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甲冑騎士とキズモノ令嬢  作者: あかこ
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英雄の帰還

 竜の出現ともう間もなくして、その竜を英雄アレッシオ・サシャが討伐した報せは瞬く間に王都へと広がった。

 皆が歓声をあげ、高らかにアレッシオの名を叫ぶ。

 英雄万歳! アレッシオ万歳!

 甲冑騎士と嘲笑される事もあった彼に陰口を囁く者は今誰一人としていなかった。涙を流し彼の正義に感謝し涙する。

 竜の遺体はすぐさまトラウスト神殿に移動された。

 三年ぶりに現れた竜の出現に未だ不安の声は続くが、それでも次に出てくる言葉は「アレッシオ・サシャがいれば大丈夫」だった。

 アレッシオはデュランタ王国の真の英雄として誰もが名を覚え、讃えた。

 だが。

 アレッシオその人が、民衆の前に現れることは未だ無かった。




 ミモザは何度訪れたか分からないデュランタ王国の中心、王城の前で正門を見つめていた。

 未だ騒ぎが収まらないため、王城は現在入門の規制が掛けられていた。それだけではなく、英雄であるアレッシオに感謝を告げる民衆が押し寄せてくるため、その民を受け付けないためでもあった。

 誰もがアレッシオに感謝の言葉を捧げる中、ミモザは不安で押しつぶされそうだった。

 竜討伐から一週間以上経ったが、アレッシオからの便りは何一つなかった。

 怪我でもしたのだろうかと不安になったが、ミモザには彼の安否を知る術が何一つない。

 サシャ家も現在は家族が屋敷から離れているらしく、いるのは主が不在で任されてた使用人のみが暮らしているという。


(アレッシオ様……)


 ミモザはどうにかしてアレッシオに会いたかった。

 だが、会うことが出来ない。

 勇気を振り絞り門前の者にミモザ・エタンフィールの名で通れないか相談をしてみたが、門番は首を横に振った。つまり、通る許可が下りていないのだ。


 だからこそ、ミモザは毎日のように王都の門前で待った。

 いつ出てくるか分からないアレッシオの姿を見るために通うようになったのだ。

 城門を通る騎士の姿を一人一人見つめていく。

 誰一人として知っている顔は無い。アレッシオ以外に騎士を知らないミモザは、少しだけ緊張して己の顔を隠した。

 自分の顔を知っている人がいるのではないかと思うと怖くなったのだ。


 ミモザは以前キズモノ令嬢と呼ばれ非難された過去があった。

 幼馴染にして婚約を約束していたセイデンに襲われたという過去が。

 以来ミモザは王都に足を運ばなくなった。誰がミモザを知り、噂話をするのか怖くなったのだ。


(まだ怖いというの? ミモザ)


 俯く自身を叱咤する。

 自分は何一つ、やましいことなんてしていなかった。

 セイデンがどうしてあの時ミモザを襲ったのか、真実は分からないが……それでもミモザはセイデンがそのような事をする男性だと信じていない。

 事実は事実として残っている。ミモザとて傷を負った。

 当時を思い出し襲われた時に出来た肩の傷へ無意識に手を伸ばした。

 それでも、それでもだ。

 人が変わったかのように襲い掛かったセイデンが、ふと正気に戻ったように大粒の涙を流しミモザに詫び続けたことをミモザは知っている。あの姿こそが真実のセイデンだと。


(私は何も間違ってなんていません。だから)


 だから、顔を上げる。

 人の視線など気にせず前を向いた。

 今のミモザの目的はただ一つ。

 アレッシオに会うことだ。



 アレッシオを待ち続けて十日が過ぎた。

 今日はマリーゴールドの花束を手に持って正門前へとやってきた。

 もし会えなくても、せめて花束を渡して貰えないか願おうと思ったからだ。

 

 十日以上経ってもアレッシオは王城から姿を現さなかった。

 街の者が英雄の姿を見たいと騒いでも、王都からは「療養中」という回答しかなかった。竜という神話の生物を討伐したのだ。そう簡単に治療できるわけがないと周囲は口にする。

 それどころか生きているのかも怪しいなど、噂する声まで出てきた。

 その声にミモザは指先が震えるが、必死で首を横に振る。


(約束しました。必ず帰ってきてくださると)


