全員合流
「こっちだ」
俺はそう言って、天神と落花を、駆藤が収監されている部屋へと誘導した。
相変わらず遠くからの轟音が響くが、外の様子とは打って変わって、建物の中は誰一人も見当たらない。
俺を追っていた部隊は、先ほどの連中だけだったのだろうか。
「増援はしばらく来ない」
と、天神が横から、そう言ってきた。
「リリアに味方の回線をジャミングしてもらってる。彼女が無事なうちは、だけど」
「つまり、リリアが寝返ったことに気づかれたら、増援がワッと押し寄せてくるってわけ」
天神の続く言葉に、落花がそう補足する。
どうやら、大羽もこっち側についたらしい。
やはり、駆藤が処刑されるのは、忍びないと言ったところだろうか。
いや、そんな理由を考えている場合じゃない。
彼女らの話によると、大羽が作ってくれた増援を阻むダムは、そう長く持たないと思っていいだろう。
まずは駆藤を開放することだ。
「急いだほうがいいみたいだな」
「そうね、アナタの傷のこともある」
俺の言葉に、天神がそう答えた。
俺が意図的に開けた、脇腹の傷を気にしているようだ。
「この傷なら問題ない。体内のナノマシンが、生命活動に支障がない程度には応急処置をしてくれる。じゃなきゃ自分で穴を開けたりしない」
「……ちょっと待って、自分でつけたの?」
「あぁ、脱出にどうしても必要でな」
そう言うと、天神はなにやら苦い表情をしてみせた。
「……傷ついてばかりね、アナタはいつも」
「大した問題じゃない」
「そんなわけない」
すると、彼女は強い語気でそう言った。
「……何にせよ、時間がないのは変わらない。急ぎましょう」
天神はそう言って、半ば強制的に会話を打ち切った。
結局彼女が何を言いたいのかはわからなかった。
とはいえ、急がなければいけないのはその通りだ。
会話にリソースを割いている余裕はない。
「そうそう、時間ないよ~。私だって本当だったら、リーダーの大胆な告白を弄り倒したいところなんだからさ」
……と思った矢先に、落花がどこか揶揄うような笑い顔で、俺にそう言ってきた。
告白とは、こんな時に一体、何の話だろうか。
「……ミサ、その話は後にして。状況はわかってるはずでしょう」
「え~後なら話してもいいんだ~?」
「そういうことじゃなくてッ……そ、それにさっきのは、言葉の綾というか……」
「へぇ、じゃあホントは全然好きじゃないってこと?」
「そ、そうじゃなくて、だから……あぁもう!」
すると、顔を赤くした天神と落花が、何やら言い合いを始めてしまった。
こんなことをしても走るスピードが全く落ちないのは、さすがといったところだろうか。
「何の話かは知らないが、そろそろ駆藤がいた場所だ。警戒してくれ」
「……え、ニッパーくん、さっきの話聞いてなかったの?」
俺の言葉に、落花は目を見開いて聞いてきた。
信じられないと言った表情だ。
さっきの話とは、来栖に叫んだあの時のことだろうか。
「天神が来栖とフェアリィの在り方で口論してたことか? 聞いてたさ、対立したから、今こうなってるんだろう」
「いや、そうじゃなくて! 『好きな男の子ひとり守れなくて』云々のところ!」
「それも聞いてたさ、だからなんだ? 天神が何を守るか守らないかは、天神の勝手だ。敵対しない限り、俺が何か口を挟むことじゃないだろう」
俺がそう言うと、落花は眉をひそめ、口をポカンと開けた。
呆れてものも言えない。といった様子だった。
「リーダー、惚れる相手間違えたんじゃない?」
すると落花は天神に振り返り、そんなことを言った。
「……そうね、すごく面倒な選択肢を選んじゃったかもしれないわね」
天神は天神で、どこか気に入らないような、ふてくされたような声で、しかも俺を睨んでそう答えた。
さっきから話の要領が全くつかめないが、どうにしろ、今すぐ理解しなければいけないものでも無さそうだ。
ならば、今は目の前のことに集中した方がいいだろう。
「ここだ、駆藤がこの中に居る」
ちょうど、目的地にも到着したのだから。
「ここね……ヨーコ、無事!?」
俺が駆藤の部屋を指し示すと、天神はそう言って、中に居る彼女に呼びかけた。
