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Ⅵ Show One's Colors



 1日ぶりに訪れた洋館も、かなり寂れた空気を醸し出していた。まだ現実味がないので、一歩を踏み出す勇気もなかなか湧いてこない。

 屋敷の門の前で降ろされた後、しばらく洋館を見上げて立ち止まってしまっていた私の後ろからルイスが現れ、扉を開けてくれた。昨日と同じ重厚な扉を重い音を立てながら開け、中に入ると相変わらず美術館のような荘厳な内装に息が止まる。

 吹き抜けの踊り場で息を殺しながら立ち止まってしまった私だったが、階段の上から声が聞こえて我に返る。


 「遅かったな」

 「んー、昨日銀杏通りで声を掛けてきた女の子たちに捕まっちゃってね」

 「昨日…?」

 「あーはいはい、お前は覚えてないだろうね」


 階段の上に立っていたのは相変わらず西洋人形のように端正な顔つきをした吸血鬼。ルイスが先程の出来事をかいつまんで説明するが、どうやら昨日あの女子生徒に話し掛けられたことすら覚えていないようで、綺麗な顔面にクエスチョンマークを大きく浮かべて首を傾げていた。

 今日も相変わらずラフなスウェット姿であったが、その顔は確かに端正でお伽噺の王子様のようではあると思う。こんな綺麗な顔をした男の住まう、どこかの宮殿ほどの大きさの屋敷に呼ばれているとは、宛ら灰被り姫にでもなった気持ちだ、私は召使いと見られてもおかしくない。


 「じゃあ、夕食にしよっか」

 「え、夕食?」


 そのまま床掃除でも始めるのかと思っていたのだが、ルイスの口から出てきたのは思ってもいない単語だった。

 聞き間違いかと思い聞き返すが、ルイスは「そう、お腹空いたでしょ」と言って問答無用で私の背中を押していった。


 昨日のリビングから少し離れたところにある扉を開けると、真ん中に見た事のない大きさの長方形のダイニングテーブルが置かれた部屋があり、唖然とする間も与えられず席に着くように促される。

 ダイニングテーブルの真ん中には火のついた燭台が置かれ、部屋の奥には暖炉があった。そして1番目を引くのは、暖炉の上に大きく飾られた男性の肖像画だった。誰なのかは分からないが、とても貫禄のある描かれ方をしており、輝くようなブロンドに赤い瞳を着た老齢の男性だった。

 呆気にとられる私を置いて、いつの間に部屋に現れたアーサーはその暖炉の前の席に座った。


 「昴は苦手な食べ物とかある?」


 唖然と周囲を見渡す私に、ルイスがそう聞いてきた。


 「い、いえ、特には」

 「ならよかった、すぐ持ってくるから待っててね」


 鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良さでそう言ったルイスは意気揚々と部屋から出ていった。

 ルイスが部屋から出て行ってしまったところで、アーサーと二人の空間になってしまう。ルイスは人当たりの良い性格をしているので、二人きりになっても空気が持つのだが、このアーサーという吸血鬼は常に仏頂面を浮かべている為空気が耐えられたものではない。


 親睦を深めろと言われても、何をすればいいのかもわからないし正直こちらとしては丸め込まれたに等しいし、仲良くしたいとも毛頭思わない。よって、何かアクションを起こす気にもならない。

 口を閉ざして目の前に置かれた白くて大きな丸皿を見下ろしていると、徐に暖炉の方から声が聞こえた。


 「…お前、霊感あるんだっけ」

 「…多少は、あります」


 急に話し掛けられたかと思えばそんな問いかけに、私は目線を上げずに答えた。

 多少と言うのはかなりの謙遜で、正直かなり見えるのだが、まあどうでもいいだろう。


 話し掛けてきた割に、アーサーは私の返答に「そうか」と呟いただけでまた口を閉ざす。

 何なんだ一体、思春期の娘と父親の方がまだ会話がある気がする、少なくとも私は父親とは会話をする方だったが。


 


 それ以降アーサーは口を開こうとしなかったので、長い間耐え難い時間が流れていった。

 そろそろこの空気感に限界を迎えそうになっていたところで、部屋の扉が開きワゴンに大量の食事を乗せたルイスが現れた。


 「お待たせ、今日は鯛のコースだよ」


 そうして運ばれてきたのは魚を基本としたいくつかの料理だった。まるで高級フレンチに来てしまったかのような美しい盛り付けに、大きな皿にちょこんと小さくメインの置かれた配置。生まれてこの方高級フレンチなぞ訪れた経験のなかった私は、料理を見ただけで萎縮してしまう。


 (何これ、どこから食べればいいのかわかんない…)


