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甲冑騎士とキズモノ令嬢  作者: あかこ
24/25

歌声と共に

 近頃、デュランタ王国内で英雄譚が繰り広げられている。

 伝説のドラゴンを制し一人の騎士。

 真っ直ぐに伸びた赤銅色の髪が特徴的な英雄の話が。

 二度に渡りドラゴンを倒した彼は、かつて甲冑騎士と称されていた。常に甲冑を身に着ける騎士の鑑。その剣術は凄まじく、ひと薙ぎでドラゴンを仕留めるとさえ言われている。

 が、勿論そんなものは噂話である。


 以前からあった噂が、アレッシオの素顔が公になったことにより美談として語られるようになったことは、彼を知る周囲の者の共通認識である。

 そして、当のアレッシオ自身は、英雄譚で語るほど英気があるわけでも、英雄らしい振る舞いをするでもなく、ただただ控えめで大人しい青年なのだ。


 周囲の者が気にすることはただ一つ。

 彼が、いつ想い人であるミモザ・エタンフィール嬢に結婚の申し込みをするか。


 それだけである。




「まだ言っていないんですか?」


 呆れた口調でアレッシオに告げるのは、彼の部下であるトーマスだ。

 長年付き合ってきた上司が、この手の話題になると相当の奥手なのだと改めて知った彼は、一体何度目の溜息を吐いたことだろうか。

 アレッシオは無言で愛馬にブラッシングをしていた。その頬と耳は微かに赤い。


 あの日、アレッシオの兜が外れた時。

 改めて想いを伝えた。

 ミモザはその言葉に喜び、頷いてくれたのだ。


(ミモザさん……)


 あの時の喜びを、彼女から告げられた告白をアレッシオは片時だって忘れたことはない。

 一人の女性にこれほど恋焦がれたことなどないアレッシオには、全てにおいてミモザとの日々が新鮮であり愛おしかった。

 ようやく体力も戻り、周囲の騒々しさも落ち着いてきたところで、やっと休日に会いに行けるぐらいの余裕が出来たところなのだ。


「アレッシオ隊長。部下とはいえ一人の友人として言わせてください。さっさと結婚の申し込みをしてください」


 随分はっきりと明言してくる部下の言葉にアレッシオは巨体を僅かにひるませる。


「…………分かっている」

「い~や、分かってませんね。どうせお会いしたって『今日はいい天気ですね』『そうですね~』なんてのほほんとした会話でもして終わってるんでしょう」


 その通りである。


「……会えるだけで十分に幸せなんだ。これ以上急がせて彼女を困らせたくな……」

「なーんで困るって決めつけてるんですか! むしろ言わない方が困らせるに決まってるんですよ!」


 大げさなほどにトーマスが溜息を吐く。


「想いが通じあったなら、さっさと結婚の申し込みをしないと! 相手が不安を抱くかもしれないって思わないんですか? そもそも隊長の身分なら政略結婚も当たり前の中で、恋愛結婚出来るチャンスなんですよ!? 相手が逃げる前にさっさと決めるべきですよ!」


 トーマスの言葉に、アレッシオは頷くでもなく微かに困った表情を見せる。アレッシオ自身、焦るような事はしたくないのが事実なのだ。だが……


(トーマスの言うように、ミモザさんとしても結婚を早くしたいのだろうか)


 彼女は一度婚約を破棄されている。

 だからこそ、焦らずゆっくりと進めていくべきであるとも考えていたのだが、それはあくまでアレッシオの考えでありミモザから聞いたわけではない。


「…………考えておく」


 俯いていると、愛馬のトリエルがアレッシオの腕に顔を摺り寄せる。まるで慰めてくれているその様子にアレッシオは苦笑した。


「お前も、ミモザさんが好きだったな」


 まるでトリエルからも「早くしろ」と言われているようで、アレッシオは苦笑した。



 

 休日。アレッシオは改めてミモザの元へ向かっていた。

 愛馬は既に道にも慣れたのか、何一つ指示をせずともミモザのいる場所へ向かってくれる。


(とは言うものの……)


 アレッシオはミモザの住むノルド家に向かいながら考える。

 果たしてどのように結婚の申し込みを行うものなのだろうか。

 正式な手続きを踏むのであれば、彼女の両親に事前に手紙でその旨を伝えた上で挨拶に向かうものだ。

 だがそれは、あくまで見合いや親同士の決めた結婚に基づく流れである。

 ミモザの場合、どのように告げるべきなのだろう。

 そんな風に思案している間に、ノルド家に到着する。


「アレッシオ様!」


 既に外で待っていたミモザがアレッシオの姿を見かけると少しばかり駆け足でアレッシオの元までやってきてくれた。


(ああ)


