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甲冑騎士とキズモノ令嬢  作者: あかこ
6/25

素敵な思い出

 消えていく。

 まるで黒の絵具で塗りつぶされていくように、映像が、憧憬が、消えていく。

 徐々に黒色が浸食していくのを、まるで遠目から眺めるように受け入れているのだ。

 塗りつぶされた先には何も残らない。

 あるのは深淵のような暗闇。

 塗りつぶされた先に何が描かれていたのかなど、もはや分かるはずもない。

 そうして塗りつぶされた憧憬が点々と続いている。

 そこに何があったのだろう。

 何が描かれていたのだろう。

 辛うじて見える映像を見てみれば、それはアレッシオの記憶であった。

 

(そうだ)


 これは、自分の記憶。

 塗りつぶされていくのは己の思い出だ。


 黒色が浸食していく速度は緩やかで、しかし確実に記憶を消していった。

 眺めている今でさえゆっくりと塗りつぶしていくのだ。


 止める手立てもなく黙って暗闇の中を眺めていると。

 歌声が聴こえてくる。

 透明感のある静かな歌声。

 その歌声は心地良く、聴いたことのないメロディがアレッシオの中で溢れ出す。

 すると。

 暗闇に塗り潰されていた映像が微かに光り出したのだ。

 

(何だ?)


 歌声と共に暗闇は剥がれ、映し出された映像には幼い頃のアレッシオが映っていた。

 三歳ぐらいの幼いナディアと共に手を繋ぎ、草原を共に歩いていた。

 傍らには両親が立っている。

 途中、手を繋いでいたナディアが躓き手を擦りむく。咄嗟のことに支えられなかった幼いアレッシオは慌てた様子でナディアを立たせる。

 ナディアは大声で泣きだした。

 困った様子で泥を叩き、それからアレッシオはナディアを抱き上げた。

 幼い身体が、更に小さな体を抱き上げる。

 もう大丈夫だからと頭を優しく撫でる。

 ナディアは泣いていた顔をアレッシオの肩に摺り寄せ涙を拭う。

 困った様子で眺めていた両親が安堵した様子で微笑んだ。


(忘れていた)


 ずっと忘れていた記憶だった。

 両親の顔も、幼い頃のナディアとの思い出も忘れていたアレッシオの心の中に透き通るような風と涼やかな歌声が鳴り響く。

 次第に景色は遠ざかっていく。

 周囲には変わらず暗闇がゆっくりと光を覆うように蠢いている中で。

 それでもアレッシオは見つめていた。

 意識が途絶えるその時まで。




「…………ん……」


 目覚めた先に入ったのは、眩しいまでの日差しだった。

 そして耳元で聴こえていた小さな歌声がぴたりと止まる。


「お目覚めですか?」


 甲冑越しに見える金色の髪と、そして一人の女性の姿。

 ミモザが自身を見下ろしていた。


「…………あれ……」


 アレッシオはぼんやりとした思考のまま身体を起こしてみれば、目の前には壮大なマーガレットの花畑が広がっていた。

 気候は穏やかで鳥の囀りも聞こえてくる。風に誘われて草木が揺れている。

 

「自分は……寝ていたのですね」

「はい。昼食の後に横になってくださいってお願いしたのは覚えていますか?」

「あ、ああ……そうでしたね」


 思い出した。

 昼食にサンドイッチを食べた後のことだ。この後帰ったらまた世通し馬を走らせる予定だと伝えたら、「ここで昼寝をしておくべきだ」とミモザに言われたのだ。

 半ば無理やり横になったところまで覚えているが、まさか本当にうたた寝するとは思わなかった。


(兜を付けていてよかった)


 今の自分は、己の痴態に顔を赤らめているだろう。耳まで熱いのが分かる。数年甲冑を身に着けていて唯一の有難いところは、見られたくない表情を相手に見られないことだろう。

 ミモザの手元にはマーガレットの花束が二つほど出来上がっていた。どうやらアレッシオが眠っている間に近くの花を手折って作ったものなのだろう。包装紙まで用意していたらしく可愛らしい小さな花束は金色の髪を風に揺らすミモザによく似合うと思った。

 時折彼女から聞こえる小さな鼻歌のフレーズに何処か聞き覚えがあった。


「その歌は?」

「あ、これは父から教わった歌です。父の故郷の歌らしくって、小さい頃に子守唄にして聞いていたら覚えました」

「父君の故郷……」


 先ほど眠っている時に聞こえていた曲は彼女の歌声だったのか。

 確かにアレッシオは彼女の歌う曲に覚えはなかった。時々紡がれる歌詞についても言語が違うのか意味が分からなかった。

 デュランタ王国の言語は大陸でも公用語として扱われる言語を使うため、聞き慣れない言語を聞くのは遠い地へ遠征に行くか、または行商人や移民と対話する時ぐらいであり、そういった場合必ず通訳を雇っている。


「……失礼かもしれませんが、その……ミモザさんの御父君はどちらの出身なのですか?」

「父ですか? フィール領です。けれど、父の曽祖父や古い代はフォレクス山脈の麓の出身だと聞いています」

「フォレクス……随分遠いところですね」

「はい。とても寒い地域だったらしいですね。私も父も行ったことはありませんが、けれど当時の習わしは曽祖父から厳しく教わっていたらしいですよ」

「習わしですか」

「はい。今の歌とかおまじないとか……曽祖父はどうやら占術者だったのでしょうか。そういうおまじないや歌とかを父は習っていたみたいで。けれど父にも私にもそんな力はないから、多分もう消えちゃったみたいですね」


