第三話 探索ギルドの決断
現代ダンジョン地上階。
コンクリートとガラスで構成された
探索ギルド本部ビル。
三年前、
ダンジョン出現と同時に設立された、
日本最大級の探索者管理機関である。
その最上階。
ギルド長室では、
一人の男が腕を組んでいた。
林野和也。
年齢四十代後半。
元自衛官であり、
探索ギルド創設メンバーの一人。
無駄な装飾を嫌う性格で、
部屋の中も
簡素そのものだった。
「……報告は以上です」
そう言って頭を下げたのは、
案内嬢の長田あかね。
年齢二十代前半。
柔らかな雰囲気を持つが、
内面は非常に芯が強い。
「五十階層で、
魔力反応の急上昇」
「複数の未知パターン」
「そして……
空間歪曲反応」
林野は、
深く息を吐いた。
「つまり、
何かが起きていると」
「はい」
あかねは頷く。
「観測装置が、
異世界型の魔力波形を
検出しています」
「異世界型……」
林野の表情が、
険しくなる。
ダンジョン発生以前、
そんな言葉は
存在しなかった。
だが、
ある人物の証言によって、
状況は一変した。
――佐山孝也。
異世界から帰還した、
唯一の人間。
彼の存在は、
ギルド上層部の
極秘事項である。
「佐山は?」
「現在、
五十階層へ
単独潜行中です」
林野は、
こめかみを押さえた。
「無茶をしおって……」
あかねは、
少し言いづらそうに言う。
「ただ……
彼からの簡易通信が
一度だけ入りました」
「内容は?」
「『深層が通常と違う』
それだけです」
林野は、
しばらく黙り込む。
机の上には、
ダンジョンの立体図が
ホログラムで投影されていた。
五十階層の下に、
不自然な空間。
まるで、
もう一つのダンジョンが
食い込んでいるような形。
「……対策班を動かす」
林野は、
静かに言った。
「Sランク探索者を
二名投入」
「それと、
佐山の回収を最優先だ」
「了解しました」
あかねは即答した。
「それから……」
林野は言葉を選ぶ。
「もし、
彼の言っていた
『向こうの世界』の
関係者が現れた場合」
「接触は?」
「極力、
刺激しない」
「敵対されたら、
日本が吹き飛ぶ」
冗談ではない。
林野は、
それを本気で言っていた。
――――――
一方、
ダンジョン深層。
佐山孝也は、
壁に背を預けていた。
少し先では、
勇者パーティーが
休憩を取っている。
フィオは座り込み、
乾燥肉をかじっていた。
「ねぇ、
みんなさ」
「もし、
帰れなかったらどうする?」
沈黙が落ちる。
最初に口を開いたのは、
バルガスだった。
「その時は、
この世界で生きるだけだ」
「戦う場所が変わるだけだ」
ライクが頷く。
「剣を振るう理由は、
変わらない」
ティファニーは、
少し微笑む。
「私は……
みんなと一緒なら、
どこでもいい」
アドルは、
目を伏せたまま言う。
「だが、
帰る方法は探す」
「可能性がある限り」
佐山は、
その会話を聞きながら、
胸が締め付けられた。
(俺は……
帰ってきた)
(でも、
あいつらは……)
自分だけが、
先に日常へ戻った。
その事実が、
重くのしかかる。
「……」
彼は、
意を決した。
(少しだけ……
導こう)
直接名乗らない。
だが、
生き残るための道筋は、
示す。
佐山は、
小石を一つ拾う。
指で弾いた。
カン……
音は、
通路の分岐点へ
転がっていく。
ティファニーが
顔を上げる。
「……あっちから、
風が流れている」
「出口に近いかも」
バルガスが立ち上がる。
「よし、
そっちへ行く」
佐山は、
小さく息を吐いた。
(これでいい……)
名も告げず、
姿も見せず。
それが、
今の自分にできる
精一杯だ。
だが、
運命は、
そう簡単には
許してくれない。
通路の奥から、
重い足音が
響き始めていた。




