花飾りの戦闘機
遠くから、音が聞こえる。
ジェットの悲鳴、激しい銃声、爆発音。
不思議だった。
コクピットに入った瞬間、その音に妙に惹かれた。
早く上がってこいと、呼んでいるように錯覚した。
そんなことを考えながら、急いで目の前にある機器を見て確認する。
武装は当然外されているはずだ。機銃だって弾を抜かれてるだろう。
せめて離陸までは空の上の連中に気づかれないように――
……いや、これは。
「……武装がつけられている?」
メインディスプレイを確認すると、機体下部中央のウェポン・ベイに、荷物輸送用の小型カーゴと、機銃に少しの弾薬が、隠れるように搭載されていた。
どういうことだ?
これから譲渡するって時に、こんなふうに武装状態のまま放置しているはずがない。
素っ裸にされて、鎖で雁字搦めにされて、箱詰めにして輸送機で運ばれたって不思議じゃないのだ。
この状況、好都合ではあるが、一体誰が――
――ニッパー、私も諦めないから。だからアナタも――
……いや、これは無意味な希望的観測だ。
それに、今考えることじゃない。今は一刻も早く、ライカを空に飛ばさなければならない。
今できることは、小型カーゴに最低限の診断プログラムを走らせて、危険物ではないかを確認するだけだ。
「……よし、爆弾や発信機の類ではない、飛ばせる」
そう言いながら、エンジンに火を点ける。
スロットル、IDLE。
FCSリセット。
計器確認、レーダーは……IFF識別がめちゃくちゃで、この混戦じゃ使い物にならない。
敵側のIFFは識別が済んでいるらしいから。ここでは重大なハンデになるだろう。
それ以外は問題なしか。
キャノピィロック。
OBOGS、オン。
パーキングブレーキ解除。
フラップHALF。
HMD付きのヘルメットなんて気の利いたものは、当然ない。
トラスニクのHUDのみで行くしかなさそうだ。
ライカがランディングギアを走らせ、ゆっくりと動き出す。
それに呼応するように格納庫の門が、軋む金属音と共に、ゆっくりと開いてゆく。
光が差し込む。
外の様子など知ったことではないとでも言うような、柔らかな陽光の中へと、俺たちは入っていった。
「ハウンド・リーダー! おいエリサ! 例の戦闘機が出てきたぞ!」
すると、無線からそんな怒号が聞こえた。星美の声だ。
目ざといな、もう見つかったか。
「オープンで喋るんじゃないわよ! 相手にも筒抜けじゃない!」
「うるっせぇ! 敵味方入り乱れてんだ、今更だろ! とにかくやつを空に上げるな、このままじゃ逃げるぞ!」
「あぁもう! ……座標は?」
「特別格納庫の滑走路だ! 主翼に花のマーク!」
「……確認した、あの『花飾り』ね」
星美と話しているのは来栖で間違いないだろう。苦虫でも噛むような声色だった。
上空を確認する。見回すと、空中で静止しているフェアリィが一人、逆の方向に、飛び回ってUAVを追いかけまわしているフェアリィが、それぞれ見えた。
静止している方が来栖だろう。目測で大まかな距離を測ったところ、まだギリギリ彼女の射程圏外だ。
急がなければ。
「ニッパーでしょう、聞こえてるわね?」
すると、来栖が無線越しに俺を呼んだ。
先ほどとは打って変わって静かで、けれど明らかに、怒気を含んだ声色だった。
「……アナタが何を思ってこんなことをしたのか。それは知らないし、知る気もない」
彼女のそんな言葉と共に、銃の弾薬を再装填したような音が聞こえた。
彼女は続けた。
「ただ一つ確かなのは、アナタは自分の意思に関わらず、災いを呼ぶということ。アナタが来てから全部おかしくなった。ラヴェルも、ナナも」
先ほどよりも、来栖のシルエットが大きくなっていた。
もう間もなく、彼女の射程圏内に、ライカが入る。
アフターバーナー点火。
離陸可能速度に到達するまで、あと数秒。
「アナタが存在する限り、全てが狂っていく……だから、ごめんなさい」
ランディングギアが、地面から離れる。
回避行動がとれるまで、およそあと三秒。
「殺すわ。アナタを」
その瞬間、来栖の方向から、僅かに閃光が見えた。
一瞬の後、銃声。
回避行動は、きっと間に合わない。
だが、ライカにとってこれは、想定内だ。
超高速の対物用弾丸がこちらに迫った、そのゼロコンマ一秒後。
急にUAVが射線上に横入りして、被弾し、墜落した。
まるで、身代わりとでも言うように。
「チィッ……!」
無線から、来栖の舌打ちが聞こえた。
再装填をしている音が聞こえたが、もう遅い。
ランディングギアを格納して、バンク。
ここまで来たら、もはやこちらのものだ。
「あぁ、クソ! ハウンド・リーダーより作戦行動中の各員へ! 空に上がった戦闘機を撃墜されたし! 絶対に逃がさないで!」
