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面倒ごと・後編

三か月以上も遅くなってしまい大変申し訳ございません。

まだ読んでくださっている方がいらっしゃるかはわかりませんが、お楽しみいただければ幸いです。

 アルド教会から帰還した後、俺とウルフ隊の面々は皆、至急理事長室に来るようにと、秘書の峰園経由で伝えられた。

 なぜ呼ばれたのかは、恐らく全員アタリがついていることだろう。


 天神と大羽は沈痛とした面持ちで、落花は呆れたような表情で、レイは緊張して、駆藤はいつも通り――と呼んでいいのかわからないが――すまし顔で。

 俺は……どんな顔をしていただろうか。わからないが、まぁ興味もない。

 なんにせよ六者六様の顔つきで、俺たちは着替えもせずに、理事長室へと足を運んだ。


 理事長室に向かう道中、俺はライカのことが気がかりだった。

 今回の騒動は、あの『何か』が企業連中を利用して仕組んだものだ。


 その狙いはひとつ。ライカを合法的に奪取するため。

 ライカを手に入れるための大義名分を、作り出すためだ。


 ライカは奪われる。それは間違いないだろう。

 そして、それを遮ることはできないだろう。少なくとも、政治的な駆け引きでは。

 となれば、もう俺にできることなんて――


「失礼します」


 と、不意に天神の、そんな声が聞こえた。

 思わずハッとなる。どうやら、いつの間にか理事長室についていたようだ。


「入れ」


 扉の奥からそんな声が聞こえて、俺たちは粛々と部屋へと入っていった。


「戻ったか、お前達」


 理事長室に入るなり喰らったのは、そんな芹沢理事長の言葉だった。

 窓から差し込む、朝日の逆光のせいもあるだろうが、彼の顔は無表情で、何を思っているのかは窺い知れなかった。

 ただなんというか、それは努めて無表情にしているのだろうということは、なんとなく気が付いた。


「まずは、ご苦労だった」

「……一応聞くけど、話って?」

「……恐らく、お前たちが想像している通りのものだ」


 重い口調の天神の問いに、理事長はこれまた、言いにくそうに間をおいて答えた。

 だが彼は、意を決したように息を吐いて、その先を続けた。

 

「お前たちが帰投する一時間ほど前のことだ。企業連合からある連絡が来た。内容は――」

「アルドの惨状についてだろう? もったいぶった言い方をするなよ」


 すると、理事長の言葉に被せて、駆藤がそう言った。


「ヨーコ」

「どうせ良い話じゃないことはわかってるんだ。さっさと本題を言ってくれ」


 諫める大羽の声に見向きもせず、駆藤は理事長にそう言った。

 ただ確かに、彼女の言っていることは間違いではないと思った。


 理事長の話とは、まず間違いなく、ライカがアルド教会で行った、大量殺人についてだ。

 どういう方法かは知らないが、あの惨状は白いランバー――もとい『何か』によって、各企業の主要人物たちにログと共に伝えられたらしい。

 

