7 ウェイウーの一族の目的
「た、大変申し訳ありませんでした……!!!」
ウェイウーの一族の者どもが揃って頭を下げる。土の地面に額をつけて最上級の謝意を表している……ように見える。
やれやれ、どうしたものかな……。
俺の周りには、俺の名を冠するルオールの一族の者たちが集まっている。男たちは奴らの武器を奪って突きつけ、鋭い目つきで見下ろす。そして女たちは、とぐろを巻いている俺に縋り付いて侍っている。
うん……。いや、俺がそうしろって言ったわけじゃあないんですよ……?ただ、解放されて安心したのか、ポロポロと涙をこぼしている娘がいてね……?可哀想にと思ってヒゲでその涙を拭ってあげたんですよ。俺、優しいでしょう?
でも、そしたら当然びっくりされるじゃないですか。でもでも、怯えられたくないじゃないですか。優しい言葉をかけるじゃないですか。なんだか懐かれるじゃないですか。いつの間にか女が集まってくるじゃ、ないですか……。
うん……。多分俺、女に弱い神様だと思われてる……。女を与えて煽てておけば御し易い神様だと思われてる。ジーナの集落からついてきたグンターたちが白い目で俺を見ている気がする……。
その視線に気付かない振りをして、俺は再びウェイウーの一族に目を向ける。
うん……。彼らの姿を見ていると、改めて怒りがふつふつと沸いてきてしまってよろしくないなぁ……。
ムチで打たれ、足蹴にされていた者たちの姿が思い浮かぶ。もちろん、涙を流していた女たちのことも思い浮かぶ。彼女らは今も俺に縋り付いたまま震えている。
ひとの一族を滅ぼそうとしておきながら、申し訳ありませんでしたですむはずがないだろう、とも思う。
怒りに任せてこいつらを噛み殺してやりたい。だが、それはよろしくないと直感する。この怒りは、多分怒りのままに振り回して良いものではない。
人の子は人の子だ。脆く、儚く、弱く、簡単に死ぬ。もっと強い武器が現れれば分からないが、今はきっと俺が本気になればどうとでもできてしまう。それが先程の戦いで分かってしまった。あれは戦いとは呼びづらい、一方的な蹂躙となっていた。それは多分、よろしくない。
だが、それは俺の事情であって、人間にとっては同じ人間であり、憎むべき敵である。
「こいつら……!よくも……!」
「お前らもムチでしばきあげてやる……!」
俺の一族たちが、憤慨して今にも飛び掛かりそうになっている。人が怒っているのを見ると、だんだん自分は冷静になってくる。彼らからすれば当然の怒りだが、これもきっとよろしくない。
「まあ、待て……」
俺が口を開くと、両陣営がそろってビクリ! と肩を震わせる。一緒にやってきたグンターたちですらそうだった。あの暴れっぷりを見てしまえば仕方がないのだろうが、なんだか非常にやりづらい。
「し、しかしルオール様……!こ、こいつらは……!こいつらは……!」
「そ、そうです!お、俺の村は、俺たちの村はこいつらに……!」
村を滅ぼされた者たちが、勇気を持って声を上げる。きっと、いや、確実に人死にも出ているのだろう。彼らだって引くことはできない。どうすれば、彼らを説得できるだろうか。
人々の調停とは、本当に神様になったのだなと思う。人々に審判を下し、法を授けるのはどのような神だったか……。このままいくと俺はそのうち、ルオール川の神でありながら、法や掟の神にもされてしまうのではなかろうか。荷が重すぎるが、この場ではやらねばならんのだろうな……。
「落ち着くのだ、我が愛し子たちよ。怒る前に聞いてみるとしよう。なにゆえそなたらは我が民を虐げるのだ?」
自分が怒りに任せて振る舞ったことを棚に上げ、先程と同じことを問いかけてみる。そうだ、このまま全面戦争になればその方が犠牲が増える。断罪は、理由を聞いてからでも遅くはない。
ルオールの一族が厳しい表情で睨みつけるなか、ウェイウーの一族の大将が震えながら答えを返す。
「そ、それが神の思し召しゆえ……」
その答えは大方予想していたものであり、当たっていて欲しくない予想だった。長老との話の中でも出てきたが、彼らのやり口はあまりにも圧倒的すぎる。それはやはり裏に神が控えているためだったようだ。
