面倒ごと・前編
今回及び次回は前後編に分けるため短めとなっております。申し訳ございません。
「これ、はッ……」
アルド教会に到着したウルフ隊から、開口一番に聞こえたのは、天神のそんな、息の詰まったような声だった。
声にこそ出さない――いや、えずいて言葉を発せられないでいるものの、レイも受け入れがたいようにその光景を見ていた。
その見開いた眼の先にあるのは、アルドの信者どもの死体の山だった。
「やっちゃったね、こりゃ」
その有様を見て、落花が一言呟いた。
先の二人に比べると、あまり動揺はしていないようだ。
どちらかというと、これから起こる面倒ごとを考えて、そちらの方を憂いているように見えた。
「それで、まず聞きたいんだけど、これってニッパーくんとヨーコがやったわけ?」
それとも――と、落花は『それ』がいる方向に顔を向け、続けた。
「あのホムンクルスが?」
彼女が向けた目線の先には、血まみれになって棒立ちしている、一体のホムンクルスがいた。
向ける視線はどこか敵意を感じる。妥当ではあるが。
「あれ、ここに返す予定だった、ライカちゃんが乗り移ってたやつだよね? まさかあの子が?」
まさか、という副詞こそついているものの、落花のその顔は確信をもって言っていた。
死体のほとんどは、明らかに銃で撃たれたであろう傷跡をもって、地に伏している。
駆藤の得物はレーザーブレードだから、彼女がこの虐殺を全て行ったのであれば、この傷跡は辻褄が合わない。
そして、ただのパイロットに過ぎず、更に撃たれて動けない俺に、これだけの数の武装した人間を殺せるはずがないのは、火を見るよりも明らかだった。
となると、考えられることはひとつしかない。
落花はそう思ったのだろう。
「そこで真っ二つになってる野郎ども以外は、そうだ」
「てことは、アンタも殺ってんじゃん……」
しれっと答える駆藤に対して、落花はため息交じりにそう言った。
彼女は駆藤の顔を見て、続ける。
「……んで、その左目の大きな穴は、その時に撃たれたってこと?」
「んー……まあ、話すと長くなるから、また後でな」
「それでぴんぴんしてるのも意味わかんないし、なんだかアンタも結構訳ありそうだね」
めんどくさいなーもう――などとぼやきながら、落花は頬を人差し指で掻く。
なんとなくだが、これに関しては演技ではなく、本心のように思えた。
特に根拠があるわけではなく、本当になんとなくだが。
「ッ……ニッパー、その、怪我……」
すると、先ほどまで呆然と死体の山を見ていた天神が、我に返ったように俺のもとに駆け寄ってきた。
「大丈夫なの、その傷……ええと、ここ、一体何が……」
……いや、我に返ったというのは、いささか早計だったかもしれない。
戦闘時はどんな時でも的確に動く天神らしからず、混乱が尾を引いているようだった。
恐らくだが、人間の死体に慣れていないのだろう。
レイも見た感じ、同様のようだ。
いくら彼女らがトップクラスのフェアリィだと言っても、それはあくまで、対ランバーでの話だ。
人間を相手にしたことも無いだろうし、空で戦っているのだから、死体の山など見る機会もなかっただろう。
特に天神に関しては、マーティネス支社を強襲した時にも見たように、人の死に関しては一等敏感だ。
そんな彼女にとってこの光景は、酷くショッキングなものなのかもしれない。
「落ち着け天神、まず傷に関してだが、今すぐ死ぬってものでもない。応急処置はした。ひとまず問題のない範囲だ」
「そ、そうかもしれないけど、でも……」
天神はそう言って、俺に顔を近づける。
普段の冷静な雰囲気とはかけ離れた、弱弱しい子供のような表情が、そこにはあった。
それは、俺の怪我を案じているだけではないように見えた。
むしろ、助けを求めているような。
そんな風に見えた。
「リーダー」
すると、まるでそれを責めるように、落花の冷たい声が聞こえた。
彼女は天神が自分に振り向いたことを確認すると、その先を続けた。
「気持ちはわかるけど、一応今は作戦行動中だよ。ちゃんと立って」
「……そう、ね。ごめんなさい」
「大丈夫、ちゃんと支えるからさ」
落花はそう言って、笑顔をしてみせた。
それを見ると天神は、自分の頬をぴしゃりと叩いて、立ち上がる。
その顔から、数秒前までの弱々しい雰囲気は鳴りを潜め、いつも通りの天神へと切り替わっていた。
「全員傾聴。今回の作戦目標である、ウルフ4及びドギー1の生存確認は取れた。アルド教会のこの状況については、デブリーフィング時にHQへ報告する。記録映像を撮ったのち、帰還しましょう」
「りょーかい」
「り、了解……」
天神の指示に、落花は軽く、レイは相当グロッキーに、それぞれ答えた。
「……大丈夫、レイ?」
天神がそう聞くと、レイは苦しそうな表情をして、口を開いた。
「……すいません、こういうの、初めて見て」
「無理そうなら空に上がっててもいいわ。今のところ、危険は無さそうだし」
「……いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
レイは天神にそう返事をすると、ボディカメラを起動し、現場の記録撮影を始めた。
「リリア」
と、天神は無線で大羽を呼び、続ける。
「アナタも、上空からの記録映像を撮影してから、ラヴェルに報告して。彼らの判断を仰ぐ必要がある」
「ウルフ4、了解……ねえ、そこにヨーコはいる?」
と、上で監視している大羽が、指示の了承ついでに、そんなことを聞いてきた。
「なんだ」
と、駆藤。
「ちょっとさ、上のほうを見てくれない?」
「あん?」
意味がわからないといった具合に言いながらも、駆藤は大羽に言われた通り、上空を見上げた。
「ヨーコ、今食べたいものってある?」
「なんだ、藪から棒に? ……そうだな、スシとか?」
「珍しいね、甘いものが好きじゃなかったっけ?」
「……いろいろあったんだよ、『いろいろ』な」
「……そっか」
駆藤の答えに対し、大羽はどこか寂しそうに、それだけ答えた。
そこにどんな思いがあったのかは、俺には知りようもない。
ただひとつ、恐らく大羽は、今の会話で察したのだろう。
駆藤の中から、大羽の知っている『駆藤ヨーコ』が死んだことを。
自身の願いが、形はどうにしろ叶ったのだ、と。
大羽が今の状況を良しとするのか、それとも公開するのかは、俺にはわからない。
そこは俺の考えるべき領分ではない。
どうにしろ、俺は大羽の依頼を果たしただけなのだ。
あとは、彼女ら二人の問題だろう。
「まあ、どうにしろ、しばらく美味い飯は食えなさそうだ」
と、駆藤はそう言いながら、俺のほうを見て、続けた。
「だろ?」
「……そうだな、しばらくは臭い飯になりそうだ」
これだけのややこしい事態になったのだ。間違いなく、ラヴェルから詰められるだろう。
俺はこれから起こる面倒を想いながら、もはや抜け殻となったホムンクルスを見た。
……どんな結果になろうと、ライカだけは必ず守らなければいけない。
もし、だめなら。ラヴェルが敵対することになったら、その時は……。
そう思いながら、俺はぽっかりと開いた天井から、空を見上げた。
陽が昇りかけていて、僅かに明るくなっている。
なぜかそれは、酷く遠くに感じた。
次回投稿は12/2予定となります。




