【Ⅵ 民俗伝承と隠された謎】
Autumn Festが終わり二日後、次の週の月曜日に昴は学校の図書室にいた。
あのあと、どこからか現れたルイスにアーサーは連行されて行った。そしてそのすぐ後に慌てた様子のアイザックが戻ってきた。
町や学校ではまだAutumn Festの興奮が冷めやらぬようで、同じ楓の葉を拾ったらしきカップルなどが公然でいちゃつくのを何度も目撃しては、見て見ぬふりをして廊下を歩いていた。
その度に、昴も拾ってしまった楓の葉が脳裏をちらつく。
アイザックと別れ、宿舎の自室に戻った後も昴は上着のポケットから楓の葉を出せずにいた。特にそういうまじないや占いなどの類は興味がなかったし、相性占いとかも気にしない性質であったのだが、なぜか変に意識してしまっている自分がいた。
ただ単に同じ絵柄をアーサーが持っていたというだけ、もしかしたら同じ絵柄を持っている人は他にもいるかもしれないから、別に二人だけの特別ということもない。そもそも、昴は頑張って空に舞う楓の葉を取ったのではなく、地面に落ちていた可哀そうな葉を拾い上げただけ。というか、アーサーがなぜあんな催しに参加していたのだろうか、そういうのに全く興味が無さそうなのに。
どうにも、らしくない。
こんなのに気持ちが少しでも振り回されているだけで、自分が嫌になる。
別に、だからと言って何があるわけでもないのだけれど。そんな言い訳をしながら、やっとのことでポケットから例の物を取り出した昴は、手帳にそれを挟んでいた。
こんなので気持ちが揺らぐなんて、本当にらしくないし、自分で自分が気持ち悪い。
まるで思春期の女の子だ。アーサーに対し、何か特別な感情があるわけでもないのに。
何かを振り払うように、大きなため息をついて昴は目の前に広がる本の山から一冊の本を手に取った。
あまりに大きなため息だったので、図書館にいる他の学生が迷惑そうな眼をこちらに向けていたが、そんなのに気を掛けている余裕など残念ながら今の昴は持ち合わせていない。
今なぜ図書室にいるのかと言うと、あの祭りのことが気になって調べようと思ったのだ。地元であるこの大学の図書室になら、ある程度の資料があるかもしれない。
昴の目の前にはこの街に関する資料が所狭しと並べられていた、一人で長いテーブルいっぱいに資料を並べているので、行き交う人が不思議そうな顔をして見ていた。
―――――
Autumn Fest
事の始まりは千年も昔に遡る。
この町は昔から交通の要所であり、有力な貴族がこの地を治めていた。その貴族の名前はヘイワード卿、地方では名の知れた有力豪族だった。そのヘイワード卿の一人娘であるローザが、ある時、町の外れにある森で迷子になってしまった。
お転婆な性格だったローザは、召使いに隠れて村にお忍びで遊びに行くことが多々あったのだ。しかし、流石に行方をくらましたのは初めてのことであり、両親は帰らない娘をひどく心配し、衛兵や村のもの総出で捜索に出た。しかしどこを探してもローザは見つからず、遂に陽が落ちてしまう。今のように電気などがない当時は暗闇の中捜索に出るというのは、野生動物に襲われる危険性もあり、自殺行為であった。仕方なく次の日の朝に捜索を再開することになったのだが、父親は娘が心配で居ても立っても居られない。
屋敷の門の前をぐるぐると行ったり来たりしていると、夜も更けてきたあたりに不意に草むらから物音がして、ローザが現れた。どこも怪我はしていなく、至っていつも通りの様子のローザを見て父親はひどく驚くと共に安心して娘を抱きしめる。「何をしていたんだ、こんな夜遅くまで」抱きしめながら娘にそう問いかけると、ローザはあっけらかんとした調子でこう返した「狼と遊んでいたんだわ、でも危なくて、そうしたらルビーが助けてくれたの」そう言って娘は手に持っていた真っ赤な薔薇の花びらを見せてくれた。
大事な娘を助けてくれたその人にお礼をしたいと考えた父親は、娘の持っていた赤い薔薇の花びらを頼りに人を探す。今まで見たこともないくらい真紅の薔薇を持っていたのは、町の外れに住んでいた金色の髪に赤い瞳を持っていた青年だった。父親はその青年に非常に感謝し、彼に爵位を与えた。
―――――
この物語が、Autumn Festの中でLeaf Showerが行われるようになった由来だった。
