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甲冑騎士とキズモノ令嬢  作者: あかこ
18/25

キズモノ令嬢

『見て。あの子がミモザ・エタンフィールでしょう?』

『ああ、キズモノの……』

『婚約者になる前に関係を持たれたとか……』

『いやですわ、はしたない……言葉を慎んだ方がよろしいわよ』

『そうですわね』


 クスクスと嘲笑う声と、蔑む視線の数々。

 ミモザは黙り俯いていた。

 そこは社交の場。社交シーズンに行われる、未婚の令嬢が集まりお茶会を開く行事があった。ミモザも例年参加をしていたが、この時ほど帰りたいと思ったことはなかった。

 婚約者となるはずだったセイデンに襲われてから、ミモザを見る目は変わった。

 何処までも噂が広まり、同情以上に好奇心に晒された。

 果ては、ミモザが誘ったのではないかとか、他の男性とも関係を持っているのではないかというような酷い噂まで流れ出したところでミモザは限界に達した。


「暫く社交の場はお休みしたいです」


 当主であるミモザの母にそう告げたのは、社交シーズンが終わりエタンフィール領へと戻ってからだった。

 普段笑顔を絶やさず、我が儘を言うことも少ないミモザがやつれた顔をさせながら母に伝える姿はあまりにも悲痛であった。


「…………分かりました」


 マーレアは一言だけそう呟いた後、娘であるミモザの元に近寄ると黙って抱き締めた。言葉はなく、背中を優しく上下に撫でる。

 家督を継いでからというもの厳しい母だった。使用人だった父との結婚で批難や嘲笑されることを知っていたからこそ、舐められないようにミモザに対しても厳しく育ててきた。

 そして、そんな彼女だからこそ今のミモザがどれほど傷ついているかを知っているのだ。

 抱き締められたミモザの瞳から涙が落ちる。

 嗚咽を殺し、静かに泣いた。


 あの時から二年以上が経過したが、それから今までミモザは王都に行くことはなかった。

 もう、ミモザの事も噂も全て忘れ去られていたらいいなと思っていたが。

 どうやら甘い考えだった。



 エスタ・ウグイリーとミレーユ・レイフォーグはミモザを見て口角を上げて面白そうに笑っている。人を卑下する笑みは決して美しくないというのに、それでも彼女達はミモザという玩具に関心を寄せる。


「また殿方でも探しにいらっしゃったの? もう、お歳も大分経つのではなくて?」

「エスタ様。そのような言い方ですとエスタ様の品を落としてしまいますわ」

「あら、そうね」


 楽しそうに笑っている。

 ミモザは不思議と二人のやりとりをまるで遠くから眺めているような気持ちで見つめていた。


(この方達は何も変わらないのね)


 中傷されていた頃は気付かなかったが、彼女達から紡がれる言葉は全て彼女達自身を落としているのだ。

 ミモザを傷つけることで、貶める言葉を投げかけることで優越感を抱いているのだろうけれども。


(あんなに綺麗な方達なのに)


