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コーヒー党の私に、英国製やかんの付喪神が紅茶を強要してくる

作者: にしはじめ
掲載日:2026/02/24


<Ouch! Hot!( 痛っ、あっつ!?)>

「え!? きゃあああぁぁぁ!?」


 私の名前は、大汐凪おおしおなぎ雛乃ひなの

 この春から大学生になったばかりの、どこにでもいる十八歳だ。


 ようやく引っ越しも終わって一段落つき、好きなコーヒーでも入れようかと、やかんに火をかけたときだ。

 突然やかんが、悲鳴とともにがたがた動き出したのだ。


 えっ? ええっ?

 最近のやかんって、話せるの!?


 そんなわけがない。


 エアコンやら加湿器、掃除機などはしゃべるタイプもある。

 でも、やかんに火をかけて、「Hot!」、とかしゃべるものなんて、絶対に無い。


<そこのお嬢様! 火を止めてくれたまえ!>


 でも私の耳と目が確かならば、目の前にあるやかんがしゃべっている。

 おそるおそる火を止めると、がたがた動いていたやかんが止まった。


「……えーっと」

<先ほどは失礼した。何せ目覚めていきなり火刑は、些か驚いてしまってな>


 どこをどうみても、やかんだ。

 引っ越しで色々物入りだったので、使えそうな生活用品がないかと実家の蔵を探していた時に、見つけたやつだ。

 蔵に入っていたので、おそらく年代物だろうと思ってたけど、まさか会話機能が搭載された最新式のやかんだとは意外すぎる。


 そんなわけがない。


 やかん。

 ちょっと古びた銀色で、ところどころ黒くなっているけど、まだ使えるだろうと持ってきたが……これは、間違ったかな。


<お嬢様、まずはお名前を尋ねても良いか?>

「え、えっと……大汐凪です」

<Family Nameではなく、First Nameで頼む>

「雛乃」

<よろしい。では|雛乃お嬢様(Hinano Lady)。私は由緒正しき英国紳士のティーポットでございます>


 ティーポットに紳士もあるものか。

 私はおもむろにスマホを取ってきて、電話をかけた。相手は母だ。


<雛乃お嬢様、まだ会話の途中ですぞ>


 何やらやかんが、わめいているけど、無視だ無視。


「もしもし、お母さん? えっと……やかんがしゃべってるんだけど」

「……はい? 突然何を言っているのよ、この子は」

「私も何を言っているのかわかんないんだけど、蔵にあったやかんを使ったら、しゃべってきたの」

「……雛乃。そんなに大学生活は辛い? 一人暮らしだから心細いの?」


 まだ大学生活は始まってないし、一人暮らしも三日目だ。

 確かに、ちょっと寂しいのはあるけど、それよりも期待のほうが大きい。


「うちからだと大学まで二時間近くもかかるから、通学は大変だと思うけど、いつでも戻ってきていいんだからね?」

「だから、そんなに心配いらないって!」


 うちは横浜で大学は立川だ。家を出てから大学に着くまで二時間近くかかる。

 さすがに往復四時間は無駄すぎるので、大学のすぐ近くにある賃貸で、一人暮らしを始めたんだよね。


<雛乃お嬢様! いかがなされたのか!>

「ほら、やかんがしゃべってるよ」

「……何も聞こえないわよ?」


 仕方なく、キッチンまで戻ってやかんの前にスマホを置いてみた。


<雛乃お嬢様。この板は何でございましょう?>

「雛乃! どうしたのいったい? 今からお母さんが行こうか?」

<おお!? 板から声が聞こえますぞ。実に不思議ですな!>


