タバスコって、ま?
「俺の下の名前、『金剛』と書いて『ダイヤ』って読むんだよ。うちの親のセンス、ありえないでしょ。だから、将来子供が生まれたら、絶対に普通の名前を付けるんだ。『翡翠』と書いて『ジェイド』と読むような名前をね!」
キラキラネームの話題になったので、鉄板の自虐ネタで笑いを誘った。
「ジェイドは流石に読めん」
「親子でネーミングセンスが同じ過ちぎ」
と、ウケは上々だ。
キラキラネームは、親の独特な感性が子に遺伝しているかどうかの試金石となる。
俺は自分の名前が嫌いだ。だからこそ、この名前を最大限ポジティブに、冗談めかして笑いに昇華する。特に、このような合コンの場では全力でウケを狙いに行く。
いい感じに酔いが回ってきたので、端の席で静かに飲んでいた女子に、ウザ絡みしてみた。
「滝ちゃーん、飲んでる?」
滝さんとはあまり話せていなかったが、ミステリアスな雰囲気が印象的で気になっていた。
「うん。ちびちび飲んでるよ。ええっと、ダイヤくんって呼んでいいの?名字の方がいい?」
「好きな方でいいよ。今、ダイヤって顔かよ、って思ったでしょ」
「そんなことないよ。いい名前だと思う。目なんてダイヤみたいにキラキラしてるし」
「マジで!?嬉しいなあ!付き合っちゃおうか?」
酔った勢いでハイタッチを求めると、滝さんは黒髪を揺らし、社交辞令で手を合わせてくれた。
「あはは。面白い人だね。お世辞じゃなくて、ダイヤって素敵な名前だと思うよ。実はね、うちのコもちょっと変わった名前で、『タバスコ』っていうの」
「香ばしくて可愛い名前だね。犬?小型犬?トイプードル?」
「ううん。ヒトだよ。小学2年生の女の子」
俺は一瞬固まって滝さんの左手を見た。薬指に指輪はなかった。
「ん?滝さんのお子さんの名前が、タバスコ?」
「タバスコじゃなくて、タバス子。芦ノ湖と同じイントネーション。タバスが片仮名で、コは漢字の子」
自分の名前はなかなかイカれてると自負していたが、世の中は広いと思い知らされた。大人がピザやナポリタンに振り掛ける赤いチリペッパーソースの存在を、タバス子ちゃんはもう知っているだろうか。キラキラネームの先輩として、この児童の将来を案じてしまう。
「ちなみに、どうしてそんな名前を?」
「ユニークな子に育って欲しくて」
「商標登録されてるけどね」
「人生は辛いと知って欲しくて」
「最初から激辛だね」
「せめて、あの子の父親の名前から付けてあげたくて」
「辛い恋愛だったんだね。ちなみに、どの部分を父君の名前から?」
「田畑さんっていうの、その人」
「名字かよ!?それだったら、タバ子でよかったのでは?」
「私、煙草吸わないし。それに煙たがられるような大人になってほしくないから」
「上手いこと言うね。じゃあ、タバス子の『ス』はどこから来たの?」
「恥ずかしいけど、それはもちろん、好きの『ス』から」
「なるほど。つまり、猟奇的な愛情表現」
「ダイヤくんのご両親も愛情を込めてキミの名前を決めたと思うよ」
「いやいや。うちの親は、ただの悪ふざけ」
「そんなことないって!親は色んな思いを込めて名前を決めるんだよ!」
「俺の名字は近藤って言うんだよ。だから、フルネームを漢字で書くと『近藤金剛』。小学生の時、父に名前の由来を聞いたら、ラップにハマっていたから韻を踏んでみただけだって。あたおかなんだよ、うちの父は」
「ダイヤくんは、お父さんのことのそんな風に思っているんだね。あーあ、いつか私もタバス子にそう思われちゃうのかな?」
「多分、思われるだろうね」
滝さんは、ちびりちびりと白いマッコリを口にしてグラスを眺めた。
「私は自分の名前、好きだけどな」
「滝さんのファーストネーム、なんて言うの?」
「マッコリ。滝マッコリ」
「ネーミングセンス、遺伝してるなあ……」
滝さんに惹かれ始めていた俺は、複雑な表情でハイボールのグラスを空にした。もし二人が結婚した場合、ダイヤ&マッコリwithタバスコというユニークなネームド揃いの家族ユニットが形成されることになる。
滝さんは左手で、テーブルに置かれたタバスコの小瓶を傾けながら、
「ダイヤくんって素直で可愛いね」
と笑うと、マッコリカップを俺に渡して注いでくれた。
終