「その声……隊長か? 意外なのが助けに来たもんだ」
「扉を壊す、離れて!」
天神は駆藤にそう言うと、持っていたフェアリィ用の機関銃を扉に向ける。
次の瞬間、金切り声にも似た銃声と衝撃が、全身を襲った。
あっという間に、扉はもはや消えたかと思うくらいに木っ端みじんになり、中の様子が見えた。
「よう、おひさ」
当然ながら、中には駆藤がいた。
俺と同じような拘束具をつけられてはいるが、どうやら元気そうだ。
「枷を壊すから、動かないで」
天神はそう言って、拘束具を機関銃で撃ちぬいた。
金属を壊すだけにしては、少々大げさな音が響く。
「ふぅ……せいせいした」
駆藤は手足を振りながら言って、俺たちに近づく。
「なんだ、ミサもいたのか。存外に大胆だな、二人とも」
「アンタね、もう少しお礼とか、驚きとかあっていいんじゃないの?」
まったく平時と変わらない様子の駆藤を見て、落花は呆れたようにそう言った。
だがどこか、そこには安堵も含まれているようなニュアンスだった。
「私たちが反旗を翻すこと、わかっていたの?」
と、天神は駆藤に聞いた。
「いいや? 隊長たちがこんな暴挙に出ることには驚いてるよ。私を開放するならニッパーだけだと思ってたから」
「なんでニッパーくんは確定なのさ」
「こいつがライカをほっぽって、黙って殺されると思うか?」
駆藤にそう言われると、落花は俺の方を見て『なるほど』とでも言うように頷いた。
「こいつはライカを助けるために絶対逃げ出す。そして私を利用するために開放すると思ってたんだ。こいつはそう言う人間」
「改めて聞くとゴミカス過ぎるね、ニッパーくん」
駆藤と落花は俺を指さしながらそんなことを言ってきた。
なにやら低評価を押されたようだ。
「話は後、早く逃げるわよ。リリアのジャミングが、いつまで持つか――なに?」
と、天神が言いかけたところで、彼女は耳につけている通信機に手を当てた。
何か、通信が入ったのだろうか。
「……どういうこと、リリア。詳細を言って」
通信相手は大羽のようで、天神の表情は、途端に険しいものになっていた。
彼女は通信機をスピーカーモードにしたらしく、通信先の大羽の声が、こちらにも聞こえてきた。
「フェアリィが一機、真っすぐそっちに向かっている。迷いがない、速い!」
そこから聞こえたのは、あまり良くないニュースだった。
「どういうこと? ジャミングが切れた?」
「いや、ジャミングはまだ耐えられてる」
「じゃあなに、リリアが問題なら、なんで?」
「それは……待って、この識別は……」
落花の問いに答える前に、大羽はそんな風に言葉を止めた。
息をのむような音が、通信機越しに聞こえる。
大羽が何か言おうとした、次の瞬間
次の瞬間。
俺たちから少し離れたところで、建物の天井が、轟音を立てて崩れた。
埃煙がもうもうと立ち込める中、崩壊した箇所の中央から、誰かが出てきた。
コウモリのような羽に、ロングブーツのようなSUの特徴的装備。紛れもなく、フェアリィ。
そしてその顔は、俺も、天神たちも、よく知っている顔だった。
「……レイ」
桂木レイが、そこにいた。
「……ニッパーさん」
すると彼女は、どこか覚悟が決まったような顔つきで、俺たちに銃口を向けた。
彼女はすぐ、視線を天神の方へ向け、言葉を続けた。
「……逃げるんですね?」
「……ええ」
「ラヴェルへの明確な裏切りです。わかってるでしょう?」
「わかってる」
「こうなったらもう、どこにも帰れませんよ。それでも?」
「もう、帰る気はない」
天神は、レイをじっと見つめて、そして答えた。
「ここまで来た以上、前に進むだけよ。誰が相手でも」
そう言って、天神もレイに銃口を向ける。
張り詰めた緊張感が、場を支配した。
一瞬後に鉄火場になるような、そんな緊張感。
それが、数秒。
「……わかりました」
しかし、レイは撃たず、銃口を降ろした。
天神も意外だったようで、微かに声が漏れたのが聞こえた。
「……私も――」
さらに数秒。
レイは何かを決断するように、息を吐いて、そして続けた。
「……私も、連れてってください」




