彼は私のパイロット
レイと合流し、俺たちは大急ぎで、独房のある建物から外に出た。
外の様子は、先ほどから聞こえてきていた轟音通りの様相を呈していた。
味方であるはずのUAVが街中を威嚇するように飛び回り、フェアリィたちがそれに困惑しながらも追撃している。
地上の方は、何が起こっているかわからない一般人たちの悲鳴であふれていた。
「うひゃー、カオスだねぇ」
「ふむ、飼い犬に手を嚙まれるとは、ピッタリこういう時に使う言葉なのかもな。まぁ噛んでる側が言うのもなんだが」
そんな様子を見た落花と駆藤が、他人事のようにそう言った。
「もっと他に感想ないんですか……ヤバいですよこれ……」
そんな中、レイは震えた声で二人に言った。
さっきまでの腹を決めたような表情はもうなくなっていて、その顔は普段通りのあどけないものに戻っていた。
「今更うだうだ言ったってしょうがないじゃん。何、さっきの今でもう怖気づいた?」
「そ、そうじゃないですけど――」
「もう泥船は動いちゃったんだよ、レイ。アンタもそれに乗っちゃったの、途中下車はできないよ」
落花が言うと、レイは口を噤んで言葉を発さなかった。
発せなかったという方が正しいかもしれない。それはつまり、彼女の言葉に異を唱えることが、できなかったということなのだろうから。
確かに落花の言う通りだと、俺も思う。
賽は投げられたのだ。
今更後に退くことはできない。
為すべきことを為すしかないのだ。
「お喋りする時間はないわよ、三人とも」
するとそんな中、外の様子を静観していた天神が、ぴしゃりと三人に言った。
彼女はこちらを振り向かず、そのまま続けた。
「無線を聞いて。リリアの妨害がバレた」
冷静に、しかし焦燥を感じさせる様子で、天神は言った。
「ゲッ! もう!?」
それを聞いた落花が、慌ててインカムに耳を澄ませる。
駆藤とレイも同じように、傾聴の姿勢に入った。
無線越しに、僅かだが怒号が聞こえた。
『コヨーテ1! 星美! 攻撃してるのはウルフのAWACSだ! ブルー・オン・ブルー!』
『うるせえ! 猟犬のリーダーから連絡だ、狼共が裏切った!』
『まさか、そんなはず……』
『言ってろ。コヨーテス隊でリリアを叩く、手が空いてるやつは他の狼共を狩れ!』
無線の中から知っている声がひとつ聞こえた。
星美の声だ。どんな魔法を使ったのか知らないが、建物の中からずいぶんと早く抜け出せたらしい。
「レナのやつ、はしゃいでいるな」
「うわー、めんどくさ……どうする、リーダー?」
駆藤と落花は、この状況にも焦りを見せず、どこか辟易とした表情で、それぞれ言った。
落花に聞かれた天神は、少しの逡巡の後、それぞれに向けて発した。
「レイはリリアを助けに。指定する座標まで連れてきて。ミサはレイたちに追手がいかないよう、UAVと一緒に陽動を。ニッパーとヨーコは、私と一緒にライカのところに向かう」
彼女はそう言って、そのまま続ける。
「今の私たちの最優先事項は、ウルフ隊の全員、そしてライカとニッパーが、このラヴェルから脱出すること。それを念頭に置いて行動すること」
「ナナさん。あ、あの、お姉ちゃんは……?」
天神の言葉に対して、おずおずとレイが聞いた。
それは暗に、シズクは連れて行かないのか、という問いだった。
「桂木博士の居場所がわからないし、何より、彼女が私たちに味方してくれるかはわからない。残念だけれど、今の私たちにそこまで余裕は……」
「で、でも! お姉ちゃんだったらわかってくれます! だから――」
「……発見したら声をかけるくらいは許可する。けれど、それに時間をかけることは許さない。いい?」
「ッ……はい!」
「よーし、行こう!」
天神とレイが一通りの会話を終え、それを見ていた落花が、見計らったようにそう口にした。
「作戦開始」
その言葉と同時に、レイと落花がSUの翼を広げ、飛び立った。
「……よし、私たちも行きましょう」
「あぁ」
「了解」
天神の言葉に、俺と駆藤は応え、それと同時に駆けだした。
「ライカの場所は?」
「特別航空格納庫」
俺の問いに、天神はすぐに答えてくれた。
彼女の発したその名前には、聞き覚えがあった。
それは、ここに初めて来た時の、ライカのねぐらだった場所だ。
空と、地上の喧騒をしり目に、俺たちはただ目的地に向かって走った。
走っている間は、誰も言葉を発さなかった。
そんな余裕がないというのもあるが、天神に関しては、何か思うところがあるような、そんな表情をしていた。
「着いた」