 そうなった以上、何が起こるのか。

 なぜわざわざ、そんなことをしたのか。

 その目的は、今更聞くまでもないことだ。

 少なくとも、俺にとっては。


「……四大企業の各幹部役員たちに、ある記録ファイルが送られた。内容は察しの通り、アルドの大量殺人についての詳細情報だ」


 駆藤の言葉に観念したのか、理事長は渋い顔をして、話し始めた。


「その殺人のほとんどが、ライカの操ったホムンクルスによるものであることが、つい先ほど解析にて判明したらしい」

「らしい?」

「マーティネスの幹部職員から、その旨の通信が来た。お前たちが帰投する直前のことだ」


 理事長は落花の疑問に対し重々しく、しかし淀みなく言い放つ。

 その言葉に、俺と駆藤以外の全員から、驚愕したような、詰まった声が聞こえた。


「はぁ、やっぱそうなんだ、アレ……」


 苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、落花が呟く。

 天神やレイに関しては、もはや言葉も出ないといった感じだった。

 絶句、という表現が正しいだろう。


 落花がちらりと、横目で俺の方を見た。

 どこか睨んでいるとも取れるような、責めているような視線。

 なんとなく言いたいことがわかって、俺は視線をそらさず、甘んじて受けいれた。


「……はぁ」


 だが、いやだからこそだろうか。

 落花は何も言わずに、視線を理事長の方に向けなおした。


「にしても、マーティネスはずいぶんと解析が早いじゃん? ことが起こってから、まだ数時間も経ってないのに」

「たまたまタイミングよく、職員が本社のほうに集まっていたらしい。それですぐに解析に取りかかれたんだそうだ」

「へぇ……たまたま(・・・・)ね?」

「落花、お前の言わんとすることはわかる」


 だが――そんな接続詞をつけてから、理事長は俺と、駆藤の方に顔を向けた。


「もはや、選択肢はない」

「……どういう意味?」


 重々しい口調の理事長に、天神は弱々しく口を開いた。

 

「どんな背景があろうと、民間人を手にかけた以上、俺はラヴェル(ここ)の責任者として、然るべき処置をしなければならない」


 そう言って、理事長は言葉を続けた。

 その目は、今までにないほど、真意を読み取れないものだった


「企業連合条約に則り、ニッパーはA級戦犯として銃殺刑に。ホムンクルスと判明した駆藤ヨーコは危険因子と判断し、廃棄処分となる。これはまだ暫定だが、覆ることはないと思え」


