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「コイツ絶対私のこと好きでしょ」と思ってた男子に放課後呼び出された超絶美少女の私、告白されると思って行ってみたら恋愛相談だった。

作者: そらどり

 初めに断っておくと、私―――天久姫華(あまひさひめか)は、生まれながらにして「選ばれし美少女」である。


 顔面偏差値は八十オーバー、スタイルはモデル並み、ウエストくびれ済み、脚はスラリ、肌は発光。非の打ちどころはないと言っても過言ではない。

 美少女という言葉は私のためにあるようなもので、この類稀なる美貌をもってすれば全男子の視線を釘付けにすることは容易い。その証拠に、去年の校内ミスコンでは圧倒的得票数で一位を獲得、街中を歩いていて何度スカウトされたか覚えていない。私が超絶可愛い美少女なのは疑いようもない事実なのだ。


 当然、交際を迫られることもある。放課後、校舎裏に呼び出されては毎回違う男子から告白される日々。日替わり定食かっての。

 どんな勝算があって私と付き合えると思ったのか知らないけど、身の程知らずの勘違い男が相手でも品位を欠く言葉を浴びせたりしない。丁重にお断りしてあげてこそ一流の美少女なのだ。


(ふふっ、なんて完璧なのかしら私って♡)


 私のような美少女がいれば存在を疑う輩もいるだろうけど、こうして実在しているのだから仕方ない。神は私に二物も三物も与えたらしい。うんうん、雲の上で踏ん反り返ってるだけのくせに良い仕事してくれたじゃない。褒めて遣わしてあげる。


 さて、ここまでの説明で如何に私がモテているか理解していただけたと思う。

 全男子生徒からチヤホヤされて当たり前の日常。だけど、そんな私の華麗なる人生にたった一人、極めて遺憾な例外が存在する。


 それが誰かというと―――


「おはよう、内海くん♡」


「……ああ、おはよう」


 内海絢人(うちうみあやと)。私がニコリと微笑んで爽やかに話し掛けてあげたというのに、この男だけは反応が超絶薄い。


 因みに他の男子だったらこうだ。「あ、天久さんが俺なんかに挨拶してくれるなんて……もう、これで終わってもいい……」とか「天久さんが僕みたいなモブに話し掛けてくれるはずがない……うん、これは夢、夢なんだ」とか。……うん、これが正常な反応なのよね。

 でも、この男は変わらない。無表情、無感情、さっさとスマホと睨めっこ。舐めてんのかテメェ。


 当然、私としては面白くない。チヤホヤされるのが当たり前だったのに、この男は私に関心を示さないどころか眼中にすらない。

 美少女としてのプライドを傷つけられたも同然なのだ。そうなれば、この鬱憤を晴らすためにやることは一つ。


(絶ッ対、コイツを堕としてやる……!)


 それからの私は彼を堕とすため日々行動した。毎朝手を振って挨拶したり、目が合えば笑顔を見せつけたり、下の名前で呼んだり、これまでの経験で培った恋愛あざとテクを片っ端から投入した。

 とはいえ最初はちょっとしたゲーム感覚だった。でも、次第に彼が笑顔を見せるようになり、思い通りに事が進んでいる達成感と同時に、知らない感情が少しずつ芽生えていくのを感じた。


 そんなこんなで時は経ち……今日、遂に私は彼から放課後に校舎裏へ来るよう呼び出しを受けた。

 言われなくとも分かる。告白でしょう。全く、随分と手こずらせてくれたわね。


 目的を果たせてスッキリしたし、後は他の男子共のように断ってやってもいいのだけど……散々その気にさせておいて付き合わないというのも彼が可哀想だ。

 ま、まあ別に? 私も絢人くんのことが嫌という訳ではないし? この数か月でそれなりに情が湧いたとゆーか? 頑張ったご褒美として仕方なく、仕方なーく付き合ってあげてもいいかなと思っている。