 いや、お前のほうが不思議だよ。

 じゃなくって、置いたスマホを取って、また会話を続けた。


「ほら、聞こえたでしょ?」

「……雛乃。お母さん、そっちにある、いい病院しっているわよ? ラーインに住所送っておくわね」

「違うってば! もう! 聞こえないの?」

<雛乃お嬢様、私の声は雛乃お嬢様しか聞こえませんぞ>

「えっ、本当に?」

「ちゃんと病院いくのよ。それともお母さんが、今から行こうか?」

「大丈夫だから! お母さんはそっちにいて!」


 無理やり通話を切る。

 ……お母さんごめんね、変な電話しちゃって。


 どうやらこのやかんは、私の耳がおかしくなければ、心霊現象か何かが起こっている模様だ。

 どうするべきか……。

 まあ、とりあえずやかんを持って部屋に戻って、一通り聞いてみよう。


<おや雛乃お嬢様、ようやく話しの続きですかな>

「そうね。ぜひ話しを聞いてみたいわ」


 あっ、ラーインに通知がきた。いらないって言ったのに……。


====


「で、あなたは何者なの?」

<先ほども申したが、私は由緒正しき英国紳士のティーポットでございます>

「色々ツッコミどころがあるけど……それで?」

<私はティーポットでございます。直接火をかけられては、困りますぞ>

「やかんに火をかけたらだめなの?」


 見た目はどうみても、古いやかんだ。

 確かに、飾りというか模様は色々あるし、たぶん磨いて銀色にすれば、見栄えは良いと思う。

 でも、やかんはやかんなのだ。


<ティーポットは中にお湯と茶葉をいれて、蒸らしたのち、紅茶を注ぐものですぞ。火にかけるものではございません>


 急須きゅうすみたいなものかな。あれも、お湯と茶葉を入れてって感じだし。

 でも面倒だよ。


「二度手間じゃん。そもそも、うちに紅茶はないんだけど」

<それではティーポットの仕事ができません>

「コーヒーを飲もうとしたんだけど」

<Coffeeですと!? 由緒正しきティーポットの私に、Coffeeをいれろとおっしゃるのですか!?>

「いや、やかんだし」

<ティーポットでございます! ティーポットは紅茶を美味しく、楽しく、美しく飲むために存在するのです!>


 なんだか、こだわりがあるな、こいつ。

 なお、コーヒーは至高の存在だ。受験の時に何度もお世話になった。

 一時期飲み過ぎて、軽いカフェイン中毒になったけど、それでもやめられない。


 ……やばい、十分カフェイン中毒者だ。


 最近はちゃんと一日一杯、多くて二杯までと決めている。

 だから大丈夫だ。


「ねぇ、あなたって本当に火にかけたらだめなの?」

<ティーポットでございますから>

「じゃあ、いらない。今度実家に帰ったとき、蔵に戻しておくわ」

<OMG!(なんと) That’s cruel!(それは残酷な)>


 はー、どうしようかな。

 やかん、買わないとな……安いやつでも二千円くらいするんだよね。


<仕方ありません。英国紳士の私も、使われなければガラクタと同じ。私の秘儀をお見せいたしましょう>

「……はいはい、秘儀ってなに?」

<火にかけなくとも、お湯を沸かせます>


 ん? どういうこと?

 火にかけなくても、お湯を沸かせられるの?


「ほんと?」

<もちろんでございます>


 試しに、やかんへ水を入れてみる。

 そしてコンロの上に置くと、やかんが気合の入った声を出した。


<いきますぞ!>


 やかんの掛け声とともに、表面が赤く染まってきた。

 そうして二分ほどで、蒸気が出始める。


「……うそ」


 まじで!?

