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6 神の本能

 三日後。俺たちはウェイウーの一族の拠点へとやってきた。その場所はジーナ達の集落から川下へ下り、ファンファ河との合流地点よりいくらか手前側に構えられていた。


 そこには、俺が神通力のようなもので見たのと同じ光景が広がっている。俺は自分の身体、つまりルオール川の流域で起こる出来事を見通すことができるのだ。この三日間、敵情視察としてずっと奴らの様子を窺っていた。


 いるわいるわ、ジーナ達の集落に住む人間全員を合わせたよりもよっぽど多い数の敵兵たち。ウェイウー川からわざわざこんなところまで、ご苦労なことだ。早々にお帰り願いたい。


 また、さらによく観察してみると、そこにいるのはウェイウーの一族だけではないことも分かってくる。


「どうだ、グンターよ……」


 俺は横にいる長老の息子のグンターに話しかける。彼が今回の一行の大将だ。村の男達の中で動ける者が数十名、俺たちの後に続いている。あの集団と戦うには、非常に心許ない一団だ。だが、無い袖は振れないため仕方がない。


 本当は長老をはじめとした老人達も参加すると言い張っていた。決死隊となり、あるいは肉の壁となり、戦うことができると、決意を込めた瞳で言っていた。

 だが、それは俺が許さなかった。この人数差では十人二十人増えたところで大した意味がない。何より、痩せ衰えた脚で奮い立つ彼らを、死なせたくないと思ってしまった。


「おっしゃる通り、確かに我らがルオールの一族のものも含まれているようです……」


 事前に俺が確認して伝えていた通り、やはり征服された村の者達がいくらか加わっているようだ。グンターの言葉と遠くに見える光景に、連れてきた男達が落ち着きを無くし始める。

 無理もない。なにせ拠点にいるルオールの一族の者達の姿は、悲惨としか言いようがないのだから……。


 ボロボロの服を着た男がムチで打たれている。恐らく奪われたのだろう食糧を運ばされている者達がいる。足蹴にされている老人。両脇に侍らされて傅くことを強要される女達。


 幾度も見させられたその光景を、この目で見る。


「隣の村の者もいくらかいるようです……。交易に行ったときに見たことがある……」

「俺はあいつを知っているぞ……!魚を獲るのが上手いんだ。干物を譲ってもらったことがある……!」


 連中に気が付かれないように木陰に身を潜めながら、男達が騒ぎ立てる。随分と目が良いようで、俺のような力を持っていないのに、指差しながら話をしている。


 しかし、不安そうな男達の声は、ほとんど俺の耳には入っていなかった。


 ()()()()がザワザワと逆立つ。長いヒゲがピリピリと張り詰める。鱗が波打ち、はらわたが煮えくりかえる……。


 俺は怒っていた。自分でも不思議なくらい、その光景を許すことができないでいた。人道的な観点やら、人権が云々ではない。()()()を虐げるは、我にあだなすと同じ。覚悟はできているのだろうな、ウェイウェイどもよ……!


 それは恐らく、神としての本能とでも言うべき感情だった。数日前に知ったばかりの、俺を頼りに生き、俺を崇める人間たち。彼らを護らなければならない。そう本能が訴えかけてくるのだ。


「ル、ルオール様……!?」


 グンターが俺の様子を見て慌て始める。予定では、こちらから仕掛けるような真似はしないことになっていた。手勢が少ないこともあるし、俺が戦うことができるのかもよく分かっていなかったからだ。


 人間と比べれば大きな身体。びっしりと生え揃った鱗に、鋭い爪、長い牙。普通に考えれば充分に脅威にはなるだろう。だが、弓で撃たれたり、槍で突かれたりしてどうなるかは分からない。試してみる気にもなれないでいた。

 そうでなくとも、人間という生き物は集団になれば恐ろしい力を発する。俺はそれをよく知っている。俺が元々人間だったからではない。自分たちの何倍も大きく重たい動物を狩る光景を、夢の中で眺めていたからだ。