(そう、あくまで仕方なく、ね。やれやれ……この私がこんな奴を好きになるはずないじゃない)


 一般モブ男子くんに夢を見せてあげるのも美少女の務めだろう。

 ということで放課後、私は何故か込み上げるニマニマを抑えつつ待ち合わせ場所に向かったのだけど……


「実は俺、好きな人がいるんだけどどう告白したらいいか分からなくて……だから天久さん、できれば相談に乗ってくれないかな?」


「……は?」


 違った。恋愛相談だった。


 ……うん、まあ分からなくもない。コイツには友達がいないから、相談相手となりうるのは最近仲良くなった私だけ。

 教室で恋愛相談なんてすれば周りに揶揄われるし、残る選択肢は人気の少ない場所に呼び出すしかない。だから二人で並んでベンチに腰かけているこの状況も百歩譲って理解できる、できる……


(―――いや、できるかぁっ!!)


 納得させようと自分に言い聞かせてみたけどやっぱり無理だった。

 だってこんなのおかしい。前振りからして完全に告白される流れだったのに、どうして今の私が恋愛相談を打診されているのか。好きな人がいる? つまり他の女を好きになったってこと? ミスコン一位であるこの私を差し置いて?


(ありえない……私渾身のあざとテクが通じなかったっていうの?)


 手応えは確かにあったはずなのだ。寡黙だった彼が私と関わるうちに少しずつ感情を表に出すようになていった訳だし、今朝声を掛けてきた時も明らかに緊張していた。それこそ、これまでの経験則から告白されると確信してしまうくらいに。

 私のあざとテクが通じなかったなんて完全に想定外だ。本来であれば私の沽券に関わる大問題なのだけど……ただ、今はそれに構う余裕がないほど別の感情に意識を奪われていた。


(なんで、こんなに胸がズキズキ痛むの……?)


 今まで感じたことのない、強く締め付けるような痛み。振り向かせたい相手を振り向かせられなかったという事実だけで、どうして今までの自分を全否定されたような気持ちになるのか分からない。

 初めはちょっとしたゲーム感覚だったはずなのに。どうして……


「どうしたの天久さん? 急に静かになって……」


「っ! べ、別に何でもないわ、よ?」


 彼に声を掛けられ、ハッと我に返る。

 い、いけない。完全にマイナス思考に陥っていた。落ち着こう、普通に考えて私より魅力的な女なんていないんだから。なにせ私は街中で三回もスカウトされた実績のある美少女な訳だし。むしろ全肯定されて然るべきだ。


 大体、たった一人振り向かせられなかったくらいで何だというのか。今まで多くの男子にチヤホヤされてきたのだから、今更私が美少女だという事実は揺らがない。

 元々ちょっとムカついたから堕としてやろうとしただけで、コイツに特別な感情は一切抱いていない。落ち込む必要なんて何一つないのに。


(そうよ、私がこんな奴を好きになる訳ないじゃない)


 むしろコイツのどこに惚れる要素があるのか教えて欲しいくらいだ。

 確かに不意に笑顔を見せられてドキッとしたことはあるし、偶然手が当たって「あ、ゴツゴツしてる。男の子の手だ……」ってドキドキしたこともあるし、暑い日に首筋を垂れた汗を垣間見て思わずいけない感情を抱いたことだってあるけど、断じて好きとかそういうのじゃない。


 今日だってそうだ。告白されると思って一日中授業そっちのけで返事用の台詞を考えていたけど、あくまで告白という彼にとっての一大イベントが失敗に終わって傷つかせる始末にならないよう仕方なく準備しただけであって、決して付き合った後のあれこれをニマニマ妄想しながら一日中過ごしていた訳ではない。やれやれ、この私が仕事を頑張るコイツの為に毎朝美味しい味噌汁を作ってあげるとでも?