 ミモザの話す占術という言葉やフォレクスの土地について考えるもアレッシオには何も浮かばなかった。フォレクスは数百年も前に危険地域として当時の王国が立ち入りを禁じた事だけは歴史の中で学んだ程度だった。


「……いい曲ですね」

「はい! 小さい頃、私一人で眠るのが怖くて、夜に父が眠りにつくまで歌ってくれたんですよ。私どうしても夜の灯りがお化けに見えて怖かったから」

「はは……そうなんですか」

「アレッシオ様は小さい頃に怖かったものとかありますか?」


 強い騎士として知られるアレッシオに怖いものがあったのだろうか。

 そんな純真な気持ちで尋ねてみれば。

 アレッシオは一瞬黙った。


「…………そう、ですね……」


 少し躊躇した後。ふと、顔を上げてミモザを見た。


「ああ……思い出しました。ナディアの……妹の泣き声が怖かったです」

「妹さんの?」

「ええ。赤子の時、彼女が頭を机にぶつけて大泣きしたことがあったんです。そう……その時確か……死んでしまうんじゃないかって怖くて……」


 言葉がぽつり、ぽつりと零れ。そして消えていく。

 ミモザは不思議そうにアレッシオを見つめていた。表情は分からないものの、明らかにアレッシオの様子がおかしいと思ったからだ。


「アレッシオ様?」


 名を呼ばれアレッシオが顔を上げた。


「すみません。少し、昔の事を思い出していました」

「そうなんですね。アレッシオ様は妹さんがとても大事なんですね」

「……今は口うるさいお節介になりましたけどね」


 苦笑する声色にミモザは何処かホッとした。いつも通りの彼だ。


「……小さい頃に家族と、ここのように広い草原に出掛けたことがありました。そこで、ナディが転んで大泣きしたことがあったんです。だから彼女を抱き上げて慰めたことがあったんです。もう大丈夫だって」

「素敵な思い出ですね」

「ええ…………そうですね…………」


 見上げればマーガレットの草原と青空が広がる景色。

 思い出した景色と重なる。

 

「本当に……良い思い出だ」


 忘れていた記憶の欠片を、何度となく思い出しながらマーガレットの花開く草原を見つめていたのだった。




「ありがとうございました」

「こちらこそ。疲れていないですか?」

「大丈夫ですよ。ミモザさんも疲れていませんか?」

「はい。とても楽しかったです」


 ミモザの屋敷に到着した馬車から移動し、アレッシオがトリエルを連れて正門まで来た。今は夕刻頃で太陽が沈みだしている。

 あっという間の時間だったと思うのはどちらの感情か。

 名残惜しいような気持ちのままミモザはアレッシオを見上げ、アレッシオは黙ってミモザを見つめていた。


「…………あの、アレッシオ様」

「はい」

「また、お出かけしませんか?」


 意を決してミモザが伝える。

 夕暮れの太陽の光によって頬の赤らみは霞んで見えるが、彼女の表情は明らかに緊張を孕んでいた。

 女性から誘う行為は大胆であり、しかしそれだけ強く願う想いがあるのだ。

 その気持ちを、アレッシオが汲み取らないはずもなく。

 少しだけ躊躇した後に、手袋伝いでミモザの手を優しく触れた。


「勿論です。また出かけましょう」

「……手紙を書きますね」

「僕も書きます」


 初めてアレッシオの呼称が「僕」であったことにミモザは気が付いた。

 今まで「自分」や「私」と呼んでいた言葉遣いが固く余所行きに思えたものが、「僕」と語られるだけでこんなにも違うのか。

 握られた手を見つめながら頬が緩まずにいられなかった。


「……あ、忘れてました。これ……」


 頬を赤らめたミモザは思い出したように腕に掛けていた籠から一つの花束を取り出した。それは先ほど作ったマーガレットの花束だった。


「馬で移動するので邪魔になるかもしれませんが、もしよろしければナディア様にお土産です」

「妹にですか?」


 少しだけ拍子抜けしたような声色の甲冑騎士を、ミモザは不思議そうに見上げた。


「お嫌いですか? やっぱりトリエルに運んでもらうには邪魔でしょうか?」

「いえ、そんなことはないです。ええっと……」


 アレッシオは言葉に詰まる。

 言える筈がない。

 妹にではなく、自分が貰ってはいけないのか、などと。


「…………ありがとうございます」


 相変わらず自身が甲冑で良かったと、頬に熱を集めながら花束を受け取った。甲冑越しからも分かるマーガレットの花の香りは、日中に過ごした穏やかな時間を思い出させた。

 騎乗し屋敷を後にする。

 見えなくなるまで見送るミモザの姿を時折振り返り見つめる。僅かに手を振れば、彼女もまた返してくる。

 何度となく振り返っては小さく見えなくなっていくミモザの姿をアレッシオは記憶に刻みつけた。何度も何度も何度も。

 忘れないように、失わないように。

 彼女の笑顔を、歌声を。

 何一つ、失いたくなかった。




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