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4 ウェイウーの一族

「ウェイウーの一族……?」


 俺は聞き覚えのない単語を、首を傾げながら口にする。俺の名前らしい「ルオール川」という言葉も聞いたことが無かったが、これもまた聞いたことのない言葉である。というより、人間たちのことは知っていることの方が少ない、むしろ何も知らないと言っても良いだろう。


「ご、ご存知ありませんか……?」

「う、うむ、知らんな……。そやつらは何者だ……?」


 はい、ご存知ありません……。仕方がないので素直に聞いてみる。すると戸惑うようにこちらの顔を伺ってくる長老。やめろ、そんな顔をするな……。

 彼らの神様観はどうなっているのだろう。何でも知っていて、何でもできるタイプの神様だと思われていませんように……。俺は必死に威厳を保ちつつ、誤魔化しの言葉を探し出す。


「そ、そのような瑣末事、我が知っているはずもなかろうが……! ウェイウェイだか何だか知らんが、我はパリピは好かんぞ……!」

「ぱりぴ……? も、申し訳ありません、何を仰って居られるか、わしには分かりませんが……。そうですな、ルオール川の神であらせられる貴方様が、人間のことなどお気になさるはずもありませんな……」

「う、うむ……! で、あるからして、まずはそやつらのことを説明しろ!」


 な、なんとか誤魔化すことに成功したようだ。長老は恐縮して再び頭を下げた。そしてそのウェイウェイだかウーウーだかよく分からない連中の説明をし始める。


「はは……! では、説明させて頂きます……! ウェイウーの一族は、ここより東方にてルオール川様と同じくファンファ河に注ぎ込む、ウェイウー川のほとりに居を構える者たちです」


 おお! ようやく理解できそうな話が出てきたな。ファンファ河もウェイウー川も、その名前自体はやはり俺の知らない名前だった。

 だが、俺が俺より大きな河に注ぎ込んでいることは知っている。そしてその河には、俺と同じように注ぎ込むたくさんの支流が存在していることも知っている。


 個人的にはファンファ河は母というか姉というか、あるいは学校の先生のような自分よりも年上で大きな存在のイメージだ。

 そしてウェイウー川は兄弟のような友人のような、境遇や存在を近しくする、そんな存在だと思っている。


「なるほどファンファ河にウェイウー川か……。貴様らのつけた名前は知らんが、その河や川のことは知っておるぞ」

「ははっ! ご理解頂きありがとうございます……!」


 長老が一々へりくだって頭を下げる。老人をいじめるつもりはないのだが、まあ敬ってくれる分にはありがたく受け取っておくか……。さて、ウェイウーの一族とやらは一体何をやらかしたんだろうな。


「して、そやつらがなんだと言うのだ……?」

「はい、実は我々はウェイウーの一族より貢納を求められているのです……」


 ふむ、貢納か……。つまりこいつらはウェイウーの一族の下につくことを求められている。そして税金のようなものを納めさせられようとしていて、それが支払えなくて困っているということか……?


「彼奴らは収穫の八割、その上毛皮や織物、果てには女を寄越せと、のたまいましてございます……」


 長老が唇を噛み締め、眉根を寄せ、苦しみ抜いた表情でそう言った。確かにそれは法外な要求だ。そうでなくとも貧しく見えるこの者達では、とてもではないが払い切れるものではないだろう。

 そして何より気になるのは、最後の言葉である。


「女、だと……?」

「はい……」


 俺は両親との感動の再会をしていたジーナの方へと目を向ける。両親とともに俺たちの話を聞いていたジーナが、彼らと連れ立ってゆっくりとこちらへと向かってくる。ジーナの父親が口を開く。


「恐れながら、ルオール様に申し上げます……。ウェイウーの一族は、この村で「最も美しく、最も清らかな娘」を寄越せと言ってきました……」


 ジーナの父親は長老と同じように、両手を組み合わせて頭の上に掲げてそう言った。そしてジーナが同じポーズを取り進み出てくる。その頬には、大粒の涙が流れ落ちている。


「や、奴らは、女を痛めつけることを愉しむと聞き及んでおります……。奴らのもとへと行けば、ど、どんな目にあわされるか……!」


 弱々しい肩を震わせ、か細い声も震わせて、ジーナが言う。周りでは長老も、ジーナの両親も、そして村の他の人々も、まさに藁にもすがるような表情でこちらを見上げてきている。


