彼女はそれを知っている
俺は最後の晩餐とも言える空気感の中にいた。
裏路地にある小洒落たお店で食事を取ることにしたものの、せっかく出された味わえそうにない。
「そ・れ・で、アルフレッドとはいつからの知り合いなんですか?」
「どうやろうなー。幼い頃から?」
「嘘つき。そんなはずないわ」
「あるんだな〜」
彼女は俺のことを知っているようだけど俺は彼女のことを一切知らなかった。俺の幼少期を知っている人間はほとんど死んだはずだから。
「アルフレッド、この人の言ってることは本当なの?」
「……」
「答えたらどうなの?」
「いやなんというか……」
「知らない」。この4文字を言えばまだ楽になるはずなのに俺はそう言えなかった。
「『知らない』なんて言えんよな。なんせうちは本当の名前を知ってるもんな」
「『本当の名前』って?」
二人の眼差しが俺の目を抉る。
聞こえないふりをしながらナイフで目の前にある何の肉かも分からないソテーを切り口に入れる。
「はぁ……つまんない男」
「それは言えてるけどな」
この二人は俺のことをどう思っているのか本当にわからない。
「クレア、杖買わなくて良いのか?」
「あ、忘れてた。杖買わないと」
「なんで?無くしたん?」
「折られた」
「まぁ、ざまぁやな」
「あら。先輩ならもっと後輩のお手本となる"言葉使い"と"行動"をしてもらっても?」
俺は早く帰りたい。つまらない授業よりも心にくるものがある。
クレアはマグカップに入ったスープを飲みながら質問をする。
「そう言えば……先輩、名前は?」
「……まぁそうやろうな。うちの名前は『レンドリック・ラガー』。ラガー先輩でええよ」
クレアは考えるようなそぶりを見せながら「ラガー。どこかで聞いたような」と意味深な発言をする。
「で、うちは自己紹介したで。あんたは?」
「『アンブロージア・クレア』。これで満足?」
「そうか。後輩は敬語使った方がいいで。うちは5年生やからな」
クレアの本名を実は知らなかった。
皆がクレアとしか呼ばなかったから。
今までで一番胃にくるような食事を終え、杖が売っているお店に入る。
「これなんかええんやない?」
「これ?少し高いし、軽すぎるわ」
「はぁー。これだから4年生はあかんねん。実戦が盛んになってくるだから軽い方が得やで。あと高いけどここの杖は一年間保証してくれるし、なんならカスタムオーダーメイドもできるで」
「へぇー手厚いのね。ありがとう。これにするわ」
なんだ、仲良くなってきている。外から見れば友達同士の買い物にしか見えない。
「人差し指が少し長いんやな。それやったらここら辺が少し膨らんでる杖がええな。構えやすいし力が入りすぎないからな」
「感心してる。先輩ズラだけじゃないんだって」
「そりゃあうちは最強やからな」
クレアは俺の腰にある杖を手に取るとジロジロと見ている。
「アルフレッドの杖……。新しいの買っても良い頃合いじゃない?」
「俺はこれじゃないと慣れないんだよな」
ラガーは少し離れたところから声を発せず、口話のようにとある事を言ってきた。
「亡くなった親の形見だから」
俺はただ彼女の方を見続けた。
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