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甲冑騎士とキズモノ令嬢  作者: あかこ
22/25

想いを歌に乗せて

 真っ白い世界を漂うように歩いている。

 何もない世界。平衡感覚すら失いそうな中、アレッシオはただひたすら歩いていた。

 歩く度に、何かがアレッシオの身体から抜け落ちている感覚がした。

 それは記憶であり、思い出だ。

 歩けば歩くほど記憶を失っていく。それなのに、アレッシオは歩むことを止められなかった。まるで糸で動かされているように足は前を進んでいく。


 段々と記憶が霞み、最後は己の名前すら思い出す事が出来なくなった。

 

(自分は……誰だ?)


 答えが見つからない。さきほどまで覚えていたはずなのに、何一つ思い出せないのだ。

 ぴたりと足を止めた。

 誰かの気配を感じたアレッシオは顔を真正面に向けた。


 人の姿は無かった。

 だが、


『待っていた、 守護者よ』


 声が聞こえた。

 アレッシオを守護者と呼ぶ存在は、神々しく輝く光の先に存在している。


(…………守護者)


 名も分からぬ男は、自身が守護者と呼ばれることに疑問を抱かなかった。

 感じるのは、もぬけの殻となった自身が『守護者』なのだと理解をした。

 そうか。自分は守護者なのだ。

 ――を護るために在るべき存在なのだ。

 名前が頭によぎったが、その記憶もまた喪われていく。


 アレッシオはゆっくりと導く声の先へ歩き出した。




「アレッシオ様!」


 ミモザが悲鳴に近い声で彼の名を呼ぶが、屋根の上に立つアレッシオに届くはずもなく、彼は空を見上げていた。

 周囲からは恐怖に染まった悲鳴が響く。

 ミモザはその場から駆け出し、彼の立つ建物へと向かった。驚き立ち止まる人々の中をかいくぐる間も、空からは薄暗く光だけが神々しさを増している。

 ミモザの手が震えていた。

 まるで、アレッシオが何処か遠くへいなくなってしまうような不安が、どうしても消えなかった。


(アレッシオ様……!)


 嫌だ、そんなのは嫌だ。

 置いて行かないで。

 どこにも行かないで。


 己の必死な願いを、祈りを心の中で叫びながら建物の階段を登っていく。急に走ったせいで息が切れる。汗が流れ落ち、髪は乱れた。

 アレッシオを止めようと思い屋根に向かう者の姿も見えたが、屋根に近付けば近づくほど男性の声が響いてきた。


「駄目だ! まったく近づけない!」

「どうなってるんだ……!」


屋根に繋がる扉の前までようやくたどり着けば、人がごった返しているが、その誰もが扉を開けてもはじき出されるようにして戻されてしまう様子が見えた。

 まるで何かの力が侵入を防ぐように、無情にも扉から人の身体を跳ね返す。跳ね飛ばされた男はその場に大きく倒れ呻いている。

 その光景に僅かに怖気づいてしまうが……ミモザはゆっくりと扉の前に向かった。


「危険ですよ!」


 兵の男がミモザに声を掛けるが、ミモザは首を横に振り扉にそっと手を掛けた。

 扉が開く。

 一歩扉の外に出ようとした時、何かが体を押し出そうとしているのが分かった。


「アレッシオ様」


 声を掛けた。

 いつものように、見上げて見つめる彼と語り掛ける時のように。

 そうすれば、ほんのわずかだが押し出す力が弱まった気がした。


「アレッシオ様……お話しませんか?」


 扉の外から見えるアレッシオは振り向かない。項垂れた甲冑は何の感情も示さない。

 だが、扉の前に存在した圧力が、確かに緩んだのだ。

 ミモザはゆっくりと身体を扉の外に出した。


「何で……」

「外に出れたぞ……?」


 周囲の声が驚きを隠せないといった様子でミモザを見つめていた。先ほどの彼等は足を一歩扉の外に出しただけで跳ね飛ばされていたのだ。

 ミモザが外に出てみれば、風が強くドレスがはためいた。

 薄暗い雲の空の中、眩しいほどの光がアレッシオを包んでいた。


「アレッシオ様……ミモザです」


 アレッシオは振り向かない。


「私の声……聞こえますか?」


 振り向かない。

 ミモザはゆっくりと……一歩ずつアレッシオに近付いていく。

 僅かに何かがミモザを押し出そうとした。それは、確かな意思でミモザを拒絶しようとしている。だが同時に、その何かを押し止めている何かがいるような感覚もあったのだ。


「…………アレッシオ様。この間、歌を歌ったことを覚えていますか?」

「…………………………」

「レイギウス様が、私の声がもしかしたらその宝石……に影響があるかもしれないと、仰っていました。どうしてなのかは分からないのですが…………アレッシオ様の呪いが解けたら、私は嬉しいって思います」


 アレッシオは語らない。

 彼の着けた甲冑をよく見てみれば、赤い宝石が不思議な色で煌めいているのが見えた。

 セイデンが昔見せてくれた宝石の煌めきに似ていた。


「私の声が届くかなんて、分かりません。でも、私歌うの大好きです。アレッシオ様も好きだと嬉しいです」


 だから……と続けて口を閉じた。

 本当に効果があるかなんて分からない。


(けれど何もせずに、アレッシオ様を失いたくなんてない……!)


 出来ることがあるのであれば、何だってしてみせる。

 ミモザは口を開き、すう、と息を吸いこんだ。

 零れる歌は父が歌ってくれた子守唄。

 言語も廃れてしまった故郷の歌。

 歌いながら願う。祈る。

 

(アレッシオ様……)


 想う気持ちは、彼のことだけだ。

 歌声が空に響いた。暗闇の中で照らされるアレッシオの傍で、綺麗な旋律を奏でる女性の姿を、地上から多くの者が見上げていた。

 その中にはレイギウスもいた。


 歌いながら感じるのは、ミモザを押し出そうとしていた力が緩まってきたことだ。

 ゆっくりとアレッシオに距離を詰めていく。

 彼は屋根の上にいるため、ミモザもゆっくりと屋根を上る。足先を崩せば、その先は冷たい地面だ。風も強く立っていることもやっとだ。

 それでも、歌う。

 歌は風に乗って空に、天に広がり。

 アレッシオがゆっくりと……ミモザの方を見た。


(アレッシオ様……!)


 視線を向けてくれただけで涙が落ちた。

 歌が歌い終わるまでに、ゆっくりとアレッシオに近付いた。

 手を伸ばせば触れられる距離までたどり着いたところで、歌が終わった。


「…………アレッシオ様…………」


 答えてくれる声はない。


「ずっとお伝えしたかった事があります」


 何も映さない甲冑の騎士がミモザを見る。


「私、アレッシオ様をお慕いしています……アレッシオ様が大好きです」




 風が吹いた。

 突風のような風だった。

 静寂に包まれていた世界にひゅう、と風が鳴り。

 次の瞬間、地上から悲鳴が上がった。


 風が明確にミモザを襲い、彼女の手が屋根から離れたのだ。

 

(あ…………)


 次のミモザを待ち受けるものは。

 空を飛ぶような浮遊感と。

 急激な落下だった。


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