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驚いてばかりの日

「ストームルーラー管制(コントロール)より接近中の機体とフェアリィへ。アーケード隊から話は聞いてる。こちらの指示を聞いて着艦してくれ」


 無線からそんな声が聞こえた。

 このデカいのが空中空母というのは、どうやハッタリではないらしい。


「……なんか、もう、なんて言ったらいいかわからないわ」

「どうやって浮いてるんですかね、こんな大きいの……」


 と、天神とレイが、唖然としていた。

 目の前の常識外れを、まだ受け止めきれてないらしい。

 無理もないだろう。俺も似たような心境だ。


「中央に「03」って書いてある、出っ張ってる部分が見えるか? あれが滑走路だ。そこから進入してくれ」

アーケード隊(俺たち)が先に入るから、それを真似すりゃいいさ」


 管制の言葉に、23番はそう付け加えた。

 確かに、空母の中央には平べったい出っ張りが何個か生えており、そのうちの一つに『03』と書かれているものが見えた。


「フェアリィとどっちが先に入るかは、そっちで決めてくれ」

「あ、り、了解……」


 天神は管制の声にそう応えたあと、咳ばらいを一つした。

 ようやく状況を咀嚼できたようだ。


「アーケード隊の後にライカが、そして最後にウルフ隊が進入する。それでいい?」

「え~? 寒いから早く降りようよリーダー!」

「わがまま言わない。私たちと違って戦闘機の着陸は手間なんだから」


 天神と落花がそんな言い合いをする。

 まあ、これはライカが先ということでいいだろう。


「了解」


 と言って、03滑走路に着陸するアーケード隊を見る。

 最初にアローヘッド、そして次に23番が降りた。

 滑走路の奥側にはゲートのような穴が開いていて、アーケード隊は粛々とそこに飲み込まれていった。


 なるほど、着艦したら、そのままシームレスに空母内に入れる仕組みらしい。

 考えてみたら当然か。ここは高度3万メートル。

 そんな外でまともに動けというのは、SUを着けたフェアリィでもない限り、とてもじゃないが無理だろう。


「アーケード隊の搬入が完了した。次のやつ、アプローチに入ってくれ」


 と、管制。


「了解」


 と応答して、機種を傾け、進路を滑走路へ。


「クリアランスOK。チェックナンバー。ビジュアルアプローチに入る」


 滑走路が近づくにつれて、空母の大きさをより実感する。

 ミートボールを視認したところで、奥のゲートがあんぐりと口を開けているのが見えた。

 ふと、クジラに丸呑みされる人の話を、思い出した。

 ちょうどこんな感じだったのだろうか、なんて考える。


 ランディングギアダウン、ロック。

 着艦する。


「ようこそ、ストームルーラーへ」


 管制のそんな声が聞こえた。

 これから何があるかはわからないが。

 とりあえず、堕ちなかった。

 今はその事実で、十分だろう。





 ゲートを通った後は管制に言われるまま、ライカを一旦脇の、空いている駐機スペースに入れた。

 続いてのウルフ隊もつつがなく着艦し、ライカの側に集まっていた。

 ちなみにアーケード隊は別の場所に機体を駐機しに行っているようで、一時的に離れている。

 あとでこちらに合流すると、23番から連絡があった。

 ひとまずライカから降りて、彼女たちのもとに近づいた。


「と、とりあえず、助かったんでしょうか、私たち……?」

「……まぁ、ラヴェルからの脱出っていう、当初の目的は果たせけど」


 レイの弱々しい問いに、大羽が答える。

 とはいえ、彼女の答え方もどこか尻すぼみだった。


 ウルフ隊の他の面子も、どこかまだ気が落ち着かないといった様子だ。

 ただそれは、不安というよりも、困惑の色が強いように見える。


 逃げていたらいきなり正体不明の――しかも今時ライカ以外では見かけない有人戦闘機の――勢力が手を貸してきたと思いきや、突然こんな常識外れ甚だしい巨大空中空母に入る羽目になったのだ。

