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【Ⅴ 決められた人】



 一斉に数百枚の楓の葉が、輝く照明に照らされてひらひらと舞い降りてくる。


 「わっ…」


 どうにも周りの人が一生懸命すぎて、昴は押され負けてしまう。

 それもそうだ、自分よりも一回りも二回りも大きい人ばかりなのだから、日本人女性の平均身長ジャストの昴は空を見上げることもできない。


 そこまで興味のなかった私は、周囲の人間に押された時点で少し嫌になり、空を舞う楓の葉を眺めていた。

 きゃーという叫び声が多く耳に聞こえる中、人並みに揺れて下を向いていると、人の靴に踏まれそうになって一枚の葉っぱが地面に光っているのが見えた。


 (かわいそうに、誰にも拾ってもらえなかったのかな)


 昴は踏まれそうになるその葉っぱをなんとか拾い上げた。

 空から落ちてきたそれらはラミネート加工のされた楓の葉で、栞のようになっていた。くるくると裏返せば片面に四角形の白い部分があり、そこに何かしらの絵が描かれていた。よく見ようとしたのだが、周りの人が一気に動き出すため止まって見ることはできずに慌ててスカートのポケットにしまった。




 


 暫くして、司会者の男性による「Well then, have a good night!」という言葉と共にようやく葉っぱのシャワーが終わり、集まっていた群衆はだんだんと散り散りになっていった。

 昴もアイザックに連れられて先ほどまで座っていたベンチに戻ってきた。アイザックもしっかり葉っぱを掴んでいたようで、満足げな顔をしてラミネート加工のされた楓の葉を右手の人差し指で摘んでいる。


 「取れた?」

 「まあ、取れたというか何というか」

 

 昴はそう言ってスカートのポケットから楓の葉を取り出した、よく見るとそこに描かれていたのは小ぶりの紫の花だった。


 「僕のはバラ…かな。…昴はなんだった?」

 「私のは…これ……なんだろ?」


 どこかで見た事があるような気がするが、思い出せない。


 「…アザミじゃないかな、それ」

 「あ、アザミ…」


 よく見ると花の下に小さく英語でThistleと書かれていた。

 どこかで見た事があると思えば、三週間前にアーサーの家で見たティーカップの柄と同じだったのか。

 

 「……同じじゃなかったね…」


 そこでアイザックがしゅんとした声を出す。


 珍しい花もプリントされているんだなあ、くらいの気持ちで楓の葉を眺めていた昴は、隣から弱弱しい声が聞こえアイザックに目を向ける。隣に座っていたアイザックは形の良い眉毛をきゅっと寄せて、唇の先を少し尖らせて拗ねていた。同じ絵柄が欲しかったのだろう。

 拗ねて唇の先を尖らせる姿に、幼少期のアイザックが重なり、昴はぱたぱたと楓の葉を揺らした。


 「…まあまあ、同じ絵柄を見つけるほうが難しいんじゃない?」


 どれだけの確立なのか、とかはわからないけれど、あれだけたくさんの楓の葉を散りばめていたのだから、同じ絵柄を見つけるのは非常に困難な事だろう。

 落ち込んでしまったアイザックを元気付けるように明るい声を出したのだが、それでもアイザックはしゅんとした様子のままだった、いつも昴よりも見上げるくらい大きな背中をしているのに、しゅんと縮こまっている様子は昴よりも小さく見えるほどだった。


 昴としては同じ絵柄を手に取った人が運命の相手になるとかいう、正直言って眉唾物の伝承は全くこれっぽっちも刺さりはしないのだが、アイザックはもしかしたらこれが目当てだったのかもしれない。


 そこへ、遠くから声を掛けられる。


 「おーい、アイク!」


 声を掛けてきたのは学生のように見える数名の男性たち、よく見れば学校でいつもアイザックが一緒にいる生徒達だった。


 「…あれ、来てたんだ」


 マリンブルーの瞳を大きく見開くアイザックを見て、昴は小さく微笑んだ。


 「私はいいから、行ってきな」

 「え…でも」

 「私、ちょっとお手洗い行ってくるね」


 心配するアイザックを後目に、昴はその場を後にした。


 アイザックは交友関係が広い、いろんな人間が彼の事を知っている。だから、私はそこから根も葉もない噂が立てられるのが嫌で、学校では自分からアイザックとあまり関わらないようにしていた。

 学部のトップの成績を持ち、運動神経も優秀な彼と違い、私は特段何も特筆出来ることのない極々平凡な留学生だ。彼と私の関係を知っている人は多くいるだろうけれど、私の存在で彼の未来が崩れることは嫌だった。

 とはいえ、アイザックはそんな事は勿論全く気にしていないようだが、私は気にする。


 半ば強制的にアイザックから離れた昴は特にやることもなく、会場の一番大きなステージへ寄っていく。

 普段であれば一人で夜中に知らない場所をうろつくころはしないのだが、少しお酒を飲んだからだろうか。


 そう言えば、あれ以降アーサーの姿を見ていないのだが、もう帰ったのだろうか。

 まあ、ルイスも「アーサーは仕事で行くから遊べない」様な事を言っていたので、遊び惚ける時間などなく直ぐに次の仕事をしないといけないのかもしれないけれど。

 学外で監督生らしいアーサーを見たのは、彼と会って初めてだったからか、何故かあの緑の目が強く記憶に残っていた。いつもは本にしか向かない冷淡な眼が、数多の観客に向けて優しく光っていた。