 化粧を施し、綺麗なドレスを着ているというのに、彼女達が美しいと思えなかった。

 ミモザは僅かに微笑んでから「特に御用が無いのであれば、失礼致しますね」と声をかける。

 彼女達と関わっても、恐らく誹謗を投げつけられるだけだと分かる。そのような事に時間を費やすよりも、ミモザには今大事な事があるのだ。


「お待ちなさい」


 横を通り過ぎようとしたミモザの腕をエスタが強く掴んだ。令嬢にしては想像以上の力強さと、長い爪がミモザの腕を微かに痛める。


「今更王城に来て何様のつもりなの? 顔を見せられたものでしょう?」

「二度と顔を見せないでくれる? 目障りなのよ」


 顔を近づけ脅迫するような二人の態度は、明らかに醜さを露わにしていた。

 一体、彼女達に自分が何をしたのだろうかと、不思議に思う。

 ミモザは彼女達を名前ぐらいしか知らない。顔を合わせれば挨拶を交わす程度の関係だというのに。

 二人の顔を一瞥してからミモザは首を横に振る。


「お断りします。私にとって大切な方がいらっしゃる場所ですから」


 此処にはアレッシオがいる。

 いくら彼女達が止めようと、他に出入りを禁じられようとミモザは言うことを聞くつもりはない。


「何ですって……」

「どう言われようとも私はここに来ます」

「キズモノの癖に……!」


 エスタが声を荒げた瞬間、周囲にいた人々の空気が凍り付いた。明らかに令嬢が語る言葉ではないのと同時に、好奇の目がミモザを刺した。

 覚えのある視線だった。

 しかしミモザは手をギュッと握り締めると行く手を阻む二人を真っ直ぐに見据えた。


「どのように言われても変わりません。ですので、諦めて頂けますか」

「なにを……!」


 顔を赤らめ、醜い言葉を続けようとする二人に対し、氷のような冷たさを秘めた低い声色が止めに入った。


「何をしている」


 声の主に馴染みはなく、厳しさを含んだ低い声は男性のものだ。

 ミモザは声の主に視線を向ける。エスタとミレーユも同時に二人を止めた声の先に目を向け、そして文字通り凍り付いた。

 そこにいたのは、レイギウス。

 デュランタ王国に並び建てられたトラウスト神殿の神官長その人であった。


「あ…………」

「レイギウス様……」


 エスタとミレーユは先ほどまで真っ赤に染めていた顔を一瞬にして蒼白にさせた。王都に住まう彼女達であれば、レイギウスがどれほどの地位を持ち、言葉を交わす事すら滅多に許されない存在であることを痛いほど理解しているのだ。


「何をしていると聞いたのだが?」


 レイギウスは鋭い視線でエスタとミレーユを一瞥する。それだけで二人の肩は竦み上がり、頭を深く下げた。問いに対して何と答えてよいのか分からず、ただひたすらに首を垂れるしかなかった。

 二人の様子に諦めを見せたレイギウスは僅かに溜め息を吐いてからミモザに視線を向けた。彼女達に対する視線と同様に鋭く冷たいものであったが、それでも幾分か穏やかさが見えた。


「貴女に聞こう。ここで何を?」

「お騒がせして申し訳ございません、神官様。少し口論をしてしまい、この場を乱してしまいました。お詫び申し上げます」

「私に詫びる必要はない。何をしていたか聞いていただけだ」


 美麗な顔立ちをした男性はもう一度溜め息を吐いてからエスタとミレーユを見ると、「用がないのであれば立ち去るように」とだけ告げた。

 二人は更に頭を下げ、速足で廊下を遠ざかって行った。ミモザもまた退場すべきかなと考えていると、「貴女は此処に」とレイギウスに告げられる。


「何の御用でいらっしゃいますか?」

「其方から不思議な力を感じるからだ」


 突拍子もない答えが返ってきた。


「不思議な力、ですか…………」

「誰もが持つ生まれつきの体質のようなものだろうが、其方はデュランタ王国内では見かけないものを持っている。名は?」

「ミモザ・エタンフィールと申します」

「エタンフィール……では、アレッシオ卿の元によく訪れている令嬢というのは貴女のことか」


 ミモザは僅かに頬を染めつつ小さく頷いた。


「失礼ながら神官様は……アレッシオ様の治療をしていらっしゃるのですか?」

「レイギウスで構わない。治療というほどの事は出来ていない」


 周囲は先ほどとは違った様子で凍り付いていたが、ミモザには分からなかった。

 ミモザは王都に滅多に来ていなかった。故に、目の前にいる神官がトラウスト神殿の神官長であることに気付いていないのだ。

 そして、レイギウスも特に気にする様子はなく、周囲だけが恐ろしいものを見るように遠目から視線を送るだけだった。


「そうですか……何かご協力出来ることがありましたら何でも致します。アレッシオ様のこと、よろしくお願い致します」

「……………………ああ」


 ミモザとて無茶な事を言っている自覚はあったが、少しでも協力出来ることがあれば何物も惜しまず手伝いたかった。

 アレッシオに対して自分が出来ることなど些細なことしかないのだから。

 頭を下げて通り過ぎようとした時、遠くから駆けてくる神官の姿が目に映った。


「レイギウス様! こちらにいらっしゃった!」

「パウルか。どうした」

「やはりレイギウス様の予想は当たりです。セイデン・フォックスが取引していた宝石から兜の装飾と同じ物質で作られていることが分かりました」

「そうか…………」


 ミモザの足が止まった。


「セイデン…………?」


 思わず、声に出した。

 レイギウスが顔を上げてミモザを見る。


「どうした? 顔色が悪いが」

「今、セイデンと…………」


 セイデン。

 彼の笑顔が脳裏に浮かんだ。

 それと同時に彼の歪み欲望に染まった笑みを。

 肩の傷に痛みが走り、ミモザは自然と肩へと手を伸ばした。


「エタンフィール嬢?」


 セイデン・フォックス。

 かつてミモザと婚約の約束を交わす予定だった幼馴染にして。

 ミモザをキズモノ令嬢と呼ばれる所以となった事件の加害者の名であった。


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