ピクニックかな?
「それにしても、ずいぶんと厄介なのを拾ってきたもので……」
ところ変わって、場所はブリーフィングルーム。
モニターの前に立っている女性が、渋い面持ちでそんなことを言ってきた。
『ホムンクルスのことで話がある』とのことで、ウルフ隊と俺はラヴェルの理事会から呼ばれ、今ここにいるわけだ。
しかし、さて目の前の女性は誰だったか。
いや、見覚えはある。ただずいぶん久しぶりに会ったので、誰だったか思い出せないのだ。
名前は何だったか。確か、理事長の秘書だったか補佐だったかのはずだが……。
「御大層な物言いですね、峰園さん。拾ってこいというのは、他ならないラヴェルの指示でしたが」
名前を思い出そうとしていると、大羽がそんな風に彼女に返した。
そうだ、思い出した。峰園か。
「はぁ、失礼。責めてるわけではないのですが、これからのことを考えると……」
そう言って、魂が抜けるかのようなため息を吐く峰園。
「なんかミっちゃん、いつにもまして不機嫌じゃない?」
「静かにしなよミサ……大方、また理事長に夕食の誘いを断られたんでしょ」
「あら~相変わらずお熱だねえ。やっぱ年上すぎるんじゃない? あのおじいちゃん」
落花と大羽がそんなことを話していると、峰園はそれを中断させるためであろう、わざとらしく大きい咳ばらいをした。
「ゴホンッ……まったく、いざ呼び出してみれば、なんだか意味不明なことになっていますし」
そう言いながら、彼女はその疲れが溜まった目で、なおも俺の膝を椅子代わりにしているホムンクルスを見た。
ブリーフィングルームにライカが入ってきたときの、峰園の驚きようは凄かった。
無論、彼女にもライカがホムンクルスに取り憑いたことは説明したが、見たところまだ納得しきってはいないようだ。
まあ、無理もないだろう。
朝取ってきた人形が、午後になったら勝手に動き出していたのだ。
峰園の立場からすれば、面倒ごと以外の何物でもないだろう。
「念のため聞きますが、そのホムンクルスから戦闘機のAIを抜き出すことはできるんですね?」
「その認識で間違いない」
「つまり、いつでも発見当時の状態に戻せると?」
「ああ、桂木シズク博士のお墨付きだ」
それを聞いて安心したのか、峰園は胸をなでおろした。
「それで、話というのは何なんですか?」
すると、天神が峰園にそう聞いて、続けた。
「持ち主が見つかったのであれば、手続きをして返却すればいいだけの話でしょう? わざわざブリーフィングルームに来てまで話すことなんて、ないと思いますけど」
「そうそう、普通に返せばいいだけじゃん。なんでこんな大げさな感じになってんの?」
天神の言葉を支援するように、落花がそんなことを言った。
それを聞いた峰園は、疲労の溜まった顔を天神達に向ける。
「その通り。普通であれば、普通に手続して、普通に返せばこの件は終わりです。後は普通に日報にでも書けばいい」
――ですが、と峰園は続ける。
「それは返す相手が『普通』だった場合に限ります。そうでしょう、お二人とも?」
「……はぁ、やっぱり」
「いやんなるね……」
天神と落花もその返答は予想していたのか、辟易とした表情ながら、そんなことを言っていた。
正直持ち主の名前を聞いた時に、 なにかしら面倒がありそうだというのは、俺も予想していた。
「……あの、やっぱりだいぶアレな感じなんですか、『アルド教会』って?」
不安そうな表情で、レイはおずおずと峰園に聞いた。
やはりと言えばいいのか、こんな反応をしているあたり、彼女もあの宗教団体の噂は耳にしているらしい。
「基本的には、ニュースで報道されている通りの連中、と思っていただいて差し支えありません」
レイのその質問に、峰園はそう返した。
アルド教会。
