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甲冑騎士とキズモノ令嬢  作者: あかこ
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世界はどうしてこんなにも

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 二回目の顔合わせは、案外早く訪れた。

 文で日程のやり取りをしていたものの、ここまで早く再会の日が決まると思っていなかったミモザは、せめてお気に入りの外出用ドレスを選んでその日を迎えた。

 水色の、スカートの裾にほんのり刺繍がついているお気に入りのドレス。外に出るということもあってつばの部分は大きい。

 手には軽食のサンドイッチ。

 ミモザはほんの少し早鐘を打つ胸にソワソワしながら、自邸の正門で訪問者を待った。

 手紙にはアレッシオ自身が馬で迎えに来てくれると書かれていた。馬に乗って花を見に行かないかと誘われたのだ。

 二度目の再会を約束した後、何処に行きたいか相談した。

 ミモザは花や散歩が好きだと伝えれば、アレッシオは読書が好きだと返ってきた。特に詩集が好きだという彼に、では外でピクニックをしながら好きな詩を教えてもらう、という約束をしたのだ。


 入口の門前から道を眺めていれば、遠くから蹄の音が近づいてきた。

 姿が見えれば、大きな焦げ茶色の毛をした馬に男性が乗っている。兜を着けた姿は戦に向かう騎士のように見えたが、ミモザは彼がどうして訪れてきたのか知っている。

 笑みを浮かべ、アレッシオが門の前で止まり馬から降りる姿を見つめていた。

 乗せてくれた馬に対し頭を撫でて労うと、振り返りミモザを見た。


「おはようございます、ミモザさん」

「おはようございます。アレッシオ様」


 手紙のやり取りから、お互いの呼び方が変わった。

 お互い名前で呼び合いましょうと提案したのはミモザからだった。今までの呼び方だと堅苦しさを感じてしまうため、そのようにお願いをしてみればアレッシオは快く承諾してくれた。

 けれど、直接お互いに顔を合わせて名を呼ぶのは今日が初めてだった。

 アレッシオは暫くすると甲冑で隠した顔を俯かせた。


「なんか、慣れないですね」


 どうやら名前呼びしたことに対して、彼なりに何かを感じているようなのだが。

 生憎表情は見えないため、どのような感情なのかまでミモザは分かることが出来なかった。


「少しずつ慣れていきましょう。この子の名前は何ですか?」


 ミモザは改めて焦げ茶色の馬に目線を向ける。

 アレッシオの隣で彼に鼻先を向けて撫でて欲しそうにしている馬に、「ああ」とアレッシオは撫でながら答えた。


「トリエルです。騎士団で自分専用の馬なので、脚は早いし体力もありますよ」

「こちらまではどのぐらいでいらっしゃったのですか?」


 早馬で来ても半日以上は掛かる距離であるフィール領だ。

 騎士団の馬でも朝早くに到着するためには隣村か何処かで泊まらないといけないのではと思ったために聞いてみたが、アレッシオからの反応はまた違った。


「夕刻から早駆けして来ました」

「え……夜の間もずっと走っていらしたのですか?」

「はい。トリエルも任務で夜の間翔けることには慣れているので、特段大変なことではありませんから」

「でも……アレッシオ様。眠くないですか?」


 表情が見えないため、彼が疲労しているかすら分からない。

 見上げる先の甲冑騎士は黙ってミモザを見下ろしている。声が無いと威圧感のある兜はほんの少しだけ俯いて声を発した。


「大丈夫ですよ。眠くないです」


 兜の先から聞こえる声は穏やかで優しい。

 長年甲冑を纏っている彼は、恐らく自身が普段からどれほど周囲に威圧感や恐怖を抱かせているのか分かっているのだ。


「……これから行く草原はとても日当たりが良いですから、良ければそこでお昼寝しましょう」

「昼寝ですか」

「はい。とっても気持ちが良くて、幼い頃に行っては父とうたた寝をしちゃって、そうして母に怒られていました。夜に眠れなくなるからって」


 淑女は原っぱの上でうたた寝をしてはいけませんと叱る母は、厳しかったかもしれないが。それでも母がいつもうたた寝をしてしまう子供と夫のために毛布を必ず持ってきてくれることを知っている。


「それは……楽しみですね」

「はい!」


 話をしていれば、移動するために用意した馬車を連れた御者がやってきた。

アレッシオの愛馬であるトリエルを厩に繋ぎ、二人で馬車に乗る。そこまで大きくない馬車の中に入り座れば、少し窮屈そうに縮こまる兜を着けた男性がいる。その光景はどこかちぐはぐでミモザは思わず笑った。