村一番の有力貴族であったヘイワード卿の一人娘であるローザが無事に帰ってきたことを祝して、お祭りが開かれるようになり、それがいつしか収穫祭という意味も兼ねて開催されるようになった。ローザが行方不明になった時助けてくれた人を見つけ出す時に、その人を示すものとして赤い薔薇が用いられたことにより、たくさんの花の中から同じ花を持っている人を探し出すLeaf Showerが行われるようになったのだ。祭りでアイザックが教えてくれた通り、昔はさまざまな花そのものを投げていたようだが、いつからか楓の葉に絵を描くようになったのだという。
ローザがどのようにして無事に戻ってきたのか、なぜ町の外れで青年が急に助けてくれたのか、ローザが見つかった時に父親に言っていた言葉も謎が多いため、この物語は今でも多くの謎を残しているのだという。
けれど、ローザとその青年の間には言い表せない不思議な繋がりがあったことは確かなようで、その部分が大きく解釈された結果、あの行事で同じ絵柄を手に取った男女は運命的な結び付きがあるなどといわれるようになったのだという。
摩訶不思議な民俗伝承だ。
さすがに、千年も昔からある言い伝えともなれば多くの脚色がされているだろうし、どれが事実でどれが作り話なのか、もはや誰も知る由はないだろう。
「あれ、昴」
お手上げとばかりに、キャパオーバーとした頭を抱えながらテーブルに突っ伏していると、聞きなれた声が聞こえる。目線だけ上に向けると、タブレットを片手に抱えた茉莉がいた。
「茉莉」
「何してるの、こんなに資料集めて。あ、そう言えばAutumn Festどうだったの?全然話してくれないじゃん!」
隣の席に座ったかと思えば、茉莉は元気いっぱいの声でそう話しかけてくる。
Autumn Festに行ったとは一言も言っていないのだが、彼女の中では行ったことになっているらしい。
「…そんなに面白い話もないよ」
「えーうそー。Leaf Showerとか参加しなかったの?」
キラキラとした目をして話しかけてくる茉莉には申し訳ないのだが、本当に食べ歩きをして終わったようなものだし、確かにチュロスとレモンスカッシュはおいしかったが、それ以上でもそれ以下でもない。
そこで昴はふと別の考えを思いつく、茉莉はこの学校のゴシップに精通しているため、もしかしたらこの手の資料を読み込むより彼女に話を聞いた方が早いのではないのだろうか。
「…Leaf Showerって、どういうイベントなのかな」
「え?そりゃ、Autumn Festのメインイベント中のメインイベントだよ。ここ数年は開催されてなかったみたいだけど、千年くらいも歴史のある伝統的な行事なんだって」
「へえ…」
「あの楓の葉には百種類以上の花の絵が描かれているみたいで、その中から同じ絵柄を見つけるのって相当難しいみたい。噂ではあの楓の葉の中で同じ絵柄は五種類しかなくて、あのお祭りは一年に一回開催されてるけど、同じ絵を持っている人は一年に五組しかいないっていうよネ」
「……そう、なんだ…」
なんということだろう。一年に五組しか発生しない幻の組み合わせの一つを、なんともない二人が手に取ってしまったということか。今から返却などは受け付けていないだろうか。
話を聞きながらさあっと顔を青ざめている昴を見て、茉莉は不思議そうな顔をする。
「昴は何の絵柄取ったの?」
「え!?わ、私は…」
茉莉の純粋な瞳に射抜かれて、変に動揺してしまう。別に隠すこともないだろうけれども、情報通な彼女に教えると、万が一にそれがアーサーと同じ絵柄だとバレてしまう恐れがある。
返事に窮してしまった昴だったが、茉莉はすぐ別の話題を話し出す。
「そういえば、あともう一つ面白い噂があってネ。あの絵柄合わせは毎年対になる花の絵が違うみたいなんだけど、二百年前くらいから追加されて、それ以降誰も見ていない幻の絵柄があるんだって」
「…な、なにそれ」
なんだか嫌な予感がする。
「そう、なんだっけな、確かアザミだった気がする」
「………………へえ」
もはや何も言うまい。
どう足掻いても、自分が拾ってはいけない何かを取ってしまったとしか思えない。もっと彼に相応しい人物がこれを取るべきだったのではないだろうか、恋愛とか運命の人とかそういう色事が理由ではなく、本当に手にするに値する人物が。
収穫祭は終わりましたが、第2章はもう少し続きます。




