いいかげんにして
数秒前の激しい銃撃が嘘のように、誰一人として動こうとするものはいなかった。
まるで膠着状態を強調するかのように、その場にいる全員が、目の前に立ちはだかっている人物を見つめる。
巨大なレーザーブレードをもった、その少女を。
「ニッパー」
駆藤は牽制するように目の前にいる教会の連中を睨みながら、俺を呼んだ。
彼女は続ける。
「怪我は大丈夫か?」
「見た目ほどヤバくはない。だが、動けそうにないのは確かだ」
「いいんだか悪いんだか……それにしてもお前、こうなることわかってて、私を撃ったのか?」
駆藤は俺に言ってきた。
「なんのことだ」
「とぼけるなよ、私の中に、『ヨーコ』がいなくなった。妙な感じだ」
「ああ、それか……そんなわけないだろ。わかってたら、ここに来る前に撃ってる」
彼女はつまり、なんで自分が生き返ったのか……もとい、なんで『自分』だけが生き残っているのかに、疑問を抱いているのだ。
俺は彼女の問いに否と答えて、続ける。
「ライカのところに行くためには、アンタが邪魔だった。だから撃ち殺した。俺にとってはそれだけだ」
「……改めて聞かされると、お前って本当に酷い男だな。さすがにちょっと引いたぞ」
「ただ、ひょっとしたら……とは聞かされていたからな。だから一応、脳は避けるように撃った」
「ハンッ……なるほどな、リリアか」
『聞かされた』という言葉に対して忌々しそうに、駆藤は返事をした。
今の言葉で、彼女の方でも大体の成り行きがわかったのだろう。
「大方、私が精神支配されて、教会側に付いたら殺せって言われたんだろう? 私ごと、『ヨーコ』を」
「まあ、大方な……」
ここへの出発前夜。大羽に呼ばれた俺は、彼女から話を聞かされた。
駆藤が『駆藤ヨーコ』のホムンクルスであること。
『駆藤ヨーコ』の人格データが破損して、その副産物として駆藤が生まれたこと。
教会の連中……とりわけあの老人に対してだけは、壊れた『駆藤ヨーコ』の人格データに支配され、彼らの言いなりになってしまうこと。
これらを踏まえて、大羽は俺に依頼してきた。
もし、駆藤が教会の連中に完全に支配されるようであれば。
駆藤が壊れた『駆藤ヨーコ』に塗りつぶされそうであれば。
駆藤ごと、『彼女』を殺してほしいと。
――
――――
『……ただ、もし。もし、少しでも可能性が有るのなら、試してみて欲しいんだ』
そう言って、大羽は俺に言った。
可能性は低いが、駆藤はホムンクルスのOS部分のバグかもしれない。
そうであれば、OSである脳さえ無傷ならば、駆藤だけは生き残れるかもしれない、と。
『本当にいいんだな? 両方とも死ぬかもしれないが。いや、むしろ、その可能性の方が高い』
大羽の頼みを聞いた時、俺は最終確認の意味を込めて、そう聞いた。
すると彼女は、寂しそうに目を細めて、口を開いた。
『……よくなんかないよ、本当はさ。ちっともよくなんかない。でも、やらなくちゃ』
――――
――
だから俺は、駆藤の脳を避けて、けれど殺せはするように、左目を撃った。
それだけの話だ。
「ふうん……案外優しいところあるじゃないか」
「そうかい。悪いが褒めてもらう前に、とっととやって欲しいことがある」
「なんだ?」
「あれだ」
そう言って、俺は駆藤の前を指さす。
先にいるのは、先ほどとは打って変わって、焦燥した様子の『お父様』と呼ばれる老人。
その老人の下にある、ホムンクルスだ。
「あいつをぶっ壊してくれ、粉々にな」
「いいのか? 愛しのライカちゃんの身体だろ」
「真上を見ろよ」
そう言うと、駆藤は顔を上げる。
そこには当然ながら、先ほどと変わらず、あの白いランバーが我が物顔で浮いていた。
「あいつがあのホムンクルスを通して、ライカに侵入しようとしてる。いつそれが完了するかもわからない。急いでホムンクルスを破壊してくれ」
「……ま、よくはわからんが、要はあれをぶっ壊せばいいわけだ」
「できるか? 重武装の信者どもに守られているが――」
「舐めるな」
そう言うと駆藤は少しだけこっちを見て、不敵に笑ってみせた。
それは、普段のポーカーフェイスな駆藤とは違う。
だが、先ほどの『駆藤ヨーコ』が出てきたときの表情とも、似ても似つかない。
むしろ、その真逆の貌。
「楽しい解体ショーだ。特等席で見せてやる」
まるで、腹を空かせた獣が、狭い檻から飛び出してきたような。
そんな、獰猛とすら言える表情だった。
ひょっとしたら、これが駆藤の。
『駆藤ヨーコ』という檻を破った『彼女』の。
本当の貌なのかもしれない。
「4号、貴様ッ……」
レーザーブレードを携え、ゆっくりと距離を詰めてくる駆藤に、老人は震えた声で呼びかける。
「裏切るか、貴様! 貴様がその気ならば、リリアが無事ではすまんぞ!」
この事態は予測してなかったのか、よほど焦っているらしい。先ほど、までの余裕が嘘のような怒鳴り声で、老人はそんな脅しをしてみせる。
