。英国紳士の私も、使われなければガラクタと同じ。私の秘儀をお見せいたしましょう>
「……はいはい、秘儀ってなに?」
<火にかけなくとも、お湯を沸かせます>
ん? どういうこと?
火にかけなくても、お湯を沸かせられるの?
「ほんと?」
<もちろんでございます>
試しに、やかんへ水を入れてみる。
そしてコンロの上に置くと、やかんが気合の入った声を出した。
<いきますぞ!>
やかんの掛け声とともに、表面が赤く染まってきた。
そうして二分ほどで、蒸気が出始める。
「……うそ」
まじで!?
電気のいらない電気ケトルみたい。
これはガス代の節約になる。まあお湯を沸かすだけなら、微々たるものだと思うけどね。
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ありがたく、コーヒーを煎れさせてもらった。
なお、私はコーヒー豆をコーヒーミルで粉にして、フィルターをカップに載せている。
コーヒーパックでも良いんだけど、こっちのほうが、何となく美味しく感じられるからだ。
<Ah! 英国紳士たる私が、よもやコーヒーを煎れてしまうとは!>
何やらやかんがうるさいけど、私はコーヒー派なのだ。
豆はどこでもいいんだけどね。そこまでこだわりはない。
そういえば、牛乳も買ってこなきゃね。ブラックもいいけど、ミルクを入れると胃に少しは優しい……と思う。
<雛乃お嬢様、ぜひ次回は紅茶で頼みたい>
私がコーヒーを飲んでいると、やかんが紅茶とか言い出してきた。
でも私は、紅茶をよく知らないんだよね。
お父さんとお母さんは日本茶ばかりだったし、自分ではコーヒーしか煎れないし。
「紅茶ってよく知らないんだけど、何が美味しいの?」
<やはりリプトーンが定番でしょう! トワイーニングも美味しいですが、少々お高めですからな>
お前、やかんのくせに味が分かるのか?
そして、リプトーンは知ってる。よく格安でパックの紅茶が、スーパーやコンビニとかで売っているよね。
でもトワイーニングは聞いたことがない。
<そして、フォトナーム&メイソル。いつかは私も煎れてみたいものです>
全く知らない。
スマホで検索してみると……たっか!?
ええ? こんなにするの?
あ、でもコーヒー豆も高いやつは、本当に高いから似たようなものか。
しかし、この値段はさすがに学生の私には手が出ない。
「これは無理。高すぎる」
<いつかは、ですぞ。雛乃お嬢様が、大人になった時にでも、ぜひ!>
「でもさ、あなたって何者なの?」
<先ほども申したが、私は由緒正しき英国紳士のティーポットでございます>
「そうじゃなくって! なんでうちの蔵に保管されてたのよ」
<百二十年ほど昔、雛乃お嬢様のご先祖が、渡英した際に私をご購入されたのです>
百二十年!? そんな昔に?
そういえば、うちって大昔からある商家だったっけ。
百二十年前って、明治時代だよね。その時に渡英して、このやかんを買ったと。
<大汐凪家は、横浜で商業を営んでおりました。英国の茶葉を輸入するために、渡英したと聞いております>
へー、そんなことをやってたんだ。
でも英国? イギリスだよね。イギリスで紅茶の茶葉って作ってたのかな。
あ、確かそれくらいの時代、イギリスはたくさん植民地を持ってたはずだから、そこで作ってたのかな。
「そこでうちのご先祖が、あなたを買ったということね」
<はい、当時は色々と紅茶を嗜まれておりました。ですが時代とともに凋落し、私も蔵に納められることと……Sorrowful!>
落ち込んだ声のトーンになった。
このやかん、感情豊かだなぁ。
<ですが! いま! 私はようやく使われることとなったのです!>
復活した。
使うかどうかは、わからな……いや、火もかけずに、勝手にお湯を沸かせるって、考えてみれば便利だよね。
<差し当たり、まずは紅茶の煎れ方を、ご教授させていただきますぞ。何せ私は英国産。本場の煎れ方を熟知しておりますからな>
紅茶の煎れ方って面倒そう。
知らなくてもいいや。
「その前に、なんでやかんが話せるの?」
<日本では付喪神というものがあると伺っております>
なんでイギリス産のやかんに、付喪神が宿るのよ。
それとも、産地は関係なく宿るのかな。
「まあいいか。お湯を沸かすのに便利そうだし」
<お湯を沸かす、これが私の力でございます! ぜひ今後もご使用いただければ!>
やかんだし、それ普通では?
<それと、きちんと手入れをして頂ければと思います>
「確かに黒ずんでいるし、見た目汚いよね」
<き、きたない……>
あ、落ち込んだ。
まあ、取り合えず使ってみるか。
こうして、私は自称付喪神の奇妙なやかんを使うこととなった。
これからどうなるかは、未知数だ。
<雛乃お嬢様! 研磨剤が入っている洗剤で磨くのはおやめください!>
あー、うるさい。