「なるほど、そんな目にあうくらいなら、いっそこの我に捧げてしまおうと考えたわけだな……?」

「は、はい……お、恐れながら……」


 長老が答える。なるほど生贄とは、追い詰められた者達が最後に取れる手段の一つ。そういった側面があるのだろうな……。

 可哀想なジーナがさらに可哀想な目にあうことを防ぎ、村としても口減しをしてなんとか食い繋ぐための苦渋の決断。もちろんそんな手段は取りたくないだろうが、他に手がないのなら、そうせざるを得なかった。そういうことなのだろう。


「る、ルオール様……! 助けて頂いたあかつきには、我らルオールの一族、今まで以上によりいっそうルオール様を厚く、厚くお祀りさせて頂きます……! どうか、どうか我らをお救い下さいませ……!」

「「「ルオール様……! どうか、どうか……!」」」


 平身低頭、長老が俺に願い出る。そして村の者達も両手を組んで掲げるあのポーズで祈りを捧げる。


 ウェイウーの一族がウェイウー川の近くに住み着く者達と聞いたときにもしやと思ったが、この者達はルオールの一族を名乗っているらしかった。

 勝手に住み着き、勝手に俺に名前を付け、勝手に祀りあげ、勝手にその一族を名乗る。関係が無いといえば関係が無い。だが、ここ最近の短い間だが、彼らにはそれなりに夢の中で楽しませてもらった。彼らが生活を営む姿は、長い長い退屈な夢の中で、俺をほんの一時愉快な気持ちにさせた。


「うーむ……そうさなぁ……」

「「「どうか……! どうか……!!」」」


 こういうのを「杖の下に回る犬は打てぬ」と言うのだろうか……。懐いてすがってくる彼らに、俺は完全に絆されかけてしまっている。


 どうしたものだろうな…。確かに何とかしてやりたい。だが、俺は少々頭を悩ませる。問題はそれが人間同士の争いであることだった。

 どうやら神様らしい俺が、村人達に代わってそのウェイウーの一族とやらをやっつけてしまうのはルール違反ではないだろうか。例えるなら、子供の喧嘩に親が出てきて相手の子供をぶん殴るみたいな話だ。とても褒められたものではないだろう。


 こういうとき、神様はどうするべきだろうか。俺がまだ川ではなく人間だったころ、見聞きした神話の中で神様達はどうしていたのだったか。

 きっと哀れに思ってその人間たちに味方をする神様もいただろう。そして人間たちに深く感謝される。だが、そんなとき他の神様がやってきて、罰を受ける。そんな神話を聞いたことがある。どこかの国で人間に最初に火を授けた神は、どんな罰を受けたことか……。


 俺が難しい顔をしてうんうんと唸っているので、村人たちも狼狽え始めた。泣きそうな顔でこちらを見上げてくる腕の太い男。きっ、と唇を固く結んで肩を震わせる年嵩の女。おろおろと不安そうにして親の足を抱きしめている子供。

 良心がじくじくと痛む。まさかあの長い夢の後にこんな思いをするとはなぁ。助けてやりたい。だが……。


 そんな俺の元に縋り付く、一人の女。


「ルオール様……。この身は既にルオール様のもの……。なんでも致します……! どうか、どうか皆をお救い下さい……!」


 思わずドキッとする。

 ん? 今、なんでもって……?


 ジーナが貧しい胸を懸命に擦り付け、肉の薄い太ももを竜の身体に巻き付けてくる。心なしか頬はうっすらと赤く、吐息は驚くほどに熱い……。


「よ、よし……! 我に任せよ!ウェイウェイだかウーウーだか知らんが、ボッコボコのぎったんぎったんにしてやろうぞ……!!!」


「「「わー!!! ルオール様万歳!!! ルオール様!!! ルオール様!!!」」」


 俺は自分でも驚くほどチョロい神様だった……。


 だ、だって仕方がないだろう!? うん十万年振りの女体なんだから!!!


 こうして、俺ことルオール川の神は、ウェイウーの一族をこてんぱんにのし上げることになってしまったのだった……。

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