 こんなの、いつも宿舎で食べている料理とは全然違う、住んでる世界の違う人種が口にしている食べ物だ。夜ご飯にカップヌードルなんて絶対食べてない。

 萎縮している私は隣でルイスが何やら声をかけていたがあまり聞き取ることができず、話半分で返事をしてしまった。


 「じゃ、遠慮しないで食べてね」


 ルイスは私に優しくそう声を掛けてくれた。


 カチャカチャとナイフとフォークが交わる音が部屋に響き渡る、アーサーは特に躊躇することなくよくわからないけれどオシャレな魚料理を口にしていた。

 私はとりあえず右手にフォーク左手にナイフを持ってはみたものの、しっかりとしたテーブルマナーなど全くわからないし、そもそもこの空間にだいぶ尻込みしてしまっていた。小綺麗に並べられた装飾の多い高そうな食器類と、ぱちぱちと爆ぜる暖炉の薪の音。あまりにも周りの空気感が馴染みのないもの過ぎて、すぐに吞み込まれてしまう。


 最初の一口を踏み出せずにただ喉が渇く感覚だけがあったので、気を紛らわすために先程ルイスが用意してくれたワイングラスを手に取り、口を付ける。

 その時点で、鼻に届く匂いや液体の色に気付いておくべきだった。


 ぐいっと大きく煽って喉に流し込んだ液体は、舌についた途端芳醇な葡萄の匂いを感じ、喉の奥まで届くと強いアルコール性が口いっぱいに広がった。

 驚いて私はワイングラスを顔から離す、紛れもなくそれは白ワインだった。


 「わ、わいん?」


 思わず日本語発音丸出しになってしまったが、私の驚きの声に二人とも顔を上げる。


 「あれ、お酒飲めない年齢だっけ」

 「い、いえ、全く飲めないこともないのですが。あまり得意ではないです…」

 「あ、もしかしてさっきの聞こえてなかったかな、お水用意しようか?」

 「……お願いします」


 恐らく、先程空間に尻込みしていた私に何か問いかけてきていたルイスは「ワイン飲める?」とでも聞いて来ていたのだろう。あまりちゃんと聞かずに答えてしまったのは私なので、ルイスに非は無い。


 ルイスが持ってきてくれた水をごくごくと飲みきり、やっとスタートラインに立った私はようやく目の前のオシャレな魚料理にトライすることにした。

 カイワレのような緑の葉っぱの下に焼かれた鯛が置かれ、その下にハンバーグのようなミンチ状の何かが敷かれたミルフィーユみたいな構造の料理だった。そのミルフィーユの周りには何かしらの白いソースが筆で塗ったように円状に垂らされている。


 綺麗な食べ方など全くわからなかったけれど、目の前に座るルイスの見様見真似でフォークとナイフを使い料理を切り分け口に運ぶ。今までの人生で見たことも触れたこともない料理だったが、口に入れた途端形容し難い複雑な美味しさが口いっぱいに広がった。


 「美味しい…」


 思わず驚きと共にそう呟けば、ルイスがにっこりと笑ってこちらを見てきた。


 「お口に合ってよかったよ」


 初めて口にした料理だったが、今までの人生で経験したことのない味だった。和食の旨味ともまた違う、奥が深いというのは千差万別である。


 「昴は日本人だから、口に合うか不安だったんだよね」

 

 目を丸く見開く私の耳にルイスの言葉が聞こえるが、そこで少し引っ掛かりを感じた。


 「…あれ、私日本人だって言いましたっけ?」


 名前を伝えはしたが、日本人だと言った記憶はなかったような。

 名前から察することが出来るかもしれないが、普通難しいだろう。私たちが欧州人の名前を聞いてもどこの人なのか判断できないのと同じだ。


 「あー、ごめん。少しだけ君のことは調べさせてもらったんだよね」


 私の言葉にルイスは苦笑いをして弁明をする。まあ確かに、最初会った時に向こうは出身まで伝えてくれていたのに私は何も言ってなかったのはこちらの礼儀もなってなかったかもしれない。


 「いえ、こちらこそ最初に伝えていなくてすみません」

 「ご飯食べ終わったらちゃんとそれぞれ自己紹介しようか。昨日はあまり時間なくてできなかったからね」


 私の反応を見て、ルイスはそう提案する。

 確かに、今思えば互いにほぼ知らない状態で謎に同じ空間でご飯を食べている。これがお見合いだとしてももう少しお互い情報交換をするはずだが、私たちは本当に互いのことを全く知らない状態で顔を突き合わせている。




***




 1時間後。

 豪華な食事を終え片付いたテーブルの上には、それぞれアーサーには紅茶、ルイスにはコーヒー、私にはココアが置かれていた。

 昴は紅茶自体は好きなのだが、飲む時はミルクかレモンを入れて欲しいし、コーヒーはそもそも苦手だ。


 「じゃあ最初は俺かな」


 アンティーク風の革張りで出来たスツールに座りながら優雅にコーヒーを嗜んでいたルイスが、そう言いながら器用に片目を瞑りウインクを飛ばしてくる。どうにも人当たりは良いがそれと同じくらい気障(きざ)な性格をしている男だと思う。


