アナタと同じ形で
『ホムンクルス』という名の人型ロボットの話は、俺も聞いたことがあった。
結構昔にどこかのデカい会社が大仰に発表していたのを、何かで見たんだっけか。
あれはいつ何で知ったのだったか。研究所に売られる前だから、家の雑誌かそれともTVか。
いや、それはどうでもいいか。
とにかく、『ホムンクルス』ほとんどが有機部品で構成されている、人間とほとんど見た目が変わらない、俗に言う人造人間と呼べるもののようだ。
と言っても、別に昔のSFみたいな、自分で考えて勝手にしゃべって動くようなものではない。
まあ当たり前といえばそうだろう。そんなロボット三原則が現実になりそうなAIを創り出せるのなら、とっくの昔にシンギュラリティが起こっているはずだ。
実際は何種類か売られている疑似人格ソフトをインストールして、人間に対して受動的に受け答えをするのが精々だったらしい。
ガワは人間そのものだが、中身は全くもって人間足りえない。
そんな中途半端さが災いしたのか、『ホムンクルス』はほとんど流行らなかったと言っていいだろう。
今でも接客や託児所の保育、介護サービス、エトセトラに使われているらしいが、それもごく少数のことだ。
そんな有様だから、最近ではもはや生産ラインも停止され、世間に『ホムンクルス』という商品はすでに忘れ去られ、いまいちパッとしない過去の遺物となり果ててしまった。
「……と、こういう経緯があったわけよ」
というホムンクルスの話を、現在俺は桂木から丁寧に……実に丁寧に教えられていた。
メンテナンス時にいつも来ている、桂木のラボ室。
そこに備え付けてある時計を見ると、彼女がこの話をしてから既に数時間ほどが経過していた。
「でもホムンクルスは不遇だったけど、本当は凄いポテンシャルを秘めてると私は思うわけ。例えば――」
「桂木」
なお続けようとする桂木に、思わず割って入った。
これは放置してると一日潰れるな。
「なによ、ここからが面白いところなのよ?」
話を遮られた桂木は、やはり面白く無さそうに唇を尖らせる。
技術者の性なのか知らないが、桂木はこういう工学分野の話がめっぽう好きらしく、一度その手の話をすると、放っておけば日が暮れるまで熱弁する癖がある。
とは言え、それでは一向に話が進まないので、中断してもらうしかない。
「すまないが、それは大学で講義に行ったときにでも取っといてくれ。それより――」
俺は桂木のすぐそば、手術台のようなベッドに横たわっている『あるもの』に目を向け、続けた。
「『そいつ』についての情報は、何かわかったのか?」
そこにあるのは、つい先ほどまで桂木が熱弁していた『ホムンクルス』そのものだった。
今日のミッションで、ライカが見つけてきたやつだ。
見た目の系統としては、セミロングの銀髪を携えた、小柄な女の子と言えるものだった。
天神かと同じくらいの体格だろうか。
潮風に長いこと晒されていたのか、ボロボロで、ところどころ腐食している。
元の肌が非常に白く滑らかなこともあって、その汚れは一層目立って見えた、
あの偵察任務で、俺たちはすぐにこのホムンクルスを発見したことをラヴェルに報告した。
言ってしまえば不法投棄されたロボットを発見しただけだが、発見した場所が場所だけに、念を入れた方がいいと思ったのだろう。
ラヴェルの指示の下に一応持ち帰って、そのまま桂木に調査してもらうことになったわけだ。
そして、滅多に見ないホムンクルスを見た桂木は大はしゃぎ。
作業をしながら先ほどの講義を話し始め、現在に至る……という流れだ。
「あ……ごめんごめん、とっくに診断が終わっているわ」
桂木はそう言って、誤魔化すように苦笑いをしてみせた。
どうやら何かしらの調査用ツールを走らせていたようだ。
「で、どうだったんだ」
「うーん……こんな時間になっちゃったし、せっかくだからレイたちも揃ったときに話そうと思うんだけど、どう?」
桂木の言う通り、レイたちはまだここにはいない。
午後の授業がまだ残っているらしく、学園へ戻る必要があったらしい。
