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Ⅴ Be Under a Charm



 ――私は非常に虫の居所が悪かった。

 今にもキレ散らかしてしまいそうであるほど。


 講義室の机に突っ伏して外界からの接触を遮断しながら、自分に向いてくる奇異の目をやり過ごしていた。


 「あの子、アーサーとルイスに言い寄ってるらしいよ」

 「…え?アイザックと付き合ってんじゃないの?あり得なくない?」


 聞きたくなくても自分にまつわる根も葉もない噂が耳に突き刺す。

 大体の想像通り、昨日アーサーの適当な出まかせで歯牙にもかけない対応を取られた女学生により、盛りに盛った法螺話が瞬く間に校内を駆け回ったようだ。


 (誰があんな極悪人共に言い寄るか。)


 見当違いも大概にして欲しい、むしろ言い寄られているのはこちらの方だ、立場を変わりたいというのなら喜んでこのポジションを差し出したい。

 そもそも、手伝うと言ったって何をすればいいのか分からない、私にハリウッド女優並みの演技力があれば簡単に突破できた問題かもしれないのに。いや、でも演技ではダメなのか、本心からあの変質者吸血鬼を怖いと思わなくてはいけないらしいので。


 昨日宿舎まで送り届けられる最中、ルイスに「とりあえず、明日の学校終わり迎えにくるね、明日は何限まで?」と問答無用で一週間のスケジュールを教える羽目になった。

 学校終わりにあの古びた洋館に行って何をすればいいと言うのだ。


 イライラとする心を何とか押さえつけながらも次の講義のため机から顔を上げれば、隣に心配そうな顔を向ける茉莉の姿があった。


 「も、茉莉(モーリー)


 自分の世界に入り込んでしまっていたおかげで隣に茉莉がいたことにまったく気が付かなかった。

 大きく仰け反る私に、大きな栗色の瞳を心配そうに揺らせて茉莉が口を開く。


 「……昴、何か変な事に巻き込まれてない?」


 茉莉の真っ直ぐな目と、純粋に自分を心配してくれている気持ちに思わず目頭が熱くなる。

 これだけ校内に広まっていればおそらく彼女の耳にも届いたはずだが、彼女はそんな根も葉もない噂話の真相を聞いてくるのではなく、真っ直ぐに昴だけを心配してくれていた。


 ――ここで全部素直に吐き出してしまおうか、昨日出会ったばかりの他人にそこまでする必要はないんじゃないか、実際に被害を被っているのは私の方なのに。

 

 そこまで考えて口を開きかけたところに、昨日のアーサーの寂しげな顔が脳裏をよぎった。

 少し前までは「極悪人」だと罵っていたはずの見ず知らずの他人に、なぜここまで同情してしまっているのか自分でもわからなかったけれど、それを口にするのだけはいけないような気がした。


 「…ありがとう、でも…大丈夫」

 「…そう、それならいいけど。…何かあったらすぐに言ってネ」

 

 結局私は何も言えなかった。




***




 授業が終了し学校を出たのは夕方18時、ため息を付きながら学校前の銀杏通りをとぼとぼと歩いていれば、下げていた目線の先にブランドのハイヒールが出てきた。それと同時に、数人の人間が自分の目の前に立ち進路を塞ぐ。

 ふと顔を上げればそこにいたのは昨日アーサーに猫撫で声を出していた三流格下ムーヴ女子生徒達だった。


 「あんた、随分と有名人になったじゃない」


 その先頭に立つ、昨日真っ先に放送禁止ワードを口にしていたブロンドの女子生徒が鼻をふんと鳴らしながら高い声を出しこちらを見下ろす。

 よくそんなことを言ってくるものだ、どうせこの女子生徒があの噂話を流布しただろうに。


 特段用事は無かったし彼女たちと話すこともなかったので、ため息を付いて横を通り過ぎようとすれば、ブロンドの女子生徒の後ろで金魚の糞をしていた別の女子生徒に足を掛けられる。