「狭くないですか?」

「いえ……ああ、はい。こればかりはどうしようもないですからね」


 きっと兜の中では照れた顔があるのだろう。

 馬車が揺れ、動き出した。

 フィール領の町はさして大きくない。田舎町という単語が似合う穏やかな街並みが続いていく。

 少し離れた先に川があり、住みやすい土地ではある。田畑も多く自給自足が町の中で補えるため、外部との交流がそこまでなくとも生活出来る。

 窓から景色を見ていたミモザはほんの少し視線をずらしてアレッシオを見れば、彼もまた外の景色を見つめていた。

 彼の瞳の色は何色なのだろう。

 彼の髪の色も分からない。顔立ちも何もかも。

 唯一見えた唇は真っ直ぐに弓を描き整っていた。不機嫌そうにも見えず、かといってひょうきんなようにも見えない。

 言葉を交わさなければ、ミモザとて畏怖する感情が芽生えたかもしれない。

 甲冑に顔を隠されたアレッシオの顔は、銀色の装具によって全てを遮断している。どこから視界が見えているかも分からないからないほどに甲冑から瞳は見えない。鋼色の兜に冷淡さを感じることもある。

 背も他の男性よりひときわ高いため、身長から威圧感が生じるのだが、アレッシオは意識しているのか少し距離を取り、僅かに屈んで話をしてくれる。その気遣いもあって、身体の大きさによる恐怖心はない。

 

 優しい人。

 それが、ミモザの抱くアレッシオという人間の印象だ。


 馬車に揺れる間もぽつりぽつりと会話は続く。甲冑越しのアレッシオはミモザに対し好きな食べ物や好きな花の話題を振る。ミモザはそれに答え、次にこちらからアレッシオに問う。彼の趣味が読書ということもあり、どのような本や詩を読むのか聞いた。


「ヴィフォーの詩集が好きでよく読んでいます。『私が歌を望む時 空は私を見るだろう。風は音楽を奏で 星は喝采の拍手でそれを讃える。嗚呼 世界とはどうしてこんなにも 美しいのだろう』……」

「ヴィフォーの世界賛歌ですね」

「ええ。とても素晴らしい詩です。『血は地へ 始は死へ 終末は影となって隣人の如く訪れようと 私は歌を望むでしょう。嗚呼 世界のなんと美しいことか』」


 アレッシオの口から紡がれる詩は有名なものであり、ミモザも好きな詩だった。


「騎士として勤めを果たす中で、心が荒むこともあります。けれど、詩を思い出すと気持ちが落ち着きます。自分はどうして騎士を目指したのか思い出すことが出来ます」

「……アレッシオ様はどうして騎士に?」


 甲冑の男は黙り、そして真っ直ぐにミモザを見据えた。

 そして、穏やかで優しい声色で答えるのだ。


「大切な人達を守るためですよ」




 到着した草原はミモザの覚えている頃の景色と何一つ変わっていなかった。

 一年中咲き誇るマーガレットの花はフィール領の名産にして唯一の観光地かもしれない。


「すごい。何処までも広がっていますね」

「ここの草原は気候も涼しくてずっと咲いています。とても綺麗です」

「ええ……すごいな」


 一面の地を真っ白に染めるほどに咲くマーガレットの花びらが風に揺れる。仄かな花の香りに一帯は包まれている。

 ミモザは花の落ち着いた箇所に麻布を敷けば、そこに軽食用に持ってきた手提げを置いてから大きく伸びをした。

 ふとアレッシオに視線を向ければ長身の甲冑騎士が真っ白な花畑に佇んでいる。それだけで一枚の絵のようだった。

 兜の男はこちらを振り向くと「馬車移動で疲れましたか?」と聞いてきた。


「少し疲れました。アレッシオ様は? 眠くありませんか?」

「大丈夫ですよ。けれど、眠くなる気持ちが分かりました」


 馬車で話していたことを言っているのだろう。ミモザは僅かに頬を赤らめて微笑んだ。

 青空と満開のマーガレットを眺める。

 そして、その場に佇むアレッシオの姿を。


 どうしてだろう。

 こんなにも穏やかな気持ちで、それでいて何処か胸を騒がせる気持ちになるのは。

 顔も知らない甲冑の騎士のことを。

 不思議にも目が離せないままにミモザはずっとアレッシオを見つめていた。


 ヴィフォーの詩に書かれた通りだ。

 世界とはどうしてこんなにも 美しいのだろう。



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