そんなことを言っている間に、いつの間にか特別航空格納庫へと到着した。
当たり前のように警備は厳重で、重武装のフェアリィと、パワードスーツを身に纏った重装兵が幾人も配備されていた。
「私が囮になる。二人はその間に格納庫へ」
「了解」
「格納庫にSUもあったはずだ。手に入れたら、私も援護に回る」
天神は俺と駆藤の言葉を聞くと、ただ頷いた。
「……ニッパー」
すると、不意に天神は、俺を呼んだ。
「どうした?」
何かあったのか。そう思い、俺は彼女に聞いた。
ただ彼女は、口を噤んで、何も答えない。
言いあぐねているような、そんな印象を受けた。
ただ、少しすると彼女は口を開いた。
「これが終わったら、アナタはどうする?」
「さぁな、終わった後の話を今考えても、しょうがないだろう」
「……もし、よかったら、私と――」
天神はそう言いかけて、しかし止めた。
「いえ、そうね、その通り。今仮定の話をしても、どうしようもない」
そう言って、彼女は俺たちから少し離れた。
「……二人とも、空でまた」
それだけ言って、天神はSUを起動した。
「ッ! レーダーに感あり! ウルフ1のものです!」
「あっちだ! コンタクト」
すると、すぐさま警備のフェアリィたちが天神を発見し、攻撃態勢に入った。
なるほど、すでにIFFの更新は終わっているらしい。対応が早い。
「天神」
空に飛び立つ寸前の彼女を、俺は呼んだ。
これだけは言わないといけない。
そんな気がしたから。
「グッドラック」
「……アナタたちも」
そして、天神は甲高いエンジン音を響かせ、凄まじいスピードで空に昇って行った。
気のせいだろうか。飛び立つ瞬間、天神の顔は、微笑んでいたような気がした。
「……お前って、女たらしなのかそうじゃないのかわからんな」
いきなり、横で一部始終を静観していた駆藤が、そんなことを言ってきた。
「なんだ、突然?」
「何でもないさ、行こう。隊長が気を逸らしてくれている今がチャンスだ」
どういうことなんだろうか。
いまいち釈然としないが、まあいい。
今はそんなことより、ライカを飛ばすことが先決だ。
そう思いながら、俺は駆藤に追従する形で、格納庫へと入った。
少し暗い。けれど窓から射す陽の光がしっかりとした光源となっていて、視界不良というほどでもない。
外の喧騒が信じられないくらい、その場所には静謐が満ちていたように思えた。。
天神が陽動してくれたおかげで、誰にも発見されずに済んだ。
祈ることに意味があるとは思っていないが、それでも誰にも発見されないようにと強く願うのは、やはり人間の性だろうか。
「中には誰もいないのか?」
「いや、というより、出払ったんだろう。あの隊長相手に、戦力を温存している場合じゃないだろうしな」
俺の言葉に、駆藤はそう答えた。
普通は陽動を考えるものだが、相手はあの天神、セラフ章を取った世界でも上澄みのフェアリィだ。
彼女相手では、陽動を気にかける余裕もない、ということだろう。
「……よし、SUはあるな。私はすぐに隊長の助太刀に行く。お前もライカを見つけたら、すぐに来い」
「了解」
と、駆藤に応える。
すると彼女はあっという間にSUを装備し、手ごろな武装を手に取る。
「ブレードはないか、まぁ我慢」
そんな愚痴を言いつつも、彼女はアサルトライフルを片手に、飛び出していった。
これでウルフ隊は全員、空に上がったことになる。
あとはライカだけだ。
どこに……?
そんなことを考えた次の瞬間。
何か、音がした。
機械が作動したような、そんな音。
思わず、音の方向を見る。
するとその正体は、すぐに分かった。
「……ライカ」
そこには、ライカがいた。
武装は外され、塗装も譲渡用のマークが描かれていはいるが。
それでも、依然と全く変わらない状態で、彼女はそこにいた。
「……すまない、待たせたな」
返ってくるはずもないのに、俺は彼女に近づいて、そんなことを言った。
そうだ、こんなことを言っている場合ではない。
俺の目的、ライカの目的。
そのためにやることは、ただひとつだけ。
「出撃だ、ライカ」
全てを巻き込んだこの戦いも。
彼女にあってから、これまでの全ても。
すべて彼女にかしずくためのものだ。
カナード翼を携えた、大型の戦闘機。
シリアルナンバー 9EA13
開発ナンバー AFX-78
呼称名 トラスニク
個体識別名『ライカ』
彼女の機首から、ラダーが降りてくる。
行こう、と促されているようだった。
俺は自分の『主』の命に、ただ従った。