 「俺はルー=ガルー、狼男だよ」

 「お、狼…」


 勝手にルイスも吸血鬼なのかと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。


 「狼に変身することもあるけど、基本的にはこの姿をしているかな」

 「…自由に変えられるんですね」

 「まあ案外簡単だよ」


 狼男と言えば、満月になると我を忘れて変身するイメージがあったので、その辺りはコントロールできると言われると中々イメージと違うものがある。


 「狼男へのイメージは最近になって付け加えられたものだからね。…まあ確かに、満月は特殊だけどさ」


 ルイスは困ったように眉根を寄せてそう言った。

 

 「それ以外は別に特記すべき点はないかな。…次は坊ちゃんだけど」


 そこで、それまで一言も言葉を発さずに(夕食前に話し掛けてきた以降彼が口を開くことはなかった)まるで空気のように静まり返っていたアーサーへと目線を移す。

 その視線を受けて、仏頂面を浮かべていたアーサーは更に眉根を寄せて不機嫌さを前面に出した表情を浮かべた。


 「()()言うの?」

 「何だよ、こいつは人間なんだから関係ねェだろ」

 「…まあ、そうだけどさ」


 なんだかよく分からないが揉めている。

 彼が吸血鬼だということは知っているが、他にも何か特筆すべき点があるのだろうか。


 神妙な表情を浮かべるルイスに対し、アーサーはこれ見よがしに大きなため息をついた。


 「俺は人間と吸血鬼の間に生まれた、デミ…要するにハーフだ」


 アーサーはルイスの視線から逃れるように、エメラルドの瞳を真っ直ぐにこちらへ向けてそう告げた。


 只の、というか純粋な吸血鬼なのかと思っていたが、どうやら半分人間だったらしい。

 人間のハーフ、所謂他人種との混血なら見かけた事はあるし友達にもいるが、そういうパターンのハーフもいるとは驚きだった。そう言えば、吸血鬼と言えば日光に弱いイメージがあったが彼は普通に太陽の下を歩いていたように思う、それも関係あるのだろうか。


 「だから太陽の下普通に歩いていたんですか?」

 「…は?」


 純粋なる疑問だったのだが、その言葉にアーサーは仏頂面の顔をさらに顰めた。

 もしかして聞いてはいけない質問だったのだろうか。


 「…吸血鬼と言えば太陽に弱い印象があったので」

 「……まあ、半分は人間だからな」


 そういうことらしい。

 

 それにしても、随分と言い辛そうに話すものだ。人間世界におけるハーフの人々も、それなりに個々の悩みを抱えて生きているかと思うが、それよりも深刻そうな顔でアーサーもルイスも黙ってしまう。

 そんなに思い詰める様な内容なのだろうか。


 私の直さないといけない性格は、こういう所だった。気になったことは直ぐに口に出してしまう性分なのだ。 


 「…それってそんなに気にするようなことなんですか?」

 

 何も考えずに口から滑り出たその言葉に、黙っていた二人共の顔が此方を向く。一瞬殺気を伴ったような強い威圧感を感じたような気がしたが、すぐに収まった。


 「…は?」

 「…私の友達にも日本人とアメリカ人のハーフの子とかいましたので、人間のそういうのとは違うとは思いますが、そんなに気にするような事でもないんじゃないかなと思いまして」

 「……」

 「……すみません、出過ぎた事を言いました」

 「……いや」


 言った後でこういうのは大体後悔する。今までだって余計な一言を言って友達を傷つけた事は多々あった、その度に発言には気を付けようと思うのに、また同じことを繰り返してしまった。人間にそれぞれ言われたくない悩みがあるように、彼らにも触れてほしくない問題があるかもしれないのに。


 こんな事を言えば怒られて当然だと思っていたが、何故かアーサーはそれ以上口を開かなかった。

 思わず顔を上げれば、何か思い詰める様な表情をして考え込むアーサーの姿があった。


 「いやー、昴って変わってるよね」


 そんな微妙な空気を察してか、ルイスのやけに明るい声が聞こえた。

 変わってる?変な事を言ったつもりは無いのだが、どちらかと言えば失礼な発言をしてしまったに近いと思っていた。まあ、人間の尺度では測れないおかしさがあったのかもしれない。


 「そうだね、大した問題じゃないんだよ。俺たちが敏感になりすぎているだけで、案外気にしすぎなだけなのかもしれない」


 ルイスは純血なのだろうか。


 「俺たちは普通の人間と同じように教育を受け生活をしている、普通に大学を受験してあの大学に進学した」

 「では、私たちと本当に変わらないってことですよね」

 「…まあ、そうなるな」

 

 黙りこくっていたアーサーがそこで口を開いた。


 狼男に半分人間の吸血鬼とは、種族も違うモンスターのようだがなぜ二人は一緒にいるのだろうか。

 普通の人間と同じように学校に通っている所も疑問でしかなかったが、ココアを一口飲みながら私の頭にはたくさんの疑問が次から次へと頭の中に浮かんできていた。

 


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