また、俺が彼らの前に姿を現したとき、この大将は真っ先に「どこぞの神とお見受けする」と言ったのだ。それはつまり、俺と同じような存在を彼らはすでに知っていたということだ。
「それは我のことではなく、ウェイウー川の神のことなのだな……?」
「は、はい……」
俺のさらなる問い掛けに、大将が答える。ルオールの一族の者たちが戸惑い、ザワザワと騒ぎ始める。怯える者あり、いまだ怒りおさまらぬ者あり。女たちが俺の身体にギュッと抱きつく。やがて俺に視線が集まる。
「そやつは何と……?」
三度俺は問い掛ける。思わず声が低くなる。ウェイウー川の神の目的とは、一体何だ……?神が自分を信仰する者たちを使って、他の人間を襲わせる理由なんて、本当は聞きたくない。
人間だった頃の記憶を探っても、絶対にまともな答えは返ってこないと想像できてしまう。やれやれ……。娘を一人貰い受けたことで、俺はとんでもない目にあってしまうのではなかろうか……。
そしてその予想は、またしても嫌な方向に当たってしまうのだった。
「わ、我が神は、氏族を平らげよと……。偉大なるファンファ河の支流に散在する氏族を、一つ残らず平らげよ……。かの河に、た、他の氏族の血を捧げ、わ、我らが第一の氏族となるのだと……」
言い切って、大将がぶるぶる震え出す。それは俺に怯えているのか、それとも、ウェイウー川の神に怯えているのか。どちらにせよ、彼は今、自分の運命を呪っていることだろう。
「なるほどな……。何となく意味はわかるが、我は我が川以外のことには詳しくない。グンターよ、ファンファ河の支流には、どれくらいの氏族が住んでいるのだ?」
「そうですね……。我々を入れ、主な氏族だけで四つか五つ……。ルオール、ウェイウー、エンフー、クーヤー、そしてゴーディン」
俺は頭の中で雄大なるファンファの流れを思い浮かべる。ウェイウー川のさらに上流に、確かにそれに類する程度に大きな川が三つ存在している。恐らく、ウェイウーの一族は挟み撃ちを嫌って、一番下流に位置する我々を狙ったのだろう。
「それで、第一の氏族とは?」
「それは私にも……」
グンターが首を振り、ウェイウーの大将に目を向ける。彼はやはりぶるぶると震えながら口を開く。
「わ、我が神によれば、他の氏族を滅ぼし、あるいは従えた、最も強力な氏族をそう呼ぶそうです……。そ、そして……第一の氏族はファンファ河の加護を受け、最も偉大で、最も豊かな士族となり、永劫栄えることができると、そうおっしゃっておられました……」
ほほーう……?それはえらく大きく嘯いたものだな。およそ人間の作る集団で、永劫栄えるなどということはあり得ない。それを俺は知っている。そしてこいつらは、そのウェイウー川の神の言葉に騙され、こうして俺たちを襲ってきたということか。
まったく、こいつらは栄枯盛衰という言葉を知らんのかね……。いや、もしかしたら本当に知らないのかも知れない。彼らはその程度にしか歴史を積み上げていないのだろう。あるいは、うすうすと勘付いてはいても逆らえないか、それでもそれを夢見てしまったかのいずれかだな。
さてどうしたものか。そう考えると、彼らもウェイウー川の神に踊らされているに過ぎない。落とし前はつけなければならないだろうが、やはりここで根絶やしにするのはよろしくないだろう。
俺が頭を悩まし、男たちも同じように難しい顔をしている。すると俺に縋り付いていた女たちが、じっとこちらを上目遣いに見つめていることに気がつく。
「ルオール様……」
「ん、なんだ……?」
「私、恐ろしいです……。どうかウェイウー川の神から、我らをお守り下さい……!」
「私からも、お願いいたします……!」
「ルオール様!」「ルオール様!」「お願いします……!」
女たちが俺の龍の身体にギュッと抱きついてくる。鱗に頬擦りし、身体の柔らかい部分を押し付けてくる。
「うむ! 我に任せるが良い…!!!」
こうして俺は、またしても色仕掛けに負け、ウェイウー川の神と戦うことになってしまうのであった……。