【Ⅳ Leaf Shower】
数分後、昴の両手にはチュロスとレモンスカッシュがあった。
隣を歩くアイザックは大きなハンバーガーを口一杯に頬張っており、片手には外国サイズのコーラが握られている。その組み合わせはわざわざイギリスでなくても母国が本場なのではないかと思うのだが、口にするのは野暮だろうか。
しかし、改めて思うがアイザックは目立つ。
彼が隣に歩いているだけで道行く人が男女問わず振り返るし、たまに「今の人かっこよくない…?」という声すら聞こえてくる。中にはアイザックのことを知っている様子の同じ学校の生徒もいるので、きゃいきゃいと騒ぐ声が聞こえる。昴はその間他人のふりを徹しているのだが、距離を空けてもアイザック近くに寄ってくるため他人の振りをし切れていない。
アーサーも浮世離れした美貌を持っていると思うが、アイザックもまたアーサーとは違う路線での美しさを持っていると思う。アーサーのことを美人と評するのであれば、アイザックは男前だろうか。均整の取れた筋肉質な体躯に180を優に超えた長身、少しだけ癖のある綺麗な亜麻色の髪、南国の海のように透き通る青い目をしていれば、道行く人もどこのハリウッドスターかと振り向くものだ。
チュロスを食べながらも、あんなに可愛かったのに、よく成長したなあとアイザックを眺めていると、不意に違う方向から声をかけられた。
「あら、お嬢ちゃんいいもの食べてるね、これも食べないかい?」
「…はい?」
急に声を掛けられて少し狼狽える。得てして日本以外の国ではこのようにフランクに素知らぬ他人から声を掛けられるイベントが、度々発生するのだ。
声を掛けてきたのは、通り過ぎるキッチンカーから手を伸ばしてクロワッサンを差し出してくるおばちゃんだった。おそらくはどこかのカフェの店員かなにかなのだろう、鼻の前に突き出されたクロワッサンから香ばしい匂いが漂ってきた。
クロワッサンは好きだけれど、今は右手に持つチュロスをやっつけるのが先手である。
「すみません、今はお腹いっぱいなので、またあとで伺います」
「なんだい、そういう場合は来ないだろう?」
「…そうとは限らないですよ」
「あんた、日本人だろう?日本人は断りの文句が多いって聞くけど、それも断りの文句じゃないのかい?」
「いえ、そういうわけでは…」
そうして、それが店員等であった場合大概粘り強いのだ。
食い下がらない相手にどう対処しようか考えあぐねていると、横から手が伸びてくる。
「じゃあ僕が貰うよ」
「あらまあ、随分と男前ね」
さらりと目の前からクロワッサンを手に取ったアイザックを、昴の眼が追う。先程までハンバーガーを食べていた気がするが、いつの間にか大きなハンバーガーは胃の中に消えていったようだ。
よくこんなに高カロリーな物ばかり食べて太らないなと、いつも感心する。
「あんたら大学の生徒さんかい?」
「はい、そうです」
会計をしている間に、おばさんがまた別の話題を振ってきた。
「そうかい。まあ、今年は去年より人も多いからね、数年ぶりにLeaf Showerもやるみたいだし。それ目当てかい?」
「りーふしゃわー?」
これまた知らない単語である。頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げた昴を見て、おばさんは琥珀色の瞳を大きく見開く。
「おやまあ、知らないで来たのかい。あんたたち、付き合ってるんじゃないのかい?」
「え?どういう…」
「僕たちは今年が初参加なんですよ」
会計を終わらせたアイザックが買ったばかりのクロワッサンを口に含みながら横槍を入れる。
「そうだったのかい、じゃあ初めてのLeaf Shower楽しんでくるんだよ」
「あ、ありがとうございます」
おばさんに見送られて昴とアイザックはまた大通りを歩き始める。
リーフシャワーとは一体なんだろう、葉っぱが撒き散らされるイベントでもあるのだろうか。
「…アイクは知ってる?」
隣を歩くアイザックは何か知っている様子だったので、尋ねるが、アイザックはマリンブルーの瞳を少し泳がせて口を開いた。
「うーん、僕もよくは知らないんだよね」
よくは知らない、ということはある程度は知っているのだろうか。
しかし、それ以上は何も言いそうになかったので、昴も「そっか」と言って口を閉ざした。
まあ今回の目的としてLeaf Showerは入ってないし、そもそもAutumn Fest自体飛び込み参加のようなものなので、特段興味は無いのだが。
チュロスを食べ終え、残り少なくなってきたレモンスカッシュを飲んでいると、大通りの真ん中あたりに差し掛かった。どうやら道の真ん中に大きなステージが組まれており、なにやら催しが行われているようだった。
多くの人だかりが出来ているところを遠巻きに見つつも、まああまり興味がなかったので目線を逸らしたところへ、不意に聞き慣れた声が耳に届いた。
「紳士淑女の皆様、御機嫌よう。アーサー・スティリアです。本日は本校を代表致しまして、少し御挨拶をさせて戴きます」
聞き間違えるはずがない、ここ数週間毎日のように聞いているその声は、半吸血鬼のアーサー・スティリアだった。
思わず昴はその場でぴたりと足を止めてステージの方を向く。遠くからで目線は合わないし人の多さで姿もしっかり見えなかったが、いつものスウェット姿ではなく落ち着いたダークトーンのスーツを着て前髪を上げてオールバッグにしているアーサーがそこにはいた。