 だから、まずは俺の姿を見せて威嚇することになっていた。こちらには神がついている。簡単に攻め滅ぼすことはできないぞと、連中に知らしめようと思っていた。

 それを材料に奴らには退いてもらう。最低でもいくらかの時間稼ぎができれば良い。そんな風に考えていた。


 しかし、今の俺にはもう、そんなことは関係がなかった。目の前で我が民が苦しめられる姿を見て、自分でも自分を止めることができなくなっていた。


「お、お待ち下さい……!!!」


 俺はその声を無視し、グンターたちを置いて空へと飛び上がる。大きく身体をうねらせ、奴らの拠点の上空へと向かう。


 遠く離れていて気がついていなかった、やる気の無さそうな見張りが俺の姿に気がつく。大慌てでドンドンと太鼓を鳴らし、異常事態を拠点中に知らせている。


 にわかに騒がしくなるウェイウーの一族共。その前に、我は姿を現した。


「貴様ら……! 我が民に対してなんたることを……! 覚悟はできているのだろうなっ!!!」


 グルグルと喉が鳴る。怒りがたてがみから、ヒゲから、鱗の一枚一枚から発露する。


「な、なんだあれは……!?」

「ば、化け物だーっ!!!」


 奴らが我を見て腰を抜かし、逃げ惑う。その集団の中に、我は戸惑うことなく飛び込んだ。


 大きく長い身体を、力任せに振り回す。ウェイウーの一族共が吹き飛ばされ、簡易に建てられた小屋の壁に大きな音を立てて打ちつけられる。死んではいないだろうが、骨の二本や三本は折れてしまったかもな。


 身を翻し、次なる獲物を探す。ムチを手にしたまま呆気に取られたようにこちらを見ていた男に、長い尾を振るって打ちつける。さあ、自分がムチ打たれる気分はどうだ……?


 老人を足蹴にしていた男を、鋭い爪を持つ足で地面に押しつける。女を身代わりにして逃れようとした男の尻に噛みつき、そのまま遠くへと放り投げる。


「ああ、可哀想に……。こんなに震えてしまって……」


 俺はゆっくりと、集まって震えているルオールの一族の女たちへと近付く。息を飲む彼女らを、優しくとぐろを巻いて包み込む。ウェイウーの一族共の目から庇うように。


 うん……? なんだって……? 女好きも大概にしろだって……? ち、ちち、違いますよ……? ほ、ほら、だってこんなに震えて可哀想じゃないですか! なに? お前を恐れて震えているんだろうだって? いやいや、そんなわけあるはずがないじゃないですか。おれは彼女たちの守り神ですよ……?


 俺は何かに言い訳をしながら女たちを守るようにとぐろを巻き続ける。うん、完全に女を攫っていくタイプの悪い神様の所業だな……。


 俺が冷静になり始め、女たちを解放した頃、ウェイウーの一族共も落ち着きを取り戻してきたようだった。


 木と革でできた鎧を着込み、長い槍を構えた男たちが集まってくる。その後ろには、弓を構えた者たちもいる。俺は完全に包囲されてしまっていた。


「ど、どこぞの神とお見受けする……!な、なにゆえそのように荒ぶられるのか……!し、し、鎮まりたまえぇ……!」


 大将と思しき男が大声で話しかけてくる。その声は分かりやすく同様し、震えたり裏返ったり、情けない響きとなっていた。怒りに任せて暴れたせいで、少々脅かしすぎてしまったかも知れない。


 だがまあ、恐れてくれるのならありがたい。一斉に矢を射かけられるようなことにならなくて良かった……。俺は当初の目的を達成するため、できるだけ低く威厳のある声を作り、奴らに話しかける。


「我はルオール……。ルオール川の神である……! なにゆえはこちらの言葉だ。なにゆえそなたらは我が愛し子たちを虐げる。返答次第では、ただでは置かぬぞ……!!!」


 俺の声があたりに響き渡る。さらに震え上がるウェイウーの一族と、愛し子と呼ばれて瞳に光を取り戻し始めるルオールの一族。


「ひ、ひぃっ……! わ、わかりました、は、話を、話をさせて下さい……!」


 ウェイウーの大将が武器を置き、両手を上げる。グンター達が遅まきながら駆けつけて来るのが、遠くに見えた。

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