あとで合流すると言って、デブリーフィング後に一旦別れたのだ。
まあ、確かに桂木の言う通り、もう午後の授業とやらが終わってもいい頃だろう。
もう間もなく来るのがわかっているのに、二度説明する手間も必要ないというのは、その通りだ。
「ああ、構わない。そういうことなら、今のうちに今日の活動データをライカと共有したいんだが、いいか?」
「もちろん。そこの端末使って」
桂木はそう言って、PCの中からいくつかある予備のものを指さした。
ちなみに俺がいつも使っているPCは、現在桂木がホムンクルス調査に使用している。
「データは全部プライベートネットで共有してるから、いつも通りに使えるはずよ」
「わかった、ありがとう」
桂木に礼を言ってから、予備のPCで、ライカへと接続する。
<user:[SIG-T-28]>
<accept connect>
すると、ライカからレスポンスが返ってきた。
これで接続は完了だ。作業に進むとしよう。
と、思ったその矢先、ラボのドアが開く音がした。
噂をすれば何とやらか。
そう思って、ドアの方に目を向ける。
「失礼しますドクター桂木。経過報告書を持ってき――ゲェッ!?」
すると、そこにいたのは、予想とは全く異なる人物だった。
俺はこの人物を知っていた。
ウェーブのかかった黒髪に、褐色の肌。
……そして右腕に、金属製の義手が装着されている。
「アイシャか?」
「……ご、ご無沙汰してます、ニッパーさん」
どこかバツが悪そうにそう返す彼女は、間違いなくアイシャだった。
俺と天神が中東に行った時の水先案内人。
ランバーに精神を乗っ取られ、そのせいでライカに攻撃され右腕を失い、挙句の果てに口封じのために味方に殺されかけるという踏んだり蹴ったりな目に遭っていた、元アレイコムのフェアリィだ。
その後いろいろあって、今はこのラヴェルに居るわけだ。
担架で運ばれたのを最後に見たきりだったが、どうやら問題なく過ごしているようだ。
「そ、その……」
すると、なにやらしきりに周囲を見回しながら、アイシャが言いにくそうに聞いてきた。
「なんだよ」
「アナタがいるってことはその……天神さんもいらっしゃったりします?」
「え? いや、天神はここにはいないが」
「……なぁんだ、よかった~」
と、俺の返答を聞いた途端、彼女はホッと胸をなでおろした。
何故かはわからないが、天神を恐がっていたらしい。
増槽に詰められたこと、まだ根に持ってるんだろうか?
「あら、アイシャちゃん。どうしたの?」
と、桂木もアイシャの存在に気づく。
「経過報告書ですよ、提出今日でしたよね?」
「あ、そういえば今日か……ごめんなさい、うっかりしてたわ。そこに置いておいて」
「はいっす」
桂木に言われ、アイシャはデスクに何枚かの紙を置いた。
その動作をしたのは右腕――つまり金属の義手で、静かな部屋に僅かに響くモーターの駆動音が、妙に印象的だ。
「……気になります? これ」
どうやら自分でも気づかないうちに、目で追ってしまっていたらしい。
アイシャは俺の視線に気づいたようで、見せびらかすように義手の手をひらひらと動かしていた。
「全部機械部品の義手ってのも今時珍しいな。集中治療中の代替品か?」
アイシャが身に着けているようなタイプの義手は、今となってはもはや時代遅れと呼べる代物だ。
昨今の義手は非常に精巧で、それこそ本物と見分けがつかないくらいのものが大半を占めている。
仮にそれが無いとしても、フェアリィは優れた自己再生能力で、失った部位を再生させることが出来る。
さすがにヤモリみたいに腕を生やすとなると時間がかかるが、それでも集中治療を受ければ、一か月程度でできたはずだ。
「あーいや……治療は受けませんし、義手もこのくらいで丁度いいです」
すると、アイシャはどこか遠い目をして答え、続けた。
「だって、失くした腕が生えてくるなんて、化け物じゃないですか、そんなの」
そう言うと、彼女はおもむろに髪をかき上げ、そのうなじ部分を俺に見せてきた。
記憶の限りでは、アイシャのそこにはデータチップ挿入用の差込口があったはずだ。
