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付けられたマーク

 理事長に銃殺刑を宣告されてから、おおよそ数日ほどが経過していた。

 おおよそ、と言っているのには理由がある。

 今の俺は、正確な日付も時刻も測れない場所にいるからだ。


 打ちっぱなしのコンクリートに覆われ、断熱材が無いせいか、どこか冷えた空気が漂う。

 簡素なベッドとユニットバスがあるだけの、窓もない無機質な場所。

 そして両手を見ると、これまたありきたりな手錠がかけられている。


 一言で言ってしまうと、俺は独房に入れられていた。


 ラヴェルの地下に建てられている。フェアリィ関係の犯罪者を収容するための牢獄らしい。

 といっても、ここに収容されるほどの罪をしでかすフェアリィなどいないようで、ここには俺と、別の部屋に駆藤が押し込められているだけであった。


「おい、くそパイロット」


 ベッドに腰かけてぼうっとして、どれだけ経ったかもわからなくなったころ、ドアの方からそんな声が聞こえた。

 目を向けてみると、ドアの格子越しに顔が見えた。

 ここの看守をしているフェアリィだった。


「お前に面会だとよ、物好きもいるもんだなぁ」


 すると、ドアから鍵を開けたらしい音が聞こえ、軋みながらもゆっくりと開かれた。

 ここのドアが開かれるのは、それこそ一週間ぶりだ。


「立て」


 看守に言われるがまま、俺はベッドから立ち上がる。

 彼女と目が合った。考えてみれば、彼女をしっかりと見たのは、これが初めてかもしれない。


 吊り上がった鋭い目つきではあるが、威圧感とはまた違う、ガラの悪さを感じさせる。

 俗に言う、ヤンキーや不良を彷彿とさせる外見をしていた。


「面会って、一体誰が?」

「あぁ?」


 すると、彼女は俺を睨みつけながら、舌打ちをしてきた。


「誰が喋っていいっつったよ。黙ってついてこいや」


 ほら――と言って、看守は部屋から出るように、俺にジェスチャーをしてくる。

 どうやら、彼女にこれ以上質問するのは無駄なようだ。

 そう思って、俺は何もしゃべらず、黙って彼女についていくことにした。


「ハッ……不気味な野郎だ。なんであの狼女は、こんな奴に入れ込んでんだか」


 大きな声で独り言を言いながら、看守が俺の前を歩く。

 狼女というのは、誰のことだろうか。

 ウルフ隊のことを言っているのなら、恐らく隊長の天神のことか。

 まぁ、わかったところでどうだという話で、どうでもいいのだが。


「おい、バカパイロット」


 すると、彼女はおもむろに立ち止まって、俺の方を振り向いた。


「あのチビナナ(・・・・)のお気に入りだからって、妙な気を起こすんじゃあねーぞ? 実力的には私の方が強えんだからよ」


 そう言いながら、彼女は胸を張って、身体をなるべく大きく見せるようにしていた。

 チビナナ(・・・・)と言うが、この看守も体格的には、天神と同じくらいだ。

 体格が同程度の人間に対して、一般的にはチビとは言わないはずだが。


「なんたってこの星美(ほしみ)レナはあの『コヨーテス』のリーダーなんだからな! 温室でヌクヌクしてる狼共とは違うんだよ! どうだおい! ゆくゆくは私がこのラヴェルのニューリーダーになるって寸法よ!」


 してやったりというような笑顔で、彼女――星美は俺に宣言をした。

 コヨーテス……コヨーテ隊のことか。

 確かこのラヴェルに来た当初、全部隊の資料を見ていた時に、その名前があった気がする。


「……お、おい、クソパイロット?」


 その資料――確か峰園が作ったものだったか――曰く、『ラヴェルの問題児集団』とのことだ。

 部隊としてはウルフ、ハウンズに連なる実力者集団らしいが、それを全て帳消しにするレベルで、素行が悪いらしい。

 命令無視は日常茶飯事だとか。


「おい、聞いてたのか? おいって」


 有人区域に侵入したランバーを迎撃する際、避難済みとはいえ民間人の居住区を知っちゃかめっちゃかに爆撃しまくった。

 非常に高価な実験武器を勝手に持ち出して、挙句に失くす。

 味方のUAVを誤射して撃墜する。

 ラヴェルに視察に来たスポンサーの人間を、態度が気に食わないと言って殴り飛ばす。

 エトセトラエトセトラ。


 ……と、そんな感じの素行の悪さが、まるで製作者の恨みつらみが込められているかの如く、資料に長々と書き連ねられていた。

 そういえば、あの――なんだっけ、そう、雲黒ミモリもコヨーテスだったはずだ。

 確かアイシャも、あの舞台に編入される予定だと、シズクから聞いた気がする。

 本人は嘆いていたとのことだが。


「おい、聞いてんのかバカパイロット!」

「喋っていいのか?」


 なにやらさっきからこちらに話しかけてくる星美に、俺はそう聞いた。

 先ほどのやり取りから学ぶに、俺が口を開くには彼女の許可が必要なはずなのだ。

 星美の質問に答えるのはいいが、まず彼女から許可を取らなければ。


「こ、こんのやろ~ッ……」


 すると、星美は何が気に入らなかったのか、顔を赤くしてプルプルと震えていた。

 ふむ、終始言われた通りにしていたはずなのだが、何か対応を間違えてしまっただろうか?