近年急速に世間で取り沙汰になっている、『親ランバー派』を名乗るカルト集団だ。
団体自体はだいぶ昔からあったらしく、どの宗教系統にも属さない一神教を説いていたとのこと。
元から素行に問題のある団体だったみたいが、ランバーが出現してからの十年弱ほどで、その行動は激化している。
ニュースメディアの受け売りにはなるが、多数のフェアリィ関連施設への襲撃や、果てには自爆テロまで行っているらしい。
恐らくだが、今ライカが使っているこのホムンクルスも、そうしたことに使用される予定だったのだろう。
このカルトの現状を一言で表すならば、さながら『フェアリィ・アンチ』と言ったところだろうか。
そしてそんなことをやっている団体なので、当然のことながらフェアリィの巣であるラヴェルとの関係は、悪いとしか言いようがない。
そんな連中に関わらなければいけないとなれば、峰園や天神が憂鬱そうな表情になるのも、無理もないだろう。
「それで、ここに集まらせたってことは、向こうから何か良くない連絡があったということですか?」
「察しが良くて助かります」
天神のその問いに、峰園はそう答える。
峰園は自身の側にあるボタンを弄り、モニターに画像を映し出した。
地図だ。地上の地形を描いた地図。
「今見ていただいているのは、そのホムンクルスの持ち主である、アルド教会の日本支部がある場所です」
「げ、ランバーの出現エリアに入ってるじゃん。何考えてんだろ」
峰園の説明に、落花が愚痴めいたことを言う。
それに対し、峰園は続けた。
「落花さんが仰る通り、この近辺のエリアはランバーが過去に何度か出現しています。とはいえさすがに規模は小さく、一年ほど前に弱いのが数機出たのが最後ですが」
「なんでそんなところに、ずっと居座ってるんでしょう……?」
と、レイは不思議に思っているようで、そんなことを呟いた。
それに答えたのは大羽だった。
「連中、ランバーのことを神の御使いかなんかだと思っているみたいだからね。天使かなんかだと思ってるのかも」
「主は来ませり、諸人こぞりて迎えまつれ。てな具合かな?」
大羽の言葉に、落花はどこか皮肉めいて笑いを見せ、そんなことを言った。
そういえば、ランバーが天使に見えると誰かが宣っていたのを、前に何かで見た気がする。
あれは確か、暇つぶしに読んだ本だったか。
あの本の著者は、ランバーを天使に見立てていた。
その人が言う天使とは、果たしてどういう意味だったのだろうか。
まあ、考えたところでわからないし、わかったところで、だから何だという話ではあるが。
「で、その場所がどうしたんです?」
と、天神。
すると峰園は、本日何回目かわからないため息を吐いた。
「ここまで直接、ホムンクルスを持ってきてほしい、という要請があったんですよ。あるフェアリィのご指名付きで」
「ご指名付き?」
峰園の言葉に、天神は眉をひそませる。
彼女がどこを疑問に思っているのかは、俺も理解できる気がした。
届けてくれ、というのはまあわかる。
理由は知らないが、ランバーの出現地域に拠点を構えている以上、荷物の輸出入にも難儀するのは当然の理屈だろう。
それこそ、フェアリィの随伴も無しに輸送機をランバーのいる地域に飛ばすなんて、自殺行為とすら言える。
パイロットは自動操縦だからいないにしても、荷物とそれを管理する作業員が、無駄に海底に入るだけだ。
だがわからないのが、『あるフェアリィのご指名付き』という一点だ。
ホムンクルスを教会の日本支部に届けて欲しいだけなら、荷物を確実に守れるフェアリィが護衛に就けば、それで事足りるはずだ。
特に先ほどの峰園の言葉を信用するならば、特定のフェアリィを指定するほどの特別性は、該当エリアにはないはずである。
何か企んでいるのだろうか?