(まあ、取り敢えずここは相談相手になってあげましょう。なんたって私は心優しき美少女なんだから)


 ニコリと美少女スマイルを作り直し、私は普段通りの声音を意識しながら口を開くことにした。


「急に黙っちゃってごめんなさい。相談を持ち掛けられるなんて思ってなかったからビックリしちゃって……でも、うん、私でよければ力になるわ」


「いいのか?」


「もちろんよ。だって絢人くんの頼みだもの」


「ありがとう、相手が天久さんでよかったよ」


「べ、別に普通よ、これくらい」


 安堵したように小さく笑う彼。私は堪らず視線を逸らす。

 ……ズルい。さっきまで不安そうな顔だったのに、急に微笑みやがって。そうやって不意打ちばかりしてくるから私は……って、別にコイツのことなんて何とも思ってないけど!

 

「そ、それで? 絢人くんが好きになった子って、どんな子なの?」


 動揺を悟られぬよう、私はできる限り抑揚を消した声で問いかける。

 別に他意はない。相談を受けるからには相手のことを知った方がいいと思っただけで、ただの世間話に過ぎない。決して、決してどこの女に現を抜かしているのか気になって詮索している訳ではない。


「えっと……すごく綺麗な子でさ、いつも堂々としてて、自信がある感じ。見てると自然と引き込まれるっていうか、つい目で追っちゃうんだ」


「うんうん」


「それに誰にでも優しくて、友達のいない俺とも仲良くしてくれるんだ。まあ、向こうは沢山いる友達の一人くらいの感覚なんだろうけど……」


「ほうほう」


「でも最近はよく話すようになって、たまに変なこと言ったり言葉が強い時があるんだけど……何ていうか、俺には気を許してくれてる感じがして……嬉しいなって思うよ」


「なるほどなるほど……」


 一通り聞いてみて、表面上は親身になって何度も頷く私。でも、内心それどころではなかった。


(ふぐっ……! む、胸、くる、し……!! もぉ、やめ……て……っ!)


 語られる度にグサグサと切れ味の鋭い言葉のナイフが心臓部に突き刺さる。何故大ダメージを受けているのかはさておき、これはもはや拷問に等しい。

 確かに相談相手になるとは言ったけど、惚気話を聞いてあげるとまでは言っていない。何なのよコイツ! その女にめちゃくちゃ惚れてるじゃない! 珍しく饒舌になりがって!


(まさかここまで他所の女に惚れ込んでるなんて……ぐっ、なんかモヤモヤする)


 他の女に矢印を向けているのがどうも気にくわない。確かに話を聞く限り私に引けを取らない素敵な女性みたいだが、そうなると相手は恐らくスクールカースト最上位クラスの女。対して、クラスの隅でスマホを弄るだけのモブ男子A。告白したところで振られるのが目に見える。

 そんな勝ち目のない恋愛をするくらいなら、こうして隣にいる私にしておけばいいのに。本来は到底釣り合わないけど、今回は出血大サービスで付き合ってあげると言っているんだから。


 でも……コイツの良いところを知っているのは私だけなのよね。

 清潔感あるし、落ち着いてるし、意外と私の話をしっかり聞いてくれるし、少し素っ気ないけど共感してくれるし、私のことちゃんと見てくれる。それに、つい油断して素を出しちゃっても絢人くんは受け入れてくれるし、二人だけの時間が心地よくて、隣にいると気持ちがフワフワして、そういう他のみんなが気付いていない彼の一面を知ったから私は―――


「ん゛ん゛ッ!!」


「天久さん!? なんで急に自分の顔をビンタして……!?」


「き、気にしないで、ちょっと気合を入れたくなっただけだから」


「なんで今……?」


 両手で頬を叩いて雑念を振り払った私に彼が訝しむのも当然だったが、それ以上は追及してこなかった。何とかうまく取り繕えたらしい。流石は私。ほっぺがヒリヒリして痛いけど。

 

(……ふう、危ない危ない、うっかり取り乱すところだったわ)

 