 可愛いな、なんて思わず考えてしまうぐらい、今のアレッシオは心が浮ついている。

 今まで兜越しに見つめていたミモザよりも、直に見つめられる今の方が、より鮮明にミモザを映し出せる。そして、彼女の記憶を失うことがない。それが何よりも喜ばしい。


「こんにちは」

「はい、こんにちは!」


 ありきたりな挨拶しか言えないアレッシオは、己の語彙力を呪うばかりである。

 あれほど詩集で愛の言葉を読んでいたって、実践できるものでは到底ないのだ。


「今日は少し離れた高原に行きます。準備は大丈夫ですか?」

「はい! お弁当もちゃんと持ってきました!」


 嬉しそうに籠を見せてくれるミモザに苦笑しつつ、アレッシオは手を差し伸べる。


「それじゃあ、行きましょう」


 差し伸ばされた手に触れれば、アレッシオはミモザの持つ籠を手に取り、彼女をゆっくりとトリエルに乗せた。

 二人で乗馬すると、トリエルはゆっくりと進みだしたのだった。




「綺麗な場所ですね!」

「ええ。以前に行ったマーガレットの花畑には劣るかもしれませんが」

「そんなことはありません! とてもきれいです」


 向かった先は、王都から少し外れた地にある高原だった。自然に咲いた季節の白い花が美しく風に舞っている。

 思い出すのは、ミモザと共に出かけたマーガレットの花畑。

 ミモザはあの時と同じように、「この辺りに座りましょうか」と敷物を敷いていた。

 アレッシオもそれを手伝い、二人で並んで座る。

 風は小さく囁き、花を揺らす。

 アレッシオは時折ミモザを見つめては高原を見つめる。これほど穏やかに時間を過ごしたことがあっただろうか。

 ミモザはアレッシオの視線に気づくと、アレッシオに視線を向ける。

 

(不思議です……)


 甲冑であろうとも、兜であろうとも無かろうともアレッシオの良さは何一つ変わらない。

 しかし、彼の兜が外れて以来周囲の女性の悲鳴が収まらない。

 冷たいと思われていたアレッシオの素顔を見て、誰もが彼の魅力に気が付いたのだ。

 ミモザにとって面白くない事でもある。


(むしろ、今までが不思議だったぐらいです)


 いくら兜を着けているからといって、アレッシオに好感を抱かないなんてことはない。

 それなのに、彼の性格なのかあまり目立つこともなかった。一度はドラゴンを倒した英雄を、男女問わず讃え続けるものなのだが。


「そうだ、ミモザさん。良ければ……歌を歌っていただけますか?」

「歌、ですか……?」

「ええ。あの時の歌を……ぜひ」


 あの時というのは、マーガレットの花畑で歌っていた曲のことだろう。

 ミモザは頷くと少しばかり頬を赤く染めながらも、口を開き歌いだす。


 アレッシオは目を閉じる。

 

(やはり良い曲だ)


 透き通るように美しいミモザの歌声。

 初めて出会った頃の思い出と共に蘇るひと時。

 アレッシオはミモザとの婚約を白紙にするために彼女の元に行ったのだ。


(あの時、白紙にしなくてよかった)


 ミモザが承諾しないでいてくれてよかった。

 もし白紙になった後で、ミモザへの想いを抱いていたのなら、一体どれほど自身は苦しんだであろうか。記憶をなくそうとも、絶望は計り知れなかっただろう。

 歌うミモザを見つめれば、以前と変わらずミモザは楽しそうに歌っていた。

 風は心地よく、青空は美しい。

 金色に輝くミモザの髪が風に揺れ、キラキラと光り輝いていた。


 ああ、なんて。

 愛おしいのだろう。


 歌い終えたミモザが恥ずかしそうにアレッシオを見つめてきた。

 アレッシオは微笑み、「ありがとうございます」と告げる。


 そして、思わずというように続ける。


「ミモザさん……僕と結婚して頂けますか?」


 アレッシオはどのようにプロポーズの言葉を告げようか、贈り物を準備しようかなど思考を巡らせていたが、今この時に告げたいと思った。

 好きだと、思いがあふれた今だからこそ言葉が紡がれた。

 妻になってほしいと、純粋に願った。


 ミモザは暫く呆けた顔をしていたが、それでもしばらくすれば顔を真っ赤に染め上げてから、小さく頷いた。


(ああ、好きだな……)


 可愛らしい想い人。

 どうかいつまでも、彼女にとって穏やかな日々が続きますように。

 できればその傍に。

 ずっとずっと、自分が居られますように。


次回で最終回の予定です。

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