 電気のいらない電気ケトルみたい。

 これはガス代の節約になる。まあお湯を沸かすだけなら、微々たるものだと思うけどね。


====


 ありがたく、コーヒーを煎れさせてもらった。

 なお、私はコーヒー豆をコーヒーミルで粉にして、フィルターをカップに載せている。

 コーヒーパックでも良いんだけど、こっちのほうが、何となく美味しく感じられるからだ。


<Ah! 英国紳士たる私が、よもやコーヒーを煎れてしまうとは!>


 何やらやかんがうるさいけど、私はコーヒー派なのだ。

 豆はどこでもいいんだけどね。そこまでこだわりはない。

 そういえば、牛乳も買ってこなきゃね。ブラックもいいけど、ミルクを入れると胃に少しは優しい……と思う。


<雛乃お嬢様、ぜひ次回は紅茶で頼みたい>


 私がコーヒーを飲んでいると、やかんが紅茶とか言い出してきた。

 でも私は、紅茶をよく知らないんだよね。

 お父さんとお母さんは日本茶ばかりだったし、自分ではコーヒーしか煎れないし。


「紅茶ってよく知らないんだけど、何が美味しいの?」

<やはりリプトーンが定番でしょう! トワイーニングも美味しいですが、少々お高めですからな>


 お前、やかんのくせに味が分かるのか?


 そして、リプトーンは知ってる。よく格安でパックの紅茶が、スーパーやコンビニとかで売っているよね。

 でもトワイーニングは聞いたことがない。


<そして、フォトナーム&メイソル。いつかは私も煎れてみたいものです>


 全く知らない。

 スマホで検索してみると……たっか!?

 ええ? こんなにするの?

 あ、でもコーヒー豆も高いやつは、本当に高いから似たようなものか。


 しかし、この値段はさすがに学生の私には手が出ない。


「これは無理。高すぎる」

<いつかは、ですぞ。雛乃お嬢様が、大人になった時にでも、ぜひ!>

「でもさ、あなたって何者なの?」

<先ほども申したが、私は由緒正しき英国紳士のティーポットでございます>

「そうじゃなくって! なんでうちの蔵に保管されてたのよ」

<百二十年ほど昔、雛乃お嬢様のご先祖が、渡英した際に私をご購入されたのです>


 百二十年!? そんな昔に?

 そういえば、うちって大昔からある商家だったっけ。

 百二十年前って、明治時代だよね。その時に渡英して、このやかんを買ったと。


<大汐凪家は、横浜で商業を営んでおりました。英国の茶葉を輸入するために、渡英したと聞いております>


 へー、そんなことをやってたんだ。

 でも英国? イギリスだよね。イギリスで紅茶の茶葉って作ってたのかな。

 あ、確かそれくらいの時代、イギリスはたくさん植民地を持ってたはずだから、そこで作ってたのかな。


「そこでうちのご先祖が、あなたを買ったということね」

<はい、当時は色々と紅茶を嗜まれておりました。ですが時代とともに凋落し、私も蔵に納められることと……Sorrowful!>


 落ち込んだ声のトーンになった。

 このやかん、感情豊かだなぁ。


<ですが! いま! 私はようやく使われることとなったのです!>


 復活した。

 使うかどうかは、わからな……いや、火もかけずに、勝手にお湯を沸かせるって、考えてみれば便利だよね。


<差し当たり、まずは紅茶の煎れ方を、ご教授させていただきますぞ。何せ私は英国産。本場の煎れ方を熟知しておりますからな>


 紅茶の煎れ方って面倒そう。

 知らなくてもいいや。


「その前に、なんでやかんが話せるの?」

<日本では付喪神というものがあると伺っております>


 なんでイギリス産のやかんに、付喪神が宿るのよ。

 それとも、産地は関係なく宿るのかな。


「まあいいか。お湯を沸かすのに便利そうだし」

<お湯を沸かす、これが私の力でございます! ぜひ今後もご使用いただければ!>


 やかんだし、それ普通では?


<それと、きちんと手入れをして頂ければと思います>

「確かに黒ずんでいるし、見た目汚いよね」

<き、きたない……>


 あ、落ち込んだ。

 まあ、取り合えず使ってみるか。


 こうして、私は自称付喪神の奇妙なやかんを使うこととなった。

 これからどうなるかは、未知数だ。




<雛乃お嬢様! 研磨剤が入っている洗剤で磨くのはおやめください!>


 あー、うるさい。




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― 新着の感想 ―
こんにちは。 数年前から紅茶派からコーヒー派に移りました。 主人公と同じ軽いカフェイン中毒です。 やかん、なかなかいいキャラしていますね。 紅茶も久々に飲みたくなりました。
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