 だから待つ。

 ミモザにはそれしか出来ないのだから。

 俯き花を見つめては門が開く度に顔を上げて顔を確認する。その繰り返しを続けていた時。

 ふと、馬車に乗った赤い髪の女性と目が合った。

 釣り目の可愛らしい瞳を大きくさせながら、不思議とミモザの花を見つめていた。

 途端、その馬車がミモザを通り過ぎてすぐに止まった。

 急な馬車の停止にミモザだけではなく周囲も驚いたが、馬車から降りてきたドレスの女性が足早に向かってくると、ミモザの手を強く握り締めた。


「えっ…………?」

「貴女が、ミモザ・エタンフィールさん!?」

「ど……」


 どうしてその名前を、と返そうと思ったミモザの腕をそのまま掴むと赤髪の女性はミモザを馬車に連れて行った。


「えっえ……」

「いいから。出して頂戴!」


 慌てたように御者が馬車を動かす。急な展開にどうすれば良いか分からなかったミモザだが、急に揺れ出す馬車に負けて慌てて席に座った。


「はぁ…………良かった……」

「あの……?」


 向かい合って座った女性はミモザを見ると深々と安堵の息を漏らした。顔を上げてよく見てみれば彼女の目元は赤く腫れており、何処となくやつれているように見えた。


「急にごめんなさい。あの……貴女、お兄様の……アレッシオ・サシャとよくお会いして下さるミモザさんですよね」

「……っ! は、はい!」


 アレッシオの名を聞いてミモザは急くように顔を上げて頷いた。

 彼女はアレッシオを兄と呼んでいた。つまり、アレッシオが時折名を出していた妹なのだろう。


「もしかして……ナディア様ですか?」

「兄から名を聞いていましたか。はい、そうです。ナディア・サシャと申します」

「まあ……ミモザ・エタンフィールです」


 ミモザは馬車の中で軽く会釈をしながら、喜びで胸が弾んでいた。もしかしたらアレッシオに会えるかもしれないという期待に心が弾むのだ。

 だが、その喜びはナディアの表情を見て消えた。

 明らかに悲しい表情を見せていたからだ。


「…………兄の安否を心配して待っていてくださったんですよね……今まで何も連絡が出来ずごめんなさい…………」

「いえ……その…………アレッシオ様は、ご無事なのでしょうか?」


 どうしても聞きたかったことを尋ねれば、ナディアは複雑そうに笑みを浮かべながら「無事です」と伝えてくれた。


「けれど……どうしても無事ではない事があり、姿をお見せすることが出来ないのです」

「…………どういうことですか?」

「会えば……分かります。それはきっとミモザさんを酷く傷つけることになります。それでも……お会いになりますか?」


 それは、ミモザに対する決意の確認だった。

 ナディアの瞳は真剣で、ここで躊躇するのならば恐らく馬車を止めて正門までミモザを見送るだろう。

 ミモザは手にしていたマリーゴールドの花束をそっと抱き締めながら、「会います」と告げた。


「…………分かりました。ご案内します」




 静まり返った城の長廊下を二人で歩く。

 背後から少し離れて従者が並んでいる。あまりにも静まり返っており、不気味さすらあった。

 ミモザは王城に立ち入ったことなどない。あまりの広さに自分が今どこを歩いているのかすら分からない。

 ナディアは慣れた様子で回廊を進んで行く。

 暫くするととある一室の前に立った。そこには扉の左右に護衛らしき騎士が立っており、ナディアを見るとお辞儀をして扉を開こうとする。僅かにミモザを見はするが特に言葉はなかった。


「どうぞ」

「はい…………」


 ミモザはゆっくりと開かれた扉の先に進んだ。

 まず初めに目に映ったのは大きな窓だった。日の光が眩しく、一瞬目を細める。

 少し慣れて見えてきたのは大きな寝台の上に座っている兜の青年の姿だ。

 間違いない、それはアレッシオだった。


「アレッシオ様…………!」


 ミモザの涙腺が限界を迎え、ボロボロと涙が零れ落ちた。

 ずっと会いたかった。

 無事を祈り続けていた。

 アレッシオは呼ばれたことに気が付いたのか、扉に視線を向けた。その兜は相変わらず冷たさを感じさせ、アレッシオがどのような表情なのか全く分からなかったが。

 それでもミモザは知っている。

 彼は優しくミモザの名を囁いてくれるから、だから彼が優しい人だと。

 そう、知って……


「……………………どなたですか?」



 知っている、筈だった。


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