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Ⅳ Lord of the Night



 煌々と燃える暖炉の薪が爆ぜる音がぱちぱちと耳に届く。

 私の目の前にある布張りのスツールに腰掛けたルイスは、手に持ったコーヒーをひとくち口にしてから口を開いた。


 「さて、どこから話せばいいかな」

 「どこからも何もねーだろ」

 「まあ、もう知ってるもんね」

 「…ふん」


 アーサーが鼻を鳴らして顔を背けたところで、ルイスが鼈甲(べっこう)色の眼をこちらに向ける。


 「単刀直入に言うと、俺たちは人間じゃないんだよね」

 

 からりとした調子で、ルイスはそう言った。


 (()()()、か)


 話を聞いていた昴も、特段大きなリアクションはせずに頭の中でその言葉を反芻する。


 「そうですか…」

 「おや、あまり驚かないね。…まあ、昨日坊ちゃんに会ってるもんね」

 「…ふん」


 ロッキングチェアにゆらゆらと揺られている坊ちゃんは不満げにそっぽを向いた。


 「それで、何で君に用事があるかというと、昨日坊ちゃんに会ったのが原因なんだけど――」

 「……私、ここで死ぬのでしたら、一度両親に連絡をしてもいいですか?」

 「……え?」


 普段は人の会話を遮って自分の発言をすることなど絶対にしないのだが、案外この時の私は切羽詰まっていたのだろう。


 言葉を遮り懇願気味に目を向けそう言ってきた昴を、ルイスの鼈甲色の眼がまん丸に見開いて見返してきた。数秒経ったのち、不意にルイスの口からふっと空気が抜け、気付けば大きな声で笑い始める。

 全く冗談ではないのだが、何が面白いのだろうか。


 「いやあ……変わってるね、君。 …お前の気持ちもわかるよ」

 「うるせえ」


 目尻に溜まった涙を人差し指で拭いながら、ルイスはアーサーを見てそう言うが、アーサーは仏頂面を浮かべるのみだった。


 「順を追って説明するから、安心して。俺たちは別に急に君を取って食べたりはしないからさ」

 「……はあ」


 夜中に一人で出歩いていた所を急に怪しく声を掛けておいて、取って食べたりはしないというのは無理があるのではないかと思うが。


 「君は昨日の夜中、ここにいる坊ちゃんに会ったんだよね」

 「そうですね、不審者だと思いました」

 「……」 

 「ふふ、それで、何か思ったことはある?」

 「思ったこと…?」


 ルイスの問いかけに首を傾げる。思ったことと言えば変人だなくらいなのだが。

 

 「変な人だなと思いましたけど」

 「ふ、ふふ……。…怖いな、とか思わなかったの、見るからに人間ではないじゃない」

 「……私、そういうのは慣れているので」


 一言喋る度にルイスの肩が小刻みに痙攣し、その後方でアーサーの眉間の皺が深くなるのが気になっていたが、昴は淡々とした調子で本心を口にしていた。


 「…成程ね、霊感があるのか」

 「……まあ、はい」


 何を言いたいのだろう。

 ルイスの言葉に段々こちらの眉間の皺も寄ってきたところで、ぱちんとルイスの指が鳴った。


 「正直、今回の件は100パーセントこちら側の問題なんだけれど。君、昨日坊ちゃんに声を掛けられた後、特に何も反応を示さずにその場を去ったじゃない?」

 「…はい、そうですね」

 「ふふ、それが君をここに連れてきた原因なんだよね」

 「……は?」


 容量良いように話してくれているようだが、てんで話についていけない。

 とうとう眉間の皺がアーサー並みになったところで、ルイスの鼈甲色の瞳がこちらを見据えた。


 「君はアーサー・スティリアという吸血鬼に遭遇した後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これこそが、君を此処に呼び出した一番大きな原因だ」

 「…どういうことですか」


 全く理解が追い付かない昴の黒い瞳を見て、ルイスが大袈裟に両手を宙に浮かす。


 「俺たちにとって、人に怖れを抱かれるというのは一番の存在理由になる。これはどこの地域にも当て嵌まるものなのか、わからないけど、人から信じられなければ俺たちは存在し得ないからね」

 「……」

 「ホラー映画でも、ホーンテッドマンションでも、わっと驚くというのは一番の目玉じゃない。あの瞬間があるから、俺たちは俺たちでいられるし、逆に言えばあの瞬間がなければ俺たちはその場に居られないんだ」

 

 成程、言いたいことはわかる。つまりは神様を信じることで神様という存在がこの世で失われずに存在し続けられるということと、モンスターの存在する理由は似通っているのかもしれない。


 「…裏を返せば、驚かせる目的で声を掛けた人間から思ったような反応を得られないというのは、とても大変な事なんだ」

 「……」


 その言葉には何か憶えがある。


 「…そればかりか、反応の薄さに加えて声を掛けた対象をみすみす見逃すとなると…まあ、ねえ」

 「……」

 「……ルイス」


 眉根を下げて憐れむような顔を浮かべるルイスだったが、奥でロッキングチェアに揺られていた坊ちゃんもその物言いには思うところがあったらしく、諫めるような声色で名前を呼ぶ声が聞こえる。