「ッ……あぁわかったよ。お前がそんな態度とるならな、もうこっちだって話しかけてやんねーよ、バーカ!」


 星美は早口でまくし立てたかと思いきや、足早に廊下の先を歩いて行った。

 結局喋っていいのかはわからずじまいだが、話しかけないと彼女が宣言した以上、そこを考える必要はもうないだろう。


 それより、面会人というのは、一体誰なのだろうか?

 まぁ、俺に用がある人間など限られているから、大方アタリはついているのだが。

 そんなことを考えながら、俺は星美について、長くうら寂しい廊下を進んで行った。





「ニッパー……!」


 星美と共に面会室に入るなり聞こえたのは、そんな俺の名を呼ぶ声だった。

 ガラス越しにいる人物を見ると、やはり俺の予想は当たっていたらしく、心配そうな顔をしているシズクがいた。


「面会時間は十分だ」


 星美はそれだけ言うと俺から離れ、出口のドア近くの壁に寄りかかる。


「シズク」

「ニッパー、アナタ大丈夫なの? どういうことなのよ、帰ってくるなりいきなり収容所送りにされて、しかも銃殺刑って、私なにがなんだかッ……」

「落ち着いてくれ。俺なら大丈夫だ」


 シズクを冷静にさせるために、ひとまずそんなことを言った。

 それが効いたのかはわからないが、彼女は荒くなっていた息を一旦落ち着かせるために、一呼吸置いた。


「……ごめんなさい。急なことで、まだ頭の整理がついてないみたいで」

「いや、いい。それより、何か話があるんじゃないのか?」

「え、えぇ……そうね、今の状況を教えようと思って」


 そう言いながら、彼女は持ってきた鞄からタブレット端末を取り出し、少し捜査してから、俺に見せてきた。

 タブレットの画面の中には、世界でも最大手のニュースサイトが表示されていた。

 問題は、そこにかかれている内容だ。


『アジア第3ラヴェルの戦闘支援AIとホムンクルスが民間人虐殺』


 派手な見出しで表示されたそれは、先日のアルド教会に関するものだった。

 より詳細を見てみると、スポンサーであるマーティネス社はこれを強く批判。責任者である芹沢理事の今後の対応次第では、ラヴェルの解体もやむなし――といった旨が書かれていた。


「これは……」

「今、ラヴェル中がこの話で大騒ぎよ。『こいつらを早く処分しろ』って声が、そこかしこで飛び交ってる」


 苦い顔をしながら、シズクは今の外の状況を教えてくれた。

 やはりというか、企業の連中も根回しが相当早い。

 世論を完全に味方につけることで、理事長が万に一つも逆らわないように、万全を期している。

 今更だが、どうしてもライカが欲しいらしい。


「ウルフ隊のみんなも、騒ぎに中てられて疲弊してるわ。レイなんか、学園の方にも行けてないみたいで……当然よ、駆藤さんがあんなことになって」

「ハンッ、その程度で折れるくらいなら、最初から戦場に出なきゃいいんだよ」


 シズクの言葉に応えたのは、しかし俺ではなく、後ろで聞いていた星美だった。

 看守って、面会の会話に口出ししてよいものだっただろうか。

 それとも、よくはないが、構わず言ってるだけか。


「ッ……!」

「おおッと悪い、独り言だ」


 睨みつけるシズクに対して、星美はそっぽを向きながらそう言った。


「……おら、面会終了まであと五分だぞ」


 睨まれるのがいたたまれなくなったのか、星美はバツが悪そうにそんなことを言った。

 それで、こんなことしている場合ではないと思ったのだろう。

 シズクは俺に視線を戻し、話を続けた。


「……それでニッパー、ライカのことなんだけど」

「どうなってる?」


 そう言ってシズクは、タブレットに保存された写真を見せてきた。

 写真に写っているものは、以前のホムンクルスではない。

 ライカの本来の身体である、戦闘機(トラスニク)であった。

 だが――


「まず、あの一件の後、ライカはすぐにトラスニクに戻ったわ。ホムンクルスも一応は手元にあるけど、あれは今、ただの人形」

「それはわかった。けれど、シズク……」


 そう、写真に写っているトラスニクには、見覚えのないものが写っていた。

 それは、主翼の右片側に大きく描かれた、あるマーク。


「花、か?」


 そう、そこには、コスモスの花らしき模様が三つほど、まばらに重なって描かれていた。


「……いいえ、それはそんな綺麗なものじゃないわ」


 少し間をおいて、シズクは言いにくそうに、しかし続けた。


「それは、マーティネス社のもの。あの会社が『廃棄処分』を決定した機体につける、そんなマークよ」


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