 あくまで友達として好きなのであって、コイツが別の女に惚れていようが私には関係ないだろうに。全く、嫉妬なんて見苦しい真似するはずないじゃない。


 それにしても……綺麗で自信に満ち溢れていて優しいって、特徴がどことなく私に似てるような気がする。

 その条件に見合う女子生徒なんて校内に何人もいない。ミスコン一位で、街中で三回スカウトされ、自他ともに認めるレベルの美少女ともなれば猶更だ。


 でも、多分人違いだろう。

 私は彼の言うヤバイ女ではない。変なことを言い出したり強い言葉を使うなど、むしろ抱かれているブランドイメージとは対極。可憐な美少女である私の口から出るはずがない。

 

(まあ、それを差し引いても無謀な恋には変わりないのだけど。……傷つくのが分かってて背中を押してやるほど私も無責任じゃないし、諦めさせるのもある意味優しさよね)


 決して嫉妬している訳ではないし、仮にそうだとしても、二人をくっつけさせまいと邪魔したいから諦めさせようとしているのではない。友達として、振られて傷つく彼を見たくないという純粋な親切心からだった。

 そう思ったから私は息を吸い、口を開こうとした―――その瞬間。


「……正直に言うとさ、振られるって分かってて告白するんだ」


「……え?」


 思わず、声が漏れた。

 戸惑いを隠せない私が何かを口にするよりも先に、彼は落ち着いた口調のまま続ける。


「勝ち目がないのは分かってる。相手からしたら俺なんて眼中にないだろうし、好きになってもらえる保証だって何もないしね」


「そんなこと、は……」


「流石に自分のことくらい客観視できてるよ。俺みたいな奴が告白したって玉砕確実。付き合える訳がない。そのくらいちゃんと分かってる」


 そう自虐する彼の横顔は、静かで、穏やかで、そして―――優しかった。


 私には理解できなかった。傷つくと分かっているのに、どうしてそんな表情ができるのか。

 一縷の望みに掛ける訳でもない。振られるのが確定しているのに、どうして……


「後悔、しないの……?」


 心の声が漏れ、すぐにハッとした。こういう時「そんなことないよ」と否定してあげるべきなのに、すごく失礼なことを言ってしまったと遅れて気付く。

 でも彼は特に気にする素振りもなく、ただ静かに目を伏せて……それから、どこか遠くを見つめるような目で言った。


「うん、怖いし、恥ずかしいし、できれば振られたくなんかないよ。でもさ……」


 言葉がそこで一瞬だけ途切れた。


「……それでも伝えたいんだ。ダメだとしても、伝えないまま終わる方が、もっと後悔すると思うから」


「……」


 彼の声に迷いはなかった。照れやはにかみではない、誰かを想って純粋にその気持ちを伝えたいという決意だけが、確かにあった。


 その表情はまるで最愛の誰かを愛おしむようだった。

 柔らかく、あたたかく、恋をしている人間だけが持つ、無防備で純粋な顔。


 ―――その顔を、私は初めて見た。


(……あ)


 気付いてしまった。

 どうして彼の笑顔を見るとドキドキするのか。どうして彼と一緒にいるとフワフワした気持ちになるのか。そして……どうして今、こんなにも胸が痛いのか。


(私、絢人くんのことが好きなんだ……)


 視界が滲んでいくのが分かった。


 さっきまで必死に否定していた想いが、今ではどうしようもなく胸の奥から溢れてくる。

 なんでもっと早く気付けなかったのよ。今更気付いたってもう遅いのに。こんなにも、こんなにも、苦しくなる前にどうして……


 ……いや、違う。本当は薄々気付いていた。そのうえで、気付かないフリをしていた。

 素直になるのが怖かったから。ずっとチヤホヤされてきたから否定されることに慣れてなくて、この初恋を失敗に終わらせたくなかったから彼の告白を待ち続けて、彼から恋愛相談を持ち掛けられた後も必死に自分の気持ちを誤魔化し続けた。