 思わず前につんのめり、そのまま地面に両手をつく。女子生徒の高い声が頭上から降ってきた。


 「なあにぃ?私達とは話す事すらしないってわけぇ?いい御身分だわね、渡辺昴」

 「……」

 

 どうやら名前をフルネームで覚えられていたようだ。まあ彼女はアイザックのことも知っているようだし、この学校の情報網に敏感なのだろう。

 地面に手をついたまま動かない私を良い事に、女子生徒は得意げにべらべらと話し出した。


 「あんたがアーサーと何の関係があるのかなんてどうでもいいけど、好い気にならないでほしいわね。アーサーは日陰者のあんたなんて興味ないんだから」


 女子生徒の言葉に周りの取り巻き達もくすくすと笑いだす。

 それにしても随分とあの変質者は人気者なんだな。昴は彼女の言葉を聞いて単純にそう思った。

 情報通で面食いの茉莉が「超イケメン」と評しているだけあって、学校でも相当な人気を博しているようだ、私は正直彼の事は一切存じ上げなかったのだが、有名な生徒なのだろう。


 そこまで考えたところで、まだべらべらと聞いてもないアーサーの話と私の悪口を羅列している女子生徒を私は顔を上げずに盗み見た。そうして地面に落ちてしまっていた長い黒髪を右耳に掛け、ふっと小さく笑う。


 「…何が可笑しいのよ」


 女子生徒は私の小さな笑い声にも敏感に反応をし、片眉をぴくりと上げてこちらを睨み付ける。


 「いえ、貴女方が何をどう思い違いされているのかはわかりませんが、残念ながら私はあの男子生徒の事はどうとも思っていませんので」

 「……はあ?」


 私はそのままゆらりと立ち上がり、黒い瞳を真っ直ぐに女子生徒の青い瞳へと向ける。女子生徒は真っ直ぐ見据えられてそのまま少し怯んだように顔を強張らせた。

 端正な顔立ちをしているというのに、どこか勿体ない女の子だ。


 「ついでに言うと、アイザック・V・ミラーの話も事実無根です。彼は確かに知り合いですが、お付き合いをしたことは一切ないですし今後も有り得ないです」

 「…適当なこと言うんじゃないわよ、そんなの誰が信じろっていうのよ」


 よく見れば取り巻き達はこの女子生徒にくっついて来ているだけで何か声を上げようとする気はないようだった、同じようにこちらを睨んではいるが。

 このブロンドの女子生徒は、持ち物から察するにそこそこの富裕層だと思われるので、大方彼女についていれば問題ないと感じたただの金魚の糞の集まりなのだろう。そこに強い結束など有りはしない。


 私は黒い目を細めてため息を付き、手の平についた小石を払った。


 「それは簡単な話ですね。私は渡〇謙のような男性が好みなので、彼らはそれに値しないというだけです」

 「…は?」


 昨日同様腑抜けた声を出す彼女に、私はずいっと人差し指を差し出した。また女子生徒はびくりと顔を強張らせる。


 「私の母国では有名な俳優ですね、それ以外で言いますと柳〇優弥などが好きです。とどのつまりは黒髪黒目のソース顔が好きなので、彼らはそのどれにも合致しないという事ですかね。まあ、ソース顔と言う点に於いては少しマッチするかもしれませんが、それはそれこれはこれですし。そもそも、日本語が通じる相手でなければお付き合いしたくありません」

 「…な、何言ってるのよ」

 「第一、貴女あの男子生徒に告白はされたのですか?」

 「…は?告白…?」


 私の言葉に女子生徒は青い瞳をまん丸く見開いた。

 まあそんなことだろうと思ってはいたが、恐らくはアイドル的に祀り上げられているだけで、本心で付き合いたいとは思っていないのだろう。それか、誰かが抜け駆けしようものならイジメの対象にでもなるのだろうか、そういう部分に関してはこういう集まりは結束が固くなるので。


