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甲冑騎士とキズモノ令嬢  作者: あかこ
19/25

セイデン・フォックス

『ミモザ。今日は何して遊ぶ?』


 幼い頃から遊び相手となってくれたセイデン・フォックスはミモザより六つ年上で兄のような存在だった。

 兄弟がいないミモザにとってセイデンが遊びに来てくれた時は最高の日を迎えられたと思っているぐらい、セイデンとの遊びに夢中だった。

 一人では出歩けない林に探検に行ったり、怖くて触れない虫を捕まえてくれたりした。難しい本も彼が読んで聞かせてくれたこともあった。

 セイデンとの日々が楽しくて、とにかく楽しくて。

 ミモザはセイデンが大好きだった。

 彼がミモザの結婚相手になるかもしれないと言われた時は、兄のように慕っている彼と夫婦になることに実感が湧かなかった。

 ミモザにとってセイデンは兄であり、恋をする相手だと思っていなかったからだ。

 しかし成人をして青年らしい体格になったセイデンが、緊張した面持ちでミモザの手を取り、「いつか君と結婚できたらって思っている」と言ってくれた時から。

 ミモザは胸に決心した。

『私はセイデンの妻になりたい』と。

 その時のミモザはまだ恋を知らず、書物や友人が口遊む噂話の中にあるモノだった。

 けれど、恋とは徐々に芽吹いていくものなのだ。草花と同じように。

 ミモザは自身の中に、恋の芽吹きを感じたのだった。




 変化は見えないところで訪れていた。

 子爵家であるフォックス家の経営が思わしくないと分かれば、婚約の日付を後ろに回した。婚約をするにも支度金が多額に必要となる。本来であればミモザが成人したタイミングで結婚の申請をしようにも、フォックス家に余力が無かったのだ。

『少し先延ばしになってしまうけれど、ちゃんと必ずミモザを幸せにしてみせる』

『大丈夫ですよ』


 ミモザは構わなかった。

 幼い頃は冒険に連れて行ってくれたセイデンは、幼い時と変わらない顔立ちでミモザを見つめてきた。その表情は幼い頃のように純真無垢ではなく、子爵家を担う真剣な眼差しだった。

 ミモザは母からフォックス家の事情を聞いていた。

 事業が上手く起動に乗らなかったフォックス家では資金難により領地を売り出さなければならない通達もあったのだと。

 セイデンの口から一度も聞いたことがないフォックス家の事情をミモザは知っていたが、それでもセイデンを信じて待つことにした。

 気が付けば婚約が伸びて数年が経った。

 セイデンの努力も空しく、事業は思うように回らなかった。セイデンの表情は曇り、ミモザに会いに来る回数も減っていった。

 そんな折のことだ。

 セイデンが機嫌よく笑顔を浮かべながらミモザに会いに来てくれたのだ。


『ミモザ。もう大丈夫だ。きっとうまくいくよ』

『セイデン、どうしたの?』


 ミモザは今まで苦しみ悩んでいたセイデンを知っていた。気休めに手伝うことも出来ず、セイデンの行く末を見守る事しか出来なかったからこそ、僅かに抱いた違和感や不安に蓋をしてセイデンと会った。


『宝石商と商売を始めることにしたんだ。まだ名前もついていないような鉱石を、これから僕がデュランタに広めてみせる。この仕事が軌道にさえ乗れば、やっとうまくいくんだ……』


 セイデンは嬉しそうだった。うまく行くと信じて疑わない希望に満ち溢れた声色と表情。その筈なのに。

 どうしてだろうか。ミモザにはセイデンの目が怖かった。

 何かにとり憑かれているようにさえ見えたがそれも一瞬のことで、セイデンはミモザに目を合わせれば幸せそうに笑った。


『待ってて、ミモザ。もう少しで君を迎えられるから』

『…………はい』


 セイデンの言葉とは裏腹に、ミモザは不安から表情をうまく繕うことができなかった。今のセイデンの様子がおかしいことに対する動揺で、うまい言葉が出てこなかったのだ。

 しかしセイデンは特に気にする様子もなく、嬉しそうに笑うだけだった。

 


 ミモザの不安は的中した。

 セイデンに会ってから数週間した時のことだ。

 夜半時にセイデンが自室に入り込んでいた。

 寝台で眠っていたミモザは突然の訪問者に声をあげかけた。が、その口はセイデンの大きな掌によって塞がれた。

 薄暗闇から覗くセイデンの顔は笑っていたが、その瞳は異常に感じた。ミモザを見つめているはずなのに、その先にある幻覚を見ているようだった。

 囁く声はいつも聞いていた彼の声だというのに別人のようで。

 ミモザは一瞬逃げようとした。途端、肩に激しい痛みが走った。

 セイデンの持っていたナイフが肩を斬ったのだ。


『君は利口になりたいのだろう? なら、この事は黙っておくべきだ』


 その言葉は脅迫だった。

 血の付着したナイフをミモザの頬に当てながら、セイデンの手が寝巻に手をかける。

 何をされようとしているかなど、嫌でも分かる。

 淑女として育てられてきた中で、男女の営みについても知識として教わっている。だから、セイデンは今何をしようとしているのかも分かってしまう。

 恐ろしさと痛みから鳥肌が立った。

 逃げようにも横たわっていたミモザの上に乗っかったセイデンから逃れられる筈もなく、ミモザはセイデンを見上げるしかなかった。

 悲しみから涙が零れた。


『セイ……デン……!』


 止めて欲しいと願った。

 いつものセイデンに戻って欲しいと、強く……強く願った。

 こんな関係は望んでいなかった。

 いつか彼の妻になるのだろうと思っていたが、それは今ではない。何より、このような関係をミモザも、そしてミモザの知るセイデンも望んでいないはずだ。

 セイデンは優しい。

 いつだってミモザの言葉を受け入れて、そして導いてくれた彼が。

 こんなことをするはずがないのだと。


 

 それからのことは……記憶が曖昧だった。

 セイデンは手を止めてくれた。

 寝台から身を起こし、ミモザを見降ろしながら絶望を顔に浮かべながら泣いていたことだけは覚えていた。

 何が起きたのか分からないまま、ミモザは治療を受けるため数日の間寝台から起き上がることも出来ないまま過ごしていた。

 気が付けばセイデンは捕らえられ、そして罪を受け入れ投獄された。

 彼が言っていた宝石商との仕事は軌道に乗らなかったらしい。

 だからといって、彼が何故ミモザを襲ってきたのか……彼の口から語られることはなかった。




 そのセイデンの名が、どうしてここで聞くことになったのだろう。

 思わず彼の名を呟けば、レイギウスが少し考えた後に口を開く。


「君はフォックス卿の知り合いか」

「はい…………幼馴染で……」

「なら都合が良い。彼から宝石商の正体を聞いてもらえないか。どうしても口を割らない。顔見知りなら情が湧くかもしれん。来てもらえるか?」

「え…………」


 どうすれば良いのか躊躇している間にもレイギウスは続ける。


「ここにいるパウルの言葉を聞いただろう? アレッシオ卿が着けている兜の装飾に関して調べていた。あの兜を外すための解決策が見つかるかもしれない。協力をしてもらえるか?」


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