 「……まあ、つまりは。うちの坊ちゃんが甘い態度で君に声を掛けてしまったせいで、自分の存在理由ですら怪しくなっちゃったから、助けてほしいってことなんだけど」

 「ルイス」


 今度こそ、強めに名前を呼ばれる。

 しかし、アーサー自身も自覚があるからなのか、「俺は事実しか言っていないよ」と返したルイスの言葉には何も言わずに押し黙った。


 つまりはあの夜にアーサーから声を掛けたられた私が、あそこで何も怖がることをせずにそのまま困惑する彼を振り切って家路を急いだ事が理由で、アーサーと言う吸血鬼の存在意義に齟齬を産み出してしまったという事だろうか。

 何というか、それに関しては私自身は悪い事は一切ないし、寧ろアーサー自身の自爆ではないかとも思うのだが。


 「……それ、私が助けるメリットありますか?」


 正直な話、全然自分が関わるメリットが思い浮かばなかった。

 存在理由が怪しくなるというのが如何ほどのものなのかよくわからないが、話を聞く限りではアーサー本人の問題のようだし、酷な事を言うようだが私は全然関係ないのではないか。

 そもそも、助けると言っても何をすればいいのか分からないし、大前提として学校の人気者二人とあまり関わりたくないというのが一番の理由である。


 「お前にメリットは何もねーな」


 昴の言葉に対しアーサーはやけにあっさりとそう返した。

 思ったよりきっぱりと言い切られてしまい、思わず顔を上げる。それならば一目散にこの場を去りたいのだが。

 しかし、顔を上げた先に見えたアーサーの緑色の瞳に見据えられ、昴は喉まで出掛かったその言葉が口から出せなくなった。まるで魔法に掛けられているかのように、その瞳を見ると自分の思考が止まってしまう。


 「言い方が悪かったが。お前はこの屋敷に来た時点で選択肢は一つしかない、俺の言う事に従え」

 「……」


 蛇に睨まれた蛙よろしく、昴はアーサーのその言葉に何も言い返すことが出来ずに押し黙った。


 様子を静観していたルイスがまあまあと言いながら優しく鼈甲色の眼を向けてきた。アーサーの瞳に吸い寄せられているかのように目を背けることが出来なくなっていた昴の目の前に、ルイスの手の平がひらひらと現れ、そこで昴は息をするのを思い出した。どうやら、呼吸すら忘れてしまっていたようだった。


 「助けると言っても、そんなに難しい事はしなくて大丈夫だよ」

 

 昴は大きく息を吸い込み、ルイスを見た。


 「ただ、これだけは今後してもらわなくちゃいけないかな」


 ルイスはすらりと人差し指を立てる。


 「これから毎晩、平日はこの屋敷に来てもらうね」

 「……はい?」


 その言葉に、思わず腑抜けた声が喉から漏れる。

 何を言っているのか、言われたことは聞こえたが、理解するのに時間が掛かる。彼は何を言っているのだろう。


 「毎…晩…?…どういう…」

 「手助けの一環だね、坊ちゃんの揺らいだ存在を元に戻す為には、君に心から恐怖の感情を持ってもらわなければいけない」

 「……」

 「そうとは言っても、どうやら君はそこら辺の人間とは少し違う分類のようだからね。最初に恐怖を抱かなかった人間に対して、同じような方法を取ったって無駄なんだよね」


 ルイスは淡々とした調子で喋っているが、昴の頭の中では理解し難い言葉がぐるぐると脳内を回っていた。


 「だからこれは荒療治になるんだけど、君の場合はまず坊ちゃんと親睦を深めてもらうのが良いと思うんだよね」

 「親睦……」

 「そう、互いの事をよく知れば、自ずと感情が生まれてくるからね。相手の事を怖いと思う事だって、その感情の内に含まれるじゃない?」

 「…そう…ですか」


 そうなのだろうか、そうだというのなら、そうなのかもしれない。

 もはや考えることは放棄しかけていた、どうせ嫌だといっても通用しないし、自分に残された選択は従う他ないのだから。


 「というわけで、これからよろしくね」

 「あ…はい」

 「…ほら、坊ちゃんも」

 「ふん」


 何とも殺伐とした空気感なのだが、果たしてこれで親睦を深めることが出来るのだろうか。


 

 斯くして、渡辺昴の平凡気ままな日常は終わりを告げることとなる。

 今日はもう遅いから、送るね。明日から学校終わり迎えに行くけど、校門前とかで良いかな?

 というルイスの申し出に、校門前は嫌ですという最低限の要望を伝えたのみで、ルイスの運転するハイパー高級車(絶対的に学生が手を出せるレベルではない)の後部座席で揺られながら、これから宿舎の皆にどのように説明しようか、明日から学校でどのように生きて行けばいいのか、そもそも学校で追い払った女の子たちにどんな噂を立てられているのか、などが脳内を永遠と駆け巡っていた。


 やはりあの晩、あそこで変な人に声を掛けられてしまったのが、運の尽きだったのだろう。


 ぐるぐると様々な事が駆け巡る脳内で、最終的にその一言に帰着し、昴はがくりと項垂れるのだった。




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