 好きな人に振り向いてもらえなかった私。

 あれだけ頑張ったのに、届かなかった私。

 そんな自分を、私は認めたくなかった。

 

(バカね、私って……)


 今更認めたって苦しくなるだけなのに。どうせ誤魔化すなら最後まで貫けばよかった。

 でも結局、どこかのタイミングで思い知らされるだろうから、遅かれ早かれ現実と向き合うことになる。私ではなく別の女の子を、こんなにも優しい表情で見つめてるという現実と。


(……バカよ、本当に)


 あんなに一緒にいたのに、誰よりも近くで彼の笑顔を見ていたはずなのに、こんな表情を私は知らなかった。


 胸が張り裂けそうだった。


 ……でも、こんな目に遭ってもなお美少女としてのプライドを捨てられないのだから、つくづく私は学ばないなと思う。


 正直今にも泣き出しそうだけど、こんなところで泣き顔を晒すなんて絶対に嫌。

 この想いだけは誰にも知られてはいけない。彼にも。絶対に。もはや意地だった。


 私は息を整え、どうにか取り繕った微笑みを浮かべる。


「……そう、なんだ。絢人くんは、すごく真っ直ぐで、誠実な人なのね」


「そんなことないよ。臆病だし、感情を表に出すのが苦手でさ……」


「ううん、そんなの関係ないわ。……ねえ、絢人くん」


 できるだけいつもの調子で。笑って、優しく、堂々と。


「勇気を出して、真っ直ぐに気持ちを伝えたらいいと思う。誠実な好意を向けられて嫌だと思う女の子はいないから」


 これが今の私にできる精一杯だった。

 ……我ながら偉いと思う。頑張って笑顔を作って、ボロボロな心の内を悟らせないよう、今の私にできる精一杯の演技ができた。


 この想いは届かないし、届いてはいけない。

 だってこれは、"終わった恋"。心の奥にそっと隠さないといけない。


「じゃあ、頑張ってね」


 私はそう言って立ち上がると、彼に背を向けて立ち去る。


 平然を装ったその声は震えていなかった、と思う。

 振り返って確認したかったけど彼の反応を知るのが怖くて、逃げるように私の足取りは早まる。……これ以上ここにいたら、自分を保てる自信がなかった。


 大丈夫。泣かなければいい。顔を見せなければいい。

 心が引きちぎれそうになっても、得意の演技を崩さなければ私は完璧な美少女のままでいられる。


(さよなら、私の初恋……)


 綺麗さっぱり忘れるなんてことはできないかもしれない。

 だけど頑張って忘れてみせるから。何年かかるか分からないけど、必ずこの失恋を乗り越えてみせる―――


「あのさ」


 その声に足が止まった。


 ゆっくりと振り返ると、彼は少し困ったように頬を掻いていた。

 視線を彷徨わせた後、それまでのしんみりとした空気を破るように、とても自然な声で言う。


「俺が好きになったのって、天久さんなんだけど」


「…………へ?」


 その一言で、私の思考回路は完全にフリーズした。

 耳には確かに入ってきたけど、あまりにも唐突で、現実味がなさすぎて、脳が言葉の理解を拒む。


 だって意味が分からない。好きな人がいるって言うから相談を受けていたのに、何故コイツは今になって私の名前を?


「え、っと……い、今……なんて?」


「だから、俺の好きな人、天久さんなんだけど」


「…………」


 ダメだ。問い直してみたけどやっぱり理解できない。


 落ち着いて、一旦整理してみよう。

 ①彼は「好きな人がいる」と発言。告白ではなく恋愛相談を受ける。

 ②私は詳細を聞き、彼が本気でその子を好きなんだと判断。

 ③健気に背中を押すという、自己犠牲的かつ美しい役割を果たした。


 ―――うん、事実はこう。間違っていない。そのはずなのに、何故か今「好きな人は天久さん」と彼から告げられている。

 私の聞き間違い? いや、でも二回も繰り返されたし、音声は確かに”天久さん”と私の名前を発していた。もちろん同姓同名という線は考えられないし、私にとっての都合良い夢を見ている訳でもない。現に、頬に跡がつくくらい思いっきりつねってみているけどすごく痛いし。


 つまり……これは紛れもない現実だということ。


(……え? え?)