 ビジネススマイルだとは分かっていたが、何となく、自分が見た事のない顔を見たような気がして、心のどこかが少しだけ煩い。


 (…変なの)


 お酒を飲んだからだろうか。変な気が起きている。


 そんな折、不意に声を掛けられる。


 「Hey, you free?」


 少し目線を向けると素行の悪そうな男性が数人にやにやしながらこちらを見ていた。


 「…NO」

 「Don't lie to me.」


 強めに拒否の感情を出し、その場を離れようとしたが、声を掛けてきた大柄な男性は昴の進路を塞ぐように立ち塞がり、他の数人の男達も同じように進路を塞ぐ。

 おそらく、勇翔はこういう輩がいるから茉莉に注意したほうが良いと言ったのだろう。ただでさえ、夜中に女子供が出歩くのは危険性が高い中で、よりイベントというのは危ないのだ。祭りは華やかである一方、目を背ければこういう輩が闇を蠢いている。麻薬売買や犯罪の巣窟であるのだ。


 どうにもこの場から逃げ出す術が見当たらない、アイザックがいればなんとかなっていただろうが、先程昴自身でアイザックを追いやってしまった。勿論このような輩は一人になったところを狙ってくるのだろうから、一人になった時点でこちらの負けである。

 突破口はないかと辺りを見渡すが、街行く人は自分たちの世界に入っているのでこちらになど目もくれない、そもそも祭りは終わっているので人の流れもまばらである。


 (…どうしようかな)


 走って逃げだそうにも、相手が多すぎる。

 考えている内にも大柄な男性が昴の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。


 そこへ、凛とした声が後ろから聞こえた。


 「おい、何してんだ」


 誰かが真後ろに立つ気配がした。


 「…あ?何だてめえ」


 凛と響く聞き覚えのある声。

 その声の主は素知らぬ輩に絡まれている昴の真後ろから現れ、軽く昴の肩に手を置き少しだけ自分の方に昴の体を引き寄せた。


 「……おい、ちょっと待て、こいつ…」

 「嘘だろ、何でここに…!」


 急な展開に驚いて声が上げられない昴だったが、それ以上に素知らぬ輩達の方がかなり動転している様子で、声の主を見た瞬間に顔を真っ青にして逃げるようにその場を後にした。


 目の前から蜘蛛の子を散らすように逃げて行った男性たち、取り残された私は前を向いたまま後ろに立つ人に挨拶をした。


 「………こんばんは、スティリアさん」

 「おう」


 昴の体を引き寄せた鈴の声の人、先程までステージ上で無駄な愛想を振りまきに振りまいて美辞麗句の数々を並べ立てていた我が校の監督生様は、昴の言葉に片方の眉を器用に上げて見せた。

 そこには、ダークトーンのスーツを着てブロンドの髪をワックスで後ろに撫でつけた、どこにいようが目立つ出で立ちをしたアーサー・スティリアがいた。


 「なんだお前、少し機嫌悪いんじゃないか」


 昴の頭を三つほど足した場所に頭があるアーサーは、怪訝そうな顔をして昴を見下ろした。


 「…悪くないですよ」


 アーサーに指摘されて、昴はさっと顔を逸らす。ついでに、肩を避けてアーサーの手を上から振りほどいた。


 「監督生様はお忙しそうでしたが、私と話をする暇などあるんですか?」

 「…ステージの前で騒ぎがしたから来ただけだ」

 「それは失礼しました」


 別段怒っていたわけでも、気に障っていたわけでもないのだが、何故か口から出てくる言葉は刺々しいものばかりだった。昴自身も、なぜこんなに尖った言葉しか出てこないのかがわからなかったが、何故か心のどこかに刺さった何かの欠片が痛くて気になっていた。


 「…そういえば、お前楓は取ったか?」


 アーサーが変に話題を変えてきた。


 「なんですか急に」

 「さっきまでやってただろ、Leaf Shower」

 「……やってましたね」

 「俺は取ったぞ」


 そっぽを向きながら返答する昴だったが、アーサーは思わぬ一言を告げる。

 アーサーは祭りに興味がなく、こう言うのも参加しないと思っていたので、昴は少し拍子抜けをしてしまった。


 「…え、参加されてたんですか?」

 「ああ。お前も取ってたんだろ。…知ってるってことは」

 「………まあ」


 昴は仏頂面で受け答えをする。

 どうにも、普段はアーサーの方が仏頂面なのに、今回は逆になってしまった。 


 「そうか。 ……俺はやっぱりあの花に縁があるんだろうな」


 アーサーは呟くようにそう言った。

 昴が言葉の意味を理解する前に、顔の前に小さな楓の葉が出される。そこに描かれていたのは、小ぶりな紫の色をつける一輪の花。


 「……アザミ」


 アーサーの手に握られていたのは、昴が手に取った楓の葉に描かれていたものと同じ、アザミの花だった。



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