(…動かなきゃ)
きゃーきゃーと色めき立つ群衆(ほぼ女子である)に紛れるのは気が引けたが、立ち止まってしまった足をなぜか動かせずにいると、アイザックもぴたりと隣で足を止めた。
瞬間に、ここで立ち止まってはいけないという警鐘が頭で鳴り響く。
「…生徒代表挨拶してるんだね」
立ち止まったアイザックが隣でそう呟いた。
その呟きに、何故か全身の毛がぞわりと逆立つ気配を感じる。
「――本日はお日柄もよく、無事に開催できる運びとなったこと、この街に住む1人の市民として嬉しく思います」
アーサーは相変わらずエメラルドの冷たい瞳をしていたが、人前だからか取ってつけたような愛想を振り撒いている。おかげで微笑みを被弾した観客の女子生徒が今にも倒れそうになっていた。最近は常に不愛想なアーサーしか見ていなかったので、作り笑顔の上手い彼を見るのはとても久しぶりだった。こう見ると、普段のアーサーとはとても別人に見える、屋敷にいる時は笑顔を見せることなどほとんどないからだ。
壇上に立つアーサーから目を離せずにいると、不意にアイザックに右手を掴まれた。
「…ねえ、飲み物買いに行かない?」
「…え、さっき飲んでなかった?」
「クロワッサン食べたら喉渇いちゃったー」
伺いを立てているようで、問答無用で手を引くアイザックに昴は引っ張られる。
まるで地面に足が生えてしまったかのようにその場から動けずにいたのに、アイザックに手を引かれると同時に弾かれたように体が動き、昴は思わず転びそうになってしまう。不思議な感覚で、その場を後にした。
そうこうしているうちにとっぷりと日が傾いてゆき、月が顔を出す。お祭りに到着したあたりが17時くらいだったので、2時間くらいは経過したあたりになっていた。この祭り自体は20時で終了すると聞いていたので、そろそろフィナーレというところかもしれない。
なんやかんやと出店の食べ物をたくさん食べてしまい、お腹が破裂しそうになっていた昴は、最後に折角なのでホットワインだけいただいていた。
アイザックはまだ食べ足りないのか、フィッシュ&チップスにジンジャーエールを飲んでいる。彼は筋肉質な割にしっかりと太りそうなメニューをよく食べるので、その引き締まった身体はどこから生成されているのだろうと、本当にいつも不思議に思う。
「楽しめた?」
「まあ、案外……悪くはなかったかも」
「はは、相変わらず素直じゃないね」
昴の頭二つ分くらい上からアイザックの快活な笑い声が聞こえ、ぽんと頭を撫でられる。昔だったら、頭を撫でてあげたのは昴の方だったのに、いつの間にか身長も越され立ち位置も変わってしまった。
「じゃあ最後に、あれだけ見に行こうか」
「あれ?」
きょとんとした顔を浮かべる昴に対し、アイザックはマリンブルーの瞳を意味ありげに揺らして、近くのステージに視線を移した。その目の動きに釣られて昴もそちらを見れば、途端に大きな盛り上がる声が聞こえ、散らばっていた人々が一か所に集まってきていた。
「Welcome to Autumn Fest! 2年越しの伝統行事!Leaf Showerを開始致します!」
ステージの上で、アメリカのオーディション番組の司会者のような陽気な声と見た目をした男性が、大きく声を張り上げていた。
りーふしゃわー、そう言えばクロワッサンを買わされたキッチンカーのおばさんがその名前を言っていたような気がする。これの事を言っていたのか。
「ご存知ない方もいらっしゃるかと思いますので、軽くご説明致します。Leaf ShowerとはこのAutumn Festに伝わる伝統行事、絵合わせの行事であります。今から私が投げる葉に数々の絵が描かれておりますので、それらと合致する絵を持っていた人を見つけ出してください。取るのは一人一枚、誰かと交換するのはダメですよ~」
陽気な男性はそう言って、どこから出してきたのかサンタのプレゼント袋かのように大きな麻袋を取り出した。
どうやら、昴が知らなかっただけでこのLeaf Showerというのはまあまあ有名な伝統行事のようで、男性の説明を聞きながらも辺りからは囃し立てる口笛が吹かれていたり、周囲の人々のボルテージは最高潮に達していた。
要するに、大規模な神経衰弱をやれと言われているように昴は受け取ったのだが、それがこの街における伝統ある行事なのだろう。
「この行事は諸般の事情でここ数年は行われてなかったんだけど、数百年と続くこの街の伝統行事らしくてね、葉に描かれた花の絵と合致する人が見つかればその人は運命の人って言い伝えられてるんだ。昔は花そのものを投げていたらしいけどね」
「へえ…」
やけに詳しいアイザックにより、隣から補足が入る。
なるほど、運命の人。それでキッチンカーのおばちゃんは私とアイザックを見て知らないことに驚いていたのか、よく見ればステージに集まる群衆もカップルが多いように見える。
そんなの、ただのおまじないのようなものであり、それらに左右されることなどないと思うのだが。それでも人間はそういう運命的なものに弱いのだろう。
「それでは、Start!」
そう声をかけると途端にあたりの灯りが一瞬消えた。歓声が上がると共にばさっという大きな音が聞こえ、スポットライトのような細い光が放たれる。その光に反射して、散りばめられた葉っぱがキラキラと光り輝きながら落ちてきていた。
人々はその葉っぱを取ろうと必死に手を伸ばしていた。