フェアリィ嫌いで有名なカルト教団の要望だ。
何もないとは考えにくいが、一体……。
「……それで、連中の『指名』は、誰なんです?」
疑問は解消していないが、ともかく話を最後まで聞きたい。
天神はそう思ったのか、未だ納得のいっていない表情のまま、峰園にそう聞いた。
「リクエストは、一人だけです」
峰園は息を吐いて、名前を続ける。
「駆藤ヨーコさん、アナタを名指しで言ってきました」
その言葉を聞いて、俺を含めた全員が駆藤の方を見た。
「……そうか」
当の駆藤はそれに何か反応を示すでもなく、ただ淡々と、機械的な返事をしてみせた。
「……ハッキリ言って、容認できかねます」
それに嫌な予感でもしたのか。
天神は静かに、峰園に異議を唱え始めた。
「理由もなく隊員を派遣させるのは、隊長として見過ごせません。先方には、指名の話は断らせていただいて――」
「いいよ、隊長」
天神の異議を、しかし静止したのは他でもない、駆藤だった。
「ヨーコ、でも……」
「あそこは『難民指定住人』だ。あの辺の連中の要望を断るのは骨だぞ? そんな面倒なことしなくても、私が出ればそれでいいんだ。ならそれでいいさ」
そう言って、駆藤は笑ってみせた。
その笑みは、いつもと変わらない、どこかシニカルなもの。
普段よりもそれに覇気がない気がするのは、俺の気のせいだろうか。
「私はやめた方がいいと思うよ、ヨーコ」
すると、強い語気で大羽が言って、続ける。
「連中、反フェアリィの危険思想の集まりだ。そんな場所に下手に降りたら、何されるか……」
「反フェアリィだから、きっと私が呼ばれたのさ。お前ならわかるだろ? リリア」
どこか意味深な、駆藤のその言葉。
その言葉の指すところを知っているのだろう。大羽は、険しい顔をして、駆藤を睨んだ。
「そんなこと、あるはず――」
「悪いが」
反論しようとするリリアに、しかし駆藤は言葉を被せた。
「お前とこれ以上議論するつもりはない。話はこれで終わりだ」
そう言って、駆藤は席を立つ。
その様子はどこか、力が無いように感じた。
「もういいだろ、ミっちゃん。やることはわかった。詳細はメッセージで送ってくれ」
「え……は、はい、わかりました。出発日は二日後の朝0800ですので、ご留意を」
「輸送機は、もう決まってるか?」
「い、いえ、これからですが、それが何か?」
峰園の簡単な説明に対し、駆藤は頷く。
すると彼女は、今度は俺のほうを見て、言った。
「ニッパー。せっかくだ、ライカを輸送機役にして、お前も来いよ」
「俺が?」
「ああ、問題ないだろ、ミっちゃん? 人形一体だけなんだ。いざとなったときに機動力が高い戦闘機にした方が、何かと便利だ」
駆藤のその言葉に、峰園はふむ、と考えるしぐさをした。
「確かに、一理ありますね……わかりました、その方針で理事長にもお話しておきます」
「じゃあ、決まりだな。また二日後に」
話がまとまったと思ったら、駆藤はそう言ってそそくさをブリーフィングルームを出て行ってしまった。
なんだ、なんでわざわざ俺を巻き込んだんだ、アイツ?
「……なんかヨーコさん。様子が変じゃないですか」
「なんだろ。お腹すいてて機嫌悪いのかな?」
どうやら俺以外も駆藤の様子に違和感を感じていたようで、レイと落花がそんなことを話していた。
「どう思う、リリア?」
「……わからない」
天神と大羽も、同様の話をしていた。
だが、なんだろう。
大羽を見てみると、なにか言葉に詰まっているような、そんな印象を受ける。
「ひとまず、任務説明はこれにて終了します。解散」
そんな峰園の言葉と共に、ブリーフィングルームにライトが点いた。それと同時に、各々が席を立つ。
しかしながら、やはりというか、皆同じような気分になっているようだった。
どろりとへばりつくような、違和感を感じている。
「ニッパー」
そう考えていると、大羽が神妙な顔で、俺を呼んだ。
「……なんだ」
「このあと、時間ある? 話したいことがあるんだ」
「わかった」
大羽は俺の返事を聞くと頷いて、続ける。
「じゃあ、時間と場所は、あとでメールで。待ってるから」
そう言って、彼女は部屋から出て行った。
部屋に残ったのは、俺とライカだけだ。
「……行こう、俺たちも」
俺はそう言って、膝に座っているライカを見る。
彼女は何もしゃべらない。
ただじっと、無機質な表情で、俺を見つめ続けていた。