まあ、人格データをぶっ壊して生き残ったホムンクルスなんて聞いたこともないのだから、予測しろというのも、酷な話だろうが。
「アルドの力は強大だ! ここで我々を倒したところで、どうにもならんぞ! 私を殺せばどうなるか、知っているはずだ4号! その気になればフェアリィとは言え信者の子供一人、どうとでもでき――」
「ああ、すまん。盛り上がってるところ悪いんだが……」
すると、駆藤は老人の言葉を遮って、言った。
「おじいちゃん、誰だっけ?」
と、心底バカにしたように笑って、駆藤は首を傾げてみせた。
「ッ……破壊しろ」
「かしこまりました」
歯を食いしばるような老人の言葉にそう返したのは、俺を刺した、あの二人組の男たちだった。
老人と違い、俺を刺したときと寸分たがわない無表情な男たちは、まるで鏡合わせかのように、揃って駆藤に剣の切っ先を向ける。
「どけ、五体満足でいたいんならな」
「……枷を外したのですね、4号」
しかし、男たちは互いに口をそろえて、駆藤に聞いた。
「……枷じゃないさ。あれから私が生まれたんだよ。ただ親元から巣立っただけさ」
少しだけ寂しそうにそう言って、駆藤は剣を構える。
男たちもそれに合わせるように、身を低くした。
剣と剣が交じり合う、コンマ数秒前。
嵐の前の静けさのように、そこにいる全員が、誰も言葉を発することは無くて――。
「お、お父様!」
だからだろう、信者であろう誰かの声が、よく響いて聞こえた。
その声が酷く狼狽して、その先を続けた。
「み……み、巫女様が!」
それは、血の気が引くには十分すぎる言葉だった。
今この状況で、今この瞬間に、大声を出してそれを伝えることが、何を意味するのか。
考えられるのは、最悪のケース。
最悪の事象。
俺はほとんど無意識に、ホムンクルスに目を向けた。
ホムンクルスと、目が合った。
「……間に合ったか」
安堵したように、老人は言ってのけた。
間に合った。何にか?
聞くまでもないだろう。
ホムンクルスに、『何か』が入った。
それを示すように、ホムンクルスは台から降り、立ってみせた。
「駆藤ッ!」
俺は頭で考えるよりも先に、駆藤の名を叫んだ。
「わかってる!」
駆藤は言われるまでもないというばかりに、SUのブースターを吹かす。
超加速で障害物を突っ切り、一気にホムンクルスをぶった切る算段なのだろう。
「させません」
ただ、そう来るだろうことは、向こうも承知だったようだ。
SUが加速しきるその直前に、男たちは二人がかりで駆藤に斬りかかった。
「お父様! 巫女様を連れてお逃げください!」
「……いや、まて」
男たちの叫びに対し、老人はどこか呆けたかのようにそう返す。
よく見てみると、何やら『何か』が老人に、一歩ずつ近づいているようだった。
「天使様から、何かお言葉があるらしい」
老人はそう言って、『何か』の手を取り、傅いた。
なんだかわからんが、まごついているらしい。
こちらとしては好都合だ。
負傷していないほうの手で銃を拾い、気づかれないように、最小限の動きで構える。
思っていた以上に出血が多かったようで、手が震えて、視界がぼやけてきた。
耐えろ、耐えてくれ。
一発でいいんだ。
あいつの脳天を貫く一発さえ撃てれば。
それさえできれば、後は死んだっていい。
だから、クソ――
「……今、何と?」
……なんだ、様子がおかしい。
先ほどまで『何か』に耳を傾けていた老人が、絞り出すように、そんな言葉を吐いていた。
その表情は、まるで何を言われたか、わからない、という感じで。
そんな中で、声が聞こえた。
か細く、儚い声。
だがしかしそれは、何故かひどくよく、俺の耳に届いて。
「いじめるな」
やや舌足らずな、まるで慣れていないその喋り方。
それは、俺が知っている『何か』とは、違っていた。
そう思った次の瞬間、信じがたいものを見た。
ホムンクルスが、素早い動きで、近くにいる信者の銃を奪い取ったのだ。
場にいる全員が、事態の急変についていけず、されるがままになってしまう。
銃の先は、一番近くにいた、老人。
「な、なにをッ――!?」
老人が、困惑を口に出そうとした、その瞬間。
銃声。
それに呼応するように。
老人の頭が、鮮血にまみれた。
「……あ、え?」
そんな声を発したのは、果たして誰だったのか。
ただ、それきり誰の声も聞こえなくなったことは、確かだった。
この場にいる全員が、事態に追いつけず、全員が処理落ちしたかのような、静寂に包まれる。
それは俺も駆藤も、駆藤と対峙していた男たちも同様だった。
ただ全員が、動き出したホムンクルスを凝視していた。
「……なんだ?」
ふとそう呟くと、ホムンクルスが、こちらを振り向く。
ただそいつは、俺の方をじっと見つめていた。
無機質で綺麗な、グリーンの瞳。
遠くから見えるそれだが、確かに俺を見て、瞳孔が広がったように見えた。
当たり前と言えば、当たり前だが。
それは間違いなく、ついこの前に見た、『彼女』の瞳と同じものだった。