 「そんなに気になるのでしたら、好きの一言でも言ったらどうですか?傍をうろうろしているだけでは視界にすら入らないかと思いますけれど」

 「……な…何よ、偉そうに」

 「…今まで本気で誰かを好きになったことはありますか?」

 「…は?」

 「もしないのでしたら、あの男子生徒に黄色い歓声を上げる前に別の誰かに恋をしてみればいいのではないですか?そうこうしているうちに、良い人は取られてしまいますよ?」


 こちらとしては少し彼女の事が心配になってきたので、本心から案じてそう問いかけたのだが、ブロンドの女子生徒はその白磁の頬をじんわりと薔薇色に染め始めた。周りの取り巻き達もその様子を見てはらはらとし出す。


 (…あ、まずかったかな)


 そう思った時には既に遅かった。

 女子生徒が「F〇CKING BI〇CH!!」と最低なフレーズを口に出しながら片手を平手打ちの角度にしてこちらに向けてきた。


 ぱちん、高い音が銀杏並木に響き渡る。


 頬に強い衝撃が当たりじんじんと強い痛みが口内を駆け巡る。かと思えば、私の頬には何の痛みもなかった。

 恐る恐る、閉じていた目を開ければ振り上げた女子生徒の腕を男性の手が掴んでいた。


 「うーん、学校の外で生徒同士の傷害沙汰は流石に監督生補佐として見過ごせないかな」

 「ル、ルイス…!」

 「……」


 そこにいたのはにっこりと人当たりの良い笑みを浮かべているルイスだった。

 人当たりの良い笑みを浮かべながら、その鼈甲色の眼は全く笑っておらず、零度以下の冷え切った瞳に思わず昴も口を閉ざした。腕を掴まれた女子生徒はそれ以上に小動物のように縮み上がってしまい、ぱくぱくと言葉を出せない口が開いては閉じてを繰り返していた。


 「アーサーに何か伝えておくこと、あるかな?」

 「な……ない、です………」

 「そっか、じゃあ気を付けて帰るんだよ」

 「………」


 縮み上がった女子生徒は怯えた眼でルイスを見上げ、そのまま取り巻きを連れて一目散に逃げて行った。

 恐らく、彼女は今後変に関わってくることは無いだろう、なぜなら見られたくない相手に自分の醜態を晒したからだ。あの態度を改めれば綺麗な女の子そのものなのに、随分と勿体ない事だ。


 


 「いやあ、随分と来るのが遅かったから見に来てみれば。君はよく面倒ごとに巻き込まれるね」


 本当に、どの口が言っているんだと蹴り飛ばしたくなる発言だったが、にこにこと人の良い笑みを浮かべたルイスは、昨日宿舎まで送り届けてくれたハイパー高級車を運転しながらそう言ってきた。

 どうやら、待ち合わせの場所に私が現れないことにしびれを切らし、そのまま探しに来たようだ。


 「……どちらかと言えば貴方方の所為なのですが」

 「はは、まあ坊ちゃんに関わった人間は盲目的になるからね」


 思わず小声で小言を言えば、しっかりとルイスに拾われた。

 何だよ、盲目的になるって。


 「それにしてもやっぱり君には効果ないみたいだね、魅力(チャーム)

 「魅力(チャーム)?」


 思わず聞き返せば、ルイスはハンドルを切りながら頷く。


 「吸血鬼は眉目秀麗で、その浮世離れした美しさで異性を誑かし生き血を吸う怪物なんだ。だから、吸血鬼は基本的に魅力(チャーム)という相手を惹き付ける魔力を常に発しているんだよ」

 「…へえ」

 「坊ちゃんはこの能力が好きではないようだけどね。でもこれは自身で制御できるものでもないから、仕方ないんだよね」


 よくわからないけれど、難儀な体である。

 意図せずに相手を惹き付ける能力とあれば、人間は誰でも喜んで欲しそうなものだと思うが、そう単純な話ではないのかもしれない。


 「…ま、そこんところもあいつが君の事を気になった理由の一つだろうけど」


 ルイスが何か呟いていたが、丁度対向車線の車がクラクションを鳴らした所為で全く聞こえなかった。




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