しかしながら、穴があったはずのその部分は皮膚によって塞がれていた。
僅かに残っている溝が、その痕跡を示すのみとなっている。
「……まあ、一回殺されそうになって、自分の中でいろいろ、思うところがあったってだけの話です」
アイシャはどこか諦めたような、乾いた笑いを俺に見せる。
やはり、インプラントの影響で身体を乗っ取られたことが、尾を引いているのかもしれない。
人間を逸脱することへの恐怖。
こうやって意識してみると、俺の周りは、人間と非人間の境目に苦悩しているやつが意外といるみたいだ。
「……すまなかったな、ライカが」
「別にいいです……と言ったらさすがに嘘になりますが、今更怒る気もありませんよ。気にしないでください」
さて――彼女はそんな声を出して、続ける。
「じゃあ、もう行きますね。お疲れ様でした」
そう言って、アイシャは資料をデスクに置き、ドアに踵を返そうとした。
「あ! 待って、そこ配線がめちゃくちゃ散らかってるから気を付け――」
「え、あ――」
と、桂木が言ったその瞬間、アイシャは配線に足を取られて姿勢を崩し――。
次の瞬間、部屋が真っ暗になった。
「ぎゃあー!? なんですか!?」
「ご、ごめーん! その辺電源系統の配線あるから、慎重にって言うの忘れてて……」
「そんな大事なものなんで床にうっちゃってるんですか!? 危なすぎるでしょ!」
「ほ、ホントにごめんなさい。整理しなきゃと思ってたんだけど、ついつい後回しにぃ……」
アイシャの叫び声と、桂木の申し訳なさそうな声が暗闇に響く。
まいった、本当に何も見えない。光源となるものが何もないのだ。
PCの電源も全て強制シャットダウンしてしまっている。
定期的に自動でバックアップしているので大丈夫だとは思うが、あとで一応、データが破損していないか調べなければ。
「桂木、とりあえず予備電源に切り替えれないか?」
「え、ええ。もうすぐ自動で切り替わるはずよ」
それならば、まあいいか。
とにかく、下手に動かないほうがいいだろう。
一旦じっと座って、電源が回復するのを待つか。
と、その瞬間。
ドン、という何かがぶつかったような衝撃が、胸の下あたりに走った。
「うん……?」
何事かと思い、とっさにぶつかってきた物体に手を当てる。
……机や棚みたいな置物じゃないな、感触が柔らかい。
物体のてっぺんらしき部分を触ってみると、サラサラとした触感。
糸、いや――髪の毛?
……なんだ、人間?
アイシャか?
いや、にしてはサイズがやや小さい気がする。
なんだ……?
そう思っていたところで、部屋の照明が点灯した。
それを皮切りに、部屋にあった機材も、次々に電源を復旧させていく。
「あ、点いた」
「よ、よかった~、作業データ確認しなきゃ――え?」
明かりがついたことで、ようやくアイシャと桂木の姿を確認することが出来た。
が、何やら桂木は俺を見て、驚いたような顔をしている。
どうしたのか、と思いつつも、俺は視線を自分の下に向ける。
「に、ニッパーそれ……」
顔が引きつったように、俺に引っ付いている『それ』を見る桂木。
正直なところ、俺も驚いていた。
先ほどまで、ホムンクルスがあったベッドを見てみると、そこはもう、もぬけの殻となっていた。
当然だろう。
今まさに、それはここにいるのだから。
「……」
それは何も言わず、動かず。
ただ抱きしめるように俺の腰に手を回し、じいっと俺を見つめていた。
空っぽだったはずの少女型のホムンクルスが、稼働し、その目をしっかりと開いていた。
「なんだ?」
ふと、背中に違和感を覚える。
なにやら、このホムンクルスが、俺の身体を指でトントンと叩いている。
攻撃――というには、あまりにも不器用で拙く、弱い。
何回かそれを行われると、それには規則性が有ることがわかった。
これは、モールス信号か。
「……なんだと?」
それをモールスだと仮定して解読してみると、あり得ない文字列が浮かび上がった。
いや、しかし……そんな、まさか……。
IAMLAIKA
しっかりと俺を見つめているそれは、何度も俺に、そう伝えていた。