 待って。ちょっと待ってよ。 

 私、失恋したと思ってたのに。未練タラタラなんて惨めだから、頑張って諦めようとしてたのに。自分の気持ちに蓋をして彼の背中を押したのに。何よ、何なのよそれ……


「……それ、冗談じゃないのよね……?」


「冗談でこんなこと言わない。本気のつもりだよ」


「……そう」


 変わらないトーンで彼は真っ直ぐ答える。

 ……こっちの気持ちも知らないで一方的に言いたい放題言いやがって。少しはあんたの目の前にいる女の気持ちくらい考えなさいよ。


 本当に自分勝手でムカつく。「好きな人相手に恋愛相談する普通!?」とか「紛らわしいのよバカ! アホ!」とか、今すぐ文句を言ってやりたい。他にも、もっと、めちゃくちゃぶちまけてやりたいのに。


「……よ」


 なのに……


「よ゛か゛っ゛た゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~っ!!」


 それよりも先に、安堵が勝ってしまった。大粒の涙を溢して、くしゃくしゃな顔を晒してしまう。


「え、なんで泣いて……?」


「うるさいっ! あんたの言い方が回りくどいからっ……! こっちは失恋したと思って諦めようとしてたところだったのにぃ……!」


「失恋って……え? じゃあ天久さん、もしかして……」


「そうよっ! 好きよ! 好きになっちゃったのよ! 悪い!?」


 逆ギレしながら想いをカミングアウトする私。駄々っ子みたいに喚き散らして、完璧な美少女の仮面はもう木っ端微塵で、プライドなんてあったものではない。


「というより、何よ恋愛相談って! 好きならさっさと告白すればよかったじゃない! 相談なんて言われたら、他の女を好きになったんだって誤解するでしょ!」


「いや、それはその、ごめん。呼び出せたまではよかったんだけど直前で恥ずかしくなって……」


「そこまで来といて日和るなバカぁ!」


「痛っ! ちょっ、天久さん痛いんだけど……っ」


 彼の胸を両手でボスボスと叩く。自分では力を入れているつもりだったが、彼の反応を見るにその口ぶりに反して痛みを感じている様子はない。そのどことなく余裕そうな感じがまたムカついて、私はもう一度強く叩く。


 全く、なんでこんな奴を好きになってしまったのか。不愛想だし、大した取柄もないし、頼りないし。多分、良いところより悪いところの方が多く見つけられると思う。


 ……でも、好きになってしまったものは仕方ない。

 今更「やっぱナシで」なんて言える訳もないし、言うつもりもない。今だって、どうしようもなく嬉しい気持ちが溢れてしまっているのだから、これが惚れた弱みというやつなのだろう。


(私って、こんな単純じゃなかったのになぁ……)


 自分がチョロくなったなんて断じて認めたくないけど、ここまで自覚してしまえば流石に受け入れざるを得ない。

 それもこれも全部あんたのせいだから。私は涙をぐいっと袖で拭い、いつもの完璧な美少女を演じ直しながら彼を真っ直ぐに見つめる。


「……絢人くん。私を本気で堕とした責任、ちゃんととってもらうからね」


「ああ、天久さんに見合う彼氏になれるように努力するよ」


「ぅぐっ、その顔やめて……! また好きになっちゃうから……っ」


「えぇ……」


 ……もうコイツの前で演じるのは無理かもしれない、と両手で赤面する顔を隠しながら思った。

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― 新着の感想 ―
最初は自惚れていた主人公もこういった告白のされ方をして初めて自我に芽生えたのかな? 相手が自分に惚れているのも見抜けず、最後は相思相愛かな!?
おっふ
萌え上がってしまえ
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