 淡々と、まるで資料でも読み上げるかのような無感情さで、理事長は俺と駆藤に判決を言い渡した。


「え……ち、ちょっと待ってください! いくらなんでもそんな――」

「廃棄処分って、殺すってことですか?」


 すると、レイの慌てた疑問に被せて、大羽がそう言った。

 だが、その冷静そうな口調とは裏腹に、酷く動揺している表情ではあった。


 大羽のその質問に、理事長は答えず、しかし沈痛な顔をして目を閉じる。

 それが是であることがわかったのだろう。大羽は憤ったように前のめりになって、口を開いた。


「ッ……ヨーコはフェアリィとしてここにいるはずでしょう? だったら廃棄なんてできないはずじゃないですか!」

「今回の件で、駆藤がホムンクルスであったことは、企業連中もすでに把握している。フェアリィの法を適用しても、奴らは納得しない」

「だからって――」


 と、大羽が言いかけたとき、駆藤が腕を伸ばして、彼女を制止した。


「落ち着け、リリア」

「ヨーコ、でも……」

「この爺さまに抗議したところで、意味はない。結局のところラヴェルの長も、企業(飼い主)の命令には逆らえんのさ」


 それに――そう言って、駆藤は続ける。


「私が民間人を殺したのは、本当のことだからな」


 駆藤は終わりに、ため息を一つ零して、口を閉じた。

 それを見て、大羽もまた、歯を食いしばって押し黙った。


「……本気で言ってるの、理事長?」


 誰もが押し黙った、そんな中。

 天神がか細い声で、そう言った。


「俺がお前たちに、冗談を言ったことが一度でもあるか?」


 それに淡々と、理事長は返す。

 きっと、それで何かが切れたのだろう。

 天神は、まるで敵でも見るかのように、理事長を睨みつけた。


「どうかしてる! いくら重罪とはいえ、裁判もせずに死刑なんて普通じゃない!」

「マーティネス……ひいては企業連合による意向だ。俺はそれに従わねばならない」

「あそこには、例の白いランバーだっていたわ。アイツが関与しているのは明白じゃない! なのに……」

「背景は関係ないと言ったはずだ。今回の理と世論は企業側にある。俺はラヴェルを守るために、それに従うのみだ」

「ランバーに利用されるのを黙認して、何がラヴェルよ! そんななら、もうこんな場所――」

「では、お前がラヴェルの住人を犠牲にして、この二人を救うか?」


 不意に、しかし強い圧力で、理事長はそう言った。


「ッ……!」


 それに気圧され、天神はそれ以上口を開くことはなく、ただ悔しそうに震えて、下を向いた。

 恐らくだが、天神も理事長の言うことがわかっているのだ。


 企業の命令というのは、本来であれば絶大な効力を持つものだ。

 その気になれば、ラヴェルひとつを潰すくらい造作もないことだろう。

 今までそれをしなかったのは、理事長がのらりくらりと躱してこれたのと、企業が体裁を取り繕っていたというだけのことだ。


 だが、今回に限って言えば、俺たちのせいで企業は体裁を考えなくてよくなった。

 そうなってしまった以上、芹沢理事長は要求を呑むしかない。

 なぜなら飲まなかったとき――企業がこのラヴェルを火の海にすることは明白だからだ。

 『民間人殺しを容認する危険因子』とでも言って、だ。


 天神もそれがわからない人間じゃない。わかったからこそ、天神は出かかった言葉を飲み込むしかなかったのだ。

 どうやら彼女にとって、ここは守るべき大事な場所のようだし。


 彼女が口を噤んで、重たい静寂が、部屋中を包んだ。

 それがおおよそ数秒。


「……伝えるべきことは以上だ。質問はあるか?」


 そんな中で、理事長のそんな言葉が響いた。

 それに応えるものはいない。

 質問がないのか、あるいはそれに気を回す余裕がないのか。

 とにかく、ウルフ隊の全員が押し黙っていた。


「一つ聞きたい」


 ならばと思い、俺はずっと聞きたかったことを聞くことにした。


「なんだ? 言っておくが、お前らの処罰の内容は変えられないぞ」

「それは構わない。そんなことより、ライカはどうなる?」


 正直なところ、ずっとそれが気になっていた。

 そもそも『何か』はライカを手に入れる大義名分を作るために、あんな回りくどいことをしたはずなのだ。

 ライカに対して、何もアクションがないはずがない。


「ニッパーさん、そんなことって、自分のことなんですよ?」


 しかし、それに答えたのは理事長ではなく、レイだった。

 なぜか怒っているような、そんな感じだった。


「自分のことだったら、なんだ?」


 純粋な疑問で、俺はそう聞いた。


「……なんで、そんなんなんですか、いっつも」


 呟くように言ったレイの言葉に、俺は何か言い返そうとした。

 だけど、言葉が出なかった。

 彼女が俺に何を求めてそんなことを聞いたのか、皆目わからなかったからだ。


「ライカは、マーティネスに機体が渡ることになった。『今回の件に関する重要参考資料として』とのことだ」


 すると、理事長がようやく、俺の質問に答えてくれた。

 俺は彼に向き直って、更に聞いた。


「渡った後どうなる?」

「詳しくは聞いてないが、調査後処分するつもりではあるらしい。少なくとも、こちら側に戻ることはないだろう」

「拒否できないのか?」

「お前らの処罰と同様、覆らないと思え。ここにライカ(・・・・・・)がある限り(・・・・・)、なにがあってもだ」

「わかった」

「……質問が他にないなら、これにて解散とする。各自部屋に戻れ」


 理事長の言葉を聞くと、天神が睨むように彼を見て、そして部屋から出て行った。

 耐えられない、という感じだった。


「あ、ちょ……リーダー!」


 続いて落花が、天神を追うように、走り去っていった。


「……では、我々も失礼します」


 彼女らの代わりといったように、重苦しい声色で大羽が言って、静かに出口へと向かう。

 それに従って、俺たちはお互い無言のまま、理事長室を後にした。


 もはや、どうしようもないのだろう。

 『何か』の罠にはまって、ライカを連中に渡す大義名分を作ってしまった。

 民間人を大量虐殺したAIを匿ったとなれば、ラヴェルの存続が危ぶまれるほどに世論を敵に回すことは、俺でもわかる。

 きっと、理事長にとってもこうするしかないのだろう。

 だって、そうしなければ、ラヴェルに住む数万の人々に、累が及ぶのかもしれないのだから。


 であればもう、もはや、どうしようもない。

 もう、他に方法はない。




 ライカを逃がそう。



 

 それだけは、絶対にしなければならない。

 どうやって逃がすか、それを考えなけらば。


 きっと、これから俺がやることは、裏切りなのだろう。

 下手をすれば――いや間違いなく、目の前にいるウルフ隊も、敵になる。

 だからこそ、ここからは慎重に行かなければならない。



 全てはライカを生かすために。彼女が飛び続けるために。



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