 俺自身も、何が何だかわからない、というのが、正直な感想だ。


「なんだどいつもこいつも、辛気臭い顔して。とりあえず無事に降りれたんだ。それでいいだろう」


 いや、全員というのは訂正しよう。

 駆藤だけは、気の抜けたいつもの仏頂面でいた。

 あまり物事を気にする性質でないことは知っていたが、思っていた以上だ。


「そういうわけにも、いかないでしょう。兎にも角にも、状況を把握しなきゃ」


 と、天神。


「ニッパー、さっきのアーケード隊にいた一人――23番さん、だったかしら?」

「ああ」

「元同居人って言っていたけど、どういう知り合いなの?」

「研究所時代、同じ実験体だったやつだ。同室で、よく喋ってた……いわゆる、友達に当たるだろうか?」

「え?」


 俺が答えた途端、天神は素っ頓狂な声を上げた。

 よく見ると他のウルフ隊も同じようなリアクションをしていた。

 先ほどまでのほほんとしていた駆藤までも、目を見開いて驚いているようだった。


「……なんだ?」

「……に、ニッパーさんって、友達いたんですか?」

「向こうがどう思ってるかは知らないが、少なくとも俺はそう思っている」


 レイが恐る恐るといった具合に聞いてきたので、俺はそれに答えた。

 友達の定義は知らないが、義務や人間関係のメリットが目的ではなく、自由に雑談できる相手を友達と定義するなら、23番は友達でいいだろう。


「と、ともだ……? とも、え、友達? ニッパーさんが? 友達? え?」


 なにやらレイの脳がバグってしまったようだ。

 なんでなのかはわからないが、なんだか面倒くさそうなので放っておこう。


「き、今日一番驚いたかも……」

「ニッパーくん、と、友達の概念あったんだ……」

「嘘を吐くな。ライカ以外はどうでもいい冷血無慈悲身勝手戦闘機バカのはずだろう、お前は」


 大羽、落花、駆藤と続けざまにそんなことを言ってきた。

 どうでもいいが、これでは話が進まない。


「……で、その23番がどうしたんだ、天神?」

「あ、ああ……彼に聞いてほしいの。一体何者で、なんで私たちを助けたのか」

「ふむ」

「ニッパーの、と、友達……? なら、悪い人ではないんでしょうけど、とにかく得体が知れないから、少しでも情報が欲しくて」


 もっともな要求だった。

 助けられたとはいえ、向こうは全く情報のない未知の存在だ、ここはそんな連中の巣なわけだ。

 である以上、ここで羽を伸ばしてのんびりする、というわけにもいかない。

 向こうが完全に味方であることを確認したいというのは、最優先で行うべきことだろう。


 なぜ天神まで『友達』の言葉にここまで引っかかっているのかは知らないが、断る理由もない。

 とりあえず、23番がこちらに来たら、いろいろ話さなければならないだろう。


「ああ、わかった。もうすぐ23番とアローヘッドがこちらに来るらしいから、その時に――」



 ――ゴン、という音が、俺の言葉を遮った。

 突然のことに、俺は思わず言いかけたことを止める。


 すると、その音が何度も、駐機スペースに響いた。

 どこかくぐもった、何か、箱の中で叩く音が、外に漏れ出ているような、そんな音だ。


「こ、今度はなんですか!?」

「ちょっともう、処理しきれないんだけど……」


 怯えるレイと、辟易したような落花が、そう言いながら音の出所を探ろうと、辺りを見回していた。

 俺を含めたそれ以外の面子も同様に、不審に思いながら辺りを見回す。

 音の出先は……。


「……ニッパー、ライカの下だ」


 と、駆藤が指さした先は、ライカの下部――そこのハードポイントに装着された。小型カーゴだった。


「警戒して」


 天神はそう言いながら銃を構え、慎重にカーゴに近づいていく。

 一歩一歩ゆっくりと近づいて、カーゴのもとにたどり着くと、天神は恐る恐るカーゴに触れてみた。

 すると突然、カーゴが煙を噴出し、開きだした。


「なッ……!?」


 天神がとっさに銃口を向ける。

 しかし、特に何か攻撃される様子もなく、代わりというように、何か人くらいの大きさのものが二つ(・・)、カーゴからドサリと音を立て落ちた。


「ぐべ……!?」


 どこか気の抜けた、そんなうめき声が聞こえた。

 その姿を、よく見ると。


 ……今日は本当に、驚くことばっかりだ。

 なんてことを思いながら、ここにいるはずのない、彼女たち(・・・・)を見た。


「わ、私……今生きてる?」

「お……お姉ちゃん!?」


 全員がフリーズする中、シズクの弱々しい声に真っ先に応えたのは、レイの叫びだった。

 そう、シズクだ。

 今俺の目の前に、過剰に耐Gスーツを重ね着した、非常にグロッキーな状態の桂木シズクがいるのだ。


 しかもなぜか、そこに銀髪の少女のホムンクルス。

 ……そう、かつてライカが操り、今回の顛末の原因である、あの曰く付きのホムンクルスも、シズクの隣で倒れていたのだ。


 今日ほど驚く日は、今後ないかもしれない。

 そんなことを思いながら、俺は大慌てになっているレイと、バツが悪そうなシズクを見ていた。

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