追撃は無理と踏んだのか、来栖はオープン回線でラヴェル全体に、ライカの撃墜指示を出していた。
「リーダー、戦闘機の特徴は?」
「主翼に複数の花のマーク! 花飾りをしてる!」
「ウィルコ! 『花飾り』を撃墜します!」
知らないフェアリィのその言葉を最後に、無線が切られた。
『花飾り』とは、ずいぶんと戦闘機には似つかわしくない表現だ。
恐らく主翼に描かれた、マーティネスのアスタリスクを花に見立てているのだろう。
どうやら今のライカの姿は、俺が想像しているよりも、外で目立っているらしい。
だが、今どうにかできる問題でもない。
今やらなきゃいけないこと、それは合流だ。
「ニッパーさん!」
「ニッパー!」
「さっきぶりニッパーくん!」
すると、無線から声が聞こえた。
無線の音質でもわかるくらい、よく聞いた声。
レイと大羽、そして落花だ。
するとすぐに、彼女らはライカのすぐ横に付いて、その姿を見せた。
大羽はいつものAWACS用のSUではなく、戦闘用のものだった。
どうやら、逃げるためにどこかで頂戴したらしい。
「アンタを空で見るのは初めてだな、大羽」
「まあね、でも足は引っ張らないよ」
と、大羽。
隣にいるレイと比べると、飛び方にやや安定感がない。
だが、それでも一般的なフェアリィよりは上等だった。
「よし。レイ、シズクはどうだった?」
「ッ……お姉ちゃんは、その……見つからなくて……」
俺が聞くと、レイは心底悔しそうな顔をして、そう報告した。
やはりダメか。そもそもシズクはライカの開発者だ。
マーティネスの連中が野放ししているはずはない。
クソ、連れてはいけないか……。
「できなかったんなら仕方ないでしょ。それより今は逃げなきゃ。ちょうどあっちも来たみたいだしね」
落花が言うと、二人のフェアリィが、こちらに飛んでくるのが見えた。
天神と駆藤だ。
「損害状況は!?」
「身体とSUは全員無事だけど、武装は全員ジリ貧。長くは持たないと思う」
天神の言葉に、落花がすかさず答える。
「了解、ニッパー、そっちは?」
「ライカは問題ないが、こちらも武装は機銃しかない。下部によくわからないカーゴが積まれていたが、使い物にはならないだろう」
「カーゴ?」
「得体は知れないが、発信機や爆弾といったものでないのは確認済みだ。FCSロックがかかっているから、今はどうにもできない」
「わかった……それは脱出してから確認しましょう」
そう言う天神の声は、息が上がっていた。
さすがの最強も、度重なる連戦に疲労が蓄積しているようだ。
「さて、問題は脱出できるかだな」
と、駆藤。
天神のように息が上がっているわけではないが、声色から疲労感が漂う。
落花の言葉を借りるが、いろいろな意味で長くは持たないだろう。
「……ラヴェルの射程圏外までは遥か先。制空権は言うまでもなくラヴェルのもの。私たち以外は全員敵機。これ、いけると思う?」
「行くしかない」
落花の言葉に、天神は即答した。
そのまま、彼女は続ける。
「ここまでの戦力差なら分散するより、一か所に集まって守りを固くして、速攻で駆け抜ける。それしかない」
天神は歯を食いしばりながら、そう言った。
それしかないのはわかるが、正直、厳しいだろう。
「ウルフ・リーダーより各員、ここが正念場よ! 行きましょう!」
「ウィルコ!」
天神のその言葉に、全員がそう答えた。
状況は厳しい。だが、やるしかない。
賽は投げられたのだ。
「こちらアローヘッド、パッケージを確認した。行動開始」
「こちらビックバイパー、了解。エスコートを始めよう」
その瞬間だった。高高度で爆発音がした。
何事かと思い見上げると、目に映ったのは、大量の雪だった。
……雪?
いや違う、これは――
「チャフ……?」
思わず言ったように、天神が呟く。
そう、これはチャフだった。
相当高性能なもののようで、レーダーが一瞬で真っ白になった。
なんだ? 一体何が……?
「よう、ニッパー」
そんな声が、無線から聞こえた。
次の瞬間に、二機の戦闘機が、俺たちの横を突き抜けた。
目で追うと、インメルマン・ターンをして、戻ってくる。
あれはライカの……トラスニクのヴァリエーションタイプ。
スプートニク研究所のもののはずだ。
なんでここに……。
「……まさか」
そんなはずはないと思った。
だが同時に、全く可能性のない話ではないと思った。
俺はあの時、死亡したのを確認したわけじゃないのだから。
無線から聞こえたその声を、俺はよく知っていた。
研究所にいたころに、散々聞いたのだから。
「俺のフライドチキン、まだ残ってるかい?」
